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二章 シェーンハイトに冬が来る
シェーンハイトの異変③
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第七王子ニクスと一人の従者らしき人を残して、ヴォーリアからの使者団は帰って行った。
言うなれば敵地。
まだ一応、ヴォーリアとシェーンハイトの友好協定は破談になってはいないから、敵と呼んではいけないのかもしれないけれど。
その地に残すにしては、あまりにも手薄だ。
(シェーンハイトを試しているのでしょうか。それとも彼ら二人が特別に強い……?)
四方八方をシェーンハイトの軍人たちが警戒の視線を張り巡らせる。というのに、ニクス王子は楽しそうな雰囲気を崩さないまま、城を案内するクラウディアについてきている。
「クラウディア。僕の部屋にも遊びに来てね!」
「お断りしますわ」
彼に伝えた場所は、食堂と彼の部屋となる客室、それから何かあった時の避難経路。
食事はこの従者が厨房から直接運ぶと言っていたけれど、彼らを厨房に入れる訳にはいかない。
変わらず軽口を言うニクスの申し出をピシャリと断りつつ、クラウディアは彼の目をじっと見つめた。
美しいサファイアブルー。
同じ部族でも、母の瞳は桃色だ。
「なんだい。僕に見惚れちゃった?」
ニコニコとした笑顔の奥の感情が全く見えない。なんとも不思議な存在だ。
「ニクス様。シェーンハイトはこれから冬の準備に入ります。滞在期間はどのくらいですか?」
「うーんそうだねぇ。君が僕に惚れるまで?」
なんとも減らない口である。
クラウディアが頬に手をあてて思案していると、隣でぷるぷると血管を浮き上がらせる太い腕が目に入った。
「……クラウディア、本当にこんなやつを滞在させるのか……!?」
小声のつもりだろうが、従兄の声は完全にニクスに聞こえてしまっているだろう。こめかみに青筋を立て、怒りをこらえるアルフレッドの表情にクラウディアもため息をついた。
「従兄さま。落ち着いてくださいませ」
「これが落ち着いていられるか! こいつらはあの事件の――!」
「ダメですわ、従兄さま」
クラウディアはアルフレッドの口に自らの両手を重ねる。
グッと押さえ込めば、アルフレッドの喉からギュッと蛙が潰れたようなくぐもった声がした。
クラウディアの道案内にジルヴェスターも名乗りを上げたのだが、それを断ったのは他でもないクラウディアだった。
だってこの因縁はきっと、母世代から続いている。
ただでさえ王都との問題も抱えて忙しくしているジルヴェスターの負担を軽くしたい。そう思って、道案内くらいは手間をかけさせたくないと思ったのだ。
何か言いたそうにしていたジルヴェスターだったけれど、色々あってこうして従兄のアルフレッドが共に来てくれることになった。
「へえ、君たちも仲がいいんだね。もしかしてタダならぬ仲だったりする?」
ケラケラと楽しそうなニクス王子と、ひと言も言葉を発さない従者。
「なっ……!」
またアルフレッドの頭に血が上る。
明らかに、先程からシェーンハイトの者を見下して挑発している――。
「わかりましたわ!」
一触即発かと思われた雰囲気の中で、クラウディアが明るい声を出す。
皆の視線が一斉にクラウディアを捉えた。
(ニクス王子の滞在期間は、"わたしがこの方を好きになるまで"。ということは、明確な期間については決まっていないということですね)
その答えにたどり着いて、クラウディアはニッコリと微笑んだ。
「そうと決まれば、ニクス王子にもお手伝いいただかないといけませんわ」
「へ?」
「わたしが心変わりすることはありませんので、ニクス王子の滞在は長期になります。シェーンハイトには『働かざる者食うべからず』という古い格言がございますので、明日から王子もしっかり働きましょう!」
「……は? え? 僕、王子だし客人……」
「これから冬が来ます。冬の準備は大変なんです! お客さまに構っている暇はありません」
「ええ~……」
クラウディアは至って真面目だ。
シェーンハイトで生まれ、何度も冬を越えてきた。冬ごもりの大切さも、各々が役目を果たす必要性も身をもって学んできた。
「……なんか思ったのと違う」
「何かおっしゃいましたか? 大丈夫です、ニクス王子。分からない事はわたしが色々とお教えしますからご安心を! では今日のところは初日ですから昼食までごゆっくりお過ごしくださいね」
クラウディアに気圧されたのか、ニクス王子はもう軽口を叩かなかった。
笑顔がどこかやつれたような気がするけれど、まあ大丈夫だろう。
「では従兄さま、参りましょう!」
「ふ……っ、ああ、行こう」
「どうかしましたか?」
「い、いや、なんでもない」
笑いを堪えるようなアルフレッドの言葉にもクラウディアは不思議そうに首を傾げつつ、ふたりはニクス王子の部屋を出た。
クラウディアとアルフレッドは廊下を進む。
華奢に見えるクラウディアの背中を見つめながら、母親のアルストロメリアのような有無を言わせない強引さを見た気がしたアルフレッドだった。
言うなれば敵地。
まだ一応、ヴォーリアとシェーンハイトの友好協定は破談になってはいないから、敵と呼んではいけないのかもしれないけれど。
その地に残すにしては、あまりにも手薄だ。
(シェーンハイトを試しているのでしょうか。それとも彼ら二人が特別に強い……?)
