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第八章 勇者の名の下に
第九十七話
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食後のお茶も飲み終え、シーリス一行とノルト一行は改めてテーブルを挟んで向かい合う。手始めにするのは、もう少し突っ込んだ近況のやり取りである。
この際に、サーシャはドレッドから逃げたことを渋々ながら口にした。それを聞いたノルトは顔を見る間に歪め、「貴女は何をしているのですか!」と声を荒らげた。しかし、じとっとした目を向けるシーリスと肩を竦めて小さくなるサーシャを見て心を落ち着かせた。静かに「心臓に悪いので自重してください」と付け加えれば、サーシャも素直に頷いた。
近況を話し終えれば、見付かった遺物の話に移る。
『この遺跡では幾つか記録が見付かりました』
ログリア帝国の宮廷魔法士ヘライトスが遺した記録以外にも、瓦礫に埋もれるようにして幾つかの書類が見付かっている。
『よく遺りしもの也』
『はい。恐らくですが、ここが魔の森に沈む前は遺跡を荒らす余裕さえ人に無かったのでしょう』
この帝都が魔の森に沈んだと推測されるのは約三百年前。それ以前や、まだ森の浅い領域だった時代に、人々に遺跡探索をするような余裕が有れば、遺跡を荒らして一攫千金を狙うのも容易だったに違いない。しかしこの遺跡はそうならなかったようなのだ。それには何らかの理由が有る筈。食料調達に苦しんでいて遺跡を探索する余裕が無かったとか、あるいは探索しようにも遺跡に瘴気が充満していて入れなかったとか、遺跡に入ろうとしなかった理由がだ。
ただ、今となっては想像の域を出ることはなく、その点を追及することにも意味が無い。資料となる遺物を手に入れられたことが重要だとノルトは話を進める。
『話を戻しますが、見付かった資料から魔王の名前が判りました。ハニャトと呼ばれていたようです』
『ハニャト!?』
シーリスにとっては昨日聞いたばかりの名前であった。
『何か心当たりが?』
『左様。なれど後に話したる也』
今はノルトの話を聞く方が先だからとシーリスは保留した。そして『判りました』とノルトが頷いて続ける。
『そのハニャトが何者かですが、少し気になる記録が有ります』
『手掛かりが有りしや?』
『はい。当時、宮廷魔法士にヘライトスと言う人物が居たのですが、彼の行った勇者召喚で現れたのがハヤトと言う少年でした』
ノルトはヘライトスが遺した記録について話す。召喚されたハヤトは言葉が通じず、特別な能力も持ち合わせていなかったこと。ところが帝国の上層部は期待を裏切られたことに腹を立ててハヤトに対して虐待に等しい扱いをしたこと。そのことでハヤトが酷く怯えたこと。見かねたヘライトスが自らの地位と引き替えにしてハヤトを引き取ったこと。酷い扱いを受けていたハヤトがヘライトスにも怯えていたために、弟子にハヤトを委ねたこと。
シーリスは昔聞いた話を思い出していた。言葉が通じなかった召喚勇者が酷い扱いを受けた話だ。与太話くらいに感じていたが事実だったのだ。
少しばかり考え込む素振りを見せるシーリスの様子を窺いながらノルトは話を進める。
『ハヤトは帝都のヘライトスの屋敷で暫く暮らします。そしてアルルと言うのが彼の面倒を見ていた弟子の名前です』
『アルル!?』
シーリスがまた反応した。
『何か心当たりが?』
『左様。なれど後に話したる也』
『そうですか……』
ノルトは気になりつつも、話が脱線するのも問題だと思い直して続ける。
『帝都で暮らしていたハヤトですが、暫くしてアルルと一緒に帝都を離れました』
ハヤトはアルルの献身によって徐々に落ち着きを取り戻し、アルルに怯えることが無くなった。アルルからログリア語を学んである程度話せるようになった頃にはヘライトスに怯えることも無くなった。それからはアルルに連れられて少しずつ家の外に出るようにもなる。
しかしその先には悪意が待っていた。出歩くようになって暫くした頃、誰が吹聴したのか、ハヤトが勇者召喚で呼び出された勇者でありながら訓練さえせずに遊び呆けていると噂が流された。煽動された民衆に寄って集って石を投げられもする。この有り様で帝都で暮らし続けるのには無理があった。
