失声の歌

涼雅

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君との酷い別れ方をしたあの日の話だ

あの夜サーカス団に帰ったら明日ここを発つと言われた

その時にはっと我に返って、君に会いにまた森に戻ったんだ

もう、遅かったけれど。

きっと誤解だったんだろうなってちょっとわかってた

でも大嫌い、なんて言ってしまった手前、君に合わせる顔がなくて、すぐに引き返すことが出来なくて。

森に戻る道中、雨が降り出して、神様から嘲笑われてるみたいだった

サーカス団の皆から歌が上手くなったって言ってもらえて、元の皆に戻ってくれたのに

こうなるきっかけを作ってくれた君から_唯一の取り柄の歌に対してしたように_逃げた

雨に濡れて服も靴も重くなる度に神様から「またお前は逃げるのか」って言われてるみたいで情けなかった

君と会っていた森に辿り着いた頃にはもうすっかり暗くなってて、足元も見えないくらいだった

目は頼りにならないから、君の名前を呼ぼうとしたんだ

でもその時に気がついた

君の名前を知らないってことに

互いのことを全然知らない、あの曖昧な関係がすごく心地よかった。

俺はそれに甘えてたんだってその時にやっと気がついた

もう何もかも気が付くのが遅かった

君の名前を知らないから呼べなくて、唯一の取り柄の歌を歌ったんだ

きっと君なら見つけてくれるかもしれないって期待して。

声を出したんだ

歌を歌ったんだ

でもそれは今までで一番酷くて、「歌」なんて言えるものじゃなかった

俺の歌を好きだって言ってくれた君でさえも、歌だと認識してくれないかもしれない、ってレベルに。

酷過ぎて涙が出そうになったけど、こうなった原因は自分にあって君を傷付けてしまった結果なんだって思ったら、俺には泣く資格なんてないなって

代わりに、君からもらった言葉を開いたよ

『好きだ』

この3文字が神様からの嘲笑いから守ってくれた

きっともうこの森で君と会えることはないってわかった

君と会えない森なんかにもう用はないって見切りをつけようとした時に、足元に何か当たったんだ

それは俺が奪った君の想いの束だった

雨に濡れて土でぐしゃぐしゃに汚れたスケッチブック

俺はそれを抱えて森から抜けた

翌朝、団長から言われていたようにまた旅立った

昨夜の自分でも聞くに耐えない歌声は、スケッチブックに残ってる君との思い出を見返す事に元に戻っていったよ

見返していくうちに、あの時の言葉は完全に俺の誤解だったって確信してしまったけれど。

紫音、っていう人との会話の1部だったんだなってわかったから。

スケッチブックは土を払って干して乾かして、できるだけ綺麗にして、俺の持ってる一番上質な布で包んで保管している

舞台で失敗した時とか、思うように歌えなかった時とか落ち込んだ時はスケッチブックを開いた

上手く歌えた日も、賞賛をもらえた時も開いた

あんなに酷い別れ方をしたのに、いつだって俺を救ってくれたのは君の言葉だった

どんな言葉も文字も、力強かった

俺は他の誰でもなく、君に褒めて欲しかった

身勝手でわがままな想いだってことはわかってる

それでも俺は君に愛されたかった

そう思ってしまうくらい、君のことが好きだよ

あの頃、俺のことを人として好きだって言ってくれたのが、言葉にできないくらい嬉しかった

親から捨てられた身なのに、どうしようもなく、嬉しかった

誰かから求められていることが嬉しかったんじゃなくて、好きだと言ってもらえたことが嬉しかったんだ
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