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第三章 魔王に敗北した勇者
第三十一話
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五百年余り前の大崩壊では、それまで在った国が全て消滅した。ラインク王国はその中でも最大で、末期の版図は現在のライナーダ王国、神聖ログリア帝国、ビンツ王国の大半、ナペーラ王国の一部、そして魔の森を包含する。ライナーダ王国やここ、神聖ログリア帝国で語り継がれる古代史にも登場すれば、魔王伝説を描いた絵本の中にも登場するため、この両国では知らない人がまず居ないほどに有名な古代国家である。
『おかしなことを申す也。二日三日前まで確かに在りし国を古とは』
シーリスはここに来る直前の記憶が曖昧になっているのを自覚しているが、精々二日か三日のことと考えている。その実、それより前の記憶の一部も無自覚に麻痺させているが。自覚が無いためか、ここでは歴史の年表を読むかのように語った。
シーリスが憶えている限りにおいては、ラインク王国の大半が魔王に蹂躙されていても全てが消えた訳ではないのだ。
外交官は「二日三日」の部分に違和感を抱く。言葉尻を捕らえるようだが、まるでラインク王国が滅びる瞬間を見ていたようではないかと。そして斜め前に立つ文官、建物の中央に立ち並ぶ人々、そして人の形をした異質な何かへと視線を渡り歩かせながら考える。
それは時代錯誤な喋り方をする女が過去から来た可能性。普通なら一笑に付すところだ。異質な何かが突っ立っているだけなら、ここに居る連中が自分を担ごうとしているとも考えただろう。しかしその異質な何かは動くのだ。誰かが動けば、警戒するように立ち位置を変える。吊っていたり、中に人が入っているならそれも可能だろうが、糸などは見えず、足音は硬質で重厚。その重厚さはとても人が着て動かせる重さとは思えない。恐らくは魔法なのだ。ところがこんな魔法は見たことどころか聞いたことも無い。そもそも攻撃魔法でも防御魔法でもない魔法と言うのが信じられない。どこかでひっそりと伝わっていたと考えるより、過去の人間が現代に現れたと考えた方が周りの様子からもしっくりくる。
今はそれを確かめるべきだと結論付けた。
『そのことだが、どうも認識にずれが有るらしい。そこでだ。あんたがここがどこかを理解するためにも、先にあんたが居た世界のことを教えてくれ』
シーリスは二、三度瞬きをした後で頷いた。
『良き也』
『さっき、ログリア帝国がラインク王国に占領されたと言ったな? それは何年前だ?』
『わっしの住まう町は四年前なれど、帝都は十二年前と聞く也』
『十二年……?』
外交官はその年数に引っ掛かりを覚えた。ラインク王国の滅亡、即ち大崩壊に符合する。
『帝都については聞いただけなのか?』
『左様。わっしもまだ十の頃なれば、人の噂も許多には聞かず、然程憶えもせなんだ由に、後々なりて聞きし也』
『ラインク王国がログリア帝国を全て占領するのに八年以上掛かったのか?』
『全てにあらず。ズンダの幾許かが残されたり』
『どうしてそんなに時間が掛かった?』
『魔王を……、倒さんとす……』
シーリスは顔を苦しげに歪めた。シーリスにとって、魔王は記憶が曖昧な期間を除いても二、三日前までの現実だ。無意識に麻痺させている部分であっても、直接言及するものが有ったら話が別だ。
『魔王? 魔王が実在したのか?』
『……左様』
『魔王が大崩壊、いや、世界を滅ぼしたと言うのは本当か?』
外交官は殆ど無意識にシーリスが大崩壊の時代から来たものと断定していた。断定するだけの材料を得た訳ではなかったが。
『左……』
答えようとしたシーリスの目から涙が零れ、声が詰まる。膝を突いて頽れ、止めどもなく溢れる涙を隠すように両手で顔を覆うが、しゃくり上げる声は隠せない。
ルセアがあたふたと外交官へと告げる。
「お、恐れながら申し上げます。彼女には何か辛い事が有ったと思われます。落ち着かれるまで暫くお待ちください」
言い終わるや否や、シーリスに寄り添ってまたその背中を優しく撫でる。さっきもそれで落ち着いたのだからと。
外交官には訳が判らない。魔王と言う言葉に過剰に反応したようにしか見えないのだ。何があったのかを詳しく聞かなければ話にならないが、相手がこの状態では難しい。
ただ、ここに居る連中に担がれている可能性は極めて低いと考える。これを芝居でやっているなら、演劇として見せ物にした方が余程稼ぎになるだろう。
そして少しだけ警戒を解いて近付く。今までずっと離れた位置に立ち止まったままだったのだ。
