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1巻
1-1
しおりを挟む序章 ヴァイオレットは思い出す
その日、わたしは広い庭を駆け回っていた。
メイドのひとりが青い顔をして制止しようと追いかけてきたけれど、そんなことは関係ない。
いつもの気まぐれ、わがままだもの。
ここはわたしのお城で、わたしはこのお城のお姫様。
子ども心にそう思うくらいに、贅沢で自由な生活を送っている。
――そんな時だった。わたしが庭園の芝生でつるりと足を滑らせたのは。
雨上がりの芝生はしっとりと濡れていた。幼児の手足は短く、簡単に体勢を崩してしまう。
予想外のことで何もできずに、後頭部を地面に強く打ちつけた。そのまま意識が遠のいていく。
メイドたちが慌てて自分の名を呼んでいる。忙しない声が聞こえる中、わたしの瞼は重たくなってきた。
わたしはそれに逆らわずに、ゆっくりと目を閉じた。
❀
瞼の向こうに眩しさを感じて、わたしはゆるりと薄目を開けた。
「ヴァイオレット様っ!」
誰かの声が聞こえる。ヴァイオレット、というのはわたしの名前だろうか。まだぼんやりとして、身体は全く言うことを聞かない。
かろうじて目を開くと、周囲の状況が視界に飛び込んできた。
慌ただしい声があたりに飛び交う。わたしはベッドに寝ていて、たくさんの使用人に取り囲まれているようだ。
「良かった……お目覚めにならなかったらどうしようかと……っ」
わたしの頭のすぐ横でえぐえぐと泣きながらそう言ったのは、わたしの世話係のひとりであり、いつも遊んでくれているメイドのサラだ。
さっき、庭で遊んでいた時に先頭で追いかけていたのも、彼女だった気がする。
思えば彼女には、最近ずっとわたしの我儘に付き合ってもらっていた。随分と手を焼かせたなあという気持ちが、ふと湧き上がってくる。たくさん泣いたようで、彼女の目は赤く腫れていた。
「なかないで、サラ。わたしがわるかったのだから。とびだしたのはわたしよ?」
「っ、お嬢、さま……?」
「おとうさまにもわたしがせつめいするわ。あなたをくびにするようなことがあれば、わたしがおこるから」
「!」
急に流暢に話し出す三歳児に、サラだけでなく他の使用人たちも固まっている。
報せを受けて駆けつけてきたお父様も、部屋の入り口のところで息を切らしたまま唖然としているのが見えた。
それもそうだろう。幼いわたしはさほど言葉を知らなかったし、メイドを気遣うようなことなど言った例がないのだから。
当の本人――わたしの頭の中では、前世の記憶と今世の記憶がどんどん混じり合っていく。
そう、わたしは転んだショックで、前世が日本人だったことを思い出したのだ。
ええと、『わたし』は侯爵家のひとり娘であるヴァイオレットちゃん。歳は三歳。
お父様に溺愛されていて、最近我儘が加速気味。今日も勉強の時間を無視して、ひとりで勝手に庭へ飛び出した、と。
室内がざわざわと騒がしくなってきたため、わたしは目を閉じて状況を整理することにした。
『前世の私』は、確か二十六歳だったはずだ。
ぷちブラック企業に就職してしまい、残業続きで碌に休暇もなかった。
だけど仕事だけの毎日も嫌で、息抜きのために気に入った乙女ゲームを、毎晩深夜にコツコツと進めていたはず。そうするために削れるのは睡眠時間しかない。だからその頃、余計に睡眠不足が続いていた。
(――ああ、そうだ。わたしはあの時……)
わたしの脳裏には、外灯に照らされた夜の道路の風景が浮かぶ。
その景色が暗転したかと思うと、眩しすぎる光に包まれて――そこで記憶が途絶えた。
そうだ、あれは連日の残業後の帰り道。仕事にゲームにと、さすがに体力の限界だったのだろう。ふらついて、道路側によろけたわたしは、おそらくそのまま車に撥ねられた。あの眩しい光はきっと、車のライトだったのだ。
「……レティ、大丈夫なのか?」
お父様がわたしの愛称を震える声で呼ぶ。
この国の宰相であるお父様は、今日も城で執務をしていたはずだが、報せを受けて慌てて来てくれたのだろう。
――大丈夫、この世界のこともちゃんと覚えている。
