悪役令嬢のおかあさま

ミズメ

文字の大きさ
上 下
53 / 55
特別編

【文庫本発売記念SS】もしもの世界のもしも(※アルレティIFストーリーです注意)

しおりを挟む

※アルとレティのIFストーリー@もしもの世界となっておりますので、テオレティ絶対派の人は覗かないでください!
※リリーはいない世界線です
※本編とは全く関係ありません。


注意書きは読みましたか?
ではどうぞ!!!


➖➖➖➖➖➖➖➖➖


「君ってほんとに、愚直にテオしか見てないよね」

 思わず目の前の彼女にそう言ったのは、単なる興味なのか意地なのか。
 僕にも分からない。だけど口をついて出てしまった言葉は、もう戻らない。

 菫色の髪を持つ彼女は、僕の言葉に真っ赤になって怒った後、周囲の静止を聞かずにこの場から走り去ってしまった。


 ◇


「……母上。今日もまたお茶会ですか」
「あら、心外だわ。これも王妃の務めよ? 今日は中庭でやるから、アルも後で来て頂戴ね」

 鮮やかな金髪を靡かせながら、母は優雅に微笑む。
 確かにお茶会を定期的に開催し、貴族のご婦人方と話をすることは重要なことだ。

 流行りの宝石、流行りのドレス、流行りの菓子。
 王妃が流行に乗り遅れるなんてことがあってはいけない。
 この国で1番であらねばならない。

 それは分かっているし、お茶会の開催自体に疑義を言っている訳ではない。
 ――そのお茶会に、自分が駆り出されるのが嫌なだけだ。

 ご婦人方は図ったように自分の息子や娘を連れてくる。
 もちろんそれ込みでの王妃からの茶会の招待だろうが、明らかに見え透いている婚約者候補と側近候補を目指す彼らの視線に辟易としていることは事実だ。

 先日、僕は10歳になった。
 まだまだ未熟ではあるが、政務の勉強や語学の勉強もしている。
 どうせなら、部屋に籠もって勉強していた方がずっと有意義だと、心から思う。

「まあまあ、嫌そうな顔。アルベール、貴方はいずれこの国の王になるのだから、そのように感情を顔に出してはいけませんよ」
「……外では、やっています」
「いいえ。城の中だからといって気を抜いてはいけません。誰が見ているか分からないわ。……陛下の治世は平和だけれど、貴族たちが腹の底で本当は何を考えているかなんて分かったものではないわ。易々と気を許してはいけませんよ」

 侯爵家の令嬢で、幼少の頃から王子の婚約者として王妃教育を受けていた母は、貴族や王族のあり方を知っている。

 王国として、王が統治を敷いてはいるが、各々の領地は貴族のもの。貴族たちが結託して王家に反旗を翻すーーなんてことがないように、注意しなければならない。言外に、そう告げているのだ。


「……申し訳ありません、母上。心します」

 ぐっと気持ちを引き締めて、母を見る。
 厳しい表情をしていた母は、そのヘーゼルの瞳をふわりと緩めて、にこやかに微笑んだ。

「擦り寄って来る者たちの中から、本当に大切な者を選別することも、上に立つ者として大切なことですよ、アルベール。そういえば今日は、リシャール公爵夫人が来るそうよ」
「! テオが来るんですか」
「あらあら、先程言ったばかりなのにねえ」


 唯一心を許せる友人のテオフィル――リシャール公爵家の嫡男であり、従兄弟でもある彼が来ると聞いて思わず喜んでしまい、母に窘められる。

 それでも。退屈そうだと思っていたお茶会に、同じく退屈そうな顔をしたテオが来るだろうことは、僕の心を確かに軽くした。




 ◇


「アルベール様。私の家に、とても珍しい異国の絨毯がございますの。是非来ていただきたいわ」
「まあ! 絨毯なんかで殿下がお喜びになる訳がないでしょう。アルベール殿下、わたくしの家においでなさってくださいな。家宝の宝石をお見せしますわ!」


 母上との約束の時間になり、お茶会に遅れて参加すると、目を輝かせた令嬢たちにあっという間に囲まれてしまった。

 僕の気を引こうと、様々な珍しいものを提示して来るが、正直あまり興味がない。

 それでも母上に言われた通りに、顔にはよそ行きの笑顔を貼りつけてにこやかに対応する。
 いつの間にか令嬢たちの会話の矛先は僕ではなく、お互いに自分の家のどこが優れているか、どんな財産があるかの自慢合戦になってしまうのもいつものことだ。

 ため息をつきたい気持ちを抑えて、友人であるテオの姿を探す。テオは恐らく最初から参加していたのだから、先にこのご令嬢たちの猛攻を受けたはずだ。

 茶会のテーブルの端、無表情でいるテオを見つけて吹き出したくなる気持ちをなんとか抑える。

(そうか……このご令嬢たちはテオに相手にされなかったんだな)

 公爵子息の気を引く事に失敗した皆は、こうして僕の元へ集まっているわけだ。

 こういう時は、無愛想に振る舞っても咎められないテオが羨ましくなる。テオの父であり、僕の叔父でもあるリシャール公爵は割と放任主義らしい。

(テオがいるということは……。やはりそうか)


