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特別編
親友のよっちゃん※「モブなのに」ネタバレ含みます
しおりを挟む『悪役令嬢のおかあさま』×『モブなのに巻き込まれています』
・モブなのに~ の番外編で登場したよっちゃんとの再会シーンをヴァイオレット目線で( ˊ̱˂˃ˋ̱ )
・あちらでリクエストをいただいたので、書いてみました。
・レティは33歳、バーベナは15歳です。
ーーーーーーーーーー
「この子が、噂のミラちゃん?」
わたしは緊張した顔で席についている少女を見て、アンナにそう尋ねた。
歳の頃は娘のバーベナと同じ位だろう。
今日は、ジークの所に嫁いで隣国の公爵夫人となったアンナの元に、娘のバーベナと、王妃であるリリーと共に遊びに来ている。
昔から年に1度ほどは訪ねていたが、こうしてリリーと共に来ることは珍しい。
そしてそんな中で開かれているお茶会で、アナベルとレグルス殿下に挟まれている彼女は「はい」と小さな声で返事をした。
市井で育ったという彼女が、こうして公爵家の養女となり、果ては王子と結婚して公爵夫人になるというのだから、乙女ゲームもびっくりのシンデレラストーリーだ。
そして彼女は料理やお菓子を作るのがとても上手だという。
アンナから事前に話を聞いていたわたしは、まさかまたわたしが知らないゲームやら小説の登場人物じゃないよね、とあらぬ思いを抱いてしまったりもしたが、まあどうであれ、本人たちが幸せそうならそれが一番だ。
「話は聞いているわ。あなた、お菓子作りがとても上手なのでしょう? 楽しみにしてきたのよ」
「お兄様の養女ということは、私の姪にもなるのね。よろしくね、ミラ」
「は、はい。よろしくお願いします……」
わたしが言うと、リリーもそう彼女に話しかける。
ジークの娘になるということは、リリーの姪。そう言われればそうだ。
わたしとリリーが重ねて話しかけてしまったせいで、ミラは可哀想なくらい緊張して萎縮してしまっている。
そしてそんなミラを隣に座るレグルス殿下が心配そうに見つめている。
彼の表情に、自分の少女時代のことを思い出して懐かしくなる。わたしとテオも、側から見たらこんな感じだったのだろうか。
「叔母上、ヴァイオレット様。ひとまずお菓子をいただきませんか? 私はこのレモンパイがおすすめです」
「バーベナ、アップルパイを食べてみて。ミラのパイは本当に美味しいんだから!」
レグルス殿下とアナベルの声にテーブルに視線を移す。テーブルの上に並ぶのは、パイやフルーツタルトなど数々の菓子だ。
色とりどりでとても美味しそう。確かに、自国では見ないようなものがたくさんある。
バーベナとアナベルは今日もとても仲良しで、楽しそうにお菓子を見て笑っている。
「これを全部ミラちゃんが? すごいのね、本当に。何から食べようかしら……でもやっぱりわたしは最初はこれ!」
その菓子の中から、大好きなマドレーヌを見つけて指をさす。さっと現れたメイドがそれをわたしのお皿に取ってくれた。
「レティ様は本当にマドレーヌがお好きですよね」
アンナはそう言って目を細める。確かに彼女はわたしのマドレーヌ好きを知っている。
幼い頃から、かつて大好きだったマドレーヌの味を追い求めたわたしのために尽力してくれたのは他でもない彼女だ。
アンナの所のデザート担当の料理人は、美味しいマドレーヌが作れないと一人前とは呼べないらしい。わたし以上に追求してしまっている所が、なんともアンナらしい。
「ええ。そうなの。この貝殻の形が、ザ・マドレーヌ!って感じで、このでこぼこ模様を見ると癒されるのよ」
「そうですよね、レティ様は昔からそこにこだわっていらっしゃいました」
目の前のマドレーヌは綺麗な貝殻の形をしている。焼き色も綺麗で、見るからにしっとりとしていて美味しそうだ。
それを手に取り、わたしははくりと思い切って食べた。
――あら?
