魔王へのレクイエム

浜柔

文字の大きさ
上 下
28 / 115
第三章 魔王に敗北した勇者

第二十七話

しおりを挟む
 服を着て人心地付いた女は、目の前に居る女文官に自己紹介することにした。気が付いたらここに居て、しかもここがどこかも判らないのだから、とにかく話をしなければ始まらない。
『わたしはシーリス。あなたは?』
『シーリスさで言わっずだ? わずルセア言わず(シーリスさんとおっしゃるのですか? わたしはルセアと言います)』
 シーリスは目をつぶり、少し寄ってしまった眉間に指先を当てた。
『今ので解ったわ。あなたズンダの人なのね』
『ズンダでか?(ズンダですか?)』
『そうよ。あなたには悪いのだけど、ズンダ語は訛りが酷くて半分も解らないのよ』
『訛り?』
 ルセアは盛大に首を傾げた。ズンダがどこのことか解らないのだ。
『ズンダでどんどこでか?(ズンダとはどこですか?)』
 今度はシーリスが首を傾げる。今の質問の意味は解ったのだが、意図が解らない。
『ズンダはログリア帝国の東部でしょ?』
『ログリアだ東なズンダでなで?(ログリアの東はズンダではないのですが?)』
『じゃあ、あなたはどこの出なの?』
『わず、ビンツ王国な出んで(わたしはビンツ王国の出ですよ)』
『ビンツ王国? どこ、それ?』
『え?』
 お互いに言葉も曖昧で、話も噛み合っていないことに困惑する二人である。
 シーリスは腕組み考える。
『せめてライナーダ語を話す人が居ればいいんだけど』
 シーリスはログリア語を母国語とするが、ライナーダ語も話せなくはない。
『ライナーダ語だ解っだでか?(ライナーダ語が解るのですか?)』
『ええ、まあ』
『ずで……(でも……)』
 ルセアは首を傾げる。
『わず、シーリスざなナペーラ語で話ざっだらで思ずんだ(わたし、シーリスさんはナペーラ語を話されているように思うのですが)』
『ナペーラ語? 判らないわ』
『わずんよだ知らでげで(わたしもよく知りませんが)』
 シーリスはどこのどんな言葉かが判らないことを言い、ルセアはナペーラ語が上手く話せないことを言った。
 さっぱり話が噛み合わず、話が半分しか通じていないのを実感してシーリスは天を仰いだ。はーっと溜め息を吐くと、ある事を思い出してしまった。

「聞いた話だから本当かどうかは判らないぞ」
「いいから教えて」
「せっかちは嫌われるぞ。いや? 姉ちゃんほどの美人ならせっかちに股を開いたらモテモテかもな」
「黒焦げにするわよ?」
「わーった。まったくおっかない女だな。あれはだな、召喚したまでは良かったものの、言葉が全く通じなかったって話だ」
「話が通じないなんて過去の文献には書いてないわよ?」
「そうなのか? 俺は過去の文献なんか知らないから判らないな。とにかくログリア語でもズンダ語でもライナーダ語やプローゼン語でもなかったそうだ」
「そんな状態で、そいつをどうしたのよ?」
「元々あせった連中がしでかしたことだ。使えるのか使えないのか試したらしい」
「言葉も通じないのにどうやって?」
「そりゃ、おめぇ、どれくらい体力が有るか見極めるのに剣で脅して無理矢理走らせる、みたいな」
「何よそれ? 馬鹿じゃないの? 敵対されたらどうするつもりだったのよ?」
「俺が知るかよ。でも、そこら辺のよぼよぼの爺でも連れて来た方がマシなくらいだったらしいから、大丈夫だったんだろう」
「大丈夫ねぇ……。それでその後は?」
「曲がりなりにも召喚されて出て来たんだから、鍛えれば使えるんじゃないかってことでしごいたとか」
「どうやって?」
「やっぱり剣で脅して?」
「馬鹿なことを……。で、そんなことをして使いものになったの?」
「いや。頭を抱えて怯えるだけになったらしい」
「……そりゃそうよね。それからは?」
「どこかに行ったか、殺されたのか、居なくなったらしい。俺が聞いたのはここまでだ」

 シーリスは「言葉が半分通じないだけでも大変なのに、全く通じないなんてどれほどの不安だったろうか」と考える。何をさせられているのかも解らない。その上、力も無くて反抗もできず、脅されるままになるしかないのだ。
 その時に召喚された者とは違い、シーリスは反抗するだけの力を持っている。少なくとも、今、周りを囲っている壁のようなもの・・・・・・を破壊できない程度の相手からなら逃げるのは容易い。だから余裕だ。
 それと言うのも、壁のようなものの外側では破壊しようとしているらしい音がドカドカと騒がしい。
『とにだ、ナペーラ語は無理だでんが、ライナーダ語だ話ざだ人がおでんで頼んでだしょ(とにかく、ナペーラ語は無理なのですが、ライナーダ語なら話せる人が居りますから頼んでみましょう)』
『あー、うん。何を言ってるのかよく判らないけど、ライナーダ語でお願い』
『承知ずんだ(承知しました)』
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)

