4 / 26
④
しおりを挟む「距離を置く、とはどういうことなのかしら」
ほとんどとんぼ返りのような行程になってしまったことを皆に不思議がられながら、フェリシアはレアード侯爵家に戻り、自室のベッドに伏せながらそう溢した。
フェリシアが今日この日のために気合いを入れていたことは、家中の誰もが知っている。
あのドレスから部屋着へと着替える時も、呆然としたままのフェリシアに深く話を聞く事はせず、侍女たちは淡々と作業をし、部屋を去っていった。
フェリシアの表情筋が仕事をしないことも、幼い頃から一緒にいた使用人たちはよく知っている。
初めこそ、全く微笑まない侯爵令嬢にビクビクとしていたものだが、普段の発言や振る舞いから滲み出る優しさに『氷鉄』が外見の問題であることに気付いたのだ。
「しばらくお会いできないのよね……」
フェリシアが目を瞑ると、アーサー殿下の顔が浮かんでくる。
『フェリシア。今日も美しいね』
頭の中のアーサーは、とろけるような眼差しをフェリシア向けてくれて、ぴたりと寄り添って歓談をしている。
(……アーサー殿下。どうしてなのですか?)
朝早くから入念な手入れをしていたフェリシアは、とっても寝不足だ。
目をつぶって考え事をしていると、フェリシアは知らず知らずのうちにそのまま眠りについてしまったのだった。
◇◇
夢の中のアーサー殿下はいつもどおりに紳士で優しく、甘やかな恋人だった。その事に安心して、フェリシアは彼と談笑する。
いつもの王城の一室でのふたりきりのお茶会の一幕だ。
他愛もない話を殿下がして、それにフェリシアが相槌を打つ。
各国の情勢にまつわる小難しい話から、市井で流行しているという楽しい話まで。殿下といると話題が尽きることはない。
話し下手なフェリシアも、殿下といれば自分の実力以上に会話を引き出されているような気がした。誉められると、嬉しいから。
だが、突如として場面が庭園でのお茶会のような風景に切り替わると、状況は一変した。
アーサーの隣には銀髪の美しい令嬢がいて、ぴっとりと彼に寄り添っていたのだ。
『距離を置こうとは言ったが、これからしばらく、とは言わず、ずっと会うことはできない。私はこの娘と婚約することになった』
こちらを見るアーサーの瞳は冷たく、声色も冷え切っている。
令嬢の顔はどうしてだかハッキリとは見えずにぼやけたままだが、わたくしの方を見て、口角を吊り上げたように……見えた気がする。
そんな。
距離を置いたのは、他に気になる女性が出来たからだったのか。なんということだろう。
殿下はこちらに背を向け、その女性と手を組んでその場から離れて行く。
それを追いかけようと、足を動かそうとするも、フェリシアの足はその場に縫いとめられたように前に進まない。
「だっ、ダメです! あ、あら……」
飛び起きたフェリシアが慌てて手を伸ばすと、そこは王城の一室でも庭園でもなく、もちろん彼女の自室だった。
555
お気に入りに追加
1,414
あなたにおすすめの小説

婚約者が私のことをゴリラと言っていたので、距離を置くことにしました
相馬香子
恋愛
ある日、クローネは婚約者であるレアルと彼の友人たちの会話を盗み聞きしてしまう。
――男らしい? ゴリラ?
クローネに対するレアルの言葉にショックを受けた彼女は、レアルに絶交を突きつけるのだった。
デリカシーゼロ男と男装女子の織り成す、勘違い系ラブコメディです。

突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。
橘ハルシ
恋愛
ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!
リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。
怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。
しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。
全21話(本編20話+番外編1話)です。

どうせ運命の番に出会う婚約者に捨てられる運命なら、最高に良い男に育ててから捨てられてやろうってお話
下菊みこと
恋愛
運命の番に出会って自分を捨てるだろう婚約者を、とびきりの良い男に育てて捨てられに行く気満々の悪役令嬢のお話。
御都合主義のハッピーエンド。
小説家になろう様でも投稿しています。
望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】
男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。
少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。
けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。
少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。
それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。
その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。
そこには残酷な現実が待っていた――
*他サイトでも投稿中

お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

恋人でいる意味が分からないので幼馴染に戻ろうとしたら‥‥
矢野りと
恋愛
婚約者も恋人もいない私を憐れんで、なぜか幼馴染の騎士が恋人のふりをしてくれることになった。
でも恋人のふりをして貰ってから、私を取り巻く状況は悪くなった気がする…。
周りからは『釣り合っていない』と言われるし、彼は私を庇うこともしてくれない。
――あれっ?
私って恋人でいる意味あるかしら…。
*設定はゆるいです。
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる