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03 嫌われ聖女と騎士
◇アトルヒ聖王国の聖女3◇
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□□□□□□□□
『なに……? 怪力なの、聖女って』
今朝、彼女の元へと放っていた黒鳥を通じてヴァンスに聞こえたのは、そんな嘆きだった。
ヴァンスが魔力で作った鳥は、こうして諜報をするのに非常に役に立つ。
窓の外から覗いた鳥の視野からは、枕元で粉々になった羽根ペンを見て悲しんでいる少女が見えた。
(……そんなに悲しいものか……?)
あの羽根ペンは、昨晩のうちにヴァンスが破壊していたものだ。
王家から与えられた聖女の見張りの為の道具に過ぎないそれを壊すことに、ヴァンスは何ら躊躇しなかった。
逆に、早く破壊しなければと思い、彼女に渡してすぐに壊すことを決めた程だ。
監視対象である聖女。だが、なぜだかそうはしたくなかった。
こうして黒鳥を窓の外に放っていることもある意味監視ではあるのだが、ヴァンスはその事に気付いていない。
そうしている内に、何やら考えこんでいた聖女は、急に何かを思い立ったように立ち上がった。
気合いの入った表情を浮かべながら、クローゼットに手をかける。
(出掛けるのか。聖女の護衛は……職務放棄をしているようだな)
黒鳥を大きく羽ばたかせて視点を変えると、本来彼女につくべき護衛騎士たちの姿は無かった。
聖女セシリアはなぜだか学園内の評判が非常に低い。そのせいか分からないが、彼女のために派遣されているはずの護衛はその職務を放棄し、別の令嬢の方についている。
稀有な存在としてこうして監視をするくせに、聖女セシリアに対する扱いは雑なものだ。
王家の意向が末端には全く届いていない。まるで、何者かによって阻害されているかのようだ。
「全く……訳が分からない。どこまでねじ曲がっているんだ、この国は」
そうぼやいたヴァンスは、ガシガシと頭を搔いた。
ヴァンスにとって、聖女は仇なる存在である。そう教えられているのに、彼女を憎めない自分がいる。
(聖女は外出するようだな。護衛の一人でも必要だろう。どうせこの学園の誰も、彼女を気遣わないのだろうから……)
「……ったく、なんなんだ」
黒鳥からの情報を元に自然とそう考えてしまっていたヴァンスは、騎士のアクスルに連絡を取りながらため息をついた。
誰も気にかけないせいなのか、聖女セシリアの動向を気にしてしまう。
それが聖女の力なのだとしたら、とてもありがたくない能力だ。
「能力といえば……あの時発現した光で、この紋様が薄れた。聖女の力は本物のようだな」
椅子に深く腰掛けたヴァンスは、天井を仰ぐように宙を見た。そこに右手をかざすと、右手首には随分と色が薄くなった黒い輪のような紋様がある。
以前はもっと忌々しい黒色だったが、先日、セシリアと食事をした際に光に触れたことで幾分か浄化したらしい。
「敵に回すと厄介だな……」
そうぼやき、ヴァンスは目を閉じる。
そこに広がるのは暗黒の世界だ。
『いいか、ヴァンス。君の血筋は確かなものだ。過剰な聖女信仰により腐敗した王政を打ち倒した後は、君こそが王になるのだ。私たちを信じてくれ』
脳裏に蘇る声に、ヴァンスは眉を寄せる。
母と自分を苦しめた王家は嫌いだ。だが、自らが王に立ちたいかと聞かれれば、少し違う気もする。
「――っ!?」
刹那、ぶわりと大きな魔力を感じてヴァンスは目を開けた。背筋が震え、身の毛がよだつような感覚を覚える。
(この力は……聖女? セシリアに何かあったのか!?)
急いで黒鳥の情報を共有したヴァンスが見たのは、突如として巨大な光に包まれる場所と、その中心で今にも倒れそうなセシリアの姿。
「くそ……<扉>!」
そう短く唱えたヴァンスの前には黒い渦が浮かび上がる。考える間もなく中に飛び込み、セシリアの元に急いだ。
***
「――セシリア!」
何も無い空間から現れたヴァンスは、急いで光の中の少女に駆け寄った。
崩れ落ちる身体をなんとか抱きとめると、その顔に生気はなく、真っ青だ。
セシリアが倒れたことで彼女から放たれる光も徐々に薄れ、周りの建物や木々の造形もその姿を取り戻す。
(一体、どれだけの力を使ったんだ)
ヴァンスは腕の中の少女に視線を落とす。
呼吸をしていることは分かるが、それ以外は人形のようだ。意識はなく、力もすっかり抜けている。
「……先生!? どうしてここに」
「話は後です。セシリア……ジェニングさんを運ばなければ。ニーチラングさんは、そちらの女性を救護院に連れて行ってもらってもいいでしょうか」
「は、はい」
急激に眩い光を浴びたせいで視力が一時的に落ちていたであろう騎士のアクスルが、薄目になりながらヴァンスに近づいてくる。
その近くに、救護服を着た女性――ヴァンスの母親がぺたりと座り込んでいるのを一瞥したヴァンスは、彼に急ぎそう指示をした。
(なぜ、セシリアと母が会ったのか、まるで分からないが……偶然、か)
アクスルが呆然とする母親を抱え上げて救護院へと走るのを見届けたヴァンスは、セシリアを抱えて人気のない道へと向かった。
「……取り急ぎ、救護室に運ぶか」
壁と壁の間、袋小路となっているその場所でヴァンスが右手を空間にかざすと、そこから黒い風が巻き起こる。
やがてヴァンスの背丈ほどに大きくなったその漆黒の渦に、ゆっくりと足を踏み入れた。
ヴァンスとセシリアが入ったその渦は、やがて小さくなり、また元のレンガ造りの壁がいつものように並んでいた。
『なに……? 怪力なの、聖女って』
今朝、彼女の元へと放っていた黒鳥を通じてヴァンスに聞こえたのは、そんな嘆きだった。
ヴァンスが魔力で作った鳥は、こうして諜報をするのに非常に役に立つ。
窓の外から覗いた鳥の視野からは、枕元で粉々になった羽根ペンを見て悲しんでいる少女が見えた。
(……そんなに悲しいものか……?)
