その結末はお断りします! -嫌われ転生聖女が推しの悪役王弟殿下に溺愛されるまで-

ミズメ

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01 ヒロインで聖女なのに嫌われ中

食堂で推しと

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 翌日のお昼。
 周囲に相変わらずの距離感を保たれたまま、私は食堂にいた。ひとりで。

 完璧なヒロインであるセシリアの愛らしい容姿を微塵も生かせていないのは、私の不徳の致すところだ。

 だがしかし。そのことはひとまず置いておこう。
 朝から教壇に立つヴァンス先生はとても素敵で、少し低いその声は耳から私の脳を溶かすかのようだった。実際幸せすぎて溶けたと思う。

(ヴァンス先生の存在に初日に気付かなかった自分を責めたい。一日分見逃していたなんて信じられない……!)

 どうしてあの時は平常心でいられたのだろう。どうやって友達を作ろうとか、隣の子に何を話しかけようとかそれだけで頭がいっぱいだったのもある。

 隣の席のジュリーンさんは、今日も安定の遮断ぶりで泣きそうになったけれど、気を取り直して授業に集中した。

 私に大嫌いムーブをしてきたあの集団のことは一瞬で苦手になったが、おかげで小説のこともヴァンス先生のことも思い出せたから良かった。

(でも初日……! ヴァンス先生に名前を呼んでもらったはずなのに)

 私は悔やみながら、Aランチに添えられたコロッケにフォークを突き刺す。
 生憎、混雑しているはずの食堂なのに私のテーブルだけぽつりと空席が目立つ。だからそんな無作法なことをしても、誰にも咎められないのだ。

「お、ここだけ空いてますね」

(!?)

 やさぐれモードの私のところに、そんな声が降ってきた。
 すぐにフォークを抜き、顔を上げる。

(ひっ、ヴァヴァヴァンス先生っ……!)

 今まさに思いを馳せていた先生が、にこやかな表情で私を見下ろしていた。

「誰かと思えば、ジェニングさんでしたか。お友達と待ち合わせですか?」
「……イエ、チガイマス」

 初手で心臓を抉られながらも、憧れの推しに話しかけられたことで心臓がバクバクうるさい。
 つまり、現在私の心臓は信じられないほどの温度差のあるダメージを受けている死にそう。

「おや、そうですか。では、ここに座っても大丈夫ですか?」
「どっ! ドドドどうぞ」
「では失礼します。初めて食堂を利用してみたのですが、空いている席がなくて困っていたので助かりました」

 ヴァンス先生は私の斜め前に腰かけると、 にこやかに微笑む。その神のような微笑みに、卒倒しそうになる。

(嫌われていたおかげで、席が空いていてヴァンス先生をお迎えすることができただと……!?)

 当然、この神の采配ともいえる出来事に私は一瞬で世界に感謝した。

 嫌われていて良かった(?)

「それはAランチですか? 美味しそうですね。僕は悩んだのですがBランチにしました」
「あっ私も悩みました!」
「ですよね。他にも色々とメニューがあって、これから常連になってしまいそうです」
「ふわあ……」
「ジェニングさん?」
「い、いえ、噛み締めています……!」
「ああ、食事を味わっていらっしゃるのですね。では私も」

 私の謎な受け答えに、ヴァンス先生は実直に相槌を打ってくれる。

(あーーーー!!! かわいい、ランチに浮かれるヴァンス先生かわいい! この人畜無害そうなほわんとした先生が! ラスボスなんですよ! 食堂のみなさんっ!!!)

 実際は荒ぶる心を抑えようとして抑えきれず、変な声が出てしまっただけだというのに。

 スーパー特等席で眺めるヴァンス先生が尊すぎて、私は胸いっぱいだ。

 さっきまではフォークを雑に突き刺してそのまま食べてやろうと思っていたコロッケも、きちんとひと口大に切ってから口に運ぶ。

 サクリとした衣と、綺麗に潰されて滑らかな舌触りの芋がとても美味しい。マッシュポテトのような舌触りだ。
 前世では油ものを控えていたこともあり、何の制限もなく食事を取れることが嬉しい。

「……ふ」

 夢中で小さいコロッケを口に何度も運んでいると、軽やかな笑い声が耳に入る。
 そっと顔を上げると、私を見つめるヴァンス先生が、目尻を下げて笑っていた。

 大事なことなのでもう一度言う。
 ヴァンス先生が目尻を下げて笑っていた。

「ごめんね、とても美味しそうに食べているから、微笑ましくなってしまって。ジェニングさんは揚げ物がお好きですか?」
「あっ! イエ、あの……ハイ」
「では、僕のものもひとつあげますね。それと、明日はそのAランチを頼んでみることにします。とても美味しそうだ」

 言いながら、ヴァンス先生は自分のお皿から何かのフライらしきものを、私のお皿に載せた。
 これはアレである。言うまでもないアレで。

(かっ……かかか間接キッス……!)

「ジェニングさん!? 大丈夫ですか!?」

 推しからの供給過多により、私ことセシリア・ジェニングは発光した。昨日ぶり二度目、周囲の人は急に太陽のように輝く女にきっとどん引きである。

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