浜柔
ファンタジー
前世で遊んだ乙女ゲームと瓜二つの世界に転生していたエカテリーナ・ハイデルフトが前世の記憶を取り戻した時にはもう遅かった。 運命のまま彼女は命を落とす。 だが、それが終わりではない。彼女は怨霊と化した。

ゲームの世界に堕とされた開発者 ~異世界化した自作ゲームに閉じ込められたので、攻略してデバックルームを目指す~

白井よもぎ
ファンタジー
 河井信也は会社帰りに、かつての親友である茂と再会する。  何年か振りの再会に、二人が思い出話に花を咲かせていると、茂は自分が神であると言い出してきた。  怪しい宗教はハマったのかと信也は警戒するが、茂は神であることを証明するように、自分が支配する異世界へと導いた。  そこは高校時代に二人で共同制作していた自作ゲームをそのまま異世界化させた世界だという。  驚くのも束の間、茂は有無を言わさず、その世界に信也を置いて去ってしまう。  そこで信也は、高校時代に喧嘩別れしたことを恨まれていたと知る。  異世界に置いてけぼりとなり、途方に暮れる信也だが、デバックルームの存在を思い出し、脱出の手立てを思いつく。  しかしデバックルームの場所は、最難関ダンジョン最奥の隠し部屋。  信也は異世界から脱出すべく、冒険者としてダンジョンの攻略を目指す。

僕のおつかい

麻竹
ファンタジー
魔女が世界を統べる世界。 東の大地ウェストブレイ。赤の魔女のお膝元であるこの森に、足早に森を抜けようとする一人の少年の姿があった。 少年の名はマクレーンといって黒い髪に黒い瞳、腰まである髪を後ろで一つに束ねた少年は、真っ赤なマントのフードを目深に被り、明るいこの森を早く抜けようと必死だった。 彼は、母親から頼まれた『おつかい』を無事にやり遂げるべく、今まさに旅に出たばかりであった。 そして、その旅の途中で森で倒れていた人を助けたのだが・・・・・・。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※一話約1000文字前後に修正しました。 他サイト様にも投稿しています。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

魔法道具はじめました

浜柔
ファンタジー
 趣味で描いていた魔法陣によって間川累造は異世界へと転移した。  不思議なことに、使えない筈の魔法陣がその世界では使える。  そこで出会ったのは年上の女性、ルゼ。  ルゼが営む雑貨店で暮らす事になった累造は、魔法陣によって雑貨店の傾いた経営を立て直す。 ※タイトルをオリジナルに戻しました。旧題は以下です。 「紋章魔法の始祖~魔法道具は彼方からの伝言~」 「魔法陣は世界をこえて」

とべない天狗とひなの旅

ちはやれいめい
歴史・時代
人間嫌いで悪行の限りを尽してきた天狗、フェノエレーゼ。 主君サルタヒコの怒りを買い、翼を封じられ人里に落とされてしまう。 「心から人間に寄り添い助けろ。これ以上悪さをすると天狗に戻れなくなるぞ」 とべなくなったフェノエレーゼの事情を知って、人里の童女ヒナが、旅についてきた。 人間嫌いの偏屈天狗と、天真爛漫な幼女。 翼を取り戻すため善行を積む旅、はじまりはじまり。 絵・文 ちはやれいめい https://mypage.syosetu.com/487329/ フェノエレーゼデザイン トトさん https://mypage.syosetu.com/432625/

本当の仲間ではないと勇者パーティから追放されたので、銀髪ケモミミ美少女と異世界でスローライフします。

なつめ猫
ファンタジー
田中一馬は、40歳のIT会社の社員として働いていた。 しかし、異世界ガルドランドに魔王を倒す勇者として召喚されてしまい容姿が17歳まで若返ってしまう。 探しにきた兵士に連れられ王城で、同郷の人間とパーティを組むことになる。 だが【勇者】の称号を持っていなかった一馬は、お荷物扱いにされてしまう。 ――ただアイテムボックスのスキルを持っていた事もあり勇者パーティの荷物持ちでパーティに参加することになるが……。 Sランク冒険者となった事で、田中一馬は仲間に殺されかける。 Sランク冒険者に与えられるアイテムボックスの袋。 それを手に入れるまで田中一馬は利用されていたのだった。 失意の内に意識を失った一馬の脳裏に ――チュートリアルが完了しました。 と、いうシステムメッセージが流れる。 それは、田中一馬が40歳まで独身のまま人生の半分を注ぎこんで鍛え上げたアルドガルド・オンラインの最強セーブデータを手に入れた瞬間であった!

処理中です...