失声の歌

涼雅

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すれ違い

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俺はいつも通り、深い森へと足を進めていた

家事下手な友人の手料理をご馳走になったあとすぐに、彼に会うために歩を進める

もう少しで会えることに自然と笑みが浮かぶ

今日は少し雨を予感させる空気で服が重い。

あと数歩先の巨木を曲がれば彼は代わらずあそこに座って……

「わぁ!!…えへ、びっくりした?」

巨木を曲がったすぐそこで、いきなり彼が現れたことに驚く

自分でも面白いくらいに、びくりと肩が揺れた

その拍子に、スケッチブックがパサリと落ちて、挟んでいた紙が出てきてしまった

『ほんと下手だな

 せめて綺麗って言ってもらえるようにしろよ』  

そう書かれた紙切れが俺と彼の間に現れた

俺はあとで捨てようと思っていた紙を拾い上げる

紙切れの文字を目でなぞると、くすりと口角が上がってしまう

紫音はもう少し頑張ってみると意気込んでいた

程々にね、と返して彼と別れたのだった

ついさっきまでのやり取りを思い出すと自然と口角が上がるのだ


……静かだな


遠くで飛び立つ鳥の羽音も聞こえるくらいの静寂

俺のことを驚かせておいて、何も言わなくなった彼の方を見やる

挟んでいた紙を見たであろう茶髪の彼は、ワナワナと顔を歪めていた

いままで見たこともない、表情だった。

「なに、それ……」

ぽつり、と呟かれたそれは悲しみと怒りと、失望に染っていた

ただならぬ雰囲気に、どうしたの、とスケッチブックに書こうとした時

「…この前の…好きって嘘だったのかよ!!!」

いままで聞いたことも無いような声にびくりと肩が震えた

なにを、言っているんだ

俺が嘘なんてつくわけないだろ

「好きだって、言ってたじゃん……!

 綺麗だって、言ってくれたじゃん…」 

苦しそうに、声を絞り出す彼は涙を浮かべて拳を握りしめる

…あぁ、俺のせいだ

きっと俺のせいで、彼は辛い思いをしている

それはわかるのに、なぜだかがわからない

原因は明白なはずなのに理由がわからない

きっとなにかすれ違いが起こってる

俺はスケッチブックに文字を落とした


ごめん

俺が悪かった

どうして?


違う、どれも違う

悩みながらひたすらに文字を書こうとすると、彼にそれを奪われる

ぞんざいに俺の手から離れていったスケッチブックを握りしめる彼は一筋、涙を流した

「……おれっ、信じてたのに!あんたはサーカス団の皆とは違うって、思ってたのに…!…もういい!!あんたなんか…っ、あんたなんかもう知らん!!!」

バサ、と音を立てて紙束が彼の手から落ちる

「歌なんか…声なんかっ!

 あんたなんか、もう大っ嫌いだ!!!」

薄暗い森に反響する大嫌いの言葉

それは俺を貫いて、彼は走り去ってしまった

ちがう、ちがうんだ、誤解なんだよ…っ!

そう伝えたくても、もう遅い

手を必死に伸ばしても、彼には届かない

引き止めたいのに、声が出ない

薄暗い森の中に溶けていくように、彼の姿は見えなくなった

彼と俺とじゃ、決定的に違かったんだ

彼は声に想いを込める

じゃあ、俺は?

声の出せない今になっては文字に想いを込める

声で想いを伝えられない

解釈の違いで誤解されやすい方法しか、使えない

怒って走っていってしまった彼は、たぶん、俺の書いた文を誤解している

それを伝えようにも、声が出ない

唯一の手段も、奪われてしまった

だから、彼を引き止めることが出来なかった

振り向いて、もらえない

彼と出会ってから、太陽のように温かい想いが増えたスケッチブックを、引き裂きたくなった

ぐしゃぐしゃに土に塗れたスケッチブックにぱたり、と雨が落ちる

こんなもの、何の役にも立たない

彼と話が出来ないのなら

誤解を生んでしまったのだから

引き止めることすら出来ないのなら

俺の、伝えたいことが伝えられないのなら


消えてしまえ


鬱蒼とした森の中

冷たい雨音

土まみれの靴

誰も見つけられないような

薄暗い場所に逆戻りするかのように

俺は紙の束を喧騒の中に見捨てた

言葉なんか、意味が無いじゃないか

冷たい雫を頬で感じながら森を抜けた



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