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第五章 聖女の心ここに在らず
第六十九話
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逃げる? 何から? とロイエンが思ったのは一瞬だけのこと。サーシャの態度から、逃げたい相手があの騎士だと判る。
「事情をお伺いしても宜しゅうございますか?」
「それは……」
サーシャは躊躇う。家出と言うのは甚だ外聞が悪い。別に王家に迷惑を掛けたいとは思っていないのだ。
ロイエンもその躊躇いを正確に推測する。だからそこを気にしても仕方がないと知らしめる。
「家出を為された理由をお聞きしたいのです」
「ええ!?」
どうして判ったのかと驚くサーシャ。一方のロイエンはサーシャが驚いたことに驚く。どうして気付かれないと思ったのかと。
二人は見つめ合う。突然恋に落ちた、なんてことは勿論無い。お互いに相手の出方を窺っているだけだ。どちらかが顔を背ければ、そこでこの話は終わり。交渉を拒んだことになる。
ロイエンからしてみれば事情もはっきりしないままサーシャに加担して外交問題に発展しては目も当てられない。シーリスに何かしらがまとわり付いて来るだけの方が、最終的にはシーリスが全てを力でねじ伏せて始末を付ける手段が残されるだけマシだ。だからサーシャが口を開くのを待つ。
サーシャにとっては目の前の男性が、そして危機を救ってくれた女性がここでの唯一の望みの綱。交渉を拒否されれば間違いなくドレッドに連れ戻されることになり、ノルトを捜す旅も終わりだ。その後は碌に外出もできないまま一生を過ごすことになりかねない。だから自ら顔を背けるなどできないし、相手が顔を背ける前に事情を打ち明けるか決めなければならない。とは言うものの、客観的には男を追い掛けての家出だ。外聞の悪さも上塗りだ。躊躇わない方が無理な相談なのだ。
そんな具合に本人達は至って真剣に駆け引きを行っているのだが、傍から見ればやはり眼下の騒動をそっちのけで逢い引きを楽しんでいるように見えるものである。
動く土塊と言う未知なる脅威を目の当たりにしたドレッドは、検めてサーシャの安否を確認しようとゴンドラ上へと視線を移した。するとそこにはどこの馬の骨とも判らない男と見つめ合うサーシャの姿。ドレッドの心は千々に乱れる。
よもや、あのような優男と駆け落ちなされていたのか。
サーシャがノルトを追い掛けるように飛び出して行ったのを自らの目で見ていたにも拘わらず、何を考えているやらだ。しかし、ロイエンにとっては傍迷惑この上ないことながら、嫉妬に苛まれた人間の思考は色々と残念なものである。
ところが、ドレッド本人にはサーシャに恋い焦がれている自覚が無いのであった。
当然ながらサーシャにドレッドの心情を知る由など無い。どうやってドレッドから逃れて旅を続けようかと、そればかりが頭の中を駆け巡る。喉元過ぎれば熱さを忘れてしまうのか、賊に襲われたことも棚上げだ。そして散々悩んだ挙げ句。
「判りました。お話しします」
サーシャは事情を掻い摘んでロイエンに語った。ノルトの研究のこと。その研究でノルトが何か発見するなら、その場に自らも居合わせたいと言う希望。この希望こそが家出の理由。そして自らとドレッドの関係。ついでにノルトとドレッドの関係。
次はロイエンが考える番だ。サーシャの家出の理由が取るに足りないものであれば、サーシャを逃がすと言う、ライナーダ王国の騎士と敵対するかのような行為はリスクが高いだけで全くメリットが無い。逃がすだけ逃がしてサーシャの好きにさせ、どこかでまた賊に襲われたりしようものなら戦争待ったなしだ。だから逃がすなら、サーシャの安全を確保しつつ、とことん付き合うつもりで行わなければならない。しかし幸か不幸かその目的がロイエンの、いやさシーリスのものに重なっている。もしも行った先でそのノルトと出会った場合、サーシャが一緒ならスムーズな情報交換も可能だろう。勿論、サーシャが居なくても戦うことはないだろうし、情報交換ができないと決まった訳ではない。最も大きな問題はサーシャの安全確保はシーリス頼みと言うところである。
「ご事情は承知いたしました。ただ、お力をお貸しできるかはシーリス……、殿下をお助けした女性のことですが、彼女が頷けばになってございます」
ロイエンはシーリスを指し示しながら言う。
「そのため、下の騒動が片付いてから、シーリスを交えてお話しさせて戴きたいと存じますが、宜しゅうございましょうか?」
