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アンナ=セラーズ編
その13 護衛騎士 ーユーリアン視点ー
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◇ユーリアン視点です
ーーーーーーー
「先程の話は、アルベール殿下にもお伝えになったのですか?」
アンナが退出した部屋で、ユーリアンはそうジークハルトに問いかけた。
刃傷沙汰があったこの部屋であっても、ここで一晩明かさねばならない。
きっと長い夜になるであろうことは、ユーリアンにも分かっていた。
だからこそ彼女は気を遣って、茶を淹れるというのだろう。
貴族令嬢である前に、優れた侍女であった彼女の優秀さにはユーリアンも舌を巻く。
「…ああ。あの国での、アルベールやテオフィルとの出会いは、凝り固まった俺の頭を解してくれたからな。だから2人にはもう話してある。臣籍降下し、王子ではなくなるだろう事を。久々に友と呼べる人が出来たことを嬉しく思う。……そういえば、貴殿にも以前説教されたことがあったな」
「……その節は、誠に申し訳ありません」
くつくつと笑うジークハルトに対して、ユーリアンはばつの悪い気持ちになる。
以前、アルベール殿下と3人で飲む機会があったとき、酒に弱いユーリアンは、酔っ払ってこの隣国の王子に対して渾々と説教をしてしまったのだ。
しかも記憶があまりない。
ただ翌日、未成年のために酒を飲まなかったアルベール殿下が、ユーリアンの行動について詳細に教えてくれた。
王族としてのあり方、振る舞い、礼儀作法。
そんな事を、恐れ多くもこの目の前の殿下相手に語ってしまっていたらしい。
しかも最後は正座までさせていたと。
騎士団の飲み会の時にもその状態になるらしく、気をつけていたのだが、あの時はジークハルトの自棄酒に付き合わされて、いつもよりもたくさん酒を煽ってしまったことが原因だろう。
「アンナ嬢とは、無事に仲直りができたようですね」
そもそもの自棄酒の原因は、この王子がアンナにこっぴどく振られたからだった筈だ。
ユーリアンもアルベールの護衛として学園に赴いていたため、彼の最初の振る舞いにはどうしたものかと思っていた。
何やら誤解があったようだが、あのどう見ても善意の塊でしかないロートネル家のご令嬢を警戒していたらしい。
始めは妹のリリー王女の婚約成立のために、最もその座に近いヴァイオレットを遠ざけるための策を講じているのかと見張っていたが、そうでもなかった。
しかし、ユーリアンの感知しないところで、いつの間にかその蟠りは解け、ジークハルトとヴァイオレットは和解したようだった。
長引くようであれば、宰相であるブライアムも出て来かねない状況だったため、その時はほっと胸を撫で下ろしたものだ。
「仲直り……出来ているのか? アンナには最近ずっと格好悪い所を見られてばかりだし、逆に幻滅されているのではないかと思っているが……。それに、先程も泣かせてしまった」
「……」
本気で言っているのか、とつい口を出しそうになったが、なんとか堪える。
あのアンナという少女は見た目はそこらの令嬢より可憐なのに、中身……というか技量がすごい。
王家の影にも引けを取らない程のその技術の高さに、ユーリアンは驚かされてばかりだ。
そのアンナがジークハルトを守りたいと強く願っているのだ。
同じように主人に忠誠を誓う身として、アンナの眼差しに宿る決意の光は、読み取れた。
◇
『ユーリ、お願いがある』
こうやってジークハルトに同行する事が決まる前、執務をしていた筆を止め、アルベールは珍しくそう切り出した。
『ジークが国に帰るんだ。危険そうだから君がついていってくれないか』
『隣国からは、リリー王女の護衛や侍女が多数来ていると思いますが……それでも危険なのですか?』
事情を知らなかったユーリアンは、アルベールに思わずそう言ってしまった。
そんなユーリアンを見て、アルベールも困ったように笑う。
