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二章 シェーンハイトに冬が来る
冬の準備②
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(ヴォーリアの狙いが分からない今、まだニクス様にあのことを尋ねるのは時期尚早でしょうか)
広場に向かいながら、クラウディアはずっと考え事をしていた。
ヴォーリアのこと、ニクスのこと。
それから自身の両親のこと。
こんなに頭を使ったのは久しぶりだ。
クラウディアなりに考えを巡らせてみるが、なかなか考えがまとまらない。
(もう、鍛錬だったら何時間してもこんなに疲れませんのに……っ!)
もうすでに頭が爆発しそうである。
クラウディアなりに思うところがあり、ニクスを観察してみているのだけれど、上手くいかなそうな気がしてきた。
智略は苦手だ。
「拳で語り合う方が、手っ取り早くていいのではないかしら?」
広場までの最後の坂道を駆け下りながら、クラウディアはそんな物騒な考えに思い至った。
客人だということで丁重にもてなすことにしたけれど、むしろもうシェーンハイト流に腹を割って話した方がいいのかも――残念ながらクラウディアも脳筋の一族の生まれなのである。
(……いい香りがしてきましたわ)
広場に近付くにつれ、鼻腔をくすぐる香ばしい匂いがあたりに広がっている。
住人たちが有志で大鍋のシチューを用意したりもしているそうだし、もうどこかで肉が焼ける匂いもする。
この甘やかな香りはチーズだろうか。
蒸かした芋の上に火で炙ったチーズをとろりとかけると夢のように美味しい。
想像しただけでほっぺが落ちそうになってくる。
ニクスと殴り合いをする案はひとまず横に置いておいて、クラウディアは一直線に目的地を目指す。
「……あ」
そして。広場が近付けば、必然的に大好きな背中も見えてきた。
広場の中央で、シェーンハイト仕様の漆黒の軍用コートを羽織っているのはジルヴェスターだ。
優しい顔立ちとは正反対な軍服の凛とした出で立ち。それもまたよく似合っていて、彼の魅力を引き立てる気がする。
クラウディアはより一層つよく大地を蹴った。
「ジルヴェスター!」
大好きな背中にそう呼びかければ、焼きたてパンよりもふわふわ髪のその人がこちらを向いた。
「……クラウディア!」
驚いたような顔が、そのままゆるゆると笑顔に変わる。その瞬間が、クラウディアはとても好きだ。
「ニクス王子は起きられましたか?」
「ええ。今はスティーリアが支度を手伝っている頃かと思いますわ」
駆け寄ると、ジルヴェスターに王子のことを尋ねられ、クラウディアははきはきと答える。
「そうですか」
優しく微笑むジルヴェスターの隣で、従兄のアルフレッドは眉根を寄せていた。
「全くなんなんだ!? あのヴォーリアの者たちは……! 敵陣に来ておきながら、全くもって危機感がなさすぎないか」
アルフレッドは腕を組み、険しい顔で憤っている。温厚な従兄がここまで怒るのも珍しい。
そう思いながら、クラウディアは納得する点もあって小さく頷いた。
(従兄さまの言うとおりですわ。なんだかとても、歪に感じるのです……)
先の会計不正事件も馬の事件も、ヴォーリアの意思がシェーンハイトの中でゆるやかに浸透していた。
ヴォーリアは決して非を認めないが、直接その現場に立ち会ったクラウディアにはまだスッキリしない気持ちが残っている。
ヴォーリアが関与している確信はあるのに、その尻尾を掴めていない底知れぬ気持ち悪さ。
そこに来てこの求婚だ。
絶対に裏があるに違いない。クラウディアの動物的な第六感も、あのニクス王子とその従者はなんだかおかしいと告げている。
「……王都の方も、国王派と第二王女ビアンカ派とで割れていて混乱は続いているそうです。そこにヴォーリアとの小競り合い。なかなか頭が痛いですね」
ジルヴェスターが困ったように眉を下げる。
王都の方も、ジルヴェスターがここに来ることになったセンセーショナルな出来事をきっかけに荒れているらしい。
頭角を現しているらしい第二王女ビアンカに、クラウディアは会ったことがない。
あれから王都には行っていないのだから。
(さすがに情報がはやいですわ。さすがです!)
王都のことまでも把握しているなんて、と思ったところで、ジルヴェスターの顔をじっと見つめたクラウディアは腰に手を当てた。
「あの、ジルヴェスター。また寝ていないのではありませんか?」
「…………」
クラウディアの問いに、ジルヴェスターは分かりやすく目を逸らした。
なんということだ。
あれだけ睡眠をとるように言っているのに!
ジルヴェスターは仕事に夢中になるあまり、寝食を疎かにする傾向がある。
最初の頃よりは少なくなったとはいえ、続いたら身体を壊してしまう。
なにより睡眠は大切だ。
ベッドに入れば十秒で眠れてしまう特技を持つクラウディアにとって、ジルヴェスターの『寝ない』という選択は頭を悩ませる問題だ。
(どうしたものかしら……シェーンハイトには夜の番以外で徹夜をする者はいなかったから、対策がわかりませんわ)
むむむ、と唇に力を入れてジルヴェスターを見上げる。
優しい婚約者は、そんなクラウディアを見てことさらやわらかく微笑んだ。
広場に向かいながら、クラウディアはずっと考え事をしていた。
ヴォーリアのこと、ニクスのこと。
それから自身の両親のこと。
こんなに頭を使ったのは久しぶりだ。
クラウディアなりに考えを巡らせてみるが、なかなか考えがまとまらない。
(もう、鍛錬だったら何時間してもこんなに疲れませんのに……っ!)
