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二章 シェーンハイトに冬が来る
シェーンハイトの異変①
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「なんだかとってもよく寝たわ……」
パチリと目を覚ましたクラウディアは、とてもすっきりした気持ちで上体を起こした。
カーテンの向こうに見える空は薄紫色で、まだ夜と朝が交じりあっている。
まもなく夜明けだ。
ぐぐぐと両方の拳を天に突き上げて上体を伸ばす。身体中に酸素を行き渡らせるようなイメージで深呼吸をしたところで、クラウディアは部屋の長椅子で身動ぎをする物体に気がついた。
「……誰でしょうか。スティーリア?」
布団から出てそっとそこに近付く。
まだ薄暗いが、人物を認識できないほどではない。そこで眠る人を見て、クラウディアは思わず大声を出しそうになった。
(! ジルヴェスター様だわ。まあ、どうしてこんなところに)
さらりとした茶色の髪に、ぴったりと綴じられた優しげな目元。お仕事でお疲れだろうに、どうして彼がここにいるのか。
――もしかして、わたしの看病を……?
狭い長椅子で身体を折りたたむようにして眠るジルヴェスターをクラウディアはじっと見つめる。
いくらジルヴェスターがこの領地の若者としたら筋骨隆々では無いといえ、すらりとした長身の持ち主だ。寝苦しかったに違いない。
(寝起きにジルヴェスター様のお顔を見られるなんて、とっても幸せですわ)
長椅子の前で座り込んだクラウディアは、頬に手を当てながら婚約者に見蕩れている。
そう、婚約者!
あの時は王命で言いつけられただけの関係だったけれど、今は違う。
お互いの大切な気持ちを伝え合って、それから……!
(いけません、こんなことではまた熱が出てしまいますわ)
またボッと顔が赤くなるのを感じながら、クラウディアはぷるぷると頭を振った。
それよりも、ジルヴェスターのことが心配だ。
このとおりクラウディアは発熱で寝込んでいて、それでも昨夜の夕食の頃には熱も引いた。
完全快復とまではいかず、父のウルズスが用意したジビエ料理も少し残してしまったのだが。
そこからまた早めに眠りについて、今度こそクラウディアは完全に元気になったのだけれど。
この冷えてきた晩秋にこんな所で眠ってしまってはジルヴェスターの方が体調を崩してしまう。
(どうしましょう。わたしのベッドに運んだらいいのかしら。あら、でもなんだか恥ずかしいような)
決めきれずに、ジルヴェスターの綺麗な顔をただ眺めるだけになってしまう。そういえば、前もこうして眠る彼の顔を見つめたことがあった。
王都を出てシェーンハイトに向かう道中で、じっと見つめていたことをクラウディアは思い出した。
「……ジルヴェスター様。こんな所では風邪を引いてしまいます」
そっとジルヴェスターに触れて身体を揺する。勝手に動かすのも気が引けて、クラウディアはジルヴェスターを一度起こすことに決めた。
「……ん、あ……クラウディア……?」
「ふふ。はい、クラウディアです」
いつもはシャンとしているジルヴェスターが寝ぼけているのが可愛らしく、クラウディアはつい笑みを零してしまった。
とろりとした若草色の瞳がクラウディアの姿を捉え、ゆっくりと瞬きを繰り返した後に極限まで見開かれた。
「――クラウディア!」
夢現をさまよっていたらしい彼の意識は呼び醒され、上体をがばりと起こしてクラウディアの肩にそっと手を置いた。
「もうお加減はいいのですか……? すいません、私の方が寝落ちてしまい」
「はい、すっかり元気です! もしかして、ジルヴェスター様がわたしの看病をしてくださったのですか?」
「夜の番をスティーリアさんに交代していただいて。……いやでも、本当にすいません。でも君が元気になって良かった」
ジルヴェスターの大きな手のひらがクラウディアの頬に添えられる。ひやりとした感触が心地よい。
「本当だ。昨夜はもう熱は出なかったようですね」
「はい。ありがとうございます」
クラウディアとジルヴェスターはお互いに微笑み合う。
日が昇り始め、シェーンハイト城には白く眩い光が差す。
なんて清々しくて美しい朝なのだろう。
クラウディアは幸せな気持ちを噛み締めながら、そっと頬に触れるジルヴェスターの手の上に自らのそれを重ねた。
パチリと目を覚ましたクラウディアは、とてもすっきりした気持ちで上体を起こした。
カーテンの向こうに見える空は薄紫色で、まだ夜と朝が交じりあっている。
まもなく夜明けだ。
ぐぐぐと両方の拳を天に突き上げて上体を伸ばす。身体中に酸素を行き渡らせるようなイメージで深呼吸をしたところで、クラウディアは部屋の長椅子で身動ぎをする物体に気がついた。
「……誰でしょうか。スティーリア?」
布団から出てそっとそこに近付く。
まだ薄暗いが、人物を認識できないほどではない。そこで眠る人を見て、クラウディアは思わず大声を出しそうになった。
(! ジルヴェスター様だわ。まあ、どうしてこんなところに)
さらりとした茶色の髪に、ぴったりと綴じられた優しげな目元。お仕事でお疲れだろうに、どうして彼がここにいるのか。
――もしかして、わたしの看病を……?
