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第二章 魔王は古に在り
第十五話
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「浮遊器が作れなかったと言うことでしょうか?」
ノルトの言葉に、サーシャは技術的なものと推理した。
「恐らくは」
ノルトは頷いた。
「技術的に不可能だったのではなく、経済的なものでしょう。このサイズのゴンドラを浮かばせる浮遊器は普通に運用しても一日当たり一結晶を消費します。それだけの魔法結晶を揃えるのは難しかった筈です」
普通の運用とは、朝に浮上して夕方までには着地、停泊するものだ。昼夜を問わず浮上していれば魔法結晶の消費量は三倍になる。
魔法結晶は一結晶と呼ばれる豆粒大のもの一つでも庶民一人の水と光熱を一年間賄うことが可能だ。これは水筒、ランプ、コンロと、様々な器具を使う度に一つの魔法結晶を使い回せばそのくらいと言うもので、通常はそれぞれの器具に魔法結晶を填め込んだままで、ものによっては数年間使い続ける。つまり、人々は幾つもの魔法結晶を恒常的に使っているのだ。
ライナーダ王国だけでも人口が約三百万人。産業用も含めれば年間数千万結晶の魔法結晶が消費されている。世界全体なら二億結晶以上で、その供給源はダンジョンである。そのダンジョンが無い時代には魔法結晶そのものが乏しく、貴重だった。それこそ頑丈な箱で保管しなければならないほどに。
「きっと大崩壊前は魔法結晶に依存しない文明だったのでしょうね」
「魔法結晶の器具が使えないなんて考えられません」
そう漏らすのはマリアンだ。サーシャの身の回りの世話をする中で五人の中では最も身近に魔法結晶の恩恵を受けている。
「その頃は物流をどうしていたのでしょう?」
サーシャの方は少し為政者よりの視点だ。
「小型のゴンドラのようなものに車輪と言うものを付けて家畜に牽かせていたようです」
ノルトは丸めた紙を手で転がしながら説明したが、皆は今一つピンと来ない様子である。それでも地上を進むことだけは理解した。
しかし理解と納得は少し違う。サーシャやクインクトが疑問を口にする。
「そのようなもので都市と都市との間を行き来できるものなのですか?」
「地面に小さな穴でも有ったら通れないよな」
「はい。だから都市間に道路を建設したようです」
「道路と言うと、町の中に在るあの道路ですか?」
「その道路です」
「あんなものを町と町の間に造れるものなのですか?」
「町の中のものほど立派ではないでしょうけど、造っていたようですよ」
フローターでゴンドラを吊す今の時代、家畜が歩ければ良いだけだ。移動を家畜による牽引ではなく自然の風と魔法の風に頼るゴンドラともなれば、低めの崖なら乗り越えられるので街道を全く必要としない。そしてそうするための魔法結晶は潤沢なのだ。莫大な費用を掛けて街道を整備する意味は無く、過去には在っただろう街道も草や砂に埋もれている。在るのは、往来が多くて自然に出来た獣道のようなものだけである。
今しか知らないサーシャには都市間を繋ぐ街道が信じられず、ノルトも今一つ自信なさそうに答えた。
「将来的にはボクらも道路を造ることになるかも知れません。今は魔王討伐の動きが活発になっていますから」
魔の森のは日々拡大していて、それを食い止めるために魔王を討伐しようとする動きが有る。森の南に位置するナペーラ王国では首都が呑み込まれそうになっていて、国王が魔王討伐のおふれを出すまでになったのがその最たる例だ。
そしてノルトらが魔王を調べることも、突き詰めてしまえば魔王討伐の足掛かりを作っているようなもの。魔王を調べてゆけば、いつか魔王の所在に辿り着く。その所在を公にしてしまえば討伐隊が派遣される筈だ。未だ派遣されていないのは所在が判らないからに他ならない。
「魔法結晶が使えなくなるかも知れないのにですか?」
「そこまで考えられてはいないでしょう。魔の森に呑み込まれそうだから原因らしい魔王を討伐しようと言うだけだと思います。それも魔王を討伐したからと言って魔の森が広がるのを止められる保証も有りません」
「それでは意味が無いではありませんか!」
