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第一四話 慟哭-2

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 少し時間を遡る。
「ギャッ!」
 王妃は胸の先端を走る激痛に叩き起こされた。見れば針が突き刺さっている。憎々しげに針を抜き取ると、やり場のない怒りで言葉にならない雄叫びを上げた。
 侍女らが駆け付けて手当を施すが、完全に癒える間もなく新しい傷が付けられるため、増え続ける一方となっている。
 こうなったのは帷帳いちょうが切り裂かれて以降のこと。夜ごと身体からだに針を刺される。集中的に狙われているのが乳房と下腹部だ。
 王妃の苛立ちも頂点に達する。
「誰の仕業しわざよ!? あんた達、早く犯人を見つけなさいよ!」
 侍女らは顔を見合わせ、首を横に振り合う。
「恐れながら、怨霊の仕業ではございませんでしょうか」
 侍女の一人が恐る恐る意見を口にした。国王周辺からもそれらしい話を聞いていて、侍女の間ではほぼそれで意見が一致している。
「怨霊なんて居る訳ないでしょ!」
「そう仰いましても……」
 王妃はがんとして認めず、侍女らは困惑を返すばかりである。

 この夜、王妃は不本意に思いながらも、胸と下腹部に針が通らないほどきつく包帯を巻いて就寝する。締め付けられる感触が非常に不快であった。
 そして深夜。
「ギャッ!」
 王妃は乳房に走る激痛で叩き起こされた。見れば切り裂かれた包帯の隙間から針が突き刺さっている。憎々しげに針を抜き取る。
「何なのよ! もう!」

 次の夜、王妃ははなはだ不本意に思いながらも、侍女に部屋の中の少し離れた場所で見張り番をさせる。侍女が犯人かも知れないと考えていながらのことで、苦渋の決断だ。
 そして深夜。
「ギャッ!」
 王妃は下腹部に走る激痛で叩き起こされた。見張りは何をしていたのか。いや、やはり侍女が犯人だったのかと怒りが込み上げる。
「見張りは……!」
 侍女の方へと振り向きながら怒鳴りつけようとしたが、途中で息を呑んだ。侍女が床にしており、その周囲に血溜まりができている。
「どうして死んでるのよ!」
「陛下、如何いかがなされました!?」
 王妃の叫び声に近衛兵が即座に反応して寝室へと入り、惨状を視認すると即座に窓を調査する。誰も入り口を通っていないため、侵入者があったとするなら窓からと言う理屈だ。しかし窓には内側からかんぬきが掛けられていて何者も通った形跡が無い。寝室を捜索しても何者も見つからなかった。

 その次の夜、王妃は極めて不本意に思いながらも、全身甲冑を着込んで就寝する。寝返りも殆どできないことが極めて不快であった。
 そして深夜。
「ギャッ!」
 王妃は乳房に走る激痛で叩き起こされた。何かが刺さっているのは判るのだが、身動みじろぎすれば激痛にさいなまれて動くに動けず、取り払うこともできない。
「誰か! 早く来なさい!」
 叫ぶだけでも痛みが走るのだが、それだけは我慢した。
 侍女が駆け付ける。
如何いかがなされました?」
「この甲冑を早く脱がせて!」
かしこまりました」
 特に疑問を差し挟まずに侍女は受諾した。ただ、自身では対応できないからと、近衛兵を呼ぶ。
 そして近衛兵が甲冑を脱がせやすいようにと、王妃の上体を起こそうとする。
 そのせいで刺さった何かが更に胸を深く抉る。
「痛っ! 胸に何か刺さってるのよ! 動かさないで!」
 制止し、また元のように寝かされたら少し痛みがやわらいだ。それからは寝たままで脱がさせる。
 ヘルメット肩当てボールドロン籠手ガントレットなどを慎重に外した後、問題の胸甲ブレストプレートに取り掛かる。
「ギャッ!」
 少し動かされただけで悲鳴が口を突いて出た。胸に刺さる何かが胸甲に当たっている。
「暫し、ご辛抱を」
 近衛兵はそう言うが、痛いものは痛いので一旦止めさせる。もっと丁寧にするようにも言う。しかし近衛兵には精一杯やっていると返され、それには返す言葉が無い。乱暴に扱っていないのは認めざるを得ないのだ。
 止めたは良いが、痛みは続く。甲冑を着けたままで居る限りずっとだ。だから一時の苦痛は我慢することにする。それでも苦鳴くめいが出るのは止められない。
「ギャッ!」
 一際強い激痛に悲鳴を上げて直ぐ、痛みが和らいだ。胸甲が外されたのだ。
 胸を見れば、今まで以上に深く針が刺さっていた。胸甲に押し付けられた分だけ深くなったらしい。直ぐに抜いて治療を受ける。
「どうしてよ……」
 どうして針を刺されなければならないのか。どうして甲冑に針が入ったのか。それ以外の「どうして」も頭に次々と浮かぶ。
 侍女も近衛兵も黙して何も言わなかった。

