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四
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「いいえ。あなたを助けた方は、わたしがここに来る前に立ち去ってしまいました」
(魔法が使える世界に興奮して、魔女に弟子入りしたこのわたしが、海の魔女より先に彼女を幸せにしたらいいんですね)
彼女が思い出した前世の記憶は25歳あたりで途切れ、自分の死因も分からない。
今世では産まれた時から膨大な魔力を有していたこともあり、5歳にしてお城に遊びに来ていた魔女に弟子入りし、10歳の時には師匠に連れられて行った隣国の姫の生誕パーティーで、姫への死の呪いを解呪したりもした。
13人目の魔女が姫にかけた「王女は15歳になると、紡ぎ車の錘が指に刺さって死ぬ」という呪いを聞いて、"いばら姫"の生誕パーティーだということにヘンリエッタは気がついた。
とりあえず呪いは完全に解いて、他の魔女の祝福もささやかなものに変えて師匠とその場を去った。
あの両親の子なら普通に美少女に育つと思うので、100年寝て待たずとも良縁に恵まれるだろう、そう考えた。
原作によっては寝込みを襲うやばい王子もいるようなので、おちおち寝かせてはおけない。
12歳の時には、修行中の姉弟子と一緒によその国に遠征し、家族に虐げられていた女の子を魔法で綺麗に着飾らせて舞踏会に行かせる事となった。
あの少女は"シンデレラ"に違いない。
カボチャを馬車に変えた際、力が入り過ぎて12時越えたら魔法が解けるはずが、翌日までカボチャに戻らなくて隠すのにひと苦労したのは今ではいい思い出だ。
彼女が楽に家に帰れて何よりだった。
(――この有り余る力を、ここで使わずしていつ使うというのでしょう)
ヘンリエッタは右手の人差し指をあの岩陰に向けた。
「今は事情があっておふたりを引き合わせることは出来ませんが、絶対にあなた様の元に彼女を連れていきます。だから、待っていてあげてくださいね」
「……!」
きっと王子にも、あの輝かしいブロンドの髪が見えただろう。
ここで恩人としての誤解を解いておけば問題はないはずだ。
「では、まずは修道院でお休みいただきますね?立てますか?」
ヘンリエッタは身体強化の魔法をこっそり使い、王子の肩の下に身体を入れてぐっと持ち上げる。
彼の美しい瞳が驚愕に見開かれたのは見なかったことにする。
大丈夫、あなたには可愛い人魚姫がいるから、この謎の剛腕女が嫁に行くことはありません。そう心の中で呟く。
彼を支えて修道院に向かう石階段を登りながら、ヘンリエッタは密かに振り返って人差し指を一振りした。
小鳥の姿をした光が、一直線に人魚姫の元へと向かって行く。
彼女のところへ着いたら、ヘンリエッタからのメッセージを彼女に伝えてくれる仕組みだ。
"彼にまた会いたければ、今夜ここに1人で来るように"
出来るだけ簡潔に、要点だけをと思ったら脅迫文のようになったが、大丈夫だろうか。
(……来てくれますよね?人魚姫)
自分の文章力に一抹の不安を覚えながら、人魚姫の悲恋のフラグを折るべく、ヘンリエッタは歩みを進めた。
◇
その後、ヘンリエッタは、無事に人魚姫を人型にして王子様のもとに送り込んだり、赤い頭巾を被った少女に惚れた狼さんのお手伝いをしたり、王妃から送られてきた刺客と対峙したりして時を過ごしていた。
――その日が来たのは突然だった。
「ヘンリエッタ姫、迎えに来たよ」
修道院に急に現れたのは、いつぞやの王子だ。
どうしてあの王子様が修道院に来ているのでしょうか。
そんな展開あったでしょうか。
そしてどうしてわたしの名前を知っているのでしょうか。
ヘンリエッタの脳内は疑問符で埋め尽くされる。
「え……あの、にんぎょ、シレーヌ姫は?」
「ああ。彼女から事情は聞いているよ。心配しなくても、彼女も城にいる」
「あ、元気にしているんですね。良かったです」
「僕は君を迎えに来たんだ。隣国の姫君」
(人魚姫は?!失敗したのでしょうか)
ヘンリエッタの戸惑いをよそに、王子はぐっと近寄ってきて彼女の手を取る。
人魚姫が失恋しても泡になる魔法はかけていないからいいのだが、この展開は流石に予想外だ。
「ひめ……」
王子の手がヘンリエッタの腰をぐっと引き寄せ、色っぽい声と共に彼の顔がどんどん近づいてくる。
(大変です。わたし、前世を合わせてこういうことに免疫がありません!)
