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二章 シェーンハイトに冬が来る
冬の準備③
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「大丈夫です。クラウディアに心配をかけないように、今夜はしっかりと眠ります……多分ですが」
すっと伸びてきたジルヴェスターの指先が、優しくクラウディアの眉間に触れる。
いつの間にか険しく顰められていた皺を優しく伸ばすように。
最後に「多分」と添えるところがなんともジルヴェスターらしいというかなんというか。
(そんなことを言って……これはまた夜更かしをするつもりですわ。全くジルヴェスターったら)
クラウディアは観念したようにふっと笑みをこぼした。
眉間は人体の急所だ。
熊を倒すときもそうだけれど、どんな生物にも弱点はある。
目と目の間、眉間を鋭く狙い済まして特別な手刀を振り下ろせば、一撃で仕留めることは必ずとも、大きな損傷を与える事が出来る。
そんな急所をこうして無防備に触れさせている。
それこそが、クラウディアにとってこの人が特別でいることを如実に物語っているのだ。
「……あのぉー、姫様、ジルヴェスター様」
すっかり二人の世界で見つめ合っていたところに、おずおずと話しかける声がした。
若い兵士が、気まずそうにこっちを見ている。
兵士だけでなく、広場にいた領民たちも皆一様にホッコリした顔でこちらを見ていた。
「おふたりのために席を設けておりますので、こちらへ来ていただけますか!」
「まあ、席を? でもわたし、まだ働いていないのだけれど」
「私もまだ役に立ってはいませんが――」
兵士の誘いにクラウディアとジルヴェスターは目を見合わせる。
これから丸太運びや薪割りに参加しようと思っていたのに、早速食事をとるなんて、と困惑の表情を浮かべる。
「万事問題ありません! あちらへ!!!」
兵士が指し示した先を見ると、広場が一望できる場所に風よけの天幕が設置されていて、その下にベンチと木のテーブルが用意されている。
小さい子たちがテーブルの上に今まさに可愛らしい花を飾っている姿も見えて、クラウディアはパチパチと瞬きを繰り返した。
「おふたりがいてくださるだけで! 我が軍も領民たちも士気が上がりますので!」
「そうですよ、姫様。いまおふたりのための肉が焼けたところですから早くお座りになってくださいませ」
「婿様もどうぞどうぞ! はぁ、仲の良いおふたりを見ているだけで、我ら領民にとっては目の保養ですからね……大変助かっております」
「シチュー係!! お二人の分を早くおつぎしろ!」
「イエッサー!」
「チーズは問題なく溶けているか!?」
「ぬかりありません! 間もなくイモにドッキングいたします! どうぞ!」
「ヨシ!!」
軍と領民たちの勢いにクラウディアとジルヴェスターは圧倒されて目を見開く。
それからもう一度ふたりで見つめ合って、我慢が出来なくなってぷはっと吹き出した。
これでは、あの席でもてなしてもらわざるを得ない。
「クラウディア、手を。あの席までの短い間ですが……参りましょう」
ジルヴェスターも同じことを思ったのか、クラウディアに手を差し伸べてくる。
「ええ、ジルヴェスター。せっかくですから、いただきましょう。食べた後にその分働きますわ!」
「ええ。私もそうします」
冬の準備がこんなに楽しかったことがあっただろうか。厳しい冬に向かうシェーンハイトの最後のお祭りではあるけれど、今日は特段に楽しい。
(なんて幸せなのかしら)
悩み事も全て消え去ってしまえばいいのに。
クラウディアはそんなことを考えながら。
領民たちがふるまってくれるあたたかなシチューやとろけるチーズ、それから香ばしくジューシーな串焼き肉に舌鼓を打った。
すっと伸びてきたジルヴェスターの指先が、優しくクラウディアの眉間に触れる。
いつの間にか険しく顰められていた皺を優しく伸ばすように。
最後に「多分」と添えるところがなんともジルヴェスターらしいというかなんというか。
(そんなことを言って……これはまた夜更かしをするつもりですわ。全くジルヴェスターったら)
クラウディアは観念したようにふっと笑みをこぼした。
眉間は人体の急所だ。
熊を倒すときもそうだけれど、どんな生物にも弱点はある。
目と目の間、眉間を鋭く狙い済まして特別な手刀を振り下ろせば、一撃で仕留めることは必ずとも、大きな損傷を与える事が出来る。
そんな急所をこうして無防備に触れさせている。
それこそが、クラウディアにとってこの人が特別でいることを如実に物語っているのだ。
「……あのぉー、姫様、ジルヴェスター様」
すっかり二人の世界で見つめ合っていたところに、おずおずと話しかける声がした。
若い兵士が、気まずそうにこっちを見ている。
兵士だけでなく、広場にいた領民たちも皆一様にホッコリした顔でこちらを見ていた。
「おふたりのために席を設けておりますので、こちらへ来ていただけますか!」
「まあ、席を? でもわたし、まだ働いていないのだけれど」
「私もまだ役に立ってはいませんが――」
兵士の誘いにクラウディアとジルヴェスターは目を見合わせる。
これから丸太運びや薪割りに参加しようと思っていたのに、早速食事をとるなんて、と困惑の表情を浮かべる。
「万事問題ありません! あちらへ!!!」
兵士が指し示した先を見ると、広場が一望できる場所に風よけの天幕が設置されていて、その下にベンチと木のテーブルが用意されている。
小さい子たちがテーブルの上に今まさに可愛らしい花を飾っている姿も見えて、クラウディアはパチパチと瞬きを繰り返した。
「おふたりがいてくださるだけで! 我が軍も領民たちも士気が上がりますので!」
「そうですよ、姫様。いまおふたりのための肉が焼けたところですから早くお座りになってくださいませ」
「婿様もどうぞどうぞ! はぁ、仲の良いおふたりを見ているだけで、我ら領民にとっては目の保養ですからね……大変助かっております」
「シチュー係!! お二人の分を早くおつぎしろ!」
「イエッサー!」
「チーズは問題なく溶けているか!?」
「ぬかりありません! 間もなくイモにドッキングいたします! どうぞ!」
「ヨシ!!」
軍と領民たちの勢いにクラウディアとジルヴェスターは圧倒されて目を見開く。
それからもう一度ふたりで見つめ合って、我慢が出来なくなってぷはっと吹き出した。
これでは、あの席でもてなしてもらわざるを得ない。
「クラウディア、手を。あの席までの短い間ですが……参りましょう」
ジルヴェスターも同じことを思ったのか、クラウディアに手を差し伸べてくる。
「ええ、ジルヴェスター。せっかくですから、いただきましょう。食べた後にその分働きますわ!」
「ええ。私もそうします」
冬の準備がこんなに楽しかったことがあっただろうか。厳しい冬に向かうシェーンハイトの最後のお祭りではあるけれど、今日は特段に楽しい。
(なんて幸せなのかしら)
悩み事も全て消え去ってしまえばいいのに。
クラウディアはそんなことを考えながら。
領民たちがふるまってくれるあたたかなシチューやとろけるチーズ、それから香ばしくジューシーな串焼き肉に舌鼓を打った。
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