近付いてから、異質なものに押さえ付けられている一方が第三皇子だと言うことが判った。猿轡を噛まされている。余程騒がしかったのだろうとの想像の範疇にある。もう一人は身分の低い者に対して殴打事件をよく起こすことで有名な騎士だ。押さえ付けられていても不思議ではないと思える二人であった。
これだけで大方が予想できるが、詳しい経緯をこの場に居並ぶ面々から聞き取ることにした。
『おかしなことを申す也。二日三日前まで確かに在りし国を古とは』
シーリスはここに来る直前の記憶が曖昧になっているのを自覚しているが、精々二日か三日のことと考えている。その実、それより前の記憶の一部も無自覚に麻痺させているが。自覚が無いためか、ここでは歴史の年表を読むかのように語った。
シーリスが憶えている限りにおいては、ラインク王国の大半が魔王に蹂躙されていても全てが消えた訳ではないのだ。
外交官は「二日三日」の部分に違和感を抱く。言葉尻を捕らえるようだが、まるでラインク王国が滅びる瞬間を見ていたようではないかと。そして斜め前に立つ文官、建物の中央に立ち並ぶ人々、そして人の形をした異質な何かへと視線を渡り歩かせながら考える。
それは時代錯誤な喋り方をする女が過去から来た可能性。普通なら一笑に付すところだ。異質な何かが突っ立っているだけなら、ここに居る連中が自分を担ごうとしているとも考えただろう。しかしその異質な何かは動くのだ。誰かが動けば、警戒するように立ち位置を変える。吊っていたり、中に人が入っているならそれも可能だろうが、糸などは見えず、足音は硬質で重厚。その重厚さはとても人が着て動かせる重さとは思えない。恐らくは魔法なのだ。ところがこんな魔法は見たことどころか聞いたことも無い。そもそも攻撃魔法でも防御魔法でもない魔法と言うのが信じられない。どこかでひっそりと伝わっていたと考えるより、過去の人間が現代に現れたと考えた方が周りの様子からもしっくりくる。
今はそれを確かめるべきだと結論付けた。
『そのことだが、どうも認識にずれが有るらしい。そこでだ。あんたがここがどこかを理解するためにも、先にあんたが居た世界のことを教えてくれ』
シーリスは二、三度瞬きをした後で頷いた。
『良き也』
『さっき、ログリア帝国がラインク王国に占領されたと言ったな? それは何年前だ?』
『わっしの住まう町は四年前なれど、帝都は十二年前と聞く也』
『十二年……?』
外交官はその年数に引っ掛かりを覚えた。ラインク王国の滅亡、即ち大崩壊に符合する。
『帝都については聞いただけなのか?』
『左様。わっしもまだ十の頃なれば、人の噂も許多には聞かず、然程憶えもせなんだ由に、後々なりて聞きし也』
『ラインク王国がログリア帝国を全て占領するのに八年以上掛かったのか?』
『全てにあらず。ズンダの幾許かが残されたり』
『どうしてそんなに時間が掛かった?』
『魔王を……、倒さんとす……』
シーリスは顔を苦しげに歪めた。シーリスにとって、魔王は記憶が曖昧な期間を除いても二、三日前までの現実だ。無意識に麻痺させている部分であっても、直接言及するものが有ったら話が別だ。
『魔王? 魔王が実在したのか?』
『……左様』
『魔王が大崩壊、いや、世界を滅ぼしたと言うのは本当か?』
外交官は殆ど無意識にシーリスが大崩壊の時代から来たものと断定していた。断定するだけの材料を得た訳ではなかったが。
『左……』
答えようとしたシーリスの目から涙が零れ、声が詰まる。膝を突いて頽れ、止めどもなく溢れる涙を隠すように両手で顔を覆うが、しゃくり上げる声は隠せない。
ルセアがあたふたと外交官へと告げる。
「お、恐れながら申し上げます。彼女には何か辛い事が有ったと思われます。落ち着かれるまで暫くお待ちください」
言い終わるや否や、シーリスに寄り添ってまたその背中を優しく撫でる。さっきもそれで落ち着いたのだからと。
外交官には訳が判らない。魔王と言う言葉に過剰に反応したようにしか見えないのだ。何があったのかを詳しく聞かなければ話にならないが、相手がこの状態では難しい。
ただ、ここに居る連中に担がれている可能性は極めて低いと考える。これを芝居でやっているなら、演劇として見せ物にした方が余程稼ぎになるだろう。
そして少しだけ警戒を解いて近付く。今までずっと離れた位置に立ち止まったままだったのだ。
近付いてから、異質なものに押さえ付けられている一方が第三皇子だと言うことが判った。猿轡を噛まされている。余程騒がしかったのだろうとの想像の範疇にある。もう一人は身分の低い者に対して殴打事件をよく起こすことで有名な騎士だ。押さえ付けられていても不思議ではないと思える二人であった。
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