突然、お隣さんと暮らすことになりました~実は推しの配信者だったなんて!?~

ミズメ

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第四章 おおきな一歩

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   二十 大きな一歩

「お母さん、何を着ていったらいいかなあ⁉︎」
 約束の日の朝。
 わたしはお母さんに泣きついていた。
 せっかくお出かけするのだから、いつもより頑張りたい……とは思うのだけど。
 普段ラフな服装しかしていない影響がここで出てきた。
 あたりには似たようなカットソーとズボンが散乱している。
「蒼太くんとのデートだったっけ? 悩むわよねぇ~」
「で、デートじゃないよ! 紫音くんだっているんだから」
「あらあら。うふふ。どちらでもお父さんが聞いたら倒れちゃいそうね」
 事情を知って快諾してくれているはずのお母さんは、頬に手も当てながらとても楽しそうに笑っている。
 お父さんは昨日の新幹線で、寂しそうに帰っていった。
 今年は絶対にこっちに戻れるように上司に直談判してやる、と意気込んで。
 家族と離れてみるひとり暮らしをしていたところに今回の事故で、改めて家族と一緒に過ごすことの大切さを感じたといっていた。
 わたしもこの同居で得がたい経験をさせてもらったから、勝手にうなずいてしまった。
「そうねぇ……あ、ほら。この前用意してたワンピースはどう?」
 お母さんの提案に、わたしはあのワンピースのことを思い出す。
 お守り代わりに眺めていたけど、自分がこれを着るという概念をすっかり忘れていた。
「に、似合わないよ」
「ううん、絶対に似合うわ。まずは一度着てみない? ひなちゃんのことだから、まだ袖を通してもいないでしょう?」
 的を射るお母さんの言葉に、わたしはこくりと頷いた。
「ひなちゃんが前よりずっと楽しそうなのはお母さんもよく分かるわ。だから、また挑戦してみましょう」
「うん……」
「だったらほら、早くしましょ! 遅れちゃダメだもの!」
「わかったから~」
 わたしは急いで部屋に戻って、クローゼットに掛けていたワンピースを取り出した。
 今日は少し肌寒いから、長袖でもちょうどいい。暑くなったら袖をまくったらいいんだもん。
「……よし」
 ずっとフワフワした気持ちで朝から過ごしている。
 こうして準備をするのもどこかうっすらと緊張してしまう。でもイヤな緊張感ではない。
 楽しみでソワソワしてしまっているのだ。
「……ほらやっぱり。とっても似合ってるわ」
 ワンビースのボタンをしめて、姿見を見る。
 いつの間にか覗いていたお母さんは、鏡の中で笑顔でこっちを見ていた。
「ひなちゃんは脚がスラリと長いから、かっこよく決まっていいわね。羨ましいわ」
「……お母さんでも、羨ましいと思うの?」
「当たり前じゃない! 身長が低いと自分で高いところの物も取れないから踏み台を用意しないといけないし、ワンピースなんて全部ロング丈になってバランスも悪いのよ! いろいろ悩みはつきなかったわぁ、懐かしいわね」
「……そうなんだ」
 わたしはずっと小さくなりたくて、身長を伸ばさないようにするにはどうしたらいいかとそればかりだった。
 でも、お母さんにも悩みはある。
「ふふ。ないものねだりっていうのかしら。お母さんにはひなちゃんのことがすっごくかっこよくて羨ましく見えてるの。素敵な女の子なんだから、自信持ってね」
「お母さん……」
「じゃあ髪の毛もちゃんと整えましょうか。ひなちゃんがやる気になってくれてうれしいわ。アイロンとかコテとかもお母さんのがあるからどんどん可愛くしてあげるからねえ!」
 やる気に満ち溢れたお母さんが洗面所の方へ駆けて行く。
 アイロンもコテもしたことはないけど、お母さんが張り切っていて少し照れてしまう。
「……」
 わたしはもう一回鏡の前に立つ。
 いつもと違った服装の自分は少し落ち着かなくて、でも特別な気がした。

――ピンポーン
 約束の時間より少しはやめにインターホンが鳴る。
 落ち着かずにウロウロとしていたわたしは、その音に飛び上がりそうになった。
「蒼太くんたちかな? あ、やっぱりそうだ」
 カメラに映った二人を見てお母さんがボタンを押す。
 わたしは玄関へと急いだ。
 スカートがなんだかすーすーする……!
 普段ズボンばっかりだったから、変な感じだ。
 ドキドキしながらドアを開けると、紫音くんと蒼太くんが並んで立っていた。
 なんだか慣れなくて緊張する。
 わたしは二人の顔をうまく見ることが出来なくて、ちょっと俯いてしまった。
「じゃ、ひなちゃん借りていきますね」
「ええ。いってらっしゃい~」
 紫音くんとお母さんがさっくりとそんなやり取りをする。
 わたしはお母さんに手を振って、蒼太くんたちの隣に急いだ。
「今日なんかひなちゃん雰囲気違うね。髪の毛もくりんってしててかわいい~」
「あ、ありがと……!」
 さっきは何も言われなかったのに、エレベーターの中で突然紫音くんが笑顔で褒めてくれる。
 まさか髪型にまで言及してくれるとは思っていなくて、わたしは顔が熱くなる。
 う……絶対に赤くなってる。
 手でパタパタと顔を仰ぐと、蒼太くんも何か言いたげにこっちを見ていた。
 ばちりと目が合う。
「……か、かわいいと、思う」
「! ありがとう……」
 プシュウと頭から湯気が出ているんじゃないだろうか。
 そのくらい恥ずかしくて、そして自分で言ったのに蒼太くんも顔を真っ赤にしている。
 エレベーターの中のこのなんとも言えない緊張感と相まって、もう暑くてしょうがない。
「くく……いやほんと……かわいいねぇ」
 入口のところにいる紫音くんは、震える背中しか見えないけど楽しそうだ。
 わたしはその緊張がなかなか解けないまま、蒼太くんとギクシャクと会話をしながらゲームが置いてある大きなお店を目指した。
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