『ハヤトとアルルが移り住んだのはロマノと言う町です』
『南の小さな町なりしや?』
『はい』
ヘライトスはハヤトに対する悪意の出所を探るとともに、ハヤトとアルルを移住させることにした。それがロマノと言う小さな村の郊外の一軒家で、ヘライトスが予め確保していた家だ。元々そこに住まわせるつもりでいたが、ハヤトが長旅に堪えられそうになかったことから保留していた。それでも帝都での暮らしも最初は平穏な日々だった。このまま暮らし続けても大丈夫かと思えるほどにだ。しかし悪意は牙を剥いた。悪意がヘライトスの自宅周囲に押し寄せて声を荒らげるに至っては、一刻の猶予も無い。ハヤトが次第に怯えを見せ始める。放置すればこれまでの努力が水泡に帰す。
出立は月の無い夜陰に紛れ、移動で屋敷から郊外へと移動した。こうしなければならなかったのは、誰に雇われたのか夜もヘライトスの屋敷を取り囲む者が居るためだ。遊んでいても暮らせる身分か、これをするために雇われているかでなければできない所行。姿格好から後者だと思われた。前者がするにはあまりにも見窄らしかったのだ。
郊外に出ても帝都の灯が遠くなるまでムービングで進み、暫く歩いて田園地帯の集落が近付いたらまた足音が立たないようにムービングで進む。そして集落から少し離れた場所に在る納屋へと密かに入り込んだ。
そこに用意していたのは荷車と牛。牛は近隣の農家に世話を頼んで飼っていた。荷物の確認をしながら夜が白むのを待ち、白み始めた頃に牛を荷車に繋ぐ。納屋の中から外の様子を覗って、牛の世話をしに農夫が来るのが見えたら納屋から牛車を出す。御者台に座るのはヘライトスだ。ハヤトとアルルは荷車に隠れている。農夫と丁度行き当たった風を装いつつ、ヘライトスは牛を処分するのでもう世話をしなくていいのだと農夫に告げた。怪訝な表情を浮かべる農夫に労いの言葉を掛けてから牛車を走らせる。農夫が遠くになったら御者台をアルルに譲り、ヘライトスは帝都へと引き返した。
『アルルとハヤトの旅が順調だったかは判りませんが、二人は移住先に無事辿り着いたようです』
『明らかならずや?』
『はい。ヘライトスの記録は二人と別れた後も続いていますが、どれも伝聞を書き連ねたものなのです』
『音信不通かや?』
『はい。恐らく手紙のやり取りをすれば所在が第三者の目に触れることになるからでしょう』
『ならば、二人が先方に着いたとする理由は如何なりや?』
『ハヤトの暗殺が企てられたのです』
アルルとハヤトは人目を避けるように移住先に向かった。ハヤトが若干ながら人に怯える様子を見せ始めていたからだ。街道から外れて隠れるように牛車で寝泊まりし、時折現れる獣からはアルルの防御魔法とヘライトスが作成した防御用の魔法具で相手が諦めるまでひたすら堪え忍んだ。
苦労しつつも到着した移住先で、二人は平穏な一年を過ごす。ハヤトは人前に出ることは無く、庭で畑を耕す日々。時にはアルルと二人で静かな場所に出掛ける。お気に入りの場所は近くの湖畔である。
しかし、平穏だったのもそこまでだった。ハヤトに刺客が差し向けられたのだ。彼が生きていれば更なる勇者の召喚が不可能とされたためである。
この当時、ログリア帝国は伝説を重んじる伝説派とも言うべき人々と、伝説には信憑性が無いと軽んじる反伝説派とも言うべき人々の対立が有った。ヘライトスや皇帝が伝説派で、騎士団長ワーグや多くの貴族が反伝説派である。
反伝説派は更なる勇者の召喚を志向していた。利用できる勇者を召喚できるまで召喚し続ければ良いと考えるのだ。そして彼らは自らの仕組んだ議決を元にしてヘライトスに勇者召喚の実施を迫った。
ヘライトスはこれを拒絶する。ハヤトの例を重く見て、弟子を始めとした魔法士の命に関わろうとも召喚されるだろう人物の命を優先した。ただ、この拒絶は場合によっては投獄されることすらあり得るものだった。皇帝がヘライトスを支持していなければ恐らくそうなっていただろう。
それでも反伝説派は諦めない。ヘライトスが駄目なら代わりの魔法士を立てれば良いのだと、魔法士を見繕って勇者召喚を実施した。そして悉く失敗する。一部の調律魔法を受け持った魔法士の命も消えた。失敗の原因として魔法士の技量不足も疑われたが、誰かがまことしやかに囀った「勇者は二人同時に存在できない。だから先に召喚した者を殺さなければならない」との言葉が通説に押し上げられる。
