38 / 115
第三章 魔王に敗北した勇者
第三十七話
しおりを挟む
ロイエンが召喚の間に再び訪れたのは、日が空の半ばまで上った頃。騎士隊長を始めとした騎士達と一緒だ。騎士らは初見の傀儡を前に息を呑んでいる。それでも足を竦ませる様子が見られないところは流石だとロイエンは感想を抱いた。
待っていたシーリスはと言えば、もう一度眠ってしまいそうであった。
『待たせた。部屋を用意して貰ったから案内する』
これは謁見の間に侍従達によって見繕われた部屋だ。
『外より閂を掛けられたる部屋也や?』
ロイエンはシーリスに文句を言われるのを覚悟していたのだが、返された言葉は違った。まるっきり信用されてない風である。
『んな訳ないだろ』
『左様か』
ロイエンが目を眇めて抗議すると、シーリスは僅かな安堵を表情に浮かべて小さく頷いた。直後に試されたのだと悟ったロイエンは口を尖らせて不服を表現するが、シーリスの立場ならそれも致し方なしと考えて引っ込めた。
それからロイエンはルセアを指し示す。
『そこの彼女のことは心配しなくていい。殿下と騎士の方に奥で温和しくして貰うことになっている』
これはシーリスが一通りの状況を説明した時にロイエンに伝えていたことだ。
『それは重畳也』
『先に連れて行くから彼らを放してくれ』
『承知』
シーリスが依頼に応えて第三皇子と騎士から彼らを拘束していたゴーレムを離すと、ロイエンと一緒に来た騎士らが二人の両腕を取って立ち上がらせ、騎士団長が先導して連れて行く。未だ猿轡を噛まされたままの二人が何やら叫ぶが、言葉にはなっていない。
彼らが建物の外に出るまで見送った後、シーリスはゴーレムを解除した。するとゴーレムは関節部が砂になって崩れ、轟音を立てながら床に落ちる。砂埃が舞い、それが落ち着くと、残るのは一体当たり大小数十の石と多くの砂だ。居合わせた者達の驚嘆でどよめいた。
『作り物とは言え、あっけないものだ』
こんなところに世の無常を感じたロイエンである。
『案内する。付いて来てくれ』
『承知』
ロイエンが連れて来た騎士の先導で建物を出る。そこはまだ宮殿の敷地ではないが、市街地でもない。塀に囲まれた場所で、何か問題が有ればここで食い止めることになる。だから市街地は全く見えない。そこからもう一つ門をくぐったら漸く宮城の敷地になる。門は元々両開きだった半分を区切って使っているので片開きだ。
宮殿へと続く道は綺麗な石畳に舗装されてとても歩きやすい。両脇では手入れの行き届いた木々や草花が彩りを添えている。木の葉の間から差し込む陽の光もキラキラと輝いているように感じられる。時折通り掛かる人ものんびりしたもので、騎士に先導された集団を目にして道の脇に避ける時以外に慌てた様子が見られない。
随分と平和なのね。
それがシーリスの感想だ。木々の間隔は空いていても幹の太い木も多く、背の高い草花も多い。もし侵入者が有れば隠れる場所に困ることは無さそうだ。一方で、襲撃を受けた側が逃げようとした時には目隠しにならない。隠れようとすれば隠れられるが、隠れようとしなければ隠れられない。攻めるに易く守るに難い感じ。そんな風に生活の快適さや充実を優先させられるだけ危険が少ないのだ。
シーリスが知る宮殿では、周りを鬱蒼とした森が取り囲み、その森には罠師が仕掛けた罠が張り巡らされていた。間違って迷い込んだら命など無い場所だ。
しかしこの宮殿にはそんな命を削り取ろうとする感じが見られない。
『とても綺麗ね』
シーリスは眼を細めて呟いた。
『だな。庭師ざで優秀だず(はい。庭師さんは優秀です)』
『え?』
ルセアの言葉にシーリスは目を瞬かせ、小さく微笑む。
『本当にそうね』
暫く歩いて漸く宮殿に着いた。入り口には精緻な立像が門番のように両脇に佇み、門柱の一本一本にも精緻な彫刻が施されている。重厚な扉は日中には開け放たれているらしく開いたままだ。エントランスには絵画も飾られている。
ぐぐぅぅぅ。
入った途端にルセアの腹がまた鳴った。外ならいざ知らず、中だったので変に響いた。少し顔を赤らめるルセアを一瞥したシーリスは、自らの腹を摩りながらロイエンに言う。
『先な食事をば所望す』
『あ?』
言われたロイエンも自分が空腹なのを思い出す。
『直ぐに手配しよう』
これで漸くシーリス、そしてルセアも食事に有り付けたのだった。
待っていたシーリスはと言えば、もう一度眠ってしまいそうであった。
『待たせた。部屋を用意して貰ったから案内する』
これは謁見の間に侍従達によって見繕われた部屋だ。
