悪役令嬢のおかあさま

ミズメ

文字の大きさ
上 下
28 / 55
番外編置き場

大人たちの画策 ー国王視点ー

しおりを挟む


「……やあ、アルベール」

 国王であるレオンハルトは、自室に訪ねて来た息子のアルベールに笑顔を向けた。

「失礼します、父上。お話があってまいりました」

 我が息子ながら美しく育った息子は、翡翠の両眼でしっかりとレオンハルトを捉えている。
 その澄んだ眼差しを見ていると、何もかも見透かされているような感覚になる。

 いや、実際見透かされているのだろう。
 僕の浅慮さなど、とっくの昔に。

 あまりにも聡明で優秀な第1王子。
 周囲の評価もそうだが、それは決して過大評価でも何でもない。

(……誰に似たんだろうなあ)

 レオンハルトはふうとため息をつくと、アルベールを応接用のテーブルへと誘った。





「それで、話とは何かな? 王太子妃の選定のためのお茶会が言ってたより早く開催されたこと? ……それとも、セラーズ家を陞爵させたこと?」

 アルベールの向かいのソファーに腰掛けたレオンハルトは、にこにことした笑みを絶やさない。

 アルベールの口からどんな言葉が出ようとも、受け入れようと思ってはいる。
 実際に、レオンハルトが策を講じたことは事実なのだから。


「……父上には感謝しています。これまで僕に、自由な時間を与えてくださったこと。選択肢を与えてくださったこと。結果的には彼女を妃にすることは叶いませんでしたが、テオフィルやヴァイオレットと過ごした日々は、確実に僕の糧になりました」

 だが、予想に反して、アルベールは立ち上がって深々と頭を下げた。
 一連の騒動を責められるならまだしも、謝意を伝えられるとは思っていなかったレオンハルトは驚きのあまり目を見張る。


「……セラーズ家の陞爵は、僕のためなんですよね」

 続く息子の言葉にごくりと唾を飲み込む。

 ――やはり、全て知っていたのか。


「誰かに、聞いたか?」

 その問いかけに、アルベールはふるりと首を横に振る。
 そうだろう。誰にも言っていなかったことだ。
 腹心である宰相のブライアムにさえ核心は黙っていた。

「あまりにも不自然なので、どうしてだろうと僕なりに思案していたんです。セラーズ家が伯爵家になることで得られるものは何か。どこに影響が出るか。急いでアンナを社交デビューさせようとしていたこともそうですが」
「そうか……さすがはアルベールだな」
「ふふ、父上の血を引いていますからね」

 優しく優雅に微笑むアルベールを前に、レオンハルトもまた目を細める。
 我が子の成長が眩しく思える。きっとこの子は、自分よりも良き王となるだろう。

 願わくば息子をよく知るあの娘に、隣で支えて貰いたかったが、その可能性が低いことはレオンハルトも分かっていた。

(ヴァイオレット嬢は、王妃として立つには優しすぎる。それに……王族特有のしきたりを、受け入れることはないだろう)

 彼女の父である宰相のブライアムも最初から乗り気ではなかった。
 王命には従わないという意思表示も昔からしっかりとしていたし、自身も自らの意思で結婚相手ローズを選んだ彼は、無理矢理望まない婚姻を結ばせることに納得しないのことは分かりきっていた。

 真面目で厳格でありながらも、自らの意思を貫くその姿は……学生時代には羨ましくも疎ましくも思えたものだ。

「それで………ジークハルト殿下の首尾はどうだったのかな?」
「そうですね……正直なところ、アンナはきっぱりとした性格な上に、ヴァイオレットを傷付ける者が大嫌いなので、第一印象は悪いようですね」
「そうか」
「でも、父上は知っていたでしょう? 影から聞いていたのではないですか」
「ああ。そうだ」

 一連の不祥事で迷惑をかけた隣国王室との関係を保つには、何らかの手立てが必要だった。
 外交や貿易面で補填することは可能だ。だがそれよりも、両国間では昔から水面化で囁かれていた件がある。
 それがアルベールの妃として隣国の姫を迎える、というものだった。

 だがレオンハルトはアルベールの気持ちがヴァイオレットに向いていることを知っている。
 そこで諜報により得た情報を元に、一計を案じたのだった。

 "隣国の王子は、ヴァイオレットの侍女であるアンナ=セラーズ男爵令嬢に気がある可能性がある"

 そう王家の影がレオンハルトに告げていたのだ。

 事件を起こした者への罰と、救ったものへの褒美を考えるとき、レオンハルトの脳裏にひとつの考えが過ぎった。
 アンナ嬢がジークハルトの元へ嫁げば、隣国王室との関係性は保たれ、無理に姫を迎えることもないのではないかと。

