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二章 シェーンハイトに冬が来る

◇姫の発熱

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「なにっ、クラウディアが発熱!?」

 クラウディア発熱の知らせに、砦には激震が走った。咆哮をあげたのは父のウルズスだ。

「はい。お医者様の見立てでは、風邪だろうとのこのですが。現在スティーリアが看病を行なっております」

 気圧されつつも、使用人は領主に急ぎその旨を伝えた。
 確かにあの姫が熱を出すなど、あまりないことである。前回の記録によれば八歳の時だったとか。

「ふうむ……。婿殿には伝えているのか?」

「あ、はい! 別のものが伝達に走っているはずです」

「そうか。婿殿がいれば心強かろう。では、今朝の鍛錬はクラウディアの分もこのウルズスが受け持とう!」

「えっ」

「がはは、久しぶりに皆で乱打戦でもやろうか! クラウディアには安心して休めと言っておいてくれ。その後お前も鍛錬に来るのだぞ!」

「は、はい!」

 敬礼をした兵士がこの場を去る。その様子を見送った後、ウルズズはううむと腕組みをする。

「……クラウディアになにか滋養強壮にいいものを……ふむ」

 なにやら思案げな当主は、そのまま視線を窓の外にそびえる霊峰ゲニウスへと移し、両の拳をボキボキと鳴らしたのだった。



*** 


「クラウディアが発熱、ですか」

 同じ頃。その一報は、婚約者であるジルヴェスターにも届けられた。
 執務室ですでに仕事に取り掛かっていた――といえば聞こえはいいが、未だにこのワーカーホリックな体質が直らずに早朝に目が覚めてしまっていた。

 長年の習慣だ。なかなか改善が難しいが、自分が無理をするとクラウディアやアルフレッドに心配をかけてしまうので夜に寝室に向かうようにはしている。

 ペンを置いたジルヴェスターが、飛び込んできた兵士に顔を向けると、彼はぴしりと姿勢を正した。

「はい! 医師の見立てではゆっくり休めば治るだろうとのこと。熱以外の症状もないとのことです」

「なるほど。伝えていただきありがとうございます」

「いえ……! では失礼いたします!!!」

 ジルヴェスターが微笑めば、兵士はぴしりと敬礼をして急ぎ足で部屋を出て行った。

(クラウディアが発熱……昨日会った時には変わらぬ様子でしたが)

 ちょうど彼女とは執務室で話をした。いつもどおり元気そうで、お互いの気持ちを伝えあって――

「……っ」

 もれなく、その後に口づけを交わした事を思い出してしまったジルヴェスターはそのまま机に勢いよく頭をぶつけた。

 ごちりと鈍い音がして、ただその痛みのおかげでなんとか我に返る。顔の熱さえ引かないが、邪念は痛みによって多少吹き飛んだような気がする。

(彼女の体調不良に気が付けないだなんて、あんなに傍にいたのに不覚だ)

 浮かれた気持ちに冷や水をかけられたような気がする。想いが通じ合うのがこんなにも嬉しく誇らしいことだとこれまで知らなかった。

「……顔を見に行くくらいは、許されるだろうか」

 ひと目見たら、それでいい。

 誰もいない執務室で、誰かから返事がある訳でもない。だが言葉にしないとどこか気持ちが落ち着かない気がして。

 どこかソワソワした気持ちを抱えたジルヴェスターは席を立ち、クラウディアの見舞いに行くことを決意した。





   その後。ジルヴェスターがクラウディアの様子を見に行くと、彼女は額にタオルを起き、血色の良過ぎる顔ですやすやと眠っていた。

  その様子にジルヴェスターはほっと胸を撫で下ろす。顔色が悪いよりもずっといい。

「あの……婿様。申し訳ありません、姫様の体調管理が出来ておらず」
 「そんなことはありません。私も昨日一緒に居たのに気が付けませんでした」

  頭を下げる侍女のスティーリアに、ジルヴェスターはそう言葉を返す。
  いつも元気いっぱいの主がこうして寝込んでしまって、侍女であるスティーリアも大変狼狽していることだろう。

「……ありがとうございます。不肖の私ですが、姫様の回復のお手伝いに務めさせていただきます!」
「ええ、よろしくお願いします」

  張り切るスティーリアに、ジルヴェスターは笑顔を向ける。きっと大丈夫だ。

「クラウディア。早く良くなってくださいね」

 眠るクラウディアの手にそっと触れる。
 この小さな手が熊を打ち倒し、ひいては隣国の輩を投げ飛ばしただなんて、俄には信じられない。

 それでも掌には彼女の努力の証がある。鍛錬を欠かさない姿を、ここに来てからずっと見てきたから。


「……私は仕事に戻りますね。なにかあったらすぐに教えてください」
「はい、もちろんです。婿様もお仕事頑張ってくださいませ」

   クラウディアの頭をそっと撫で、ジルヴェスターは部屋を去る。その瞳には慈しみの色が浮かんでいて、傍で見ていたスティーリアも温かい気持ちになった。



  数時間後、目を覚ましたクラウディアはすっかり熱も下がり、起き上がれるほどになった。

  実はただの幼子のような『知恵熱』で、昨日の口付けが原因であることなど誰も知らない。

「クラウディア!  たんまり食え!」

  そしてその晩の晩餐には、ウルズズ手ずから霊峰で狩ってきたあらゆるジビエ料理が並べられたのだった。


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