もうすでに頭が爆発しそうである。
クラウディアなりに思うところがあり、ニクスを観察してみているのだけれど、上手くいかなそうな気がしてきた。
智略は苦手だ。
「拳で語り合う方が、手っ取り早くていいのではないかしら?」
広場までの最後の坂道を駆け下りながら、クラウディアはそんな物騒な考えに思い至った。
客人だということで丁重にもてなすことにしたけれど、むしろもうシェーンハイト流に腹を割って話した方がいいのかも――残念ながらクラウディアも脳筋の一族の生まれなのである。
(……いい香りがしてきましたわ)
広場に近付くにつれ、鼻腔をくすぐる香ばしい匂いがあたりに広がっている。
住人たちが有志で大鍋のシチューを用意したりもしているそうだし、もうどこかで肉が焼ける匂いもする。
この甘やかな香りはチーズだろうか。
蒸かした芋の上に火で炙ったチーズをとろりとかけると夢のように美味しい。
想像しただけでほっぺが落ちそうになってくる。
ニクスと殴り合いをする案はひとまず横に置いておいて、クラウディアは一直線に目的地を目指す。
「……あ」
そして。広場が近付けば、必然的に大好きな背中も見えてきた。
広場の中央で、シェーンハイト仕様の漆黒の軍用コートを羽織っているのはジルヴェスターだ。
優しい顔立ちとは正反対な軍服の凛とした出で立ち。それもまたよく似合っていて、彼の魅力を引き立てる気がする。
クラウディアはより一層つよく大地を蹴った。
「ジルヴェスター!」
大好きな背中にそう呼びかければ、焼きたてパンよりもふわふわ髪のその人がこちらを向いた。
「……クラウディア!」
驚いたような顔が、そのままゆるゆると笑顔に変わる。その瞬間が、クラウディアはとても好きだ。
「ニクス王子は起きられましたか?」
「ええ。今はスティーリアが支度を手伝っている頃かと思いますわ」
駆け寄ると、ジルヴェスターに王子のことを尋ねられ、クラウディアははきはきと答える。
「そうですか」
優しく微笑むジルヴェスターの隣で、従兄のアルフレッドは眉根を寄せていた。
「全くなんなんだ!? あのヴォーリアの者たちは……! 敵陣に来ておきながら、全くもって危機感がなさすぎないか」
アルフレッドは腕を組み、険しい顔で憤っている。温厚な従兄がここまで怒るのも珍しい。
そう思いながら、クラウディアは納得する点もあって小さく頷いた。
(従兄さまの言うとおりですわ。なんだかとても、歪に感じるのです……)
先の会計不正事件も馬の事件も、ヴォーリアの意思がシェーンハイトの中でゆるやかに浸透していた。
ヴォーリアは決して非を認めないが、直接その現場に立ち会ったクラウディアにはまだスッキリしない気持ちが残っている。
ヴォーリアが関与している確信はあるのに、その尻尾を掴めていない底知れぬ気持ち悪さ。
そこに来てこの求婚だ。
絶対に裏があるに違いない。クラウディアの動物的な第六感も、あのニクス王子とその従者はなんだかおかしいと告げている。
「……王都の方も、国王派と第二王女ビアンカ派とで割れていて混乱は続いているそうです。そこにヴォーリアとの小競り合い。なかなか頭が痛いですね」
ジルヴェスターが困ったように眉を下げる。
王都の方も、ジルヴェスターがここに来ることになったセンセーショナルな出来事をきっかけに荒れているらしい。
頭角を現しているらしい第二王女ビアンカに、クラウディアは会ったことがない。
あれから王都には行っていないのだから。
(さすがに情報がはやいですわ。さすがです!)
王都のことまでも把握しているなんて、と思ったところで、ジルヴェスターの顔をじっと見つめたクラウディアは腰に手を当てた。
「あの、ジルヴェスター。また寝ていないのではありませんか?」
「…………」
クラウディアの問いに、ジルヴェスターは分かりやすく目を逸らした。
なんということだ。
あれだけ睡眠をとるように言っているのに!
ジルヴェスターは仕事に夢中になるあまり、寝食を疎かにする傾向がある。
最初の頃よりは少なくなったとはいえ、続いたら身体を壊してしまう。
なにより睡眠は大切だ。
ベッドに入れば十秒で眠れてしまう特技を持つクラウディアにとって、ジルヴェスターの『寝ない』という選択は頭を悩ませる問題だ。
(どうしたものかしら……シェーンハイトには夜の番以外で徹夜をする者はいなかったから、対策がわかりませんわ)
むむむ、と唇に力を入れてジルヴェスターを見上げる。
優しい婚約者は、そんなクラウディアを見てことさらやわらかく微笑んだ。
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