 その後はせめてもの抵抗に包帯を巻き付けることだけはしたが、やはり針を防げない。
 そして増え続ける傷の幾つかはんでただれ、痛みとなって常に王妃をさいなんでいる。
 この鬱憤を快楽で晴らそうにも、その源たる部分が痛みで触れない。劣情が心を焦がそうとも、もはや消すすべが無い。
 尤も、痛みで劣情を催すどころではないのだが。

 そうこうするある日、国王が人柱を立て始めた。
 おかしなことをしていると思っても干渉はしない。そうする義理も無ければ興味も無いのだ。

 王妃は気晴らしをしようと庭を歩いてみた。以前なら肌の透ける薄絹を纏っていたが、今は傷を隠すためもあって身体からだの全てを覆う透けない服を着ている。だが、服でこすれてじんじんと傷が痛む。これでは気晴らしどころではない。後悔しつつ自室へ戻ることにした。
「どうしたんだい? 君らしくない格好じゃないか」
 一人の男が王妃に後ろから抱き付き、その胸に手を這わす。男は名前ばかりの下級貴族で王妃の遊び相手の一人だ。
「痛っ! 放して!」
 王妃は男を突き飛ばした。
「どうしたって言うんだい?」
 男が不本意そうに疑問を口にする。
「どうだっていいでしょ! あんたには関係ないわ! どっか行ってよ!」
「はっ! なんだそれ。売女ばいたの癖に」
 男は一瞬で興味を失ったとばかりに捨て台詞を呟いて背を向けた。
「ごふぁっ! な…」
 男が突然血を吐いてくずおれた。背中には短剣が刺さっている。
「馬鹿にしないでっ!」
 王妃は男から短剣を引き抜き、男の服で血を拭って腰の鞘に収める。
「この男も人柱にしてしまいなさい!」
 近くの近衛兵に命じると、王妃は自室へと戻って行った。

 更に数日が経ち、王妃は針を刺されるたびに「もう、許して」と許しを請うようになった。
 だが、針は止まない。
 ここに至っては、怨霊になったエカテリーナに襲われていると言うことを疑うことも止めている。
 王妃は回想する。エカテリーナのことは憎かった。彼女を見るたびに自らの不出来や不幸を思い知らされて目障りだった。だから男を籠絡し、それを利用して彼女を追い詰めた。彼女の顔が苦渋に歪むのを見るのは痛快だった。
 それがこんなことになるのであれば、そんなことをしなければ良かったと、今では後悔の念さえ浮かぶ。

 その更に数日が経つと、王妃は痛みで身を起こせなくなった。乳房も下腹部も全体が膿み、僅かな身動みじろぎで堪え難い痛みを発する。動かなくても痛みが消えることが無い。
「もう、殺して」
 もはや死を願うようにさえなっていた。

 また更に数日。
「あははははははははははははははははははは」
 王妃の寝室には王妃の哄笑が響き渡る。
 王妃は心が先に死んだ。
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