魔王へのレクイエム

浜柔

文字の大きさ
上 下
78 / 115
第五章 聖女の心ここに在らず

第七十六話

しおりを挟む
 シーリスは気を失ったままのサーシャを移動ムービングを用いてゴンドラへと連れ帰った。宙に寝かせて浮かばせたら晒し者のようになってしまうので、抱きかかえるのを装ってのことだ。しかし、それはそれで目立つもので、通りすがりの人が「何て力持ちな」と顔に書いて振り返っていた。
 運び込んだのはサーシャのゴンドラの方。慣れ親しんだ船室の方が起きた時に落ち着けると踏んでのことだ。マリアンがサーシャを看病しつつ、いつ目覚めても良いように準備する傍ら、シーリスはそのゴンドラの居間で待機する。目を覚ましたら話さなければならないことが有る。ドレッドから逃げる件もそうだが、治癒魔法の件は外せない。
「ありがとうございます」
 準備を終えたマリアンはシーリスに深く頭を下げた。シーリスが居なければサーシャを連れ帰るのも一苦労だった筈だ。何よりサーシャが元事務員の両親から怪我を負わされていたかも知れない。
「他愛無き也」
 シーリスにとっては小手先の技でしかないので気にするまでもないと言うことである。
 暫くしてロイエンが戻った。生憎なことにドレッドを連れていたため、彼を案内するのと同時にシーリスも中型ゴンドラへと居場所を移す。今更ドレッドを拒絶することもできない状況だ。サーシャが元事務員の妻の治療を言い出さなければ賊の件での事情聴取だけで強引に立ち去ることもできたのだが、ここ今となっては元事務員の家族の顛末も確認しておかなければ何かが喉の奥に支えたように落ち着かないだろう。サーシャが目覚め次第、マリアンに知らせて貰う手筈にしている。
 ゴンドラ間を行き来するためのロープも張った。浮遊器フローターで浮かびながらロープを伝うのだ。そうでなければゴンドラの縁を蹴って横方向の移動をしなければならない。大きいゴンドラから小さなゴンドラに移るならともかく、逆は厳しいのである。
 待つだけの時間は長い。
「貴女は何者だ?」
「魔法士也」
 ドレッドの質問にシーリスは簡潔に答えた。
「いや、そうではなく……」
 傀儡ゴーレム、フローターを使わない空中移動、賊を捕らえた障壁バリアと、今の常識では考えられない魔法を使うのだ。そんな人物が今の今まで噂にも聞いていないことが信じられないドレッドである。
 しかしシーリスも多くを語る気は無い。隠すつもりではなく、あまり語りたくない過去も関わってくるからだ。話すことは事情聴取の時に話していて、非常に説明が面倒だったのもある。同じ面倒を繰り返したくもないのだ。
「シーリス殿、一手指南願いたい」
 ドレッドはゴーレム相手に戦わせて欲しいと言った。真剣な表情でだ。そこに何か思うところが有ると見て、シーリスは承知した。
 二人はゴンドラを出て地面に降り立つ。
生成クリエイト!』
 シーリスはゴーレムを一体だけ生成した。盾代わりのバリアをゴーレムの前に展開する。
「いつでも良き也」
 ドレッドは我が意を得たりとばかりに不敵に笑い、剣をバリアへと叩き付ける。バリアはビクともしない。するとドレッドは回り込んでゴーレムへと剣を叩き込む。が、バリアが一瞬の内に移動して剣を受け止める。
 そしてドレッドが飽きるまでそれを続けた。
 そんな風にシーリスとドレッドが時間を費やす間、ルセアはロイエンから事の次第を聞いた。この場でプローゼン語を話せるのがロイエンだけなので必然的にである。

