魔王へのレクイエム

浜柔

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第四章 魔王を求めて北へ

第五十五話

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 半信半疑ながら目の前の女性達が手練れの魔物猟師だと理解したものの、ノルトには疑問が残る。
「買って出て戴けるのは有り難いのですが、お二人だけで決めて良いのですか? あちらの女騎士さんのご意見は?」
「ん? あいつなら……、どわっ!」
 突如、オリエが目を輝かせ、エミリーを弾き飛ばすようにしながらノルトに迫った。脇を締め、両の拳を握った手首を逸らせつつ。
「そうか! 貴殿には解るか! この女騎士のフォルムが!」
「え、ええ、まあ……」
 ノルトは冷や汗を流した。女騎士と呼ぶべきではなかったと思い直したのがその理由。
 ノルトが小さな金属片を細い鎖で身体からだに留めているだけの女性を「女騎士」と呼んだのは、本人が主張していたからではあるが、その主張をすんなり受け入れられたからでもある。受け入れられた理由と言うのが、遺跡で発掘された小説。幾つかの小説で女騎士が登場し、目の前の女騎士さんのような鎧を着用していた。ただ、決まって豚面の魔物やスライムに陵辱されてしまう。まさかそんな特殊な話をする訳にはいかないと思う訳である。
 よもや目の前の女騎士さんがその小説に登場するような特殊な性癖の持ち主だとは思いもよらないノルトなのだ。
「そうか、そうか、解るか。気に入った!」
 オリエは満面の笑みである。初めて理解を得られたのだ。あくまでオリエがそう思うだけではあるが。
「魔の森の上を飛んで行くと言う話だったな? わたし達に任せておけ! ちょろちょろと飛び回る魔物など、エミリーとリリナがどうとでもしてくれる」
「おい! 何が『任せておけ』だ! あたしらに丸投げじゃねぇか!」
「わたしに飛んでいるゴンドラの護衛が務まる訳がないではないか」
 怒鳴ったエミリーに、オリエは踏ん反り返って返した。エミリーは溜め息だ。
「解ったろ? こいつは聞いてないような振りしてちゃっかり聞いてやがんだよ」
 ノルトは肯定も否定もできず、「はあ……」と曖昧に返すだけだ。
「『ちゃっかり』とは何だ。失敬な」
「失敬なもんか。さっきまでだって嘆く振りをしながらチラチラこっちを見てやがった癖に」
「まったくですわ。女騎士だか何か知りませんけど、そんなことを言い張られるより余程恥ずかしかったですわ」
「なな……、判っていて放置したと言うのか! 何と言う辱めか!」
 オリエは胸を抱いて身悶えた。
 ノルトは全く付いて行けず、呆然としながら「えーと」と首を捻るばかりだ。魔法結晶買い取り屋の女将も目が点である。
 しかしエミリーとリリナはまるで意に介していない。エミリーがノルトへと右手を差し出す。
「こんな変態は放っておいて、宜しく頼むぜ」
 ノルトは逡巡する。ノルトの目には目の前の女性達が凄腕とはとても映らない。丸裸同然の女性二人にフリルの付いたフレアスカート姿の少女――あくまで見掛けだが――の三人組を見たら、凄腕以前に魔物猟師と思う方がどうかしている。しかしながら魔物猟師のために怒りを露わにしたのだろう魔法結晶買い取り屋の女将が太鼓判を押すのだからきっと凄腕の魔物猟師なのだ。同じ意味で信用も有るに違いない。そもそも確かめてみなければ腕前などは判らないのだから、確かめてから採用するかを決めるつもりだった。腕前が足りなそうであれば、後で断ってもばちは当たらない筈だ。
 ノルトはエミリーの手を握り返した。
「はい、よろしくお願いします」
「取り敢えずは自己紹介をしようじゃねぇか。あたしはエミリー。あっちで身悶えしながらチラチラこっちを見ている変態がオリエ。こっちで澄ましている変態がリリナだ」
「まっ! 変態とは失礼な!」
「変態の癖に変態呼ばわりするとこんな風にめんどくさいんだけど、まあ勘弁してくれ」
「あはは……」
 ノルトは苦笑いしか返しようが無い。
「よろしくお願いします。ボクはノルトです。仲間はもう一人、クインクトって男が居ます」
「二人だけか?」
「はい。二人だけだからお手伝いして戴ける方が必要な訳でして……」
 ノルトは頭を掻いた。
「あたしらも請け負っていながら何なんだがよ。よくそんなので魔の森の真ん中に行こうと思ったな?」
「そうですね。でも、多少の無理を通してでも行く価値は有ると思っています」
「ふーん」
 エミリーの相槌はどうでも良さそうでもあり、そうでも無さそうでもあるものだった。
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