本を読んでいる中では憧れのシチュエーションではあったが、それが自分の身に降りかかるとなると話は別だ。
再び身体強化の魔法をかけ、王子を思いっきり突き飛ばそうと彼の胸を両手で押す。
しかし、剛腕王女のはずが、いくら力を入れても彼の体はビクともしない。それどころか、ますます腕の拘束を強められる。
ヘンリエッタの焦った様子を見て、王子はくすりと笑う。
「――ああ。君の魔力はすごいよね。僕と互角だなんて。そんなところも気に入ったんだ。絶対に連れて帰るよ」
楽しそうにクスクス笑う王子のその姿も大変美しいが、彼にそんな魔力があるなんて聞いていない。
この拘束から逃れるため、ヘンリエッタは変身魔法で猫になった。生前大好きだったマンチカン風の猫だ。
お陰で王子の腕からするりと抜け出す事が出来た。
「――へえ。姫は追いかけっこがしたいんだね?」
王子の周りの空気がぴしりと張りつめたように感じ、全身の猫毛が逆立つ。
(なんだかとっても危険な気がします……!)
そうヘンリエッタが思った次の瞬間、彼の体が光り、その姿が狼のようになった。銀色の毛が美しい。
「さあ、可愛い猫。逃げてごらん。僕が絶対に捕まえてあげる」
ぺろり、と赤い舌で舌なめずりをする狼の姿は、もうまさに捕食者だ。猫はぶるりと震える。
(いやこの展開、人魚姫全く関係ないですよねー!!)
彼女の心の叫びはもちろん誰にも伝わる事はなく、なんとか逃げようと様々な魔法を駆使するも、最終的には王子様に捕まり、この上なく溺愛されてしまうのでした。
***
人魚姫のその後について、少しだけ。
ちなみに……ヘンリエッタに人間に変えてもらった人魚姫のシレーヌですが。
お城に着いて早々麗しの王子に愛の告白をかまして、あえなく撃沈したものの、泡になることはありませんでした。
そして、王子の恩人としてお城でもてなされ、なんやかんやとお世話をしてくれる王子付きの騎士様と愛を育んだといいます。
(どうしてこうなったのでしょう……。物語と違う部分と言えば、わたしの魔法……。まさか、わたしが完璧な状態の人間の姿にしたからでしょうか?!)
