魔王へのレクイエム

浜柔

文字の大きさ
上 下
29 / 115
第三章 魔王に敗北した勇者

第二十八話

しおりを挟む
 召喚されて現れたシーリスが服を着てルセアと話している間、壁のようなものの外では男達が騒いでいた。
「魔法回路がぁ!」
 嘆きの声を上げるのは勇者召喚の儀を行った魔法士。シーリスが壁のようなものを生成するのに床の石材を使ったことから、召喚魔法の回路もごっそりえぐられてしまっている。修復には年単位の時間と多大な費用が掛かる見込みだ。
「そんなもの、早く破ってしまわぬか」
 自分自身は何もせず、騎士らを急かすのは第三皇子。邪魔なものが目の前に現れたのが気に入らないだけのことだ。
 騎士は壁のようなものに剣を叩き込み、魔法士は魔法を叩き込む。ガッガッ、ドカドカと盛大な音は響かせるが、壁のようなものはまるで揺るがない。殆ど傷も付かず、付いても僅かな掠り傷。その掠り傷も瞬く間に消えてしまう。どう見ても突破できる見込みが無い。最初に剣を抜いた騎士を除き、徒労に心が折れかけている。皇子に視線で訴えかけるが、気にも留められない。仕方なく、そして虚しく剣や魔法を振るい続ける。

 壁のようなものの中ではシーリスがどうしたものか頭を捻らせる。
 外が騒がしい間は中に引き籠もっていなければならない。下手に外に出ようものなら攻撃や流れ弾を受けてしまい、シーリス自身はともかくとしてルセアが危険だ。目下の唯一の味方――服を持って来てくれた彼も含めるなら二人になるが――が傷付くような可能性は排除したい。この場を凌いでも、後でルセアを罰しようとするかも知れないので、その対応も必要になる。
 そのこともだが、自分はなぜこんな所に居るのかとも首を捻る。何か忘れているように思えて記憶を辿る。外のドカドカと騒がしい音が何か引っ掛かる。
 そして、ドカドカと言う音に重なって、直前まで見ていた筈の光景が脳裏に蘇った。堪らず膝を付く。

 空の上。
「貴様らの目に、貴様らが犯したことの報いをしかと焼き付けてくれるわ!」
 怒りに震える魔王の手から光球が放たれると、大きな町が郊外の土地諸共に一瞬で燃え上がる。燃えるものは灰も残さず焼き尽くされ、燃えないものはドロドロに溶けて大地に流れる。残されるのは変に光沢のある地面だけだ。
 シーリスは仲間と一緒に魔法で拘束され、魔法でまばたきできないようにされて目の前の光景を見せ付けられる。
「止めて! あの人達は関係ないでしょ!」
「殺すなら俺達だけを殺せばいいだろ!」
 声だけは出せるようにされていたシーリスとその仲間が魔王に怒鳴る。
「ほお、我に命令しようとは、立場が解っていないようだな」
「命令じゃなくて、頼んでるのよ!」
「それで頼んでいるつもりか? 仮にそれが頼みだとして、貴様らは我の同様の頼みを聞いたとでも言うのか?」
「それは……」
「生きている人と死人を一緒にするな!」
 シーリスは言い淀むが、仲間は文句を言い放った。これにはシーリスも慌てる。
「ばっ、馬鹿!」
「ほう」
 魔王は底冷えのする声で応えた。
 次の町まで来ると、魔王はシーリス達を連れて町中に降り立つ。シーリス達もよく知る町だ。
「あっ、シーリスお姉ちゃん達だ!」
 幼い女の子がシーリスを見るなり、駆け寄ってくる。
「駄目! 来ちゃ駄目!」
「来るんじゃない!」
 シーリスらの叫び声で道行く人々が何事かと振り返る。シーリスらの姿を見て笑顔を送る者も居る。しかし、その皆が見ている前で女の子から炎が上がる。藻掻き、「お姉……」と苦しげな声を出して倒れ、それを待っていたとばかりに一瞬で灰になる。目撃した人々は叫び声を上げて逃げ惑うばかりだ。
 シーリスも目の前の光景が堪えられない。
「嫌ああっ!」
「何てことを!」
 再び空に舞い上がった魔王は目下の町に光球を放つ。するとまた町が光沢のある大地を残して消えた。
「もう止めてえぇ!」
「許さんぞ、魔王!」
「くっくっく、少しは我の怒りが解ったか。だが、この程度で我は収まらぬ」
 また一つ、また一つと止めどもなく町が消える。世界の町の半分が消えるまでに掛かったのはほんの二日ほどだ。
 いつしかシーリスは滂沱の涙を流しながらしゃくり上げるばかり。仲間はもう放心したままだ。
「お……お願いだから、止めて……」
「再度問う。貴様らは我のその懇願を聞いたのか?」
「あああ!」
 シーリスは問われて叫んだ。
「ごめんなさい! 謝ります! 謝りますから! お願いします! 止めて、止めてください!」
「そんなことでは我の気は済まぬ。我は憎い。アルルを殺した人間共が! そしてアルルを灰にした貴様らが!」
「あああ!」
 シーリスは絶望のあまり絶叫した。
 そしてその後のシーリスの記憶は曖昧だ。ただ、どこかの町に投げ捨てられて、魔王から放たれた光球に呑み込まれたと感じた。