美味しい、と思ったのは口に入れてすぐのこと。
それとはまた別の感覚がお腹の底から湧き上がってくる。
さらに咀嚼をして、それをごくりと飲み込む。
そんなはずはない。そう思ってはいても、驚かずにはいられなかった。
「……よっちゃんと同じ……?」
わたしは手に持っているマドレーヌを再度眺める。
前世の記憶が戻ったのは、何十年も前のこと。それでも、この味を身体が覚えているのだ。
「これ、ミラちゃんが作ったのよね」
わたしは不覚にも泣きそうだった。偶然なのかもしれない。それでもこの味をまた味わえるとは思っていなかったのだ。
ミラの青い瞳も、動揺したようにゆらいでいる。
まさか。
いえ、そんなことは。
浮かんでは消える希望にすがりたくて仕方がない。
「はい。私が……前世、"よっちゃん"と呼ばれていたことがあります。……すーちゃん、ですか……?」
「!」
わたしが見つめていた少女は、何かを決意したように唇を噛んだあと、そう言った。
すーちゃん、というのはわたしの前世でのあだ名だ。菫という名前だから、すーちゃん。
大人になっても呼び続けてくれるのは、よっちゃんと親ぐらいなものだった。
勢いよく立ち上がってしまい、がたん、と椅子が倒れる音が聞こえる。
「よっちゃん……!」
でもそんなことはどうでもいい。
わたしは急いで彼女に駆け寄って、その身体をぎゅうっと抱きしめた。
「よっちゃん、よっちゃん、ごめんね、わたし、約束守れなくて……っ」
あの週末、わたしはよっちゃんの家に遊びに行く予定だった。
美味しいマドレーヌ焼いておくね、というメッセージには、絶対に行く!と返事をしたのに、その約束を守ることは出来なかった。
あの夜、事故に遭ってしまったから。
「私こそ……疲れてる時に育児の話ばっかりで、すーちゃんの話を、聞いてなくて」
「ううん、赤ちゃん可愛かったし、よっちゃんから聞いた妊婦さんの話、この世界ですごく役に立ったもの……!」
「でも、私……」
お互いに涙声で、でも伝えたいことが多くて胸が溢れる。
あの世界に残されたよっちゃん。悔やんでいることが声色で分かって、申し訳なさでいっぱいだ。
そんなこと、気にしなくていいのに。
「ごめんね、よっちゃん。でも、こうして会えるなんて、夢みたい」
「私も……、うれっ、嬉しい……!」
神さまが世界にいたとして。ここが乙女ゲームの世界だったとして。
こうしてわたしの大切な人に会わせてくれた事に感謝しかない。もう一度、会いたかった。わたしの半身のような存在。
「お母さま、どうしたの……?」
急に泣きながら隣国の少女を抱きしめるわたしに、娘のバーベナは戸惑いを隠せないようだ。
気を取り直したわたしは、涙を拭ったあとに、よっちゃん――ミラから離れてバーベナに向き直る。
「バーベナ、えーっとね、ミラちゃんは私にとって、とても大切な人だったの。このマドレーヌ、とても美味しいわよ」
「! 本当だわ……うちのより、美味しい……!」
「ふふっ、ミラのお菓子は最高なのよ」
娘はマドレーヌを食べると、驚きに目を瞠る。そしてその様子を、アナベルが得意げに見ていた。
わたしがミラの方を見ると、彼女は彼女でレグルス殿下に心配そうにハンカチで涙を拭われている。
良かった、よっちゃんはこの世界でも幸せそうだ。
もし変な男に引っかかっていたら、元悪役令嬢のお母さまらしく、色んな手を使って妨害したいところだったけど、そんな心配はなさそうだ。
よっちゃんを不幸にしたら許さないからね、と念を込めてレグルス殿下を見つめると、目が合ってしまった。
何かを感じ取ったのか、彼はわたしを見て姿勢を正すと、ぴしりと綺麗な礼をしたのだった。
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