ヘンリエッタはしばし考察し、そこに思い至りました。
そう。
足が不自由でないため、王子自らお世話をしなくとも人魚姫は1人でなんでも出来ました。
それに、声が出せるからすぐに告白もできました。
お世話をするためのお姫様抱っこなどの触れ合いや、想いを伝えられないからこそのもどかしさなど、人魚姫が王子様に対して想いを募らせる期間が、逆に圧倒的に不足してしまっていたのです。
容易に解決出来ない障害があるからこその、純愛かつ悲恋だったのです。
「最初は王子様カッコいいって思ってたんですが、一緒に過ごす内にどんどん騎士様のことが気になっていったんです!これが真実の愛というものなんですね、ヘンリエッタおねえさま!」
「……ええ。そうなのでしょうね」
お城の庭園で二人で紅茶を飲みながらにこにこと愛らしい笑顔を振りまく人魚姫のシレーヌとは対照的に、ヘンリエッタはとても遠い目をしていました。
(魔法が使える世界に興奮して、魔女に弟子入りしたこのわたしが、海の魔女より先に彼女を幸せにしたらいいんですね)
彼女が思い出した前世の記憶は25歳あたりで途切れ、自分の死因も分からない。
今世では産まれた時から膨大な魔力を有していたこともあり、5歳にしてお城に遊びに来ていた魔女に弟子入りし、10歳の時には師匠に連れられて行った隣国の姫の生誕パーティーで、姫への死の呪いを解呪したりもした。
13人目の魔女が姫にかけた「王女は15歳になると、紡ぎ車の錘が指に刺さって死ぬ」という呪いを聞いて、"いばら姫"の生誕パーティーだということにヘンリエッタは気がついた。
とりあえず呪いは完全に解いて、他の魔女の祝福もささやかなものに変えて師匠とその場を去った。
あの両親の子なら普通に美少女に育つと思うので、100年寝て待たずとも良縁に恵まれるだろう、そう考えた。
原作によっては寝込みを襲うやばい王子もいるようなので、おちおち寝かせてはおけない。
12歳の時には、修行中の姉弟子と一緒によその国に遠征し、家族に虐げられていた女の子を魔法で綺麗に着飾らせて舞踏会に行かせる事となった。
あの少女は"シンデレラ"に違いない。
カボチャを馬車に変えた際、力が入り過ぎて12時越えたら魔法が解けるはずが、翌日までカボチャに戻らなくて隠すのにひと苦労したのは今ではいい思い出だ。
彼女が楽に家に帰れて何よりだった。
(――この有り余る力を、ここで使わずしていつ使うというのでしょう)
ヘンリエッタは右手の人差し指をあの岩陰に向けた。
「今は事情があっておふたりを引き合わせることは出来ませんが、絶対にあなた様の元に彼女を連れていきます。だから、待っていてあげてくださいね」
「……!」
きっと王子にも、あの輝かしいブロンドの髪が見えただろう。
ここで恩人としての誤解を解いておけば問題はないはずだ。
「では、まずは修道院でお休みいただきますね?立てますか?」
ヘンリエッタは身体強化の魔法をこっそり使い、王子の肩の下に身体を入れてぐっと持ち上げる。
彼の美しい瞳が驚愕に見開かれたのは見なかったことにする。
大丈夫、あなたには可愛い人魚姫がいるから、この謎の剛腕女が嫁に行くことはありません。そう心の中で呟く。
彼を支えて修道院に向かう石階段を登りながら、ヘンリエッタは密かに振り返って人差し指を一振りした。
小鳥の姿をした光が、一直線に人魚姫の元へと向かって行く。
彼女のところへ着いたら、ヘンリエッタからのメッセージを彼女に伝えてくれる仕組みだ。
"彼にまた会いたければ、今夜ここに1人で来るように"
出来るだけ簡潔に、要点だけをと思ったら脅迫文のようになったが、大丈夫だろうか。
(……来てくれますよね?人魚姫)
自分の文章力に一抹の不安を覚えながら、人魚姫の悲恋のフラグを折るべく、ヘンリエッタは歩みを進めた。
◇
その後、ヘンリエッタは、無事に人魚姫を人型にして王子様のもとに送り込んだり、赤い頭巾を被った少女に惚れた狼さんのお手伝いをしたり、王妃から送られてきた刺客と対峙したりして時を過ごしていた。
――その日が来たのは突然だった。
「ヘンリエッタ姫、迎えに来たよ」
修道院に急に現れたのは、いつぞやの王子だ。
どうしてあの王子様が修道院に来ているのでしょうか。
そんな展開あったでしょうか。
そしてどうしてわたしの名前を知っているのでしょうか。
ヘンリエッタの脳内は疑問符で埋め尽くされる。
「え……あの、にんぎょ、シレーヌ姫は?」
「ああ。彼女から事情は聞いているよ。心配しなくても、彼女も城にいる」
「あ、元気にしているんですね。良かったです」
「僕は君を迎えに来たんだ。隣国の姫君」
(人魚姫は?!失敗したのでしょうか)
ヘンリエッタの戸惑いをよそに、王子はぐっと近寄ってきて彼女の手を取る。
人魚姫が失恋しても泡になる魔法はかけていないからいいのだが、この展開は流石に予想外だ。
「ひめ……」
王子の手がヘンリエッタの腰をぐっと引き寄せ、色っぽい声と共に彼の顔がどんどん近づいてくる。
(大変です。わたし、前世を合わせてこういうことに免疫がありません!)
