悪役令嬢のおかあさま

ミズメ

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アンナ=セラーズ編

その9 出立

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「アンナ……なんでその格好なんだ」

 出発の日、紺色のお仕着せに身を包んだ私に、ジークハルト殿下はため息をついた。

「身の回りのことのお世話をするなら、侍女に扮していた方がいいでは無いですか。私が薬師として随行することを知っているのは、殿下とユーリアン様だけですし」

 アルベール殿下の取り計らいで、私が薬師ということは隣国のご一行様には伏せられた。
 アルベール殿下も私と同じく、当時の状況や毒物などから、その一行の誰かが毒を盛った可能性が最も高いと判断したからだ。

 セラーズ家が陞爵されたことは耳に入っていたとしても、私が薬師になることを決めたことを知っているのは一部の人しかいない。
 レティ様は私の決断を喜んでくれてもいたし、隣国へ行くことを心配してくれてもいた。

 レティ様のお世話が出来なくなる事は寂しい。
 だけどレティ様は、「……だったらこれからは完全にお友達ね!帰ってきたらリコリスと3人でお茶会をしましょう」と屈託のない笑みを向けてくれた。


 今回のジークハルト殿下の帰還に合わせて、殿下の妹であるリリー王女もこの機会にともに一度帰国し、今度は正式にお披露目を兼ねてこの国にいらっしゃるらしい。
 ーーアルベール殿下の婚約者が、リリー王女に内定したのだ。

「! アンナが俺付きの侍女になるのか⁉︎」
「そうです。それが一番安全だと思います。私も殿下に出される物を全て隈なくチェック出来ますし。ユーリアン様も付くので、逆に隙が無さ過ぎて相手が仕掛けられない可能性もあるのですが」
「そうか……。だが、危険なことはしないで欲しい。俺も君の身を案じている。いくら毒物に詳しいからと言って、アンナが危険な目に遭ってもいいということにはならないだろう?」

 ジークハルト殿下が過ごしていた王宮の一室と寮の部屋は全て綺麗に整えられ、荷物は既に運び出された。
 最後の確認ということで、お仕着せを来てその作業に紛れていた私を見つけてこのどこかの一室に連れてきたのは殿下その人だ。

 ぎゅ、と私の両腕を掴む殿下の手のひら力が入る。
 その鳶色の瞳は、懇願するように鈍く揺れていた。

「忘れているかもしれないが」と前置きをして、殿下はその指を解く。
 掴まれていた袖の部分がくしゃりと少し皺になっている。


「俺は君が好きだ。好きな女を危険に晒したくはない。だが、共に来てくれるのは嬉しい。……これは、どうしたらいいんだ?」

 書物にも解決策は書いていない、と俯きがちに幼子のように自問自答する彼は、独り言のようでもあり、そうではないようにも思う。本当に悩んでいるようだ。

「……大丈夫です。殿下。私は自分の身も守りますし、殿下のこともお守りします。毒物を研究した暁には、ひいてはレティ様への脅威も減らすことができます。それでは、あまり長いと怪しまれますので私はここで。後ほどお会いしましょう」

 ひと息に言い切って、頭を下げた後部屋を出る。


「話は終わりましたか?」

 扉の外には既に騎士のユーリアン様が控えていた。
 敵もこれではなかなか手出しが出来ないだろう。

「はい。ユーリアン様も、長旅になりますがその間よろしくお願いします。では」

 直ぐにでも駆け出したいが、ここはまだ城の中。
 侍女がばたばたと走るなんて行儀が悪い。

 ただでさえこれから、王族のお付きの侍女として振る舞わないといけないのだから。


「~~~っ、あの人は、もう……!」

 ぼおお、と火がついたように頬が熱くなる。

 好きだ、と。
 あまりにも自然に純粋な好意を告げられたことに反応が遅れた。
 赤くなるところを見られたくなくて、足早に部屋を出た。

 冷静に、冷静に。
 心の中でそう念じて、私はまた出立の準備をする使用人たちに紛れて作業をするのだった。
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