『残念ながら、そうなんだ。報告では、あの連中が城内に入ってから、ジークが毒を盛られる機会が増えているらしい。今のところ毒味役が何人か体調を崩す程度で済んでいるが、この先どうなるか分からない。うちの城内でこれだ。きっと出立してしまえば、ジークに毒を盛るのは容易いだろう。……リリー王女の随行、と言うだけあって、今ここで罰することも難しいんだよ。先の事件で、ジークに毒を盛ったのは例の一派だったし、どうにも動きにくいんだ』
アルベールから告げられる内容に、ユーリアンは唖然としてしまう。
王族を守るべき護衛たちが、逆に王子を害しようと虎視眈々と機会を狙っているというのだ。
『恐れながら、私がジークハルト殿下の近衛を勤めさせていただきます。しかし、その間アルベール殿下の護衛は誰が……』
『大丈夫、僕には影もいるし、他にも何人か近衛はいるからね。ただし。ユーリアン、君は絶対に無事に戻ること。君ほど頼りにしている騎士は他にいないんだから。ね?』
『……っ、有り難きお言葉……』
いつものように柔和な笑顔を浮かべるアルベールに、ユーリアンは跪いて応えた。
全身全霊でアルベールの期待に応える事を、誓ったのだ。
◇
「お待たせ致しました」
侍女らしくワゴンを引いて、アンナが部屋に戻ってくる。
それだけでジークハルトの表情が柔らかく緩むのがユーリアンには分かった。
アンナがこうして茶の用意をした事で、敵は己の失敗を知るだろう。
今頃部屋でどう切り抜けるか算段をつけているに違いない。
「……ジークハルト殿下。私も少し席を外しても良いでしょうか? そこの男も連れて行きます」
「……分かった」
こくりと頷いたジークハルトは、きっとこの男の末路が分かっているのだろう。
王族を手にかけようとしたのだから、どうせゆくゆくは極刑だ。それが早まるくらいなんて事はない。
正当防衛なのだから仕方がない。
そんな事を考えながら、ユーリアンは男を担ぎ上げて部屋を出た。
目指すは、あの女の部屋。
兼ねてより目星をつけていた、侍女の元へ。
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「先程の話は、アルベール殿下にもお伝えになったのですか?」
アンナが退出した部屋で、ユーリアンはそうジークハルトに問いかけた。
刃傷沙汰があったこの部屋であっても、ここで一晩明かさねばならない。
きっと長い夜になるであろうことは、ユーリアンにも分かっていた。
だからこそ彼女は気を遣って、茶を淹れるというのだろう。
貴族令嬢である前に、優れた侍女であった彼女の優秀さにはユーリアンも舌を巻く。
「…ああ。あの国での、アルベールやテオフィルとの出会いは、凝り固まった俺の頭を解してくれたからな。だから2人にはもう話してある。臣籍降下し、王子ではなくなるだろう事を。久々に友と呼べる人が出来たことを嬉しく思う。……そういえば、貴殿にも以前説教されたことがあったな」
「……その節は、誠に申し訳ありません」
くつくつと笑うジークハルトに対して、ユーリアンはばつの悪い気持ちになる。
以前、アルベール殿下と3人で飲む機会があったとき、酒に弱いユーリアンは、酔っ払ってこの隣国の王子に対して渾々と説教をしてしまったのだ。
しかも記憶があまりない。
ただ翌日、未成年のために酒を飲まなかったアルベール殿下が、ユーリアンの行動について詳細に教えてくれた。
王族としてのあり方、振る舞い、礼儀作法。
そんな事を、恐れ多くもこの目の前の殿下相手に語ってしまっていたらしい。
しかも最後は正座までさせていたと。
騎士団の飲み会の時にもその状態になるらしく、気をつけていたのだが、あの時はジークハルトの自棄酒に付き合わされて、いつもよりもたくさん酒を煽ってしまったことが原因だろう。
「アンナ嬢とは、無事に仲直りができたようですね」
そもそもの自棄酒の原因は、この王子がアンナにこっぴどく振られたからだった筈だ。
