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番外編置き場

裏庭のシャウラ その2

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○2年生になったシャウラたちのその後


ーーーーーーーー


「……っ、あの、スピカ。あの時はごめんなさいっ!」

 思い詰めた顔をしていたシャウラは、学園の食堂で共に食事を取っていたスピカに、突然がばりと頭を下げた。

「えっ……何が?」

 訳も分からずに首を傾げるスピカの横では、公爵令嬢となったミラがさらに不思議そうにふたりを眺める。

「すごく今更なんだけど……あの、去年の入学式のことを謝りたくて」


 ◇◇


 スピカへの懺悔を終えたシャウラは、またあの裏庭へと来ていた。
 白状するのに1年半以上も経ってしまった。
 学園に来て初めて出来た友人であるスピカ。彼女に下心があって近付いたシャウラだったが、彼女の飾らない……というか大分天真爛漫で無邪気で、感情が手に取るように分かる様子は、とても親しみやすかった。

 きっと彼女が"ヒロイン"でなければ、幻姫という異名を持つあの美少女にシャウラが近付くことはなかっただろう。
 利用するつもりで接触したことは認めるが、それからはただ、彼女の側は心地よかった。
 途中からは理由があってあまり話すことが出来なくなったけれど、もう暴露してもいい頃だと思えたのだ。

「……来ると思ってました」

 さく、と芝生を踏む音に振り返ると、やはりそこには青髪の青年がいた。彼は「ああ」とシャウラに軽く会釈をすると、いつもの定位置へと腰を下ろす。

 ほとんど会話らしい会話はないが、ゆったりと流れるこの時間をシャウラは割と気に入っていた。もう半年程になるだろうか。
 カストルはふらりとやって来て、ふらりと帰っていく。
 約束をしている訳ではないから来ないこともあるが、放課後のほとんどをこの裏庭で過ごすシャウラは、いつしかカストルが来るのが楽しみになっていた。

「……良いことでもあったか?」

 ぽつり、と彼から溢された言葉に、シャウラの耳はぴくりと反応する。もし彼女が兎だったら、今頃長い耳が空に向かってぴんと伸びていることだろう。

「はい! あの、スピカに謝ってきました。わたしの自己満足ですが、スピカは許してくれました」

 この裏庭で、うんうんと唸っていたシャウラの悩みを聞き、背中を押してくれたのはこのカストルだった。
 そのお礼も言いたくて、彼が来るのを待っていたのだ。


『あの、去年の入学式の日、スピカは寝坊したでしょう? あれはわたしがスピカにわざと夜更かしをさせたの。それでその……最後に出したお茶は、安眠効果のあるお茶で……』

 シャウラは泣きそうになりながら、あの日の事をスピカとミラに告げた。
 その告白を聞いた2人はびっくりしたような顔をして、ふたりで顔を見合わせている。

『『ぷっ……あははは!』』

 そうしたかと思うと、ふたりはほとんど同時に吹き出して、けらけらと笑いだしてしまったのだ。
 呆気に取られるシャウラの手を、がしりと掴んだのはスピカだ。

『もしかしてその事をずっと気にしてたの? だとしたら気にし過ぎだから! 夜更かしも寝坊もわたしのせいだし。お茶のせいでもないよ』
『そうだよ、シャウラさん。スピカは元々朝が弱いし……アークツルスさんがお迎えに行ってくれたんだから、むしろ良かったんじゃないかな』
『そうだったね……そういえばあの時お兄さま……えへへ』

 何を思い出したのか、スピカの頬が薔薇色に染まる。   
 2人の反応に、シャウラは肩から力が抜けていくような気がした。怒られて、絶交になるかとも思ったのに、ふたりはシャウラの懺悔をさらりとふき飛ばしたのだ。

 無論、彼女たちはシャウラが昨年の生徒会メンバーと結託してあの卒業パーティーでの婚約破棄騒動を起こした事を知っている。
 第1王子や貴族子息たちを魅了する男爵令嬢を演じていた期間のシャウラは、同級生たちから遠巻きにされていた。当然だ。そんな令嬢に誰が関わりたいというのだろう。

 その騒動がおさまった後も、進級したシャウラに声を掛けてくる者はいなかった。
 別にいい。自らが引き起こした代償だと思って諦めていた所に声をかけてくれたのは、このスピカとミラだったのだ。

 時の人とも言える彼女たちが普通に接してくれる事で、周囲との壁も徐々になくなっていった。
 だが、仲良くなるにつれて、ますます昨年の出来事がシャウラの中でずしりずしりと重くなっていた。
 打ち明けたいけど嫌われたくない。でもやっぱり伝えたい。錯綜する気持ちをなんとか奮い立たせ、今日ようやく伝えられたのだ。

『ふえ……っ』
『あっ、シャウラさん⁉︎』
『ちょっとシャウラ、泣かないでよ!』

 ふたりの温もりに触れ、安堵したシャウラはついつい涙を流してしまったのだった。



「……という訳なんです」
「そうか。それで嬉しそうな割に目元が少し赤いんだな」
「ふゃっ!」

 カストルの隣に座って事の顛末を語り切ると、彼の無骨な指が、シャウラの目元に触れる。
 急な行動にびっくりして変な声を出すと、カストルも目を見開いたまま固まってしまっていた。

 そしてお互い、黙ったままじわじわと頬が赤く染まる。


「ごごごごごめんなさい、びっくりしてしまって」
「いいい、いや。俺が不用意に触れたから……」

 お互い向き合って、俯いたまま言葉を交わす。
 すーはーすーはーと深呼吸をしたシャウラがゆっくりと顔をあげると、カストルの空色の双眸としっかりと目が合う。

「えへへ、慌て過ぎました」
「……俺もだ」

 シャウラとカストルは落ち着きを取り戻すと、お互いの慌てぶりに苦笑した。

 ーーそういえば、以前ほどあの人のことを想って苦しくなる事はなくなってきた。

 新緑が豊かだった木々は色付き、その木々を揺らす風は、柔らかな春風からいつの間にか涼やかな秋風へと変わっている。
 うつろう季節に心境を重ねながら、シャウラはまたこの裏庭での穏やかな時間を過ごすのだった。

 
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