サーシャはまた恥を晒すのかと微かに顔を歪めるが、ここまで来て頷く以外の選択肢は持ち合わせていなかった。
「事情をお伺いしても宜しゅうございますか?」
「それは……」
サーシャは躊躇う。家出と言うのは甚だ外聞が悪い。別に王家に迷惑を掛けたいとは思っていないのだ。
ロイエンもその躊躇いを正確に推測する。だからそこを気にしても仕方がないと知らしめる。
「家出を為された理由をお聞きしたいのです」
「ええ!?」
どうして判ったのかと驚くサーシャ。一方のロイエンはサーシャが驚いたことに驚く。どうして気付かれないと思ったのかと。
二人は見つめ合う。突然恋に落ちた、なんてことは勿論無い。お互いに相手の出方を窺っているだけだ。どちらかが顔を背ければ、そこでこの話は終わり。交渉を拒んだことになる。
ロイエンからしてみれば事情もはっきりしないままサーシャに加担して外交問題に発展しては目も当てられない。シーリスに何かしらがまとわり付いて来るだけの方が、最終的にはシーリスが全てを力でねじ伏せて始末を付ける手段が残されるだけマシだ。だからサーシャが口を開くのを待つ。
サーシャにとっては目の前の男性が、そして危機を救ってくれた女性がここでの唯一の望みの綱。交渉を拒否されれば間違いなくドレッドに連れ戻されることになり、ノルトを捜す旅も終わりだ。その後は碌に外出もできないまま一生を過ごすことになりかねない。だから自ら顔を背けるなどできないし、相手が顔を背ける前に事情を打ち明けるか決めなければならない。とは言うものの、客観的には男を追い掛けての家出だ。外聞の悪さも上塗りだ。躊躇わない方が無理な相談なのだ。
そんな具合に本人達は至って真剣に駆け引きを行っているのだが、傍から見ればやはり眼下の騒動をそっちのけで逢い引きを楽しんでいるように見えるものである。
動く土塊と言う未知なる脅威を目の当たりにしたドレッドは、検めてサーシャの安否を確認しようとゴンドラ上へと視線を移した。するとそこにはどこの馬の骨とも判らない男と見つめ合うサーシャの姿。ドレッドの心は千々に乱れる。
よもや、あのような優男と駆け落ちなされていたのか。
サーシャがノルトを追い掛けるように飛び出して行ったのを自らの目で見ていたにも拘わらず、何を考えているやらだ。しかし、ロイエンにとっては傍迷惑この上ないことながら、嫉妬に苛まれた人間の思考は色々と残念なものである。
ところが、ドレッド本人にはサーシャに恋い焦がれている自覚が無いのであった。
当然ながらサーシャにドレッドの心情を知る由など無い。どうやってドレッドから逃れて旅を続けようかと、そればかりが頭の中を駆け巡る。喉元過ぎれば熱さを忘れてしまうのか、賊に襲われたことも棚上げだ。そして散々悩んだ挙げ句。
「判りました。お話しします」
サーシャは事情を掻い摘んでロイエンに語った。ノルトの研究のこと。その研究でノルトが何か発見するなら、その場に自らも居合わせたいと言う希望。この希望こそが家出の理由。そして自らとドレッドの関係。ついでにノルトとドレッドの関係。
次はロイエンが考える番だ。サーシャの家出の理由が取るに足りないものであれば、サーシャを逃がすと言う、ライナーダ王国の騎士と敵対するかのような行為はリスクが高いだけで全くメリットが無い。逃がすだけ逃がしてサーシャの好きにさせ、どこかでまた賊に襲われたりしようものなら戦争待ったなしだ。だから逃がすなら、サーシャの安全を確保しつつ、とことん付き合うつもりで行わなければならない。しかし幸か不幸かその目的がロイエンの、いやさシーリスのものに重なっている。もしも行った先でそのノルトと出会った場合、サーシャが一緒ならスムーズな情報交換も可能だろう。勿論、サーシャが居なくても戦うことはないだろうし、情報交換ができないと決まった訳ではない。最も大きな問題はサーシャの安全確保はシーリス頼みと言うところである。
「ご事情は承知いたしました。ただ、お力をお貸しできるかはシーリス……、殿下をお助けした女性のことですが、彼女が頷けばになってございます」
ロイエンはシーリスを指し示しながら言う。
「そのため、下の騒動が片付いてから、シーリスを交えてお話しさせて戴きたいと存じますが、宜しゅうございましょうか?」
サーシャはまた恥を晒すのかと微かに顔を歪めるが、ここまで来て頷く以外の選択肢は持ち合わせていなかった。
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