本を読んでいる中では憧れのシチュエーションではあったが、それが自分の身に降りかかるとなると話は別だ。
再び身体強化の魔法をかけ、王子を思いっきり突き飛ばそうと彼の胸を両手で押す。
しかし、剛腕王女のはずが、いくら力を入れても彼の体はビクともしない。それどころか、ますます腕の拘束を強められる。
ヘンリエッタの焦った様子を見て、王子はくすりと笑う。
「――ああ。君の魔力はすごいよね。僕と互角だなんて。そんなところも気に入ったんだ。絶対に連れて帰るよ」
楽しそうにクスクス笑う王子のその姿も大変美しいが、彼にそんな魔力があるなんて聞いていない。
この拘束から逃れるため、ヘンリエッタは変身魔法で猫になった。生前大好きだったマンチカン風の猫だ。
お陰で王子の腕からするりと抜け出す事が出来た。
「――へえ。姫は追いかけっこがしたいんだね?」
王子の周りの空気がぴしりと張りつめたように感じ、全身の猫毛が逆立つ。
(なんだかとっても危険な気がします……!)
そうヘンリエッタが思った次の瞬間、彼の体が光り、その姿が狼のようになった。銀色の毛が美しい。
「さあ、可愛い猫。逃げてごらん。僕が絶対に捕まえてあげる」
ぺろり、と赤い舌で舌なめずりをする狼の姿は、もうまさに捕食者だ。猫はぶるりと震える。
(いやこの展開、人魚姫全く関係ないですよねー!!)
彼女の心の叫びはもちろん誰にも伝わる事はなく、なんとか逃げようと様々な魔法を駆使するも、最終的には王子様に捕まり、この上なく溺愛されてしまうのでした。
***
人魚姫のその後について、少しだけ。
ちなみに……ヘンリエッタに人間に変えてもらった人魚姫のシレーヌですが。
お城に着いて早々麗しの王子に愛の告白をかまして、あえなく撃沈したものの、泡になることはありませんでした。
そして、王子の恩人としてお城でもてなされ、なんやかんやとお世話をしてくれる王子付きの騎士様と愛を育んだといいます。
(どうしてこうなったのでしょう……。物語と違う部分と言えば、わたしの魔法……。まさか、わたしが完璧な状態の人間の姿にしたからでしょうか?!)
ヘンリエッタはしばし考察し、そこに思い至りました。
そう。
足が不自由でないため、王子自らお世話をしなくとも人魚姫は1人でなんでも出来ました。
それに、声が出せるからすぐに告白もできました。
お世話をするためのお姫様抱っこなどの触れ合いや、想いを伝えられないからこそのもどかしさなど、人魚姫が王子様に対して想いを募らせる期間が、逆に圧倒的に不足してしまっていたのです。
容易に解決出来ない障害があるからこその、純愛かつ悲恋だったのです。
「最初は王子様カッコいいって思ってたんですが、一緒に過ごす内にどんどん騎士様のことが気になっていったんです!これが真実の愛というものなんですね、ヘンリエッタおねえさま!」
「……ええ。そうなのでしょうね」
お城の庭園で二人で紅茶を飲みながらにこにこと愛らしい笑顔を振りまく人魚姫のシレーヌとは対照的に、ヘンリエッタはとても遠い目をしていました。
応援ありがとうございます!
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