「おとうさま、ごしんぱいおかけしてもうしわけありません。レティはだいじょうぶです」
大体の状況が整理できたわたしは再びぱちりと目を開けて、安心させるようににこりと微笑んだ。
改めて見ると、お父様は前世のわたしくらいの年齢に見える。
むしろそれよりも若そうだ。後ろに流した紺の髪と涼しげな目元がとても素敵。
「すぐにお医者様が来るからね、レティ。今はゆっくりおやすみ」
わたしの言葉遣いが突然変わったことに驚いたはずなのに、お父様は優しくわたしの頭を撫でる。
掌の体温に包まれ、幼児の身体はポカポカしてすぐに眠くなってくる。
そのどろりとした眠気には抗えず、わたしはゆっくりと目を閉じ、誘われるままに夢の世界へと旅立った。
一 お茶会と出会い
前世の記憶を取り戻してから三年が経った、ある朝。
六歳になったわたしは、侍女のサラが起こしにくる前に目が覚めていた。
カーテンを開けて、気持ちがいい朝の日光を部屋の中に取り入れる。そしてそのあとは、目をつぶって片足立ちでバランスを取るのだ。
簡単だけれど、目をつぶると途端にぐらぐらと揺れて、なかなか難しい。
「おはようございます。あら、お嬢様。何をなさっているんですか?」
「おはよう、サラ。これは、体幹トレーニングというのよ。お母さまにもオススメしてるの。とっても健康になれるはずよ」
「そうなんですね。さすがお嬢様、博識でいらっしゃいます。お嬢様のオススメであれば、間違いありませんね。お嬢様はこの家の『天使』なのですから」
わたしが記憶を取り戻したあと、お父様をはじめ使用人たちや家庭教師たちは、急に物分かりが良くなり我儘を言わなくなったわたしを見て、最初は驚いてばかりだった。
それはそうだ。見た目は子どもでも中身はいい大人なのだから、我儘なんて言えるはずがない。
今では両親のわたしに対する溺愛っぷりもさらに深まった。
うちの子は天使だとお父様は声を大にして言うし、使用人たちも同調するようにうんうんと頷いている。
わたしが転んだ日は、天使が降臨した聖なる日とされ、一緒にいたサラはメイドからわたし付きの侍女へと出世していた。
「……どうしてわたしの髪はこんなに癖っ毛なのかしら。櫛でといても、お母さまみたいに真っ直ぐ綺麗にならないわ」
わたしはサラに朝の支度をしてもらいながら、そうぼやく。鏡に映るわたしの髪は淡い紫色で、あちこちがくるくると渦を巻いていたりはねたりしている。
いわゆる天然パーマみたいだ。お母様は綺麗なストレートなのに。
「きっと、旦那様に似たんですね。旦那様の髪も少しうねっているようで、髪の毛のセットをする時は困っていらっしゃいますよ」
ぷう、と頬を膨らませたわたしを見て、サラは微笑みながらそう教えてくれた。
それは知らなかった。お父様と一緒なら、まあいいか。そう思うわたしは単純だ。
(今さらだけれど、紫の髪って一般的なのかな。お母様の赤毛はいいとして、よく考えたらお父様の紺色の髪って不思議)
転生したと気づいてから、勝手にここはヨーロッパの近世あたりの世界だと思っている。
日本では紫といえば染めないと存在しない髪色だけど、当時は違ったのだろうか。
まぁ、そもそも転生したこと自体が不思議なのだけれど。
「では、行きましょうか」
サラにそう言われて、意識を戻す。
鏡の中の少女は、サラの手によって天パの髪をうまくハーフアップにまとめられていた。
「お父様、おはようございます」
「おはよう、レティ。今日も可愛いね」
お父様と朝の挨拶を交わして、朝食の席に着く。
わたしが着席すると同時に、またダイニングの扉が開いた。
「あ、お母さま!」
「ふふふ。おはようレティ。今日も元気ね。旦那様も、おはようございます」
わたしに微笑んでくれるお母様に、お父様は心配そうな顔で声をかける。
「おはよう、ローズ。起きていて大丈夫なのかい?」
「ええ。レティのお陰で身体の調子も随分良くなりました。私も朝食をご一緒してもいいかしら?」
「もちろんさ。さあ、みんなで朝食をとろう」
お母様がわたしの向かいの席に腰掛けたところでお父様が侍従に何やら合図をすると、朝食の皿が目の前に並べられた。