四方八方をシェーンハイトの軍人たちが警戒の視線を張り巡らせる。というのに、ニクス王子は楽しそうな雰囲気を崩さないまま、城を案内するクラウディアについてきている。
「クラウディア。僕の部屋にも遊びに来てね!」
「お断りしますわ」
彼に伝えた場所は、食堂と彼の部屋となる客室、それから何かあった時の避難経路。
食事はこの従者が厨房から直接運ぶと言っていたけれど、彼らを厨房に入れる訳にはいかない。
変わらず軽口を言うニクスの申し出をピシャリと断りつつ、クラウディアは彼の目をじっと見つめた。
美しいサファイアブルー。
同じ部族でも、母の瞳は桃色だ。
「なんだい。僕に見惚れちゃった?」
ニコニコとした笑顔の奥の感情が全く見えない。なんとも不思議な存在だ。
「ニクス様。シェーンハイトはこれから冬の準備に入ります。滞在期間はどのくらいですか?」
「うーんそうだねぇ。君が僕に惚れるまで?」
なんとも減らない口である。
クラウディアが頬に手をあてて思案していると、隣でぷるぷると血管を浮き上がらせる太い腕が目に入った。
「……クラウディア、本当にこんなやつを滞在させるのか……!?」
小声のつもりだろうが、従兄の声は完全にニクスに聞こえてしまっているだろう。こめかみに青筋を立て、怒りをこらえるアルフレッドの表情にクラウディアもため息をついた。
「従兄さま。落ち着いてくださいませ」
「これが落ち着いていられるか! こいつらはあの事件の――!」
「ダメですわ、従兄さま」
クラウディアはアルフレッドの口に自らの両手を重ねる。
グッと押さえ込めば、アルフレッドの喉からギュッと蛙が潰れたようなくぐもった声がした。
クラウディアの道案内にジルヴェスターも名乗りを上げたのだが、それを断ったのは他でもないクラウディアだった。
だってこの因縁はきっと、母世代から続いている。
ただでさえ王都との問題も抱えて忙しくしているジルヴェスターの負担を軽くしたい。そう思って、道案内くらいは手間をかけさせたくないと思ったのだ。
何か言いたそうにしていたジルヴェスターだったけれど、色々あってこうして従兄のアルフレッドが共に来てくれることになった。
「へえ、君たちも仲がいいんだね。もしかしてタダならぬ仲だったりする?」
ケラケラと楽しそうなニクス王子と、ひと言も言葉を発さない従者。
「なっ……!」
またアルフレッドの頭に血が上る。
明らかに、先程からシェーンハイトの者を見下して挑発している――。
「わかりましたわ!」
一触即発かと思われた雰囲気の中で、クラウディアが明るい声を出す。
皆の視線が一斉にクラウディアを捉えた。
(ニクス王子の滞在期間は、"わたしがこの方を好きになるまで"。ということは、明確な期間については決まっていないということですね)
その答えにたどり着いて、クラウディアはニッコリと微笑んだ。
「そうと決まれば、ニクス王子にもお手伝いいただかないといけませんわ」
「へ?」
「わたしが心変わりすることはありませんので、ニクス王子の滞在は長期になります。シェーンハイトには『働かざる者食うべからず』という古い格言がございますので、明日から王子もしっかり働きましょう!」
「……は? え? 僕、王子だし客人……」
「これから冬が来ます。冬の準備は大変なんです! お客さまに構っている暇はありません」
「ええ~……」
クラウディアは至って真面目だ。
シェーンハイトで生まれ、何度も冬を越えてきた。冬ごもりの大切さも、各々が役目を果たす必要性も身をもって学んできた。
「……なんか思ったのと違う」
「何かおっしゃいましたか? 大丈夫です、ニクス王子。分からない事はわたしが色々とお教えしますからご安心を! では今日のところは初日ですから昼食までごゆっくりお過ごしくださいね」
クラウディアに気圧されたのか、ニクス王子はもう軽口を叩かなかった。
笑顔がどこかやつれたような気がするけれど、まあ大丈夫だろう。
「では従兄さま、参りましょう!」
「ふ……っ、ああ、行こう」
「どうかしましたか?」
「い、いや、なんでもない」
笑いを堪えるようなアルフレッドの言葉にもクラウディアは不思議そうに首を傾げつつ、ふたりはニクス王子の部屋を出た。
クラウディアとアルフレッドは廊下を進む。
華奢に見えるクラウディアの背中を見つめながら、母親のアルストロメリアのような有無を言わせない強引さを見た気がしたアルフレッドだった。
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