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二章 シェーンハイトに冬が来る
シェーンハイトの異変②
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その日、シェーンハイトに激震が走った。
ことの発端は早朝に届いた書状である。送り主はヴォーリアの国王。それを運んできたのは数名の使者たち。
ヴォーリアによるシェーンハイト馬の強奪未遂事件の折に、当主ウルズスが抗議文を送りつけてから初めての反応だ。
使者を伴うものであったことに警戒しつつも、ウルズスはその者たちを受け入れた。
広間の両壁には軍人がズラリと並び、玉座にはウルズスが鎮座する。
クラウディアとジルヴェスターも呼ばれ、ウルズスの斜め後ろに控える。
熊男の眼光に臆することなく進んだ使者の一人が、『王からの文書でございます』と前置きをした上で、その内容を読み始めた。
「『此度の事件はヴォーリアとしても大変遺憾であり、預かり知らぬところで起きた。我が国民の愚かな行為に率直に謝罪する。しかしてならず者による騒動により国同士の安寧が脅かされる事はあってはならないと考えている。しいては、この先の友好の証として、ヴォーリアとシェーンハイトで新たな縁を結ぶことを提案する』……以上でございます」
朗朗とした声でそう読み上げた使者は、書状を畳むと僅かに頭を下げ、それからその書状をウルズスに差し出した。
青みがかった銀髪の青年。身長はジルヴェスターと同じくらいだろうか。クラウディアより頭ひとつ分大きい。
怜悧な目元に、鮮やかなブルーの瞳。
土色の外套の下には、細やかな銀糸の刺繍が施された乳白色のかの国の民族衣装を身につけている。
クラウディアがまじまじと観察していると、目が合ってウインクを返された。
(……? なにかしら。初めてお会いする方だけど、不思議な雰囲気だわ)
その人から書状を受け取ったウルズスは熊を射殺せそうなくらい鋭い眼差しを崩さない。
「新たな縁とはどういう事だ!?」
ウルズスの咆哮が広間に響く。
後ろに控えていた他の使者たちは驚いて仰け反っているが、その男性はにっこりと微笑んだままだ。
「はい。ウルズス殿が以前我が国の姫を娶ったように、次はご息女に我が国から王子を婿入りさせるとのご意向です」
「なにを!?」
「な……!」
発言に驚いたのはウルズスだけではない。
ウルズスの娘はクラウディアただ一人。そしてクラウディアにはジルヴェスターという婚約者がいる。シェーンハイトでは周知の事実だ。
「我が娘クラウディアにはもう婿が決まっておる! 王子の輿入れなど不要だ!!」
「しかし、まだ正式に婚姻を結んだわけではないと伺っています。僕にも姫と親交を深める機会をいただけますと幸いです」
激高するウルズスと対峙しているというのに、使者は全く動じない。
(僕……とおっしゃいましたか、今)
彼の言葉に引っ掛かりを覚えたクラウディアは、その青年を注視した。
「お話中失礼いたします。ジルヴェスター・マルツと申します。あなたがヴォーリアの王子なのですか?」
クラウディアの横にいたジルヴェスターが、スっと前に出る。
少しばかり逞しくなったジルヴェスターはクラウディアをその背中に覆い隠してしまった。
「ああ! 君が彼女の現婚約者くんなんだね。そうだよ、僕がヴォーリアの第七王子ニクス。以後お見知り置きを」
ニクスと名乗った男は、わざとらしくジルヴェスターに礼をする。それからまたにっこりと微笑んでウルズスに向き直った。
「ウルズス殿。先の婚姻のことをよく思い出してくださいね」
「ぐぬ……!」
「うーん、すぐに認めていただくのは難しいと僕も分かっていますので、しばらくここに滞在させていただきましょうか。クラウディア様の御心も掴みたいですし」
「ならぬ……娘にはもう婚約者が……」
「しかし僕も、手ぶらでは帰れないので」
「……」
つらつらと語るニクスを前に、なぜだかウルズスは歯切れの悪い回答だ。
そんな父の様子を見ていたクラウディアは、咄嗟に跳躍してニクスの前に躍り出た。
「お父様。わたしは別に構いませんわ」
「クラウディア!?」
クラウディアの発言に、ウルズスもジルヴェスターも驚いた顔をしている。
ヴォーリアとシェーンハイトのかつての因縁は詳しく知らない。だけれど、これだけはキッパリと言える。
「あなた方の企みはわかりませんが、わたしはジルヴェスター以外に靡くことはありません。それでもよろしければ、シェーンハイトでぜひお過ごしくださいませ!」
胸に手をあて、堂々と答えたクラウディアにニクスが一瞬面食らったような顔をして、また先程までの怪しい笑顔に戻った。
「それは頼もしい。是非ともご一緒させてください」
「ええ!」
好戦的な笑みを浮かべ、クラウディアはニクスに胸を張る。