 サーシャが目覚めたのは日が沈んだ後のこと。マリアンからの連絡を受けて、シーリスがサーシャを中型ゴンドラに連れて来る。憔悴したままのサーシャでは自力での移動は無理だが、シーリスの魔法ならお構いなしなのだ。
 皆が集まったところで、先にドレッドからの元事務員の家族についての報告。見舞金を渡したと言う結果だけを話す。聞いていたロイエンは小さく頷いた。彼らが納得したかは余計な話である。
 これによってサーシャは僅かながら安堵の表情を見せた。
 そしてシーリスが語る。治癒魔法で完治した筈の患者が治療直後に亡くなる事例が有ることを。皆は驚愕した。ルセアだけは言葉が解らずキョトンとするばかりだが、ロイエンに通訳して貰って遅ればせながら驚きの表情を見せる。
「どうしてそれを先に言わなかった?」
 ドレッドが詰るかのようにシーリスに尋ねた。シーリスは何でもないように答える。
「目の当たりにせねば信じまいや?」
「そん……」
 そんなことはないと叫ぼうとしたのをドレッドは止めた。あの場で信じようとしなかったのを思いだしたのだ。
「そうはならない手段は何か無いのか?」
「完治させねば良き也」
 完治させなければ直ぐにでも命に関わる病ならどうにもならないが、そうでない病なら半分だけ治して様子を見ることができる。理屈ではだ。
「しかし……」
 シーリスは続けた。聖女と呼ばれるほど膨大な魔力を持ち合わせていると、その調節が難しい。巨大な水桶を傾けて小さなコップに半分だけ水を注ぐかのようなものなのだ。
 聞いていたサーシャは顔を手で覆って伏せる。
「そうだったのですね……」
 サーシャには心当たりが有った。サーシャの許へ患者を連れて来るのは王族の御用医師なのだが、彼らは治療直後の患者をサーシャに見せることが無かったのだ。後日に快癒した患者に会ったことがあるくらいのものだった。
 御用医師はシーリスが語ったことを知っていて、サーシャには知らせないようにしていたのである。全てはサーシャの心の安寧を損なわないために。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

私は逃げます

恵葉
ファンタジー
ブラック企業で社畜なんてやっていたら、23歳で血反吐を吐いて、死んじゃった…と思ったら、異世界へ転生してしまったOLです。 そしてこれまたありがちな、貴族令嬢として転生してしまったのですが、運命から…ではなく、文字通り物理的に逃げます。 貴族のあれやこれやなんて、構っていられません! 今度こそ好きなように生きます!

異世界転生したら生まれた時から神でした

うた♪♪
ファンタジー
中学3年の夏休みに交通事故にあった村田大揮(むらただいき)はなんと異世界に!?その世界は魔王が復活しようとしている世界。 村田大輝……いや、エリック・ミラ・アウィーズは様々な困難を神の如き力で解決していく! 【感想お待ちしてます!】 ※処女作ですので誤字脱字、日本語等がおかしい所が多いと思いますが気にせずにお願いします(*´ω`*) この作品は小説家になろう、カクヨム、ノベルバにも掲載しています。 作者Twitter:@uta_animeLove

無能とされた双子の姉は、妹から逃げようと思う~追放はこれまでで一番素敵な贈り物

ゆうぎり
ファンタジー
私リディアーヌの不幸は双子の姉として生まれてしまった事だろう。 妹のマリアーヌは王太子の婚約者。 我が公爵家は妹を中心に回る。 何をするにも妹優先。 勿論淑女教育も勉強も魔術もだ。 そして、面倒事は全て私に回ってくる。 勉強も魔術も課題の提出は全て代わりに私が片付けた。 両親に訴えても、将来公爵家を継ぎ妹を支える立場だと聞き入れて貰えない。 気がつけば私は勉強に関してだけは、王太子妃教育も次期公爵家教育も修了していた。 そう勉強だけは…… 魔術の実技に関しては無能扱い。 この魔術に頼っている国では私は何をしても無能扱いだった。 だから突然罪を着せられ国を追放された時には喜んで従った。 さあ、どこに行こうか。 ※ゆるゆる設定です。 ※2021.9.9 HOTランキング入りしました。ありがとうございます。

