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番外編置き場
大人たちの画策 ーブライアム視点ー
しおりを挟むヴァイオレットの入学直後。
お父さまと国王陛下
ーーーーーーーーーー
「――まだ王子妃の選定はしないのではなかったのですか」
ここは王城のある一室。
床一面に敷き詰められるのは光沢が美しい深い紅の絨毯であり、壁はとろけるような質感の白の大理石。
そしてその壁に飾られるのは装飾の美しい額に縁取られた鮮やかな絵画。
一方を見ると、重厚な木の棚に書物が沢山詰まっている。
この部屋の中央に位置する彫刻が施された石造りの執務机の前に腰掛けて仕事をしている男に書類を渡しながら、宰相のブライアム=ロートネルはそう話しかけた。
「えー。だってさあ、ソニアが張り切っちゃってて。僕はまだいいかなーと思っているんだけど」
へらり、と軽薄そうな笑みを浮かべるのはこの国の国王であり、ソニアというのは彼の正妃だ。
人ごとのように言っているが、今回の大規模なお茶会にこの男が関わっていない訳はないだろう。
ブライアムは疑いの目を向けたまま、彼がサインを終えた書類を纏めて別の机の上に避ける。
「ブライアムんとこのヴァイオレットちゃんももちろん参加するんでしょ?」
「……それはそうでしょう。王印のついた正式な招待状を理由なく断ることは出来ません」
「あはは、よく言うよ~他の事はめちゃくちゃ断りまくってるくせに~」
「……何のことでしょうか?」
今度開催される王妃主催のお茶会では、妙齢の貴族令嬢たちが多数招待されている。
その意味するところは、娘を持つ親ならば分かる事だろう。
これまで空白だった『第1王子であるアルベール殿下の婚約者の選定』その思惑があることは一目瞭然だった。
令嬢本人も気付いている者は多いだろう。
おそらく、当日は王妃に対するアピール合戦となるはずだ。
(うちのレティは……気付いていないだろうな。天使だから)
可愛い天使を着飾るために妻のローズと共に仕立屋を呼んでドレスを新調させたが、当のヴァイオレット本人はずっと困惑したような表情を浮かべていた。
幼い頃からドレスも宝石もその他のどんな贅沢品も必要以上に欲しがらないヴァイオレットを飾り立てる絶好の機会であったため、ブライアムもローズも思わず力が入ってしまった。
お茶会とは関係ないドレスや宝石も2、3着多めに頼んでしまったが、問題ないだろう。
「……うちのアルとヴァイオレットちゃんが結婚したら、ブライアムが親戚になるかと思うと気が重いなぁ~」
「ヴァイオレットは誰とも婚約しませんので、親戚になる日は来ません」
「まだ言ってる!ブレないな、昔から」
「そうです、昔から言っているでしょう?私は娘が望まない婚約をさせるつもりはありませんよ。――例え、王家からの命であっても」
「"王命を発動したら、この国の政務を停滞させた上で家族で亡命する"だっけ?本当にやりそうで怖いんだよお前」
「本気ですので」
ブライアムと国王は元は同級生だ。
だからこそこの気安さであり、ブライアムの性格や能力をよく知っているとも言える。
本来であれば、王家から正式に婚約を打診されればロートネル侯爵家は断る事ができないだろう。
だからブライアムは、それをされる前に手を打ったのだ。
他ならぬ愛娘の頼みでもあったし、何より、愛する妻だって娘が幸せになることを望んでいる。
その誓いを守るためならば、宰相としての権限を使うことだって厭わない。
なんせ、娘の婚約者いらない宣言を受けた父ブライアムは、寄ってくる他家からの縁談を悉く粉砕したのだ。
それは目の前の国王に対しても同じだった。
『ねえねえ、うちの子とブライアムの娘ちゃん仲良しなんでしょ?婚約させちゃおうよー』と国王が彼に言った日、王は凍てつくような目でブライアムから見られた後、仕事を山のように増やされた挙句、先程の台詞を言われたのだった。
「相変わらずの家族愛……」という国王のぼやきが聞こえたが、ブライアムは知らないふりをした。
「まーそこはうちのアルベールに頑張ってもらうしかないみたいだねぇー。ヴァイオレットちゃんが望めばいいんだろ?ソニアもそこんとこは分かってると思うから、無理強いはしないと約束するよ」
「そうして頂けると助かります」
「でもさ、気をつけてね。彼女の立場はとても危うい。僕の息子とも、弟の息子とも近い彼女は、世のご令嬢たちにとっては非常に邪魔な存在だ。……蹴落とそうとする者もいるかもね?」
先程までの柔らかな声を引き締めて最後は真剣な表情になる国王を、ブライアムも同じ顔で見た。
国王の弟というのは現リシャール公爵だ。すでに王籍を離れているとはいえ、公爵家の婚約者となるとかなり重要なものになる。
娘のヴァイオレットは幼い頃からアルベール殿下や公爵家の子息と懇意にしていながら、彼らに特別な感情を抱いているようには思えない。
逆に、「誰とも婚約したくありません!」と幼い日の娘が宣言したときは驚いたものだ。
なんせ、彼女の理想はこの私なのだ。
「……全く、うちのレティは仕方ありませんね」
「いやお前、笑ってるから」
お父さまと結婚する!と言っていた可愛い愛娘の姿を思い浮かべながらブライアムが頷いていると、国王が胡乱な目でブライアムを見ていた。
娘が誰かと添い遂げたいと願ったとき。
その時になって困らないように幼い頃から様々な教育を受けさせてきた。
ヴァイオレット本人は気付いていないが、王妃教育と同じ水準の教育を施してある。
城に通わせる事で王族との関係を匂わせ、悪い虫がつかないように虫除けも出来た。
(レティ、君が望むなら王妃にだってなれるだろう。でも、ならなくたっていい)
好きに生きなさい。
そんなことを考えながら、宰相のブライアムは国王の執務机の上に追加の書類を山のように盛ったのだった。
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