 テオの隣に、いつもの菫色を見つけた。

 熱心に何かをテオに話しているようだが、テオは反応が薄い。
 なるほど。他のご令嬢方は、あの令嬢がいるからあそこに近づけないんだな。

 彼女の名はヴァイオレット=ロートネル。侯爵である宰相のひとり娘だ。
 まだ正式には婚約していないが、近いうちに本決まりになるだろう。

 宰相が熱心に交渉していたというし、公爵夫人のフリージアも乗り気だ。

 最愛の妻、そして唯一無二の友であるローズ夫人を亡くしたふたりの悲しみは、歪んだ形でテオに押し付けられようとしている。

 周囲の令嬢たちの話を聞きながら、ちらりとテオたちを見る。
 相変わらずむっつりとしているテオは、急に席を立つとヴァイオレット嬢には目もくれずにどこかに立ち去ってしまった。

(おいおい、テオってば……どうするんだ)

 ぽつりと取り残された彼女に近づく者は誰もいない。癇癪もちで気に入らない者には容赦はしない。彼女に罰された使用人は、このひと月で片手を越えるらしい。そんな噂さえまことしやかに流れている。


――だからこれは、気まぐれだ。

「ヴァイオレット嬢。楽しんでる?」

 僕がそう声をかけると、琥珀の瞳は驚いたように僕を見上げた。
 いつもテオに向いている彼女の視線が、こんなに僕を捉えたのは初めてのことではないだろうか。

「……アルベール殿下。お招きいただきありがとうございます」

 警戒した猫のように、彼女は僕から少し身体を引く。その様子が少し楽しく思えて、僕はまた話しかける。

「ねえ、テオはどこに行ったの?」

 意地悪だろうか。そう思いながらも、僕は笑顔でそう言った。
 親友であるテオを困らせる彼女に、どこか意趣返しをしたい気持ちもあったのかもしれない。

 それに、ヴァイオレット嬢に近づいたことで、先程までまとわりついて来ていた令嬢たちもあっという間に霧散した。
 これはなかなか、便利かもしれない。

 ……自分の中に、こんな黒い感情があったことに、驚きを隠せないが。

「存じません」
「さっきまで一緒にいたでしょ?」
「それでも、知りません」

 不躾な僕の問いかけに怒りで顔を赤らめながらも、ヴァイオレット嬢は気丈にそう答えた。その姿が意外で、僕は目を丸くする。

(てっきり、怒って立ち去ってしまうのかと思った)

 そうしないのは、彼女のプライドだ。

 そしてそんな苛烈で真っ直ぐな彼女の気持ちは、一心にテオに向いている。

 ――なんだか、面白くない。

 だから僕は、言ったのだ。

「君ってほんとに、愚直にテオしか見てないよね」と。






 僕は最近、夢を見る。

 ヴァイオレット嬢もテオも、侍女の子も、隣国の王子とかいう奴も、みんなみんな、不幸になる夢を。

 だから思うのだ。

 ヴァイオレット嬢の気持ちを僕に向かせれば、全てが丸く収まるのではないか、って。

「やあ、ヴァイオレット嬢。今日も素敵だね」

 だから僕は、彼女の執着を僕に向けるために、今日も睨みつけてくる彼女に話しかけることにしたんだ。




「もしもの世界」のもしも       おわり

一一一一一一一一一一一一

アルレティでのIFストーリーを!と思ってずっと前に途中まで書いていたお話です。
本編とは全く関係ありません。


本日(6/10)『悪役令嬢のおかあさま』文庫本が発売されます。
番外編も収録されている上に、お値段もサイズも単行本の半分です。
よろしくお願いします⸜( ◜࿁◝ )⸝︎︎
しおりを挟む
[補足]
タイトルが【もしもの世界〜】となっている話に出てくる夢の中の世界は、ゲームの世界です。
実際に主人公たちが過ごす世界とは異なるパラレルワールドとなります。
表現出来てなかったらごめんなさい(´;ω;`)!
感想 271

あなたにおすすめの小説

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

悪役令嬢に転生したので、すべて無視することにしたのですが……?

りーさん
恋愛
 気がついたら、生まれ変わっていた。自分が死んだ記憶もない。どうやら、悪役令嬢に生まれ変わったみたい。しかも、生まれ変わったタイミングが、学園の入学式の前日で、攻略対象からも嫌われまくってる!?  こうなったら、破滅回避は諦めよう。だって、悪役令嬢は、悪口しか言ってなかったんだから。それだけで、公の場で断罪するような婚約者など、こっちから願い下げだ。  他の攻略対象も、別にお前らは関係ないだろ!って感じなのに、一緒に断罪に参加するんだから!そんな奴らのご機嫌をとるだけ無駄なのよ。 もう攻略対象もヒロインもシナリオも全部無視!やりたいことをやらせてもらうわ!  そうやって無視していたら、なんでか攻略対象がこっちに来るんだけど……? ※恋愛はのんびりになります。タグにあるように、主人公が恋をし出すのは後半です。 1/31 タイトル変更 破滅寸前→ゲーム開始直前

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。