この三年の間に大きく変わったことがある。わたしが生まれてから三歳になるまで、病気療養のために部屋に籠りきりだったお母様が、最近ではすっかり身体の調子が良くなり、一日のほとんどを起きて過ごせるようになったのだ。
当時は痩せ細っていた身体も、今ではふんわりとした女性らしい丸みを帯び、頬もふっくらとして桃色だ。
流れるように揺れる綺麗な赤い髪も、きちんとした食生活のお陰で艶々と輝いている。
お母様の病気の原因は、蓋を開けてみれば、食が細く十分な栄養を摂れていないことだった。
その上に運動不足で免疫力が低下し、軽い風邪が重くなりやすいという負のスパイラルに陥っていたわけだ。
それでも、風邪をこじらせて死に至ってしまう可能性はある。
わたしはお母様の診察に来ていた医師とお父様が話しているのを盗み聞きし、これはいかんとお母様の体質改善に取り組んだ。
当時、お母様の食事の様子を見たわたしは愕然とした。パンを二、三口とスープを少しばかり食べたあと、それだけでもう十分だと食事を下げてしまうのだ。
それでは病気への免疫など到底つくはずがない。それ以前に、身体を動かすエネルギーも足りない。
日本では休みの日に健康番組をたまに見ていて、そうした基礎知識があったわたしは、三歳の無邪気さを武器にお母様を外のお散歩へ連れ出したり、食べやすい料理を考えたりしたのだ。
『おかあさまをえがおにするごはんがつくりたい』と言ったら、料理人たちは涙目で協力してくれた。
そしてお母様も、わたしが手伝ったことを知って、口にしてくれる食事の量が少しずつ増えた。すると徐々に体力がつき、非常にゆっくりとしたペースではあったけれど快方へと向かったのだ。
「みんなで食べると美味しいですね、お父さま、お母さま」
そう言いながらこっそりと盗み見ると、お母様はきちんとした量の朝食をとっている。素晴らしいことだ。
「ああ。レティとローズが笑っているだけで、この屋敷は明るくなる」
お父様が頷くと、お母様もそれに同意してくれる。
「私が元気になったのは、レティのお陰だもの。本当に、天使のような子だわ」
三人で顔を見合わせて、ふふふと笑顔になる。
天使という呼び名は過分な気がしてむずむずするが、両親が嬉しそうだから、わたしも嬉しい。そして、わたしたちを見守る使用人たちも皆、一様に笑みを浮かべているのがわかる。
ロートネル家は、今日も平和だ。
「レティ。今日は公爵家のお茶会だね。楽しんでおいで」
今日は初めてのお茶会の日だ。
お父様の言葉に、わたしは「はい」と元気良く返事したのだった。
「お母さま……これってほんとうに『身内だけの集まり』なのですか」
お母様とサラが選んでくれたクリーム色に近い白のワンピースドレスを身にまとったわたしは、リシャール公爵家に到着するや否や、その規模の大きさに圧倒されていた。
数週間前から、公爵家でのお茶会に招待されたという話は、お父様から聞いていた。ただ、『公爵夫人とローズは親しいし、身内だけの会だから』と言われたから、完全に油断していた。ドレス選びにやけに気合いが入っていたのはこのためだったのかと、今さら納得する。
案内された庭園は、侯爵家のものよりも広い。そしてそこには、わたしの予想よりも遥かに多い招待客の姿があった。残念ながら、元日本人のわたしはお茶会と聞いても、三家族が庭に集まってお茶をするホームパーティー程度しか想像できなかったのだ。
公爵家は貴族の中で王家に次いで地位が高い。それに公爵様は実は王弟殿下だというし、今さらながら緊張して顔が強張ってきた。
そんなわたしを見ながら、お母様が答える。
「ええそうよ、レティ。来ているのは親しい家だけだと聞いているわ。ああでも、今日は――」
「ローズ!」
いつもと変わらず、ほわんとした雰囲気で話すお母様の言葉を遮り、鮮やかな青のドレスを身にまとった金髪の美女が駆け寄ってきた。
親しげに名前を呼び、笑顔で近づいてきたということは、お母様のお友達なのだろう。
お母様もその女の人を見て、顔を輝かせた。
「まあ。フリージア、ごきげんよう。本日はお招きいただきありがとうございます。娘のヴァイオレットとともに参りましたわ。レティ、こちら、本日の主催者のリシャール公爵夫人ですよ」
