悪役令嬢のおかあさま

ミズメ

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番外編置き場

大人たちの画策 ー国王視点ー

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「……やあ、アルベール」

 国王であるレオンハルトは、自室に訪ねて来た息子のアルベールに笑顔を向けた。

「失礼します、父上。お話があってまいりました」

 我が息子ながら美しく育った息子は、翡翠の両眼でしっかりとレオンハルトを捉えている。
 その澄んだ眼差しを見ていると、何もかも見透かされているような感覚になる。

 いや、実際見透かされているのだろう。
 僕の浅慮さなど、とっくの昔に。

 あまりにも聡明で優秀な第1王子。
 周囲の評価もそうだが、それは決して過大評価でも何でもない。

(……誰に似たんだろうなあ)

 レオンハルトはふうとため息をつくと、アルベールを応接用のテーブルへと誘った。





「それで、話とは何かな? 王太子妃の選定のためのお茶会が言ってたより早く開催されたこと? ……それとも、セラーズ家を陞爵させたこと?」

 アルベールの向かいのソファーに腰掛けたレオンハルトは、にこにことした笑みを絶やさない。

 アルベールの口からどんな言葉が出ようとも、受け入れようと思ってはいる。
 実際に、レオンハルトが策を講じたことは事実なのだから。


「……父上には感謝しています。これまで僕に、自由な時間を与えてくださったこと。選択肢を与えてくださったこと。結果的には彼女を妃にすることは叶いませんでしたが、テオフィルやヴァイオレットと過ごした日々は、確実に僕の糧になりました」

 だが、予想に反して、アルベールは立ち上がって深々と頭を下げた。
 一連の騒動を責められるならまだしも、謝意を伝えられるとは思っていなかったレオンハルトは驚きのあまり目を見張る。


「……セラーズ家の陞爵は、僕のためなんですよね」

 続く息子の言葉にごくりと唾を飲み込む。

 ――やはり、全て知っていたのか。


「誰かに、聞いたか?」

 その問いかけに、アルベールはふるりと首を横に振る。
 そうだろう。誰にも言っていなかったことだ。
 腹心である宰相のブライアムにさえ核心は黙っていた。

「あまりにも不自然なので、どうしてだろうと僕なりに思案していたんです。セラーズ家が伯爵家になることで得られるものは何か。どこに影響が出るか。急いでアンナを社交デビューさせようとしていたこともそうですが」
「そうか……さすがはアルベールだな」
「ふふ、父上の血を引いていますからね」

 優しく優雅に微笑むアルベールを前に、レオンハルトもまた目を細める。
 我が子の成長が眩しく思える。きっとこの子は、自分よりも良き王となるだろう。

 願わくば息子をよく知るあの娘に、隣で支えて貰いたかったが、その可能性が低いことはレオンハルトも分かっていた。

(ヴァイオレット嬢は、王妃として立つには優しすぎる。それに……王族特有のしきたりを、受け入れることはないだろう)

 彼女の父である宰相のブライアムも最初から乗り気ではなかった。
 王命には従わないという意思表示も昔からしっかりとしていたし、自身も自らの意思で結婚相手ローズを選んだ彼は、無理矢理望まない婚姻を結ばせることに納得しないのことは分かりきっていた。

 真面目で厳格でありながらも、自らの意思を貫くその姿は……学生時代には羨ましくも疎ましくも思えたものだ。

「それで………ジークハルト殿下の首尾はどうだったのかな?」
「そうですね……正直なところ、アンナはきっぱりとした性格な上に、ヴァイオレットを傷付ける者が大嫌いなので、第一印象は悪いようですね」
「そうか」
「でも、父上は知っていたでしょう? 影から聞いていたのではないですか」
「ああ。そうだ」

 一連の不祥事で迷惑をかけた隣国王室との関係を保つには、何らかの手立てが必要だった。
 外交や貿易面で補填することは可能だ。だがそれよりも、両国間では昔から水面化で囁かれていた件がある。
 それがアルベールの妃として隣国の姫を迎える、というものだった。

 だがレオンハルトはアルベールの気持ちがヴァイオレットに向いていることを知っている。
 そこで諜報により得た情報を元に、一計を案じたのだった。

 "隣国の王子は、ヴァイオレットの侍女であるアンナ=セラーズ男爵令嬢に気がある可能性がある"

