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番外編置き場

裏庭のシャウラ 最終話【お知らせあり】

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 がたがたと揺れる馬車は、クリューツ伯爵家へと続く道を進んでいる。

 あの裏庭での約束のとおり、カストルはシャウラを男爵領まで迎えに来た。
 王都のタウンハウスから男爵領、そして伯爵領への道のりは、決して楽なものではないだろうに。彼は涼しい顔でとんぼ返りのような行程をこなしている。

「本当に、ぶどう畑がたくさんですね……!」

 伯爵領に入ってから、馬車の窓から見える景色は、広大なぶどう畑だ。今は冬だから当然収穫の時期は終わっているが、きっと初秋からの実りの季節は絶景だったことだろう。

「シャウラは本当に、葡萄畑に興味があったんだな」
「えっ、前からそう言ってるじゃないですか! うちの領地は土地が痩せてる所が多くて……果樹園はあまりないので、見たかったんです」

 クリューツ領の葡萄は有名だ。ワインもジュースもかなり流通している。その豊かな領地のことと、騎士の家系であることはなかなかイコールにならなかったが、両立するのは大変なことだろう。

「騎士団の偉い立場でありながら、領地経営もされているなんて、カストルさんのお父さまは素晴らしい方なんですね!」

 車窓から外を見ていたシャウラは、素直にそう口にした。

「カストルさん?」

 なかなか返事がないことを不思議に思ったシャウラが振り向くと、何故だかカストルは目を丸くしている。

「……そんな事を言われたのは初めてだ。父は基本的に王都にいて、あまり領地には戻らないから」
「うーん。でも、領地が穏やかで平和なのは、お父さまがいるからだと思いますよ! 領民……特に農民にとっては、戦なんてやられたらたまったもんじゃないですし、災害の備えとか、税の厳しい取り立てとか、領主様次第ですもんね」

 父から聞いていた領地経営の大変さを噛み締めながらシャウラがそう告げると、カストルは先程の驚きの表情から、何故か目元を緩めた。

「――そうか。父を褒められるのは嬉しいものだな」
「あ、当たり前ですよ。領主は大変なんですから!」

 ――カストルが嬉しそうに微笑んだことに、シャウラは自分の顔が熱くなるのがわかった。
 なんだかもう、素敵だったからだ。

 それから邸に着くまでの間、心臓のどきどきをなんとか宥めながら、シャウラはカストルと楽しく談笑したのだった。

 ◇


「あら、いらっしゃい。まあ~貴方が令嬢を連れてくるという話は本当だったのねぇ~」
「……っ、母上。どうして」

 シャウラたちが邸に着いて玄関扉をくぐると、妖艶な美女がそこに立っていた。艶々の黒髪に、とろりとした雫のような水色の瞳。そんな人物がシャウラを舐めるように見てくる。

「……シャウラ、済まない。母だ。王都にいたはずなんだが」

 小声で言うカストルの声を聞いたあと、シャウラはまた視線を夫人に戻した。うん、美女だ。

「初めまして。わたし、ブラウアー男爵家のシャウラといいます」
「ふうん。男爵令嬢なのぉ。見た目は……まあまあいいじゃない。ふふっ、なんだかんだ言って、カストルもやっぱり顔で選ぶのねぇ」
「母上……!」

 カストルがシャウラを庇うように前に出る。
 一拍置いて、なんとなく嫌味を言われたような気がしてきたシャウラだったが、目の前の背中の広さの方に目を奪われていた。

(ひえ……カストルさんってこんなにおっきい背中だったんだ……)

「こーんな田舎の領地に来ても楽しくもなんともないでしょうに。久々に来たけど、相変わらず畑ばっかりでつまんない場所だわぁ」
「……では何故来たのですか」
「ええ~? だって可愛い息子が令嬢を誘ったって聞いたら、見てみたいじゃない。ふふ、シャウラさんだったかしら、カストルってばこう見えて小さい頃から甘いお菓子が大好きなのよ。笑えるでしょう?」