この人が例の公爵夫人らしい。先に恭しく礼をしたお母様の真似をして、わたしもスカートをつまんでぴょこっと頭を下げる。
「ヴァイオレット・ロートネルともうします。本日はお招きいただきありがとうございます」
「初めまして、ヴァイオレットちゃん。わたくしはフリージア・リシャールです。ふふ、この子が宰相を骨抜きにしてる天使ちゃんね。確かに可愛らしいわあ。それに、ローズもようやく外出できるようになったのね。参加の報せを聞いて、嬉しかったわ」
「ええ、フリージア。今まで心配かけたわね」
「本当よ、心配したんだから! これからまたいっぱいお茶会しましょうね」
公爵夫人――フリージア様はお母様の両手を取ると、花が咲いたように美しい笑みをみせた。お母様も嬉しそうで、本当にふたりの仲が良いことが伝わってくる。
「あとでまたゆっくり話しましょう」とフリージア様が立ち去ったあと、公爵家の使用人に案内されて、用意された席に着いた。
お茶会の主催は夫人の役目だから、フリージア様は何かと忙しいようだ。色々なところへ顔を出し、歓談している様子が見える。
わたしとお母様が案内された卓には同じ年頃の女の子たちが十名ほどいて、みんな綺麗に着飾っていた。
そして、どことなくそわそわしているように見える。緊張しているのがわたしだけでないとわかり、肩から力が抜けた。
それからすぐにお茶会が始まり、自己紹介をしたりお母様と一緒に会話に相槌を打ったりする。用意されたお菓子はどれも美味しい。
そうやって暫く過ごしていると、公爵家の使用人がお母様のところにやってきて、耳元で何やら告げた。
わたしは立ち上がったお母様とともに、その使用人のあとについていく。
「ローズ、ヴァイオレットちゃん。いらっしゃい」
大勢が集まっていた場所から少し離れ、広大な庭の一角にある薔薇園に着くと、フリージア様が出迎えてくれた。そこには四人掛けの椅子とテーブルがあり、フリージア様はその椅子に腰掛けている。そして彼女の隣には、見知らぬ男の子の姿もあった。
「紹介するわね。うちのテオフィルよ。歳はヴァイオレットちゃんのひとつ上。テオ、ロートネル侯爵夫人とお嬢さんよ」
「……テオフィル・リシャールです」
フリージア様に促され、目の前のミルクティー色の髪の少年は、おもむろに立ち上がって頭を下げた。
それに倣うように、わたしも慌てて挨拶をする。彼はまだ七歳ということだけれど、整った顔立ちだ。フリージア様と同じ綺麗な青い瞳が、わたしを真っ直ぐに見据えている。
うん、将来イケメンになること間違いない。
でも、にこりとも笑わずに無表情なのがもったいない。
わたしが心の中でふむふむと唸っていると、彼の眼光が鋭くなり、ふいっと顔を逸らされた。
「――じゃあテオ、先ほど伝えたとおり、ヴァイオレットちゃんに薔薇園を案内してあげてね。わたくしとローズはここでお茶をしているから」
「えっ」
慌ててお母様を見ると、困ったように眉尻を下げて微笑んでいる。そして隣のフリージア様は良い笑顔だ。
断るという選択肢がないように思えて再度少年に顔を向けると、彼は面倒くさそうにわたしを一瞥したあと、すぐに背を向けて歩き始めた。
(ついてこいってこと? ……わかりましたとも)
そうして、お互いに無言で迷路のような薔薇園を歩き続ける。
こっそり振り向くと、お母様たちのいる場所が見えないところまで来ていた。
そしてこの間、目の前の美少年は一度もこっちを見ない。初めて来たこの場所で、彼以外に頼るものがないわたしは、懸命にあとを追った。
周囲の薔薇の芳醇な香りが、風に乗って届く。
ああもう、ゆっくり見たい。こんなに綺麗な薔薇なのに、早歩きで素通りなんてもったいない。
「あ、の、テオフィル様」
息切れしながらも思い切って話しかけると、その背中はピタリと歩みを止め、代わりにむっとした美少年がわたしを見据えた。
「……なんだ」
「薔薇は見ないのですか?」
「もう少し歩く」
それだけ言うと、彼は再びすたすたと進んでいく。
(……オーケー延長戦ですね。帰り道がわからないから、どこまでもついていくわ!)