こうしてなぜだか、シェーンハイトにヴォーリアの第七王子ニクスが滞在することになった。
――すでに婚約者がいるクラウディアの、婚約者候補として。
ことの発端は早朝に届いた書状である。送り主はヴォーリアの国王。それを運んできたのは数名の使者たち。
ヴォーリアによるシェーンハイト馬の強奪未遂事件の折に、当主ウルズスが抗議文を送りつけてから初めての反応だ。
使者を伴うものであったことに警戒しつつも、ウルズスはその者たちを受け入れた。
広間の両壁には軍人がズラリと並び、玉座にはウルズスが鎮座する。
クラウディアとジルヴェスターも呼ばれ、ウルズスの斜め後ろに控える。
熊男の眼光に臆することなく進んだ使者の一人が、『王からの文書でございます』と前置きをした上で、その内容を読み始めた。
「『此度の事件はヴォーリアとしても大変遺憾であり、預かり知らぬところで起きた。我が国民の愚かな行為に率直に謝罪する。しかしてならず者による騒動により国同士の安寧が脅かされる事はあってはならないと考えている。しいては、この先の友好の証として、ヴォーリアとシェーンハイトで新たな縁を結ぶことを提案する』……以上でございます」
朗朗とした声でそう読み上げた使者は、書状を畳むと僅かに頭を下げ、それからその書状をウルズスに差し出した。
青みがかった銀髪の青年。身長はジルヴェスターと同じくらいだろうか。クラウディアより頭ひとつ分大きい。
怜悧な目元に、鮮やかなブルーの瞳。
土色の外套の下には、細やかな銀糸の刺繍が施された乳白色のかの国の民族衣装を身につけている。
クラウディアがまじまじと観察していると、目が合ってウインクを返された。
(……? なにかしら。初めてお会いする方だけど、不思議な雰囲気だわ)
その人から書状を受け取ったウルズスは熊を射殺せそうなくらい鋭い眼差しを崩さない。
「新たな縁とはどういう事だ!?」
ウルズスの咆哮が広間に響く。
後ろに控えていた他の使者たちは驚いて仰け反っているが、その男性はにっこりと微笑んだままだ。
「はい。ウルズス殿が以前我が国の姫を娶ったように、次はご息女に我が国から王子を婿入りさせるとのご意向です」
「なにを!?」
「な……!」
発言に驚いたのはウルズスだけではない。
ウルズスの娘はクラウディアただ一人。そしてクラウディアにはジルヴェスターという婚約者がいる。シェーンハイトでは周知の事実だ。
「我が娘クラウディアにはもう婿が決まっておる! 王子の輿入れなど不要だ!!」
「しかし、まだ正式に婚姻を結んだわけではないと伺っています。僕にも姫と親交を深める機会をいただけますと幸いです」
激高するウルズスと対峙しているというのに、使者は全く動じない。
(僕……とおっしゃいましたか、今)
彼の言葉に引っ掛かりを覚えたクラウディアは、その青年を注視した。
「お話中失礼いたします。ジルヴェスター・マルツと申します。あなたがヴォーリアの王子なのですか?」
クラウディアの横にいたジルヴェスターが、スっと前に出る。
少しばかり逞しくなったジルヴェスターはクラウディアをその背中に覆い隠してしまった。
「ああ! 君が彼女の現婚約者くんなんだね。そうだよ、僕がヴォーリアの第七王子ニクス。以後お見知り置きを」
ニクスと名乗った男は、わざとらしくジルヴェスターに礼をする。それからまたにっこりと微笑んでウルズスに向き直った。
「ウルズス殿。先の婚姻のことをよく思い出してくださいね」
「ぐぬ……!」
「うーん、すぐに認めていただくのは難しいと僕も分かっていますので、しばらくここに滞在させていただきましょうか。クラウディア様の御心も掴みたいですし」
「ならぬ……娘にはもう婚約者が……」
「しかし僕も、手ぶらでは帰れないので」
「……」
つらつらと語るニクスを前に、なぜだかウルズスは歯切れの悪い回答だ。
そんな父の様子を見ていたクラウディアは、咄嗟に跳躍してニクスの前に躍り出た。
「お父様。わたしは別に構いませんわ」
「クラウディア!?」
クラウディアの発言に、ウルズスもジルヴェスターも驚いた顔をしている。
ヴォーリアとシェーンハイトのかつての因縁は詳しく知らない。だけれど、これだけはキッパリと言える。
「あなた方の企みはわかりませんが、わたしはジルヴェスター以外に靡くことはありません。それでもよろしければ、シェーンハイトでぜひお過ごしくださいませ!」
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「それは頼もしい。是非ともご一緒させてください」
「ええ!」
好戦的な笑みを浮かべ、クラウディアはニクスに胸を張る。
こうしてなぜだか、シェーンハイトにヴォーリアの第七王子ニクスが滞在することになった。
――すでに婚約者がいるクラウディアの、婚約者候補として。
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