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アンナ=セラーズ編
その5 合流②
しおりを挟む「……不服じゃないか?」
私の向かいに腰掛けるジークハルト殿下は、そう問いかけてくる。
「はい。全く」
彼の目を見て真っ直ぐに答えると、その双眸が少し揺れたように思えた。
正直な気持ちを言っただけなのに、どうして驚いているのだろう。
「……そうか。でも、悪かった。姫さんとの時間を邪魔して」
「そもそもテオフィル様に連絡したのは私です。ご本人がいらっしゃるとは思いませんでしたが、おふたりが楽しそうなのでそれが1番です」
あの後、ジークハルト殿下はテオフィル様の所へと向かい、何やら2人で話をしていた。
そして、せっかくなのでみんなで少し離れた所にある自然公園でゆっくりしようということになったため、二手に分かれて馬車で移動をしている所だ。
ジークハルト殿下が仰っているのは恐らく馬車に乗る組み合わせのことなのだろうけど、婚約間近なお二人を差し置いて私がレティ様と乗り合わせるよりは……と、遠慮するレティ様をテオフィル様の馬車へ押し込めたのだった。
そうすると必然的に私とジークハルト殿下が同じ馬車ということになる。
私は気にしていなかったのだけど、良く見るとジークハルト殿下はどこか落ち着かないようで「だが……」とか言いながらそわそわとしている。
「ジークハルト殿下」
呼びかけると、どこか緊張した面持ちで姿勢を正して私を見る。
今までこの人の事は嫌な人だとしか思っていなかったけれど、先程から狼狽えてみたりと色々な表情を見せてくれていて、それがなんだか微笑ましく思えてきた。
(なんだか、嘘がバレてお母さまに怒られる時のお父さまみたい)
「ふふっ」
そう思うと、腰に手をあてて怒る母と、眉を下げて平謝りする父の姿が頭に浮かんできて思わず笑ってしまった。
「ア、アンナ⁉︎」
急に笑い出した私に、ジークハルト殿下はさらにおたおたと慌てる様子をみせる。
『ジークさんもね、悪い人じゃないと思う』
ふいに、以前レティ様が言っていた言葉が浮かぶ。
どうしてあの男の無礼を看過するのですか、と一度私がレティ様に進言した時のことだ。
『何か理由があるのかもしれないし、ないのかもしれない。わたしにはあんな風だけど、アルやテオと仲が良いんだから、きっと根はいい人なんじゃないかな。……多分だけど』
ふわりといつもの優しい笑みを浮かべる主人に、その日の私の怒りは風に吹かれるようにどこかへ行ってしまった事を思い出す。
笑うのをやめて、すう、とひとつ深呼吸をして心を落ち着かせる。
その間も、目の前の殿下は困ったような顔をして私を見つめていた。
「ジークハルト殿下……やはり、先日の無礼をお許しください」
馬車の中で既に座った状態ではあるけれど、深々と頭を下げる。
あの時は頭に血が上っていたけれど、私の態度は王族に対するそれではなかった。
「主人であるヴァイオレット様がお許しになったのに、侍女である私がそのことを台無しにするような態度を取るべきではありませんでした」
私は事情を何も知らない。
ジークハルト殿下はレティ様への態度を改めたようだし、2人の間でなんらかの話し合いがなされて、そのわだかまりは解消されているに違いない。
本人同士で解決しているというのに、いつまでも私がその気持ちを外に出し続けるのは、レティ様の顔に泥を塗る行為のような気がした。
それに……。
殿下と2人で話をしたのは前回が初めてだったが、紅茶を叩き落とした私の無礼を責めるではなく、火傷の心配をしてくれたこともまた、事実なのだもの。
「アンナ、顔を上げてくれ。俺の今までの態度が悪かったことは確かなんだから。アルやテオにも何度も忠告されながら、それでも自分の目で物事をきちんと捉えられなかった俺の落ち度だ」
「ですが……」
「姫さんのことより、アンナが本当に赦せると思った時でいい」
「そんな、赦すだなんておこがましいです」
そう言うと、殿下は首を横に振る。
「……自分の未熟さは色々と身に染みて分かっている。だが今は、こうして再び君と話せる機会が与えられたことが何より嬉しい。もう会えないかと思っていたからな」
「っ、な……!」
ジークハルト殿下は、見たことがないような穏やかな表情を浮かべて、私を見て微笑んでいた。
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