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第一話 追憶-7

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 分散して潜伏していた各部隊は集結地点へと予定通りに出発した。目指す地点は王都に程近い。王都内で起こす騒擾そうじょうに国軍や住民の目が向いている間に集結し、一定数が集まり次第、王都への進撃する予定であった。
 ところがその途中で罠や待ち伏せによって各個に足止め、あるいは撃破された。
 騒擾は主力の集結前から始めているために後戻りはできない。だが、半分は民衆のための決起であることから、住民に被害を及ぼすような行為はできない。人気ひとけの無い場所での爆発物の使用、役場の占拠、国軍施設の破壊と言った小規模なものを多発的に行うだけだ。素速く動揺から立ち直った国軍により半日を待たずに制圧されるに至る。
 こうも容易に失敗したのは、いずこからか計画が漏洩ろうえいしたためである。
 漏洩経路は不明ながら、国王に情報を伝えた者が誰かは直ぐに判明した。ハイデルフト領に隣接するボナレスの領主、ボナレス伯爵。捕らえられたハイデルフト候の前に現れて鼻高々に名乗りを上げ、高笑いを上げて立ち去った。一方的に語るだけ語って去ったためにハイデルフト候が漏洩経路を聞き出すいとまさえ無かった。

   ◆

 エカテリーナは慌てた様子のメイド長に揺り起こされた。どうしてレミアではないのかとぼんやり考え、いとまを貰ったと言っていたことを思い出しつつ起き上がる。
 当初には有った微熱こそ無くなったものの、気怠さが未だに抜けきれていない。夏期休暇に入ってからは殆どの時間をベッドの上で過ごす日々である。この日も日が高くなっても微睡まどろみの中を彷徨さまよっていた。
 直ぐに出掛ける仕度をを整えるように言うメイド長に何が起きたのかを尋ね、この時初めて叛乱について知った。
 そこに追い打ちを掛けように去来するのが後悔の念だ。叛乱に失敗するエンディングがゲームに有ることを知っていながら回避することを怠った。回避した未来が幸せとは限らないが、流されるままに辿り着く未来とは違った思いを抱いたに違いないのだ。
 ゲームのエンディングの記憶を探れば、既に自身はおろか、家族の未来も無くなっている。しかし使用人達までは決められていないからと、メイド長に使用人達の様子を聞く。「残っているのは自分と執事長だけ」と言うメイド長の答えに、レミアの言った暇の意味もここで初めて知った。これまで単なる休暇だと思っていたのだ。最近、屋敷が静かになったと呑気に考えてもいた。
 しかしそれは嬉しい誤算。執事長とメイド長さえ逃がしてしまえば憂いが無くなる。
 急いで仕度をしながら、三人揃って逃げる算段をする。二人だけで逃げるように言っても聞き入れないことは解っている。容易に聞き入れるようなら起こしに来る前に逐電ちくでんしただろうとも。
 一階に下り、裏口に馬車を回して戻って来ていた執事長と合流するまでの僅かな時間で妙案が浮かぶものではなかったが、悩むまでもなくその必要が無くなる。
 正面玄関のドアがけたたましく叩かれた。
 国軍の手の者と察し、裏口へと急ぐ。裏口に着いて念のため覗き穴から外を確認すると、国軍兵士が取り巻いている。
 去来するのは絶望か諦念か。
 崩れそうになる膝。それでも心を奮い立たせ、膝に力を籠めて真っ直ぐに立つ、貴族の矜恃として、せめて最後まで胸を張ろうと心に決める。
 自分さえ出て行けばここまでは探さないだろうからと、しぶる二人を説き伏せて隠し部屋に隠れさせ、別れを告げる。
 そして正面玄関へと戻り、その扉を開く。
 待ち構えていたのは下品なわらいを顔に浮かべた年若い貴族の男であった。国軍部隊の指揮を執っている様子ではあるものの、どうにも不釣り合いに見える。
 その男にどことなく見覚えを感じつつも、エカテリーナは思い出せない。
 男に名を問えば、何故か激高する。大半は意味不明に捲し立てる男の言葉から意味の判る部分を繋ぎ合わせると、男はゲームヒロインの最初の取り巻きであることが自慢であり、名前を憶えられていないのが大層不満らしいことが判った。最近はご褒美を貰えていないのが不満で、久しぶりにご褒美が貰えそうだから張り切ってエカテリーナを捕らえに来たらしい。
 エカテリーナは記憶を手繰り寄せ、ゲームヒロインにいつも犬のようにまとわり付いていた男達のことを思い出した。だからと言って名前を名乗られても今更憶えられない。男のことは「ポチ一号」と仮称した。ゲームヒロインの取り巻きになるなど恥ずべき汚点だと考える自身とは永遠に解り合えないだろうとも考えた。
 そのポチ一号が来た理由は解っても、来られた理由が解らない。エカテリーナはその点に水を向ける。
 すると彼は陶酔したかの如く饒舌に語り出した。ハイデルフトに同調していた大半の貴族が裏切る中、いち早く実家にハイデルフトを裏切らせたのは自分で、その功績で部隊長として更なる功績を上げる機会を得たと言う。
 彼らのゲームヒロインとの関係は王立学園の中だけのことで、その実家にまで影響するとは思っていなかったエカテリーナには意外に感じた。
 一方、横に控える本来の部隊長らしき人物の不気味なものを見るかの如き表情から、エカテリーナは真実がポチ一号の語りとは違うところに有ると察した。ご褒美をねだってまとわり付く犬が煩わしくなり、投げた棒を取って来たらご褒美をあげると言ったような約束したのだろうと。
 真相までは知れないが、間接的であれゲームヒロインの影響力が国軍にまで及んでいることは判る。
 逃げられる状況でもなく、エカテリーナは覚悟を決めざるを得なかった。
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