糸遣いの少女ヘレナは幸いを手繰る

犬飼春野
ファンタジー
「すまない、ヘレナ、クリス。ディビッドに逃げられた……」  父の土下座から取り返しのつかない借金発覚。  そして数日後には、高級娼婦と真実の愛を貫こうとするリチャード・ゴドリー伯爵との契約結婚が決まった。  ヘレナは17歳。  底辺まで没落した子爵令嬢。  諸事情で見た目は十歳そこそこの体格、そして平凡な容姿。魔力量ちょっぴり。  しかし、生活能力と打たれ強さだけは誰にも負けない。 「ぼんやり顔だからって、性格までぼんやりしているわけじゃないの」    今回も強い少女の奮闘記、そして、そこそこモテ期(←(笑))を目指します。 ***************************************** ** 元題『ぼんやり顔だからって、性格までぼんやりとしているとは限りません』     で長い間お届けし愛着もありますが、    2024/02/27より『糸遣いの少女ヘレナは幸いを手繰る』へ変更いたします。 ** *****************************************  ※ ゆるゆるなファンタジーです。    ゆるファンゆえに、鋭いつっこみはどうかご容赦を。  ※ 設定がハードなので(主に【閑話】)、R15設定としました。  なろう他各サイトにも掲載中。 『登場人物紹介』を他サイトに開設しました。↓ http://rosadasrosas.web.fc2.com/bonyari/character.html

勇者に恋人寝取られ、悪評付きでパーティーを追放された俺、燃えた実家の道具屋を世界一にして勇者共を見下す

大小判
ファンタジー
平民同然の男爵家嫡子にして魔道具職人のローランは、旅に不慣れな勇者と四人の聖女を支えるべく勇者パーティーに加入するが、いけ好かない勇者アレンに義妹である治癒の聖女は心を奪われ、恋人であり、魔術の聖女である幼馴染を寝取られてしまう。 その上、何の非もなくパーティーに貢献していたローランを追放するために、勇者たちによって役立たずで勇者の恋人を寝取る最低男の悪評を世間に流されてしまった。 地元以外の冒険者ギルドからの信頼を失い、怒りと失望、悲しみで頭の整理が追い付かず、抜け殻状態で帰郷した彼に更なる追い打ちとして、将来継ぐはずだった実家の道具屋が、爵位証明書と両親もろとも炎上。 失意のどん底に立たされたローランだったが、 両親の葬式の日に義妹と幼馴染が王都で呑気に勇者との結婚披露宴パレードなるものを開催していたと知って怒りが爆発。 「勇者パーティ―全員、俺に泣いて土下座するくらい成り上がってやる!!」 そんな決意を固めてから一年ちょっと。成人を迎えた日に希少な鉱物や植物が無限に湧き出る不思議な土地の権利書と、現在の魔道具製造技術を根底から覆す神秘の合成釜が父の遺産としてローランに継承されることとなる。 この二つを使って世界一の道具屋になってやると意気込むローラン。しかし、彼の自分自身も自覚していなかった能力と父の遺産は世界各地で目を付けられ、勇者に大国、魔王に女神と、ローランを引き込んだり排除したりする動きに巻き込まれる羽目に これは世界一の道具屋を目指す青年が、爽快な生産チートで主に勇者とか聖女とかを嘲笑いながら邪魔する者を薙ぎ払い、栄光を掴む痛快な物語。

全校転移!異能で異世界を巡る!?

小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。 目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。 周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。 取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。 「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」 取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。 そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。

裏の林にダンジョンが出来ました。~異世界からの転生幼女、もふもふペットと共に~

あかる
ファンタジー
私、異世界から転生してきたみたい? とある田舎町にダンジョンが出来、そこに入った美優は、かつて魔法学校で教師をしていた自分を思い出した。 犬と猫、それと鶏のペットと一緒にダンジョンと、世界の謎に挑みます!

処理中です...