あの羽根ペンは、昨晩のうちにヴァンスが破壊していたものだ。
王家から与えられた聖女の見張りの為の道具に過ぎないそれを壊すことに、ヴァンスは何ら躊躇しなかった。
逆に、早く破壊しなければと思い、彼女に渡してすぐに壊すことを決めた程だ。
監視対象である聖女。だが、なぜだかそうはしたくなかった。
こうして黒鳥を窓の外に放っていることもある意味監視ではあるのだが、ヴァンスはその事に気付いていない。
そうしている内に、何やら考えこんでいた聖女は、急に何かを思い立ったように立ち上がった。
気合いの入った表情を浮かべながら、クローゼットに手をかける。
(出掛けるのか。聖女の護衛は……職務放棄をしているようだな)
黒鳥を大きく羽ばたかせて視点を変えると、本来彼女につくべき護衛騎士たちの姿は無かった。
聖女セシリアはなぜだか学園内の評判が非常に低い。そのせいか分からないが、彼女のために派遣されているはずの護衛はその職務を放棄し、別の令嬢の方についている。
稀有な存在としてこうして監視をするくせに、聖女セシリアに対する扱いは雑なものだ。
王家の意向が末端には全く届いていない。まるで、何者かによって阻害されているかのようだ。
「全く……訳が分からない。どこまでねじ曲がっているんだ、この国は」
そうぼやいたヴァンスは、ガシガシと頭を搔いた。
ヴァンスにとって、聖女は仇なる存在である。そう教えられているのに、彼女を憎めない自分がいる。
(聖女は外出するようだな。護衛の一人でも必要だろう。どうせこの学園の誰も、彼女を気遣わないのだろうから……)
「……ったく、なんなんだ」
黒鳥からの情報を元に自然とそう考えてしまっていたヴァンスは、騎士のアクスルに連絡を取りながらため息をついた。
誰も気にかけないせいなのか、聖女セシリアの動向を気にしてしまう。
それが聖女の力なのだとしたら、とてもありがたくない能力だ。
「能力といえば……あの時発現した光で、この紋様が薄れた。聖女の力は本物のようだな」
椅子に深く腰掛けたヴァンスは、天井を仰ぐように宙を見た。そこに右手をかざすと、右手首には随分と色が薄くなった黒い輪のような紋様がある。
以前はもっと忌々しい黒色だったが、先日、セシリアと食事をした際に光に触れたことで幾分か浄化したらしい。
「敵に回すと厄介だな……」
そうぼやき、ヴァンスは目を閉じる。
そこに広がるのは暗黒の世界だ。
『いいか、ヴァンス。君の血筋は確かなものだ。過剰な聖女信仰により腐敗した王政を打ち倒した後は、君こそが王になるのだ。私たちを信じてくれ』
脳裏に蘇る声に、ヴァンスは眉を寄せる。
母と自分を苦しめた王家は嫌いだ。だが、自らが王に立ちたいかと聞かれれば、少し違う気もする。
「――っ!?」
刹那、ぶわりと大きな魔力を感じてヴァンスは目を開けた。背筋が震え、身の毛がよだつような感覚を覚える。
(この力は……聖女? セシリアに何かあったのか!?)
急いで黒鳥の情報を共有したヴァンスが見たのは、突如として巨大な光に包まれる場所と、その中心で今にも倒れそうなセシリアの姿。
「くそ……<扉>!」
そう短く唱えたヴァンスの前には黒い渦が浮かび上がる。考える間もなく中に飛び込み、セシリアの元に急いだ。
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「――セシリア!」
何も無い空間から現れたヴァンスは、急いで光の中の少女に駆け寄った。
崩れ落ちる身体をなんとか抱きとめると、その顔に生気はなく、真っ青だ。
セシリアが倒れたことで彼女から放たれる光も徐々に薄れ、周りの建物や木々の造形もその姿を取り戻す。
(一体、どれだけの力を使ったんだ)
ヴァンスは腕の中の少女に視線を落とす。
呼吸をしていることは分かるが、それ以外は人形のようだ。意識はなく、力もすっかり抜けている。
「……先生!? どうしてここに」
「話は後です。セシリア……ジェニングさんを運ばなければ。ニーチラングさんは、そちらの女性を救護院に連れて行ってもらってもいいでしょうか」
「は、はい」
急激に眩い光を浴びたせいで視力が一時的に落ちていたであろう騎士のアクスルが、薄目になりながらヴァンスに近づいてくる。
その近くに、救護服を着た女性――ヴァンスの母親がぺたりと座り込んでいるのを一瞥したヴァンスは、彼に急ぎそう指示をした。
(なぜ、セシリアと母が会ったのか、まるで分からないが……偶然、か)
アクスルが呆然とする母親を抱え上げて救護院へと走るのを見届けたヴァンスは、セシリアを抱えて人気のない道へと向かった。
「……取り急ぎ、救護室に運ぶか」
壁と壁の間、袋小路となっているその場所でヴァンスが右手を空間にかざすと、そこから黒い風が巻き起こる。
やがてヴァンスの背丈ほどに大きくなったその漆黒の渦に、ゆっくりと足を踏み入れた。
ヴァンスとセシリアが入ったその渦は、やがて小さくなり、また元のレンガ造りの壁がいつものように並んでいた。
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