「ここで人々が皆理性的な行動ができるのなら、大崩壊も起きなかったんじゃないでしょうか」
ノルトはそう締め括った。
ノルトの言葉に、サーシャは技術的なものと推理した。
「恐らくは」
ノルトは頷いた。
「技術的に不可能だったのではなく、経済的なものでしょう。このサイズのゴンドラを浮かばせる浮遊器は普通に運用しても一日当たり一結晶を消費します。それだけの魔法結晶を揃えるのは難しかった筈です」
普通の運用とは、朝に浮上して夕方までには着地、停泊するものだ。昼夜を問わず浮上していれば魔法結晶の消費量は三倍になる。
魔法結晶は一結晶と呼ばれる豆粒大のもの一つでも庶民一人の水と光熱を一年間賄うことが可能だ。これは水筒、ランプ、コンロと、様々な器具を使う度に一つの魔法結晶を使い回せばそのくらいと言うもので、通常はそれぞれの器具に魔法結晶を填め込んだままで、ものによっては数年間使い続ける。つまり、人々は幾つもの魔法結晶を恒常的に使っているのだ。
ライナーダ王国だけでも人口が約三百万人。産業用も含めれば年間数千万結晶の魔法結晶が消費されている。世界全体なら二億結晶以上で、その供給源はダンジョンである。そのダンジョンが無い時代には魔法結晶そのものが乏しく、貴重だった。それこそ頑丈な箱で保管しなければならないほどに。
「きっと大崩壊前は魔法結晶に依存しない文明だったのでしょうね」
「魔法結晶の器具が使えないなんて考えられません」
そう漏らすのはマリアンだ。サーシャの身の回りの世話をする中で五人の中では最も身近に魔法結晶の恩恵を受けている。
「その頃は物流をどうしていたのでしょう?」
サーシャの方は少し為政者よりの視点だ。
「小型のゴンドラのようなものに車輪と言うものを付けて家畜に牽かせていたようです」
ノルトは丸めた紙を手で転がしながら説明したが、皆は今一つピンと来ない様子である。それでも地上を進むことだけは理解した。
しかし理解と納得は少し違う。サーシャやクインクトが疑問を口にする。
「そのようなもので都市と都市との間を行き来できるものなのですか?」
「地面に小さな穴でも有ったら通れないよな」
「はい。だから都市間に道路を建設したようです」
「道路と言うと、町の中に在るあの道路ですか?」
「その道路です」
「あんなものを町と町の間に造れるものなのですか?」
「町の中のものほど立派ではないでしょうけど、造っていたようですよ」
フローターでゴンドラを吊す今の時代、家畜が歩ければ良いだけだ。移動を家畜による牽引ではなく自然の風と魔法の風に頼るゴンドラともなれば、低めの崖なら乗り越えられるので街道を全く必要としない。そしてそうするための魔法結晶は潤沢なのだ。莫大な費用を掛けて街道を整備する意味は無く、過去には在っただろう街道も草や砂に埋もれている。在るのは、往来が多くて自然に出来た獣道のようなものだけである。
今しか知らないサーシャには都市間を繋ぐ街道が信じられず、ノルトも今一つ自信なさそうに答えた。
「将来的にはボクらも道路を造ることになるかも知れません。今は魔王討伐の動きが活発になっていますから」
魔の森のは日々拡大していて、それを食い止めるために魔王を討伐しようとする動きが有る。森の南に位置するナペーラ王国では首都が呑み込まれそうになっていて、国王が魔王討伐のおふれを出すまでになったのがその最たる例だ。
そしてノルトらが魔王を調べることも、突き詰めてしまえば魔王討伐の足掛かりを作っているようなもの。魔王を調べてゆけば、いつか魔王の所在に辿り着く。その所在を公にしてしまえば討伐隊が派遣される筈だ。未だ派遣されていないのは所在が判らないからに他ならない。
「魔法結晶が使えなくなるかも知れないのにですか?」
「そこまで考えられてはいないでしょう。魔の森に呑み込まれそうだから原因らしい魔王を討伐しようと言うだけだと思います。それも魔王を討伐したからと言って魔の森が広がるのを止められる保証も有りません」
「それでは意味が無いではありませんか!」
「ここで人々が皆理性的な行動ができるのなら、大崩壊も起きなかったんじゃないでしょうか」
ノルトはそう締め括った。
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