 ここに来る直前のことを思い出したシーリスが思うのは、自分は死んだのではなかったのかと言うことだ。ところが、思い出したことで震える自分の身体からだを抱き締めれば、確かに生きていると感じる。
 事情の判らないルセアは、そんなシーリスの肩を心配そうに抱いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)

浜柔
ファンタジー
前世で遊んだ乙女ゲームと瓜二つの世界に転生していたエカテリーナ・ハイデルフトが前世の記憶を取り戻した時にはもう遅かった。 運命のまま彼女は命を落とす。 だが、それが終わりではない。彼女は怨霊と化した。

アルゴノートのおんがえし

朝食ダンゴ
ファンタジー
『完結済!』【続編製作中!】  『アルゴノート』  そう呼ばれる者達が台頭し始めたのは、半世紀以上前のことである。  元来アルゴノートとは、自然や古代遺跡、ダンジョンと呼ばれる迷宮で採集や狩猟を行う者達の総称である。  彼らを侵略戦争の尖兵として登用したロードルシアは、その勢力を急速に拡大。  二度に渡る大侵略を経て、ロードルシアは大陸に覇を唱える一大帝国となった。  かつて英雄として名を馳せたアルゴノート。その名が持つ価値は、いつしか劣化の一途辿ることになる。  時は、記念すべき帝国歴五十年の佳節。  アルゴノートは、今や荒くれ者の代名詞と成り下がっていた。 『アルゴノート』の少年セスは、ひょんなことから貴族令嬢シルキィの護衛任務を引き受けることに。  典型的な貴族の例に漏れず大のアルゴノート嫌いであるシルキィはセスを邪険に扱うが、そんな彼女をセスは命懸けで守る決意をする。  シルキィのメイド、ティアを伴い帝都を目指す一行は、その道中で国家を巻き込んだ陰謀に巻き込まれてしまう。  セスとシルキィに秘められた過去。  歴史の闇に葬られた亡国の怨恨。  容赦なく襲いかかる戦火。  ーー苦難に立ち向かえ。生きることは、戦いだ。  それぞれの運命が絡み合う本格派ファンタジー開幕。  苦難のなかには生きる人にこそ読んで頂きたい一作。  ○表紙イラスト:119 様  ※本作は他サイトにも投稿しております。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

魔法道具はじめました

浜柔
ファンタジー
 趣味で描いていた魔法陣によって間川累造は異世界へと転移した。  不思議なことに、使えない筈の魔法陣がその世界では使える。  そこで出会ったのは年上の女性、ルゼ。  ルゼが営む雑貨店で暮らす事になった累造は、魔法陣によって雑貨店の傾いた経営を立て直す。 ※タイトルをオリジナルに戻しました。旧題は以下です。 「紋章魔法の始祖~魔法道具は彼方からの伝言~」 「魔法陣は世界をこえて」

とべない天狗とひなの旅

ちはやれいめい
歴史・時代
人間嫌いで悪行の限りを尽してきた天狗、フェノエレーゼ。 主君サルタヒコの怒りを買い、翼を封じられ人里に落とされてしまう。 「心から人間に寄り添い助けろ。これ以上悪さをすると天狗に戻れなくなるぞ」 とべなくなったフェノエレーゼの事情を知って、人里の童女ヒナが、旅についてきた。 人間嫌いの偏屈天狗と、天真爛漫な幼女。 翼を取り戻すため善行を積む旅、はじまりはじまり。 絵・文 ちはやれいめい https://mypage.syosetu.com/487329/ フェノエレーゼデザイン トトさん https://mypage.syosetu.com/432625/

本当の仲間ではないと勇者パーティから追放されたので、銀髪ケモミミ美少女と異世界でスローライフします。

なつめ猫
ファンタジー
田中一馬は、40歳のIT会社の社員として働いていた。 しかし、異世界ガルドランドに魔王を倒す勇者として召喚されてしまい容姿が17歳まで若返ってしまう。 探しにきた兵士に連れられ王城で、同郷の人間とパーティを組むことになる。 だが【勇者】の称号を持っていなかった一馬は、お荷物扱いにされてしまう。 ――ただアイテムボックスのスキルを持っていた事もあり勇者パーティの荷物持ちでパーティに参加することになるが……。 Sランク冒険者となった事で、田中一馬は仲間に殺されかける。 Sランク冒険者に与えられるアイテムボックスの袋。 それを手に入れるまで田中一馬は利用されていたのだった。 失意の内に意識を失った一馬の脳裏に ――チュートリアルが完了しました。 と、いうシステムメッセージが流れる。 それは、田中一馬が40歳まで独身のまま人生の半分を注ぎこんで鍛え上げたアルドガルド・オンラインの最強セーブデータを手に入れた瞬間であった!

僕の兄上マジチート ~いや、お前のが凄いよ~

SHIN
ファンタジー
それは、ある少年の物語。 ある日、前世の記憶を取り戻した少年が大切な人と再会したり周りのチートぷりに感嘆したりするけど、実は少年の方が凄かった話し。 『僕の兄上はチート過ぎて人なのに魔王です。』 『そういうお前は、愛され過ぎてチートだよな。』 そんな感じ。 『悪役令嬢はもらい受けます』の彼らが織り成すファンタジー作品です。良かったら見ていってね。 隔週日曜日に更新予定。

処理中です...