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【4】ループ令嬢 エクレール
王宮のお茶会
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「ごきげんよう、エクレール嬢」
「お久しぶりです。王妃殿下、ロアン殿下」
いつもより着飾ったエクレールは、王宮の一室に通されていた。
そこにはロアンと彼の母である王妃がすでに着席している。
深くお辞儀をした後、王宮の侍女に案内されるままにエクレールはロアンの隣の席へと腰掛ける。
相変わらず、美しい容貌の王子だ。
素っ気ない横顔をちらりと一瞥した後、エクレールは王妃の方へと向き直った。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
「あらやだ。エクレール嬢ったら、いつまで経っても他人行儀ね。私たちは親娘になるのだから、もう少し砕けてもいいのよ?」
「ありがとうございます」
王妃はロアンと同じ金の髪を持つ美しい女性だ。元々の出自も申し分のない彼女は、それこそ完璧な王妃だ。
顔に笑顔を張り付けて、エクレールは返事をした。
1回目、ロアンのことが大好きだったエクレールは、王妃に気に入られようとあれこれと努力をした。
その甲斐があったのか、王妃はエクレールを可愛がった。エクレールがつけ上がってしまうほどに。
――だけど、助けてはくれなかった。
エクレールが苦境に陥ったとき、切り捨てたのはこの人も同じ。勿論、馬鹿なことをしでかしたのは自分自身なのだから、王妃を恨んではいない。
ただ、こうして躊躇してしまう位には、あの日の王妃の顔が脳裏にこびりついている。
「ほらロアン! 可愛らしい婚約者がきたのですよ。少しぐらい愛想をよくしたらどうなのです」
王妃はそう言って、無表情で紅茶を飲む息子をやんわりと叱責する。
(本当に……)
ロアンのことを見つめながら、エクレールは自らも紅茶を口に運んだ。
彼の態度は、一貫して変わらない。
別に無視をされたり、意地の悪いことをされたりする訳ではない。
話しかければ応えてくれるし、公の場ではきちんと婚約者として過ごしている。
(過去のわたくしは、ロアン殿下のことをどうしてあそこまで盲目的に好きだったのかしら)
――それだけ。
それだけなのだ。
ロアンはエクレールだけではなく、他の令嬢たちにも何の関心も示さない。
過去のエクレールは、彼のどこに惚れたのだろうかと、本人がこうして首を傾げるくらいには。
「ロアン殿下。お忙しいところにお時間をとっていただいてありがとうございます。最近、とてもお忙しいのでしょう。殿下の兵法についてのご慧眼は大変素晴らしいとトーマス先生から聞き及んでおります」
「! エクレール嬢もトーマス先生をご存知なのか」
「はい。実はわたくしも、先生に教えを乞うておりますの」
「そうだったのか」
エクレールの言葉に、ロアンは珍しく目を輝かせる。
トーマスとはエクレールが師事する家庭教師であり、ロアンの師でもあるらしい。
これまでは学んでいなかった分野であるため、この繋がりを知ったのは今回が初めてだ。
「君は先生の最新の論文を読んだか?」
「はい。隣国との国境警備についての考察でしたわよね。大変ためになりましたわ」
「そうだな、私もそう思う。だが、まだ考察の余地があると思う。例えば――」
「……まあ! 貴方たち、共通のお話があったのね。せっかくだから二人でお話をしてはどう? わたくしは退席するわ」
いつになく雄弁なロアンの様子に、驚いたのはエクレールだけではなかったらしい。
王妃は満面の笑みを浮かべると、あとは若いふたりで、とお決まりの台詞を述べて、部屋を立ち去ってしまった。
ついでに部屋に控えていた侍女たちまでも下がらせてしまったため、室内にはロアンとエクレールだけが残される。
王妃なりに、気を遣ったのだろう。
「……意外だった。君も兵法に興味があったのだな」
ロアンの青い瞳は、真っ直ぐにエクレールを見ていた。彼の瞳にエクレールが映っていて、こうして対等に話をしている。
ただそれだけの事なのに、エクレールは一瞬だけ泣きたくなるような衝撃を受けた。
「ふふ、兵法だけではありませんわ。あらゆることを学んでおります」
「それは……王妃教育の一貫か?」
訝しげな顔をするロアンと見つめあったまま、エクレールは笑顔でゆっくりと首を横に振った。
図らずも、周囲には誰もいない。
少なくとも室内には影が潜んでいるような気配もない。
エクレールは、大きな賭けに出ることにした。
意を決して口を開く。
「――いいえ。ロアン殿下、わたくしは貴方の妃になるつもりはありません」