ヘライトスはこれを耳にして激しく憤った。確かに伝説上では勇者が二人同時に存在することはできないとされていて、そうした例も無い。だが、それを囀ったのは反伝説派だ。自らの主張に都合の良い部分だけ伝説から切り取って語っている。伝説を否定するのなら、切り取った部分すらも否定するべきだとヘライトスは考えるのである。そして通説の出所を探し出す。
囀ったのはワーグであった。当てが外れたことを根に持っていた。その当てとは、戦争を勇者に押し付けて自分らは安全な場所から高みの見物をすること。それが叶わないからと言う身勝手な憤りと、その溜飲を下げるためにハヤトに辛く当たっていたのだ。そして今度は理由をこじつけて命を狙い始めた。
ヘライトスの見立てでは、ハヤトは勇者ではない。それらしい力を持たないのがその根拠だ。勇者は魔王が出現して初めて召喚できるようになると考えている。だからハヤトの命を奪ったところで勇者を召喚できないとも考える。仮に召喚に成功しても新たなハヤトが現れるだけだとも考える。ハヤトの命を奪うことに全く意味は無いのだ。だが、それを訴えようとも反伝説派が止まる見込みが無い。
ワーグがハヤトの居所を掴んだことを察したヘライトスはハヤトの住むロマノへと急行する。だが時既に遅く、着いたのはワーグによってハヤトとアルルの住む家が急襲された後。半壊した家屋や踏み荒らされた畑を見て立ち尽くす。
そのアルルとハヤトはと言うと、すんでのところで逃げおおせていた。
アルルが二日前に村人から「怖い人が彷徨いている」と聞いて警戒していた。越してきた日から日課として探査の魔法で周囲の状況を調べていたが、その当日の反応にも違和感が有った。巧妙な偽装によって気配こそ感じられなかったが、地形の微妙な変化が捉えられたのだ。人一人分の変化が複数ある。囲まれていると気付いたアルルは動く影絵で中に人が居るように見せ掛け、襲撃に合わせて移動で空に飛び、ハヤトを連れて脱出した。
アルルはこうした事態に備えて人前ではムービングを使わず、人力の荷車を牽いていた。その様子を見た襲撃者がムービングで逃げられることは無いとして計画を立てていたために裏を掻くことができたのだった。
この際に、サーシャはドレッドから逃げたことを渋々ながら口にした。それを聞いたノルトは顔を見る間に歪め、「貴女は何をしているのですか!」と声を荒らげた。しかし、じとっとした目を向けるシーリスと肩を竦めて小さくなるサーシャを見て心を落ち着かせた。静かに「心臓に悪いので自重してください」と付け加えれば、サーシャも素直に頷いた。
近況を話し終えれば、見付かった遺物の話に移る。
『この遺跡では幾つか記録が見付かりました』
ログリア帝国の宮廷魔法士ヘライトスが遺した記録以外にも、瓦礫に埋もれるようにして幾つかの書類が見付かっている。
『よく遺りしもの也』
『はい。恐らくですが、ここが魔の森に沈む前は遺跡を荒らす余裕さえ人に無かったのでしょう』
この帝都が魔の森に沈んだと推測されるのは約三百年前。それ以前や、まだ森の浅い領域だった時代に、人々に遺跡探索をするような余裕が有れば、遺跡を荒らして一攫千金を狙うのも容易だったに違いない。しかしこの遺跡はそうならなかったようなのだ。それには何らかの理由が有る筈。食料調達に苦しんでいて遺跡を探索する余裕が無かったとか、あるいは探索しようにも遺跡に瘴気が充満していて入れなかったとか、遺跡に入ろうとしなかった理由がだ。
ただ、今となっては想像の域を出ることはなく、その点を追及することにも意味が無い。資料となる遺物を手に入れられたことが重要だとノルトは話を進める。
『話を戻しますが、見付かった資料から魔王の名前が判りました。ハニャトと呼ばれていたようです』
『ハニャト!?』
シーリスにとっては昨日聞いたばかりの名前であった。
『何か心当たりが?』
『左様。なれど後に話したる也』
今はノルトの話を聞く方が先だからとシーリスは保留した。そして『判りました』とノルトが頷いて続ける。
『そのハニャトが何者かですが、少し気になる記録が有ります』
『手掛かりが有りしや?』
