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番外編置き場

星降る夜に

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卒業パーティーの途中でお兄さまに連れて行かれたスピカのその後。

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「お、お兄さま? どうしたの?」

 ミラとくるくる踊っていた会場から連れ出されたわたしは、前をすたすたと歩くお兄さまに手を引かれながらそう尋ねた。
 だけど返事は無く、薄暗い廊下にはふたり分の足音が響いている。

 さっき、ミラとレオ様の婚約が発表された。
 普段は令嬢たちに見向きもしない彼が、ミラに対して蕩けるように甘い顔をしてぴったりと寄り添ったのを見た人たちは、随分と呆気に取られていた。

(これがレオさまの本気のデレよ! ミラ以外はお呼びじゃないわっ)

 悔しそうな令嬢たちに、何故かわたしはそう勝ち誇った気持ちになった。
 だって、ミラはいい子だもん。優しいし、誰よりも幸せになってほしいと思っている。

 わたしが小さな町でひとりで記憶を取り戻した時は、そんな気持ちになるなんて微塵も思っていなかった。ほんとに逆ハー狙ってたし、イケると思っていた。

 だけど先程の断罪劇で中央に据えられていた侯爵親子を見て、背筋が震えた。
 ――あれは、わたしだったかもしれない。

 ちらりと隣にいたミラを盗み見ると、彼女も神妙な顔をしてその舞台を眺めていた。

 ミラが止めてくれなかったら、わたしはどうなっていただろう。あの場で"ざまあ"されてたんじゃないか。そう思う。

 だって、ミラが小説ではこういう流れだよ、と話してくれていたとおり、悪役令嬢であるはずのベラトリクス様は、前世の記憶がある人だった。

 きっとお互いに意識して、避けていたからこれまで話した事はなかったが、卒業パーティー前に一度集まって話してみると、何のことはない、気さくなお姉さんだった。
 そして彼女もミラのご飯が大好きだった。


「――スピカ」

 いつの間にか、外に出ていた。
 月が明るく照らす庭園は、とても幻想的だ。花や樹木の輪郭が柔らかく滲んで、空との境界が曖昧になっている。

 立ち止まったお兄さまが、月の光を背にそう優しくわたしの名前を呼んでくれる姿は神々しく、天使のようだ。
 初めて出会った日もそんな風に思ったなあと感慨深くなりながら兄の顔をじっと見てしまう。

「そんなに見つめられると、照れてしまうよ」
「ほんと? 照れてくれるの? 嬉しい!」
「全く……」

 お兄さまの照れ顔なんて貴重すぎる。見逃す訳にはいかないと思わず前のめりになったわたしに苦笑しながら、お兄さまは優しくわたしの手を引いた。
 ぐ、と込められたのは痛くないくらいの力だったけれど、突然のことでバランスを崩してしまう。

 そしてそんなわたしをお兄さまは優しく抱きとめてくれた。

「ありがとう、お兄さま。今日は大変だったね」
「そうだね。ようやく……終わったよ。シャウラ嬢に張り付いているのは正直退屈で、スピカのそばに行きたかった」
「……わたしも、寂しかった」

 お兄さまはわたしに信じてと言った。
 だから平日の学園で会えない日々が続いても、変な噂が流れても、シャウラと一緒にいる兄を見かけても、我儘は言わなかった。

 だからといって、平気だった訳ではない。

 さっきだってそうだが、お兄さまが他の女の子と話すのを見るのは苦痛だ。だってお兄さまはこんなに素敵なのだから、みんな好きになるに決まっている。わたしみたいに。婚約者になろうと、狙っているに違いないのだから。

 「スピカ?」と戸惑いながらわたしの名を呼ぶ兄の声が聞こえたが、聞こえないふりをしてわたしはそのままお兄さまにぎゅうぎゅうと抱きついた。
 彼はわたしのことを妹としか思っていないかもしれない。だけど、このままでは何も変わらない。

「……お兄さま。前にわたしの我儘を聞いてくれるって言ったよね……?」
「何か欲しいものでもあるのかい? ……もちろん、スピカの望むものなら」

 わたしの頭を撫でながら、降ってくるのはいつもどおりの優しい回答だ。
 顔を上げたわたしは、出来る限りの目力を込めて、兄をきいっと睨みつけた。


「……だったら! お兄さま、わたしと結婚して!」
「え……」
「他の人を婚約者にしないで欲しいっ、わたしをお嫁さんにしてほしい……っ、わたしと……」

 勢いよく言えたのは最初だけで、後は途中から喉がつかえたようになって言葉が続かない。
 感極まる、とはこういうことかと冷静なわたしがツッコミを入れながらも、わたしは小さく嗚咽を漏らしながら、瞳からはポロポロと涙が溢れた。

 お兄さまがいつか誰かと結婚するのも、わたしが違う誰かの所にお嫁にいくのも、どっちも嫌だ。

 本当のヒロインだったら、自然とアークツルス様にも愛されていたかもしれない。
 でもわたしは、ミラに手助けをしてもらっていても、きっとあのヒロインとは程遠い。自分勝手で、甘ったれな性根は、前世むかしのままなのだ。

「スピカは泣き虫だね。出会った頃から」

 兄の綺麗な指が、わたしの頬に触れる。
 ゆるりと微笑む姿が美しい。
 
「まさか先に言われるとはなぁ。本当、スピカの行動だけはいつも予想がつかない。ほら、もっと顔を上げて空をよく見てご覧?」
「綺麗、な、星空……」
「うん。スピカが昔言っていたよね。憧れのイベント、とかなんとか。イベントの意味は分からないけど」

 泣いているせいで視界がぼやけているが、お兄さまの後ろには美しい星空が広がっていた。
 兄の右手が、わたしの頬を包むように添えられ、そしてそのままーー額に唇が落とされた。

「ふわっ⁉︎ おに、お兄さま⁉︎」
「……今日、僕から申し込むつもりだったんだ。スピカ、僕で良ければ君に全てあげよう。僕と結婚してくれるかい?」
「! ……うんっ、うん……!」

 ああまた、視界がぼやける。
 胸元から指輪を取り出したお兄さまは、それをそっとわたしの右手の薬指に嵌めた。




 『卒業パーティーの夜に、星空の下で指輪をもらって、結婚の申し込みを受けるの!』

 乙女ゲームの最後のイベントを、いつかお兄さまに言ったことがあった。
 お兄さま……アーク様がわたしのその憧れを再現してくれたのだと気が付いたのは、翌朝になってもわたしの薬指で燦然と輝く美しい青の指輪を見た時のことだった。

 
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