エクレールがそう告げると、ロアンの瞳はみるみる大きく見開かれたのだった。
「お久しぶりです。王妃殿下、ロアン殿下」
いつもより着飾ったエクレールは、王宮の一室に通されていた。
そこにはロアンと彼の母である王妃がすでに着席している。
深くお辞儀をした後、王宮の侍女に案内されるままにエクレールはロアンの隣の席へと腰掛ける。
相変わらず、美しい容貌の王子だ。
素っ気ない横顔をちらりと一瞥した後、エクレールは王妃の方へと向き直った。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
「あらやだ。エクレール嬢ったら、いつまで経っても他人行儀ね。私たちは親娘になるのだから、もう少し砕けてもいいのよ?」
「ありがとうございます」
王妃はロアンと同じ金の髪を持つ美しい女性だ。元々の出自も申し分のない彼女は、それこそ完璧な王妃だ。
顔に笑顔を張り付けて、エクレールは返事をした。
1回目、ロアンのことが大好きだったエクレールは、王妃に気に入られようとあれこれと努力をした。
その甲斐があったのか、王妃はエクレールを可愛がった。エクレールがつけ上がってしまうほどに。
――だけど、助けてはくれなかった。
エクレールが苦境に陥ったとき、切り捨てたのはこの人も同じ。勿論、馬鹿なことをしでかしたのは自分自身なのだから、王妃を恨んではいない。
ただ、こうして躊躇してしまう位には、あの日の王妃の顔が脳裏にこびりついている。
「ほらロアン! 可愛らしい婚約者がきたのですよ。少しぐらい愛想をよくしたらどうなのです」
王妃はそう言って、無表情で紅茶を飲む息子をやんわりと叱責する。
(本当に……)
ロアンのことを見つめながら、エクレールは自らも紅茶を口に運んだ。
彼の態度は、一貫して変わらない。
別に無視をされたり、意地の悪いことをされたりする訳ではない。
話しかければ応えてくれるし、公の場ではきちんと婚約者として過ごしている。
(過去のわたくしは、ロアン殿下のことをどうしてあそこまで盲目的に好きだったのかしら)
――それだけ。
それだけなのだ。
ロアンはエクレールだけではなく、他の令嬢たちにも何の関心も示さない。
過去のエクレールは、彼のどこに惚れたのだろうかと、本人がこうして首を傾げるくらいには。
「ロアン殿下。お忙しいところにお時間をとっていただいてありがとうございます。最近、とてもお忙しいのでしょう。殿下の兵法についてのご慧眼は大変素晴らしいとトーマス先生から聞き及んでおります」
「! エクレール嬢もトーマス先生をご存知なのか」
「はい。実はわたくしも、先生に教えを乞うておりますの」
「そうだったのか」
エクレールの言葉に、ロアンは珍しく目を輝かせる。
トーマスとはエクレールが師事する家庭教師であり、ロアンの師でもあるらしい。
これまでは学んでいなかった分野であるため、この繋がりを知ったのは今回が初めてだ。
「君は先生の最新の論文を読んだか?」
「はい。隣国との国境警備についての考察でしたわよね。大変ためになりましたわ」
「そうだな、私もそう思う。だが、まだ考察の余地があると思う。例えば――」
「……まあ! 貴方たち、共通のお話があったのね。せっかくだから二人でお話をしてはどう? わたくしは退席するわ」
いつになく雄弁なロアンの様子に、驚いたのはエクレールだけではなかったらしい。
王妃は満面の笑みを浮かべると、あとは若いふたりで、とお決まりの台詞を述べて、部屋を立ち去ってしまった。
ついでに部屋に控えていた侍女たちまでも下がらせてしまったため、室内にはロアンとエクレールだけが残される。
王妃なりに、気を遣ったのだろう。
「……意外だった。君も兵法に興味があったのだな」
ロアンの青い瞳は、真っ直ぐにエクレールを見ていた。彼の瞳にエクレールが映っていて、こうして対等に話をしている。
ただそれだけの事なのに、エクレールは一瞬だけ泣きたくなるような衝撃を受けた。
「ふふ、兵法だけではありませんわ。あらゆることを学んでおります」
「それは……王妃教育の一貫か?」
訝しげな顔をするロアンと見つめあったまま、エクレールは笑顔でゆっくりと首を横に振った。
図らずも、周囲には誰もいない。
少なくとも室内には影が潜んでいるような気配もない。
エクレールは、大きな賭けに出ることにした。
意を決して口を開く。
「――いいえ。ロアン殿下、わたくしは貴方の妃になるつもりはありません」
エクレールがそう告げると、ロアンの瞳はみるみる大きく見開かれたのだった。
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