わたしが半ばやけくそ気味に美少年の背を追っていると、彼は何故か薔薇園を抜けた。
そしてたどり着いたのは、こぢんまりとした花壇だった。
様々な種類の青い花が咲き誇っていて、とても可愛らしい。
華やかな薔薇園と違って素朴な雰囲気を持つこの花壇は、どこか懐かしさすら感じる。
比較するのもおこがましいが、日本で生きていた頃のお母さんの花壇のように家庭的だと感じるのは、派手な大輪の花だけでなく、野花のような可憐な小花もたくさん咲いているからだろう。
「わあ……! テオフィル様、ここはとっても素敵ですね」
嬉しくなって笑顔でそう言うと、テオフィル様は何故か動きを止めた。
「……ヴァイオレット嬢は、こういう花も好きなのか」
「え? ええと、そうですね。花はなんでも好きですよ。薔薇も綺麗で素敵ですけど、こういう小さい花も可憐でかわいいですよね」
「……そうか。うん、俺も同感だ」
わたしが答えると、彼はどこか力の抜けたような柔らかな笑顔をみせた。
美少年の笑顔は、整いすぎていて目に眩しい。
きっと、彼はこの場所が好きなんだ。
そう感じて、わたしは思わず声をかける。
「あの、テオフィル様」
「……テオでいい」
「じゃあ……テオ様。ここは、テオ様のお気に入りの場所なんですよね。わたしなんかを連れてきてよかったんですか?」
お言葉に甘えて愛称で質問すると、彼は悪戯っぽく答えた。
「ヴァイオレット嬢は他の令嬢と違うかもしれないと思ったんだ。勘が当たったな」
「えっ! わたしはどこからどう見ても普通の令嬢だよね⁉」
見てわかるくらいに違和感があるのかと焦ってしまい、つい素の口調が出てしまった。
家を出る前、お父様たちは「立派なレディだよ」って褒めてくれたのに、やっぱりあれはただの親バカだったのだろうか。
くるっと回ってドレスを確認したり、自分の髪をペタペタ触ったりして、お茶会に来ていた他の令嬢を思い出して比較してみるけど、装いに大きな差はないと思う。いつもより大人しくしていたし、きちんと淑女風に過ごせていたと思ったのに。
「あはははは!」
どこがおかしかったのかを必死に考えていると、わたしとテオフィル様しかいなかった庭園に、第三者の声が降ってきた。
驚いてきょろきょろとあたりを見回すと、テオ様の後方にある四阿から誰かが現れる。
「大丈夫だよ、小さなレディ。テオが言ってるのは装いのことじゃないからね」
口元に軽く手を当て、未だにくすくすと笑いながらそう告げたのは、肩までの真っ直ぐな金髪を揺らす翠の瞳の少年だ。
この子も美少年で、きりっとした印象のテオ様とは違い、どこか中性的だ。ドレスを着ていたならば、美少女に見えるだろう。
公爵家にこんなに堂々と怪しい輩が入り込むことはないだろうし、その美しい風貌と装飾の多い服装を見る限り、この少年も招待客のひとりであることは容易に想像がつく。
……ただひとつ言えるのは、とっても身分が高そうだということ。
「アル! どうしてここにいるんだ」
テオ様は慌てたように言うが、美少年は飄々としている。
「正面から入ると面倒くさそうだったから、裏に通してもらったんだ。いつものことでしょ」
「今日はお前目当ての客が多いんだから、お前が相手をしろよ」
「それは、テオだって同じだろう? 君目当ての子もきっと大勢いるさ。こんなところにいないで、戻ったらどうなんだい」
公爵家の嫡男であるテオ様に対してフランクな物言いができるとなると、自ずとその正体は限られてくる。
そしてテオ様は、この美少年を『アル』と呼んでいた。
たどり着いた推測に、心臓がどきりとする。
「あ、君への自己紹介がまだだったね、僕はアルベールだよ。アルって呼んでね」
「……ヴァイオレット嬢、こいつのことはただの殿下呼びで十分だ」
言い合いをやめたふたりは、会話に置き去りになっていたわたしにそう言った。
アルベール、殿下。
やっぱりこの人は、この国の第一王子のアルベール様だった。
これまで直接会ったことはなかったけれど、王族の名前は勉強しているから知っている。
とりあえず、わたしは覚えたてのカーテシーをして、ご挨拶しておくことにした。
公爵家のご子息の次は第一王子と緊張の連続だったけれど、ひとまず無礼はなかったようで、ほっとする。
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