 そう王家の影がレオンハルトに告げていたのだ。

 事件を起こした者への罰と、救ったものへの褒美を考えるとき、レオンハルトの脳裏にひとつの考えが過ぎった。
 アンナ嬢がジークハルトの元へ嫁げば、隣国王室との関係性は保たれ、無理に姫を迎えることもないのではないかと。

 ジークハルト殿下は第2王子。
 側妃の子である彼は、いずれ王籍を出て公爵を賜るだろう。
 公爵夫人となるのであれば、伯爵位以上の爵位があれば、波風は立ちにくい。


「ーーお前に隠し事をしても仕方ないな。そのとおり。ジークハルト殿下があの娘を望んでいる事を知ったから、見合う身分をつけて、急ぎ社交デビューをさせることにしたのだ。王妃の茶会に招いたのは、周囲への牽制のためだよ」
「父上……僕が、無理に隣国との婚姻を結ばずともいいように、ですよね」
「余計な世話だったかな?」
「いえ……ありがとうございます。期待に応えられず申し訳ありません」

 申し訳なさそうに言いながらも、アルベールの表情は穏やかだ。

 意中の女性を手に入れられなかった。
 と同じ道を辿っている筈なのに、息子はどこか晴れ晴れとしている。
 それが不思議だ。どうして息子は受け入れられているのだろう。自分自身、昇華するのに時間がかかった。


「ヴァイオレットは元々、宰相のような人を結婚相手にしたいと言っていました。……だけど、王族としての責務がある僕にはその望みを叶えることは難しい。王家にだけ正式に認められている一夫多妻は、血を繋ぐためには、必要なことです。そうでしょう、父上」
「……ああ、そうだね」
「本当は……それでも、彼女に僕を選んで欲しかった気持ちもあります。だけど、彼女には、彼女だけを純粋に大切にできるテオフィルという存在がいますからね」

 やはり、全て分かっていた。
 息子このこは分かっていて、全てを受け入れる準備が出来ていた。

 別に愛する人と結ばれることが悪いことではない。だが、王の妃、それも正妃にはそれなりの役割が求められる。
 後継に対する期待と責任はかなり重いものだ。

 幸いにもレオンハルトの母や妃のソニアは男児に恵まれた。
 だが先代王室では子に恵まれなかった王妃が周囲の期待や誹謗に耐えきれずに心を病んでしまうこともあったと言われている。
 王族としての誇りと役割と、良いところだけでない面ももちろん総てを分かっている。

 そしてきっと、あの聡い少女も、分かっているのだ。

「アルベール。お前は良き王になるよ。僕よりも、ずっと素晴らしい王に」

 そう告げると、アルベールは一度驚いた顔をした後、心底嬉しそうに笑った。


「……レティも、そう言ってくれました。僕は……それが嬉しかった。だから……それで、満足です」
「アルベール……」

 彼の涙は見えない。
 だが、その笑顔の奥で、泣いているような気がしたのはきっと気のせいではない。

「王とは孤独なものだ。だが、支えてくれる者たちへの感謝を忘れるな。アルベール、お前はひとりではない。それに、まだお前はただの王子だ。全てを負うのは、まだ早いよ」
「はい、分かりました」
「残りの学生生活を楽しみなさい。卒業までは、自由な時間を持つことを許そう。僕が学生の頃はもっと色々やってたよ。町にこっそり行ったりもしたし……まあ、ブライアムに後ですごく叱られたが」
「ふふっ、父上がですか。そうですね、今度町にも行ってみます」
「ソニアの事も悪く思うな。お前に良き伴侶を、とアレなりに頑張っているんだ。形式上、一度は皆を集めないと親が納得しないからな」
「分かっています。僕がずっと婚約者を決めないことで、彼女たちにも悪いことをしました」
「気にするな。野心だらけの家は、きっと今度は側妃の座を求めてうるさくなるだけさ」

 こうして腹を割って話すことは初めてだ。
 随分と成長した。
 嬉しくもあり、寂しくもある。
 今は亡き父王も、こんな気持ちだったのだろうか。

 ーー願わくば、かの姫が息子に寄り添ってくれる伴侶であってほしい。

 レオンハルトはそう願うのだった。


ーーーーーーーー

 今年最後の更新になります。
 本作を読んでいただきありがとうございます^_^
 来年は、書きかけの番外編ふたつと、全然書いてないけどアンナ編を更新して、満足したところで終わりたいと思います!
 みなさま、よいお年を~
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