狭い長椅子で身体を折りたたむようにして眠るジルヴェスターをクラウディアはじっと見つめる。
いくらジルヴェスターがこの領地の若者としたら筋骨隆々では無いといえ、すらりとした長身の持ち主だ。寝苦しかったに違いない。
(寝起きにジルヴェスター様のお顔を見られるなんて、とっても幸せですわ)
長椅子の前で座り込んだクラウディアは、頬に手を当てながら婚約者に見蕩れている。
そう、婚約者!
あの時は王命で言いつけられただけの関係だったけれど、今は違う。
お互いの大切な気持ちを伝え合って、それから……!
(いけません、こんなことではまた熱が出てしまいますわ)
またボッと顔が赤くなるのを感じながら、クラウディアはぷるぷると頭を振った。
それよりも、ジルヴェスターのことが心配だ。
このとおりクラウディアは発熱で寝込んでいて、それでも昨夜の夕食の頃には熱も引いた。
完全快復とまではいかず、父のウルズスが用意したジビエ料理も少し残してしまったのだが。
そこからまた早めに眠りについて、今度こそクラウディアは完全に元気になったのだけれど。
この冷えてきた晩秋にこんな所で眠ってしまってはジルヴェスターの方が体調を崩してしまう。
(どうしましょう。わたしのベッドに運んだらいいのかしら。あら、でもなんだか恥ずかしいような)
決めきれずに、ジルヴェスターの綺麗な顔をただ眺めるだけになってしまう。そういえば、前もこうして眠る彼の顔を見つめたことがあった。
王都を出てシェーンハイトに向かう道中で、じっと見つめていたことをクラウディアは思い出した。
「……ジルヴェスター様。こんな所では風邪を引いてしまいます」
そっとジルヴェスターに触れて身体を揺する。勝手に動かすのも気が引けて、クラウディアはジルヴェスターを一度起こすことに決めた。
「……ん、あ……クラウディア……?」
「ふふ。はい、クラウディアです」
いつもはシャンとしているジルヴェスターが寝ぼけているのが可愛らしく、クラウディアはつい笑みを零してしまった。
とろりとした若草色の瞳がクラウディアの姿を捉え、ゆっくりと瞬きを繰り返した後に極限まで見開かれた。
「――クラウディア!」
夢現をさまよっていたらしい彼の意識は呼び醒され、上体をがばりと起こしてクラウディアの肩にそっと手を置いた。
「もうお加減はいいのですか……? すいません、私の方が寝落ちてしまい」
「はい、すっかり元気です! もしかして、ジルヴェスター様がわたしの看病をしてくださったのですか?」
「夜の番をスティーリアさんに交代していただいて。……いやでも、本当にすいません。でも君が元気になって良かった」
ジルヴェスターの大きな手のひらがクラウディアの頬に添えられる。ひやりとした感触が心地よい。
「本当だ。昨夜はもう熱は出なかったようですね」
「はい。ありがとうございます」
クラウディアとジルヴェスターはお互いに微笑み合う。
日が昇り始め、シェーンハイト城には白く眩い光が差す。
なんて清々しくて美しい朝なのだろう。
クラウディアは幸せな気持ちを噛み締めながら、そっと頬に触れるジルヴェスターの手の上に自らのそれを重ねた。
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