ユーリアンもアルベールの護衛として学園に赴いていたため、彼の最初の振る舞いにはどうしたものかと思っていた。
何やら誤解があったようだが、あのどう見ても善意の塊でしかないロートネル家のご令嬢を警戒していたらしい。
始めは妹のリリー王女の婚約成立のために、最もその座に近いヴァイオレットを遠ざけるための策を講じているのかと見張っていたが、そうでもなかった。
しかし、ユーリアンの感知しないところで、いつの間にかその蟠りは解け、ジークハルトとヴァイオレットは和解したようだった。
長引くようであれば、宰相であるブライアムも出て来かねない状況だったため、その時はほっと胸を撫で下ろしたものだ。
「仲直り……出来ているのか? アンナには最近ずっと格好悪い所を見られてばかりだし、逆に幻滅されているのではないかと思っているが……。それに、先程も泣かせてしまった」
「……」
本気で言っているのか、とつい口を出しそうになったが、なんとか堪える。
あのアンナという少女は見た目はそこらの令嬢より可憐なのに、中身……というか技量がすごい。
王家の影にも引けを取らない程のその技術の高さに、ユーリアンは驚かされてばかりだ。
そのアンナがジークハルトを守りたいと強く願っているのだ。
同じように主人に忠誠を誓う身として、アンナの眼差しに宿る決意の光は、読み取れた。
◇
『ユーリ、お願いがある』
こうやってジークハルトに同行する事が決まる前、執務をしていた筆を止め、アルベールは珍しくそう切り出した。
『ジークが国に帰るんだ。危険そうだから君がついていってくれないか』
『隣国からは、リリー王女の護衛や侍女が多数来ていると思いますが……それでも危険なのですか?』
事情を知らなかったユーリアンは、アルベールに思わずそう言ってしまった。
そんなユーリアンを見て、アルベールも困ったように笑う。
『残念ながら、そうなんだ。報告では、あの連中が城内に入ってから、ジークが毒を盛られる機会が増えているらしい。今のところ毒味役が何人か体調を崩す程度で済んでいるが、この先どうなるか分からない。うちの城内でこれだ。きっと出立してしまえば、ジークに毒を盛るのは容易いだろう。……リリー王女の随行、と言うだけあって、今ここで罰することも難しいんだよ。先の事件で、ジークに毒を盛ったのは例の一派だったし、どうにも動きにくいんだ』
アルベールから告げられる内容に、ユーリアンは唖然としてしまう。
王族を守るべき護衛たちが、逆に王子を害しようと虎視眈々と機会を狙っているというのだ。
『恐れながら、私がジークハルト殿下の近衛を勤めさせていただきます。しかし、その間アルベール殿下の護衛は誰が……』
『大丈夫、僕には影もいるし、他にも何人か近衛はいるからね。ただし。ユーリアン、君は絶対に無事に戻ること。君ほど頼りにしている騎士は他にいないんだから。ね?』
『……っ、有り難きお言葉……』
いつものように柔和な笑顔を浮かべるアルベールに、ユーリアンは跪いて応えた。
全身全霊でアルベールの期待に応える事を、誓ったのだ。
◇
「お待たせ致しました」
侍女らしくワゴンを引いて、アンナが部屋に戻ってくる。
それだけでジークハルトの表情が柔らかく緩むのがユーリアンには分かった。
アンナがこうして茶の用意をした事で、敵は己の失敗を知るだろう。
今頃部屋でどう切り抜けるか算段をつけているに違いない。
「……ジークハルト殿下。私も少し席を外しても良いでしょうか? そこの男も連れて行きます」
「……分かった」
こくりと頷いたジークハルトは、きっとこの男の末路が分かっているのだろう。
王族を手にかけようとしたのだから、どうせゆくゆくは極刑だ。それが早まるくらいなんて事はない。
正当防衛なのだから仕方がない。
そんな事を考えながら、ユーリアンは男を担ぎ上げて部屋を出た。
目指すは、あの女の部屋。
兼ねてより目星をつけていた、侍女の元へ。
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