魔王へのレクイエム

浜柔

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第四章 魔王を求めて北へ

第四十九話

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 チクチクチクチク、チクチクチクチク。針の音。
「ちょっと。聞いてますの?」
 チクチクチクチク、チクチクチクチク。止まない針の音。
「エミリーさん!?」
「あっ! 大きな声を出すから最後の所を失敗しちまったじゃねぇか」
 一旦針から糸を抜いて三針分ほど解き、再度針に糸を通して縫い直す。そして糸を止めて余った糸を切る。
「出来た! くぅ、会心の出来だぜ」
 ふりふりのフリルを縫い付けた膝丈のフレアスカートの裾を広げて悦に入るエミリーである。年齢的にはフリルと言う歳ではなくなっているが、背が低めで目がくりくりっと大きい童顔のせいで、着れば意外と似合うのだ。
「もう、フリルなんてどうでもいいじゃありませんか」
「いつも服を着てない誰かさんと違って、あたしにはどうでも良くなくなんてないんだよ」
「失礼な。着ているじゃありませんか」
 胸元に指先を当てつつ主張したリリナは、暫し胸元を見詰めた後に良いことを思い付いたばかりにぽふんと手を叩く。
「あたくしの服をフリルで作ったら素敵じゃありませんこと?」
「あ゛?」
 エミリーは嫌そうにしながら振り返った。そしてリリナを撫でるように見ながら想像を巡らせる。今の布切れの代わりにフリルがまとわり付く姿をだ。どう考えても全裸より破廉恥。今でもそうなのではあるが、更に破廉恥に違いない。
「だあぁぁっ! もう、フリルは止めだ!」
 両手を振り上げて立ち上がる。そして振り上げた手を下ろして腰に当てる。
「町長だろ!? 行くさ。行ってやるさ」
 取り敢えず話は纏まった。

 翌日。三人は町役場を訪れた。
「は、破廉恥な! ここをどこだと思っているのですか!?」
 受付嬢はリリナとオリエを見るなり叫びを上げた。叫んだ後に慌てて両手で口を塞ぐが、もう遅い。左右を窺えば、見事に注目の的になっている。四方に小さく頭を下げながら冷や汗を流す。
「な? そう思うだろ? もっと言ってやってくれよ」
 受付嬢の心情をおもんぱかる様子も無く、エミリーが受付のカウンターに身を乗り出してそんなことを言った。受付嬢は押し止めるような手振りをしつつ、顔を背ける。
「そ、それは……」
 言ってやりたいのは山々だ。「この変態が!」と。しかしそれでは受付失格だからと自重して、必死に笑顔を作る。かなり引き攣ってはいるが。
「そ、それでご用件は?」
「町長に面会しに来たのですわん」
 リリナが進み出た。たゆんと揺れるおっぱいに受付嬢の笑顔が更に引き攣る。
「お、お名前は?」
「エミリーにオリエ。あたくしがリリナですわ」
 エミリーからオリエ、そして自分を手で示しつつリリナは答えた。
「しょ、少々お待ちください。確認して参ります」
 笑顔を引き攣らせたまま、受付嬢は奥へ行く。
 それから暫し。
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
 受付嬢は引き攣ったまま表情が固まったかのような様子で三人を応接室へと案内する。
 そこに入ると、既に町長が待っていた。一見では禿散らかしたオヤジだ。その町長がリリナとオリエを見るなり目をしばたたかせる。続けて鼻の下を伸ばした。
「そこのおっぱい二人、わしの妾にならんか? 不自由無い暮らしを約束するぞ」
「何言ってんだ? この禿」
「帰りましょう。とんだ無駄足でしたわ」
 きびすを返す三人。これには町長が慌てる。
「ま、待て! 今のは口が滑っただけだ! 用件は別に有る!」
 足を止め、目を眇めて振り返る三人。滑ったからと言う言葉かと。
「ま、まあこっちに座ってくれ」
 町長が焦り気味に言うが、三人は首を横に振る。
「ここで結構ですわ」
「うむ。何をされるか判ったものではなさそうだからな」
「う……」
 胸を押さえて唸る町長。身から出た錆である。
「それでご用件は?」
「国が魔王討伐隊を募集していて、各町にも候補者の推薦を求められている」
 これを聞き、「やっぱりそのことか」とげんなりする三人だ。
「君達にも加わって欲しいのだが、どうかな?」
「断る」
「お断りですわ」
「拒否つかまつる」
 即答だ。
「そうか」
 町長は頷いた。
「それでは候補から外そう。話は以上だ」
「え?」
「これだけですの?」
「てっきりごり押ししてくるものと思っていたのだが……」
 町長は一瞬だけ目を点にした後、「あっはっは」と豪快に笑い飛ばす。
「そんな、できもしないことはやらんよ」
 三人はこの町でもピカイチの稼ぎを誇り、魔法結晶の質に関しては他の追随を全く許さない。最も戦闘力に長けているのだと、少し目端が利けば判ることだ。
 そんな相手に何かを強要しようとするなら、更なる戦闘力の持ち主を連れて来るか、卑怯な手を使わなければならない。前者は現実的ではなく、後者は恨みを買うし、他の魔物猟師の離反も招く。魔物猟師有ってのこの町なのだから、肝心の彼らに離反されては元も子もない。町の存続さえ危うくなる。
 それに、経済的にも稼ぎの良い魔物猟師にはこの町で長く魔物を狩って欲しいものなのだ。
「少し見直しましたわ」
「伊達に禿げてねぇな」
「禿は関係ないわい!」
「しかしそれだと、逃げ回って悪いことをしたな」
「そうですわね……。お詫びにおっぱいでも揉ませて差し上げるべきかしら……」
 リリナが頬に手を当てて首を傾げた。
「そ、それなら!」
 町長がここぞとばかりに勢い込んでリリナの前に這い蹲る。
「リリナ様、わしの頭を踏んでくだされ」
「はいっ!?」
 突拍子の無さにリリナの声が上擦った。「様」の部分にも違和感が。
 押しが足りないと見たのか、町長が床に額を擦り付けるようにする。
「どうか、この通り」
 リリナの背中にぞぞっと怖気が走る。しかしエミリーは他人事だ。
「迷惑を掛けちまったんだ。減るもんじゃなし。踏んでやればいいじゃねぇか」
「そ、そうですわね……」
 エミリーの言うところはリリナも思うところでもある。怖気は残るものの、我慢して望み通りにしてやることにした。
 靴のままはあんまりだと考え、靴を脱いだ裸足を町長の頭に乗せる。それだけで町長が「ほわっ」と奇声を上げた。
 ぞぞぞぞっと怖気が走る。思わず足を引っ込めそうになるのを押し止め、リリナは足をぐりぐりとねじ込むように動かす。
「ひょおおおお!」
 町長の奇声が轟いた。
 三人はどん引きである。
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