『外より閂を掛けられたる部屋也や?』
ロイエンはシーリスに文句を言われるのを覚悟していたのだが、返された言葉は違った。まるっきり信用されてない風である。
『んな訳ないだろ』
『左様か』
ロイエンが目を眇めて抗議すると、シーリスは僅かな安堵を表情に浮かべて小さく頷いた。直後に試されたのだと悟ったロイエンは口を尖らせて不服を表現するが、シーリスの立場ならそれも致し方なしと考えて引っ込めた。
それからロイエンはルセアを指し示す。
『そこの彼女のことは心配しなくていい。殿下と騎士の方に奥で温和しくして貰うことになっている』
これはシーリスが一通りの状況を説明した時にロイエンに伝えていたことだ。
『それは重畳也』
『先に連れて行くから彼らを放してくれ』
『承知』
シーリスが依頼に応えて第三皇子と騎士から彼らを拘束していたゴーレムを離すと、ロイエンと一緒に来た騎士らが二人の両腕を取って立ち上がらせ、騎士団長が先導して連れて行く。未だ猿轡を噛まされたままの二人が何やら叫ぶが、言葉にはなっていない。
彼らが建物の外に出るまで見送った後、シーリスはゴーレムを解除した。するとゴーレムは関節部が砂になって崩れ、轟音を立てながら床に落ちる。砂埃が舞い、それが落ち着くと、残るのは一体当たり大小数十の石と多くの砂だ。居合わせた者達の驚嘆でどよめいた。
『作り物とは言え、あっけないものだ』
こんなところに世の無常を感じたロイエンである。
『案内する。付いて来てくれ』
『承知』
ロイエンが連れて来た騎士の先導で建物を出る。そこはまだ宮殿の敷地ではないが、市街地でもない。塀に囲まれた場所で、何か問題が有ればここで食い止めることになる。だから市街地は全く見えない。そこからもう一つ門をくぐったら漸く宮城の敷地になる。門は元々両開きだった半分を区切って使っているので片開きだ。
宮殿へと続く道は綺麗な石畳に舗装されてとても歩きやすい。両脇では手入れの行き届いた木々や草花が彩りを添えている。木の葉の間から差し込む陽の光もキラキラと輝いているように感じられる。時折通り掛かる人ものんびりしたもので、騎士に先導された集団を目にして道の脇に避ける時以外に慌てた様子が見られない。
随分と平和なのね。
それがシーリスの感想だ。木々の間隔は空いていても幹の太い木も多く、背の高い草花も多い。もし侵入者が有れば隠れる場所に困ることは無さそうだ。一方で、襲撃を受けた側が逃げようとした時には目隠しにならない。隠れようとすれば隠れられるが、隠れようとしなければ隠れられない。攻めるに易く守るに難い感じ。そんな風に生活の快適さや充実を優先させられるだけ危険が少ないのだ。
シーリスが知る宮殿では、周りを鬱蒼とした森が取り囲み、その森には罠師が仕掛けた罠が張り巡らされていた。間違って迷い込んだら命など無い場所だ。
しかしこの宮殿にはそんな命を削り取ろうとする感じが見られない。
『とても綺麗ね』
シーリスは眼を細めて呟いた。
『だな。庭師ざで優秀だず(はい。庭師さんは優秀です)』
『え?』
ルセアの言葉にシーリスは目を瞬かせ、小さく微笑む。
『本当にそうね』
暫く歩いて漸く宮殿に着いた。入り口には精緻な立像が門番のように両脇に佇み、門柱の一本一本にも精緻な彫刻が施されている。重厚な扉は日中には開け放たれているらしく開いたままだ。エントランスには絵画も飾られている。
ぐぐぅぅぅ。
入った途端にルセアの腹がまた鳴った。外ならいざ知らず、中だったので変に響いた。少し顔を赤らめるルセアを一瞥したシーリスは、自らの腹を摩りながらロイエンに言う。
『先な食事をば所望す』
『あ?』
言われたロイエンも自分が空腹なのを思い出す。
『直ぐに手配しよう』
これで漸くシーリス、そしてルセアも食事に有り付けたのだった。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)
浜柔
ファンタジー
前世で遊んだ乙女ゲームと瓜二つの世界に転生していたエカテリーナ・ハイデルフトが前世の記憶を取り戻した時にはもう遅かった。
運命のまま彼女は命を落とす。
だが、それが終わりではない。彼女は怨霊と化した。
ダンジョン発生から20年。いきなり玄関の前でゴブリンに遭遇してフリーズ中←今ココ
高遠まもる
ファンタジー
カクヨム、なろうにも掲載中。
タイトルまんまの状況から始まる現代ファンタジーです。
ダンジョンが有る状況に慣れてしまった現代社会にある日、異変が……。
本編完結済み。