 ジークハルト殿下は第2王子。
 側妃の子である彼は、いずれ王籍を出て公爵を賜るだろう。
 公爵夫人となるのであれば、伯爵位以上の爵位があれば、波風は立ちにくい。


「ーーお前に隠し事をしても仕方ないな。そのとおり。ジークハルト殿下があの娘を望んでいる事を知ったから、見合う身分をつけて、急ぎ社交デビューをさせることにしたのだ。王妃の茶会に招いたのは、周囲への牽制のためだよ」
「父上……僕が、無理に隣国との婚姻を結ばずともいいように、ですよね」
「余計な世話だったかな?」
「いえ……ありがとうございます。期待に応えられず申し訳ありません」

 申し訳なさそうに言いながらも、アルベールの表情は穏やかだ。

 意中の女性を手に入れられなかった。
 と同じ道を辿っている筈なのに、息子はどこか晴れ晴れとしている。
 それが不思議だ。どうして息子は受け入れられているのだろう。自分自身、昇華するのに時間がかかった。


「ヴァイオレットは元々、宰相のような人を結婚相手にしたいと言っていました。……だけど、王族としての責務がある僕にはその望みを叶えることは難しい。王家にだけ正式に認められている一夫多妻は、血を繋ぐためには、必要なことです。そうでしょう、父上」
「……ああ、そうだね」
「本当は……それでも、彼女に僕を選んで欲しかった気持ちもあります。だけど、彼女には、彼女だけを純粋に大切にできるテオフィルという存在がいますからね」

 やはり、全て分かっていた。
 息子このこは分かっていて、全てを受け入れる準備が出来ていた。

 別に愛する人と結ばれることが悪いことではない。だが、王の妃、それも正妃にはそれなりの役割が求められる。
 後継に対する期待と責任はかなり重いものだ。

 幸いにもレオンハルトの母や妃のソニアは男児に恵まれた。
 だが先代王室では子に恵まれなかった王妃が周囲の期待や誹謗に耐えきれずに心を病んでしまうこともあったと言われている。
 王族としての誇りと役割と、良いところだけでない面ももちろん総てを分かっている。

 そしてきっと、あの聡い少女も、分かっているのだ。

「アルベール。お前は良き王になるよ。僕よりも、ずっと素晴らしい王に」

 そう告げると、アルベールは一度驚いた顔をした後、心底嬉しそうに笑った。


「……レティも、そう言ってくれました。僕は……それが嬉しかった。だから……それで、満足です」
「アルベール……」

 彼の涙は見えない。
 だが、その笑顔の奥で、泣いているような気がしたのはきっと気のせいではない。

「王とは孤独なものだ。だが、支えてくれる者たちへの感謝を忘れるな。アルベール、お前はひとりではない。それに、まだお前はただの王子だ。全てを負うのは、まだ早いよ」
「はい、分かりました」
「残りの学生生活を楽しみなさい。卒業までは、自由な時間を持つことを許そう。僕が学生の頃はもっと色々やってたよ。町にこっそり行ったりもしたし……まあ、ブライアムに後ですごく叱られたが」
「ふふっ、父上がですか。そうですね、今度町にも行ってみます」
「ソニアの事も悪く思うな。お前に良き伴侶を、とアレなりに頑張っているんだ。形式上、一度は皆を集めないと親が納得しないからな」
「分かっています。僕がずっと婚約者を決めないことで、彼女たちにも悪いことをしました」
「気にするな。野心だらけの家は、きっと今度は側妃の座を求めてうるさくなるだけさ」

 こうして腹を割って話すことは初めてだ。
 随分と成長した。
 嬉しくもあり、寂しくもある。
 今は亡き父王も、こんな気持ちだったのだろうか。

 ーー願わくば、かの姫が息子に寄り添ってくれる伴侶であってほしい。

 レオンハルトはそう願うのだった。


ーーーーーーーー

 今年最後の更新になります。
 本作を読んでいただきありがとうございます^_^
 来年は、書きかけの番外編ふたつと、全然書いてないけどアンナ編を更新して、満足したところで終わりたいと思います!
 みなさま、よいお年を~
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

モブなのに巻き込まれています ~王子の胃袋を掴んだらしい~

ミズメ
恋愛
【書籍 全2巻】 【コミックス 全3巻】  転生先は、乙女ゲームのヒロイン……ではなく、その友人のモブでした——。 「ベラトリクス、貴女との婚約を破棄する!」とある学園の卒業パーティ。婚約破棄を告げる王子の声がする。私は今、王子たち集団には関わらずに、パーティー会場の隅でメイドに扮してゲームヒロインの友人を見守っている。ご飯を用意しながら。 ◇異世界もの乙女ゲーム小説大好きアラサーが、モブに転生して友人の電波ヒロインを救うべく奔走したりご飯を作ったり巻き込まれたりした結果、溺愛されるおはなし。 ◇『悪役令嬢のおかあさま』と同じ世界の、少し後のお話です。ネタバレがあるかもしれませんので、興味がありましたらそちらから覗いて見てください。 ◇スピンオフ作品『悪役令嬢なのに下町にいます』 本作の悪役令嬢ベラトリクスからみた世界。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。