『はい。当時、宮廷魔法士にヘライトスと言う人物が居たのですが、彼の行った勇者召喚で現れたのがハヤトと言う少年でした』
ノルトはヘライトスが遺した記録について話す。召喚されたハヤトは言葉が通じず、特別な能力も持ち合わせていなかったこと。ところが帝国の上層部は期待を裏切られたことに腹を立ててハヤトに対して虐待に等しい扱いをしたこと。そのことでハヤトが酷く怯えたこと。見かねたヘライトスが自らの地位と引き替えにしてハヤトを引き取ったこと。酷い扱いを受けていたハヤトがヘライトスにも怯えていたために、弟子にハヤトを委ねたこと。
シーリスは昔聞いた話を思い出していた。言葉が通じなかった召喚勇者が酷い扱いを受けた話だ。与太話くらいに感じていたが事実だったのだ。
少しばかり考え込む素振りを見せるシーリスの様子を窺いながらノルトは話を進める。
『ハヤトは帝都のヘライトスの屋敷で暫く暮らします。そしてアルルと言うのが彼の面倒を見ていた弟子の名前です』
『アルル!?』
シーリスがまた反応した。
『何か心当たりが?』
『左様。なれど後に話したる也』
『そうですか……』
ノルトは気になりつつも、話が脱線するのも問題だと思い直して続ける。
『帝都で暮らしていたハヤトですが、暫くしてアルルと一緒に帝都を離れました』
ハヤトはアルルの献身によって徐々に落ち着きを取り戻し、アルルに怯えることが無くなった。アルルからログリア語を学んである程度話せるようになった頃にはヘライトスに怯えることも無くなった。それからはアルルに連れられて少しずつ家の外に出るようにもなる。
しかしその先には悪意が待っていた。出歩くようになって暫くした頃、誰が吹聴したのか、ハヤトが勇者召喚で呼び出された勇者でありながら訓練さえせずに遊び呆けていると噂が流された。煽動された民衆に寄って集って石を投げられもする。この有り様で帝都で暮らし続けるのには無理があった。
『ハヤトとアルルが移り住んだのはロマノと言う町です』
『南の小さな町なりしや?』
『はい』
ヘライトスはハヤトに対する悪意の出所を探るとともに、ハヤトとアルルを移住させることにした。それがロマノと言う小さな村の郊外の一軒家で、ヘライトスが予め確保していた家だ。元々そこに住まわせるつもりでいたが、ハヤトが長旅に堪えられそうになかったことから保留していた。それでも帝都での暮らしも最初は平穏な日々だった。このまま暮らし続けても大丈夫かと思えるほどにだ。しかし悪意は牙を剥いた。悪意がヘライトスの自宅周囲に押し寄せて声を荒らげるに至っては、一刻の猶予も無い。ハヤトが次第に怯えを見せ始める。放置すればこれまでの努力が水泡に帰す。
出立は月の無い夜陰に紛れ、移動で屋敷から郊外へと移動した。こうしなければならなかったのは、誰に雇われたのか夜もヘライトスの屋敷を取り囲む者が居るためだ。遊んでいても暮らせる身分か、これをするために雇われているかでなければできない所行。姿格好から後者だと思われた。前者がするにはあまりにも見窄らしかったのだ。
郊外に出ても帝都の灯が遠くなるまでムービングで進み、暫く歩いて田園地帯の集落が近付いたらまた足音が立たないようにムービングで進む。そして集落から少し離れた場所に在る納屋へと密かに入り込んだ。
そこに用意していたのは荷車と牛。牛は近隣の農家に世話を頼んで飼っていた。荷物の確認をしながら夜が白むのを待ち、白み始めた頃に牛を荷車に繋ぐ。納屋の中から外の様子を覗って、牛の世話をしに農夫が来るのが見えたら納屋から牛車を出す。御者台に座るのはヘライトスだ。ハヤトとアルルは荷車に隠れている。農夫と丁度行き当たった風を装いつつ、ヘライトスは牛を処分するのでもう世話をしなくていいのだと農夫に告げた。怪訝な表情を浮かべる農夫に労いの言葉を掛けてから牛車を走らせる。農夫が遠くになったら御者台をアルルに譲り、ヘライトスは帝都へと引き返した。
『アルルとハヤトの旅が順調だったかは判りませんが、二人は移住先に無事辿り着いたようです』
『明らかならずや?』
『はい。ヘライトスの記録は二人と別れた後も続いていますが、どれも伝聞を書き連ねたものなのです』
『音信不通かや?』
『はい。恐らく手紙のやり取りをすれば所在が第三者の目に触れることになるからでしょう』
『ならば、二人が先方に着いたとする理由は如何なりや?』