外伝、後日譚はカクヨムに載せていく予定です。
ゲームの世界に堕とされた開発者 ~異世界化した自作ゲームに閉じ込められたので、攻略してデバックルームを目指す~
白井よもぎ
ファンタジー
河井信也は会社帰りに、かつての親友である茂と再会する。
何年か振りの再会に、二人が思い出話に花を咲かせていると、茂は自分が神であると言い出してきた。
怪しい宗教はハマったのかと信也は警戒するが、茂は神であることを証明するように、自分が支配する異世界へと導いた。
そこは高校時代に二人で共同制作していた自作ゲームをそのまま異世界化させた世界だという。
驚くのも束の間、茂は有無を言わさず、その世界に信也を置いて去ってしまう。
そこで信也は、高校時代に喧嘩別れしたことを恨まれていたと知る。
異世界に置いてけぼりとなり、途方に暮れる信也だが、デバックルームの存在を思い出し、脱出の手立てを思いつく。
しかしデバックルームの場所は、最難関ダンジョン最奥の隠し部屋。
信也は異世界から脱出すべく、冒険者としてダンジョンの攻略を目指す。
自警団を辞めて義賊になったら、元相棒の美少女に追いかけられる羽目になった
齋歳 うたかた
ファンタジー
自警団を辞めて義賊になった青年リアム。自警団の元同僚達から逃げながら、彼は悪人の悪事を白日の下に晒していく。
そんな彼を捕まえようとするのは、彼のかつての相棒である女副団長。リアムの義賊行為を認めるわけもなく、彼女は容赦なく刀を振るってくる。
追われる義賊、追う副団長。
果たして義賊は元相棒に捕まってしまうのだろうか?
※『カクヨム』『小説家になろう』でも投稿しています
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
僕のおつかい
麻竹
ファンタジー
魔女が世界を統べる世界。
東の大地ウェストブレイ。赤の魔女のお膝元であるこの森に、足早に森を抜けようとする一人の少年の姿があった。
少年の名はマクレーンといって黒い髪に黒い瞳、腰まである髪を後ろで一つに束ねた少年は、真っ赤なマントのフードを目深に被り、明るいこの森を早く抜けようと必死だった。
彼は、母親から頼まれた『おつかい』を無事にやり遂げるべく、今まさに旅に出たばかりであった。
そして、その旅の途中で森で倒れていた人を助けたのだが・・・・・・。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※一話約1000文字前後に修正しました。
他サイト様にも投稿しています。
英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜
駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。
しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった───
そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。
前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける!
完結まで毎日投稿!
本当の仲間ではないと勇者パーティから追放されたので、銀髪ケモミミ美少女と異世界でスローライフします。
なつめ猫
ファンタジー
田中一馬は、40歳のIT会社の社員として働いていた。
しかし、異世界ガルドランドに魔王を倒す勇者として召喚されてしまい容姿が17歳まで若返ってしまう。
探しにきた兵士に連れられ王城で、同郷の人間とパーティを組むことになる。
だが【勇者】の称号を持っていなかった一馬は、お荷物扱いにされてしまう。
――ただアイテムボックスのスキルを持っていた事もあり勇者パーティの荷物持ちでパーティに参加することになるが……。
Sランク冒険者となった事で、田中一馬は仲間に殺されかける。
Sランク冒険者に与えられるアイテムボックスの袋。
それを手に入れるまで田中一馬は利用されていたのだった。
失意の内に意識を失った一馬の脳裏に
――チュートリアルが完了しました。
と、いうシステムメッセージが流れる。
それは、田中一馬が40歳まで独身のまま人生の半分を注ぎこんで鍛え上げたアルドガルド・オンラインの最強セーブデータを手に入れた瞬間であった!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる