失声の歌

涼雅

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土に塗れた

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俺はみなしごだ

真冬の夜、親に捨てられた

物心つく前だったから、両親の顔さえ覚えていない

幼い頃から歌だけが取り柄だった

文字は読めるけど、難しい漢字や単語は書けず、歪なものしか書けない

頭もそこまで良くない

足の速さは人並み程度で、運動神経もいいわけじゃない

暇さえあれば歌っていた

歌っている時だけは、みなしごだとか、捨てられたことだとか、そんなことを忘れられた

そんな歌だけが取り柄だったのだ

ある日突然、孤児院にふらりとサーカス団の団長がやって来た

『サーカス団は子供を攫う』

そんな風な噂が出回っていた時期だったと思う

孤児院のみんなはその噂を鵜呑みにして団長のことを怖がり、近づこうともしなかった

…孤児院に知らない大人がやってくれば我先にと話しかけに行くのに。

俺はみなしごだと自分で認識した時から、自分はどうなってもいいと思っていた

結局、親に捨てられた身だ

誰も悲しまないし泣く人もいない

そんな思いを抱えたまま毎日を過ごしていたのだから、サーカス団の団長が目の前に来ても特に気にもしなかった

むしろ、いままでしてきたように、歌を歌った

自分の唯一の取り柄

自分の歌をアピールしたかったわけでもなければ、団長の気を引きたかったわけでもない

ただ、いつも通りに。

数曲、歌い終わると、突然団長にそっと肩を叩かれた

「どうだい、うちのサーカス団の歌姫にならないか?」

サーカス団の団長が俺の歌を買ってくれた

唯一の取り柄を、認めてくれた

どうでもいいと思っていたはずなのに、その事実がどうしようもなく嬉しくて、気がついたら泣きながら頷いていた

だから俺は、歌姫にならなくちゃいけない

歌姫になるために俺はサーカス団に入れてもらったのだから

サーカス団の皆に受け入れて貰えた

俺の居場所ができた

歌を歌い続けた

舞台に立てるように昼夜問わず練習し続けた

…歌姫に、なるはずだった

俺の歌は歳を重ねるごとに笑われるものになっていった

何故だろう

原因を考えても分からなかった

団長はそんな俺に

「焦らずにゆっくり改善していけばいいさ

 男の子なのに『歌姫』だなんて、ちょっとおかしな話だけれどね

 したいことがあればそれをすればいいのさ

 何も、必ず歌姫になろうとしなくてもいいんだよ」

ハッハッハッと豪快に笑って、そう言ってくれた

俺を気遣っての言葉だって、はっきり分かった

団長は優しい人だから。

でも皆は違った

俺が歌う度に笑い、嘲り、罵ってくることもしばしばだ。

『お前は所詮親に捨てられた、みなしごだ』

と囁かれているようだった

事実であるそれが、痛かった

直接言われたわけでも、本当に言われたのかも分からないけれど、「捨てられた」という事実が俺の弱い心を抉った

皆が優しくないわけじゃない

最初は皆、そんな時もある、と慰めてくれた

でも、年々悪くなっていくだけの歌に痺れを切らしたのだ

団長が言ってくれた「したいこと」や「必ず歌姫になろうとしなくてもいい」という言葉に情けなくなった

俺の「したいこと」は「歌を歌って歌姫になること」で。

俺の歌をかってくれたのだから「必ず歌姫になりたかった」

それなのに俺の気持ちとは反対方向に歌声は落ちていった

困ったように笑う団長も

こんな俺を蔑み笑うサーカス団の皆も

見たくなくなった。

唯一できた居場所で、追いやられていることが悲しくてやるせなくて、悔しかった

それなのに耐えられなくなって逃げて、森の中でこのまま消えてしまいたいと願った

なんて贅沢なんだろう

受け入れてもらえたのに、追いやられたら逃げ出すだなんて。

歌だけが取り柄

歌以外は価値がないんだと、改めて知ってしまった

だけど

君と出会って、俺の歌を好きだと言ってくれて。

それから、サーカス団の皆の態度が変わっていった

歌が駄目になる前のような、温かく優しい彼らに戻っていった

上手くなった

前とは段違い

綺麗な歌声だ

賞賛してくれるようになった

君が俺のことを好きだと言ってくれたことがほんとに嬉しかった

いままでの自分は、ただ我武者羅に歌って歌って歌って…

歌うことなんて好きじゃなくなってしまった

歌えば歌うほどに、自分では変えられない過去がチラついた

でも俺の歌を、俺自身を綺麗だと、好きだと言ってくれたことがどうしようもなく、嬉しくて堪らなかった

親に捨てられた身で、全てがどうでもいいと思っていたはずなのに

愛が、欲しかったんだ

愛されたかったんだ

他ならない、君に。

俺は、気が付くのが遅すぎるようだ

君と話していた団長が俺を呼びに来ようとしてる

それを制するように声を発した

君の沢山の言葉と気持ちを抱いて、いま会いに行くよ
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