『ハヤトの暗殺が企てられたのです』
アルルとハヤトは人目を避けるように移住先に向かった。ハヤトが若干ながら人に怯える様子を見せ始めていたからだ。街道から外れて隠れるように牛車で寝泊まりし、時折現れる獣からはアルルの防御魔法とヘライトスが作成した防御用の魔法具で相手が諦めるまでひたすら堪え忍んだ。
苦労しつつも到着した移住先で、二人は平穏な一年を過ごす。ハヤトは人前に出ることは無く、庭で畑を耕す日々。時にはアルルと二人で静かな場所に出掛ける。お気に入りの場所は近くの湖畔である。
しかし、平穏だったのもそこまでだった。ハヤトに刺客が差し向けられたのだ。彼が生きていれば更なる勇者の召喚が不可能とされたためである。
この当時、ログリア帝国は伝説を重んじる伝説派とも言うべき人々と、伝説には信憑性が無いと軽んじる反伝説派とも言うべき人々の対立が有った。ヘライトスや皇帝が伝説派で、騎士団長ワーグや多くの貴族が反伝説派である。
反伝説派は更なる勇者の召喚を志向していた。利用できる勇者を召喚できるまで召喚し続ければ良いと考えるのだ。そして彼らは自らの仕組んだ議決を元にしてヘライトスに勇者召喚の実施を迫った。
ヘライトスはこれを拒絶する。ハヤトの例を重く見て、弟子を始めとした魔法士の命に関わろうとも召喚されるだろう人物の命を優先した。ただ、この拒絶は場合によっては投獄されることすらあり得るものだった。皇帝がヘライトスを支持していなければ恐らくそうなっていただろう。
それでも反伝説派は諦めない。ヘライトスが駄目なら代わりの魔法士を立てれば良いのだと、魔法士を見繕って勇者召喚を実施した。そして悉く失敗する。一部の調律魔法を受け持った魔法士の命も消えた。失敗の原因として魔法士の技量不足も疑われたが、誰かがまことしやかに囀った「勇者は二人同時に存在できない。だから先に召喚した者を殺さなければならない」との言葉が通説に押し上げられる。
ヘライトスはこれを耳にして激しく憤った。確かに伝説上では勇者が二人同時に存在することはできないとされていて、そうした例も無い。だが、それを囀ったのは反伝説派だ。自らの主張に都合の良い部分だけ伝説から切り取って語っている。伝説を否定するのなら、切り取った部分すらも否定するべきだとヘライトスは考えるのである。そして通説の出所を探し出す。
囀ったのはワーグであった。当てが外れたことを根に持っていた。その当てとは、戦争を勇者に押し付けて自分らは安全な場所から高みの見物をすること。それが叶わないからと言う身勝手な憤りと、その溜飲を下げるためにハヤトに辛く当たっていたのだ。そして今度は理由をこじつけて命を狙い始めた。
ヘライトスの見立てでは、ハヤトは勇者ではない。それらしい力を持たないのがその根拠だ。勇者は魔王が出現して初めて召喚できるようになると考えている。だからハヤトの命を奪ったところで勇者を召喚できないとも考える。仮に召喚に成功しても新たなハヤトが現れるだけだとも考える。ハヤトの命を奪うことに全く意味は無いのだ。だが、それを訴えようとも反伝説派が止まる見込みが無い。
ワーグがハヤトの居所を掴んだことを察したヘライトスはハヤトの住むロマノへと急行する。だが時既に遅く、着いたのはワーグによってハヤトとアルルの住む家が急襲された後。半壊した家屋や踏み荒らされた畑を見て立ち尽くす。
そのアルルとハヤトはと言うと、すんでのところで逃げおおせていた。
アルルが二日前に村人から「怖い人が彷徨いている」と聞いて警戒していた。越してきた日から日課として探査の魔法で周囲の状況を調べていたが、その当日の反応にも違和感が有った。巧妙な偽装によって気配こそ感じられなかったが、地形の微妙な変化が捉えられたのだ。人一人分の変化が複数ある。囲まれていると気付いたアルルは動く影絵で中に人が居るように見せ掛け、襲撃に合わせて移動で空に飛び、ハヤトを連れて脱出した。
アルルはこうした事態に備えて人前ではムービングを使わず、人力の荷車を牽いていた。その様子を見た襲撃者がムービングで逃げられることは無いとして計画を立てていたために裏を掻くことができたのだった。
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