 心底楽しそう言う夫人に、カストルに見惚れていたシャウラははっと意識を取り戻した。
 ゆっくりと前に出て、カストルの隣に並ぶ。

「先程拝見しましたけど、すっごく立派な畑ばかりでわくわくしました! きっと葡萄がいっぱい実る頃はもっと綺麗なんだろうなって思います」

 シャウラはそう言って胸を張る。今日来たばかりの領地だけれど、カストルやその父、領民が大切に思っている土地を貶されたのは、許せなかったのだ。

「それに、普段奥様も王都にいらっしゃるならご存知だと思いますが、今王都ではとあるパティスリーが大人気です。男女問わず人気がありますし、第一王子も第二王子も懇意にしていらっしゃいます。それなのに、カストルさんだけ甘いものを食べたらいけないなんておかしいです」

 どうしてこんなに腹が立つのかは分からない。
 ただシャウラは、沸き起こる感情をそのままに、ひと息でそう言い切った。

「……っ、さすがは男爵令嬢ね! 目上に対する礼儀が全くなっていないわね。気分が悪いわ!!」

 瞳にありありと怒りを灯し、夫人は踵を返すとすたすたと邸のどこかへと消えて行った。後ろに付き従う侍女は、ちらりとシャウラに振り向くと、小さく頭を下げる。

 それらの背中が見えなくなるまで見つめたあと、言いすぎたと思って呆然としていたシャウラは、青ざめた顔でカストルを見上げた。

「……っ、くく」

 シャウラが見たのは、声を抑えて笑うカストルの姿だった。止まらないのか、口元に手を当てたまま、しばらく体を揺らしている。

「ちょ、ちょっと、カストルさん」
「く……はは。母上のあんな顔は初めて見た。シャウラは勇敢なんだな」
「笑い事じゃないですよ! 伯爵夫人にあんなこと言っちゃったんですよ!?」

 笑ったままの顔で、カストルはシャウラを見る。焦りながらわたわたと言葉を紡ぐシャウラの様子を、ただゆっくりと見つめている。

「大丈夫だ」
「いやいや、大丈夫じゃないですよぉ……うち、しがない男爵家なんですよ……」
「俺が守るから、大丈夫だ」
「――ひえっ?」

 口を尖らせるシャウラに、ことさら優しくカストルはそう言った。驚いて変な声を出したシャウラは、彼のスカイブルーの瞳を見つめる。

「シャウラに苦労はさせない。この先もずっと」
「は、はは……。何言ってるんですか……」

 思わず乾いた声が出たシャウラを尻目に、カストルはがしがしと青い短髪を掻く。「今言うつもりはなかったんだが……」という呟きも聞こえて来る。

「シャウラ」

 シャウラに向き直ったカストルは、真剣な表情だった。思わずシャウラの背筋も伸びる。

「……俺と、婚約してくれないか。生涯共に過ごすなら、シャウラしかいないと思っている」

 少しだけ、カストルの耳の先が赤い。ここは邸のエントランスホールで、周りには使用人たちもいる。
 おずおずと差し出されたその無骨な手を、シャウラはすぐに掴んだ。視界がぼやけて、心臓が痛いが、満たされる気持ちがそこにある。

「わ、わたしでいいんですか」
「ああ」
「わたし、美味しい葡萄を作る自信があります」
「はは、それはとてもありがたいことだな」
「嬉しいです、とっても」
「俺もだ」

 どちらからともなく近づいて、シャウラはカストルの胸元に飛び込んだ。あの日の大樹よりもずっと、心地がいい。

 家令らしき老年の男性が痺れを切らして咳をするまで、ふたりはずっとくっついていた。


 ――その後、クリューツ領ではますます葡萄の生産が栄え、作られたワインやジュースは王家に献上されるほどの品質となった。

 それは勿論、バートリッジ公爵領にも届けられ、領主であるレグルスや妻のミラにとっても、お気に入りの品になったのだった。




ーーーー
お読みいただきありがとうございます。
シャウラ編、完結です。

さて、「モブ胃袋」の書籍が本日から発売となります。加筆もしているので、ぜひ読んでいただけると嬉しいです。
ここまで応援していただき、本当にありがとうございました。 2020.12.24 ミズメ

おまけで、新連載のキャラ文芸「つかれた私と坂道のあったかごはん」も気が向いたら読んでみてくださいませ~!
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