12 / 17
【3】お飾り王妃 シャルロット
あの日の夢
しおりを挟む
――――――
―――……
シャルロットは、花が咲き誇る広い庭園にいた。ああ、夢だ、と自分でも分かる。
だってこの広い庭園は祖国のものだ。
王宮の庭園にはいつもたくさんの花が咲き誇っていて、シャルロットはそこを駆け回るのが好きだった。
『姫さま!』
怒っているのは、侍女のシュゼットだ。
ふわりふわりと舞うように駆けるシャルロットを懸命に追いかけている。
――ああ、これはまだ幼い日の私だ。
流石に十五歳で成人してからは、こうして駆け回ることなんてしなかった。
夢の中の自分を俯瞰で見ながらも、目に映る光景はあの日のままキラキラしている。
『きゃあ!』
『わっ……!』
シュゼットに気を取られていたシャルロットは、薔薇園の生垣を曲がったところで何かにぶつかってしまった。
身体が倒れてゆくのが分かって咄嗟に目を閉じたけれど、そこまで痛くはない。
シャルロットが恐る恐る目を開けると、こちらを見つめる青い瞳とぱっちりと目が合った。
さらりとした金髪が青い芝生によく映える。
金の刺繍や装飾が施された白い礼服からして、この少年が只者ではないことは一目瞭然だった。
『……姫さま! まあ、これは……!』
『殿下、大丈夫ですか⁉︎』
シュゼットの慌てた声と、少年の後ろから現れた騎士のような男が狼狽える姿。
そして、しばらく目をぱちぱちと瞬いていたシャルロットは、自分が少年に馬乗りになっていることに気がついて、慌てて立ち上がった。
……正確には、立ちあがろうとした。
『痛……っ、あ、髪が……』
シャルロットの桃色の髪が、少年の礼服のボタンに絡まってしまっていて、シャルロットは立ち上がることが叶わない。
また馬乗りの状況に戻ったところで、呆気に取られていたような様子の少年は、上体を起こした。
『も、申し訳ありません。お客さま。あの、私の髪が絡まってしまっていて……。シュゼット、ナイフか何かはない? あ、騎士さまに切っていただこうかしら』
絡まる髪をあたふたと解こうとするシャルロットだが、慌てれば慌てるほど、なかなかうまくいかない。
これはもう髪を切り落とすしかないと思った所で、シャルロットの指先に少年が優しく触れた。
『せっかくの綺麗な髪です。切るのはもったいない。こちらこそ前を見ていなくて、申し訳ありませんでした』
礼儀正しくそう告げると、少年の手はシャルロットの手をボタンから離す。そして、躊躇なく自らの服の装飾をぶちりと千切りとった。
『え……、あの、お客さま』
『私の服がごちゃごちゃとしていたせいで、申し訳ありません。綺麗にほどけたらいいのですが』
差し出されたその装飾を受け取りながら、シャルロットは目を丸くする。
先ほど、この少年の護衛の騎士が"殿下"と呼んでいたのをシャルロットはちゃんと聞いていた。
今日は、賓客が来ると城内は準備に追われていた。だからこそ、その隙を縫ってシャルロットは庭園に飛び出したのだ。
誰が来るのか、シャルロットは知らされていなかった。「お前は部屋にいなさい」と父や母にきつく命じられていたからだ。
来客がある度、兄王子たちと違って、シャルロットは絶対に外に出ないように言いつけられる。
その理由は分からないままだ。
『ありがとう、ございます』
ようやく立ち上がったシャルロットは、ぺこりと礼をする。隣に立つシュゼットの顔色がすこぶる悪い気がするが、理由が分からない。
『――名を、教えていただけますか』
『私ですか? 私は、シャルロット=リヴィエーヌと申します。この国の第一王女です』
『シャルロット……姫……』
『貴方は?』
シャルロットの名を反芻した後、少年はハッとしたように顔を上げる。
『私は――――――』
名前を告げる少年の金の髪が風に揺れて、とても綺麗だった。
―――……
シャルロットは、花が咲き誇る広い庭園にいた。ああ、夢だ、と自分でも分かる。
だってこの広い庭園は祖国のものだ。
王宮の庭園にはいつもたくさんの花が咲き誇っていて、シャルロットはそこを駆け回るのが好きだった。
『姫さま!』
怒っているのは、侍女のシュゼットだ。
ふわりふわりと舞うように駆けるシャルロットを懸命に追いかけている。
――ああ、これはまだ幼い日の私だ。
流石に十五歳で成人してからは、こうして駆け回ることなんてしなかった。
夢の中の自分を俯瞰で見ながらも、目に映る光景はあの日のままキラキラしている。
『きゃあ!』
『わっ……!』
シュゼットに気を取られていたシャルロットは、薔薇園の生垣を曲がったところで何かにぶつかってしまった。
身体が倒れてゆくのが分かって咄嗟に目を閉じたけれど、そこまで痛くはない。
シャルロットが恐る恐る目を開けると、こちらを見つめる青い瞳とぱっちりと目が合った。
さらりとした金髪が青い芝生によく映える。
金の刺繍や装飾が施された白い礼服からして、この少年が只者ではないことは一目瞭然だった。
『……姫さま! まあ、これは……!』
『殿下、大丈夫ですか⁉︎』
シュゼットの慌てた声と、少年の後ろから現れた騎士のような男が狼狽える姿。
そして、しばらく目をぱちぱちと瞬いていたシャルロットは、自分が少年に馬乗りになっていることに気がついて、慌てて立ち上がった。
……正確には、立ちあがろうとした。
『痛……っ、あ、髪が……』
シャルロットの桃色の髪が、少年の礼服のボタンに絡まってしまっていて、シャルロットは立ち上がることが叶わない。
また馬乗りの状況に戻ったところで、呆気に取られていたような様子の少年は、上体を起こした。
『も、申し訳ありません。お客さま。あの、私の髪が絡まってしまっていて……。シュゼット、ナイフか何かはない? あ、騎士さまに切っていただこうかしら』
絡まる髪をあたふたと解こうとするシャルロットだが、慌てれば慌てるほど、なかなかうまくいかない。
これはもう髪を切り落とすしかないと思った所で、シャルロットの指先に少年が優しく触れた。
『せっかくの綺麗な髪です。切るのはもったいない。こちらこそ前を見ていなくて、申し訳ありませんでした』
礼儀正しくそう告げると、少年の手はシャルロットの手をボタンから離す。そして、躊躇なく自らの服の装飾をぶちりと千切りとった。
『え……、あの、お客さま』
『私の服がごちゃごちゃとしていたせいで、申し訳ありません。綺麗にほどけたらいいのですが』
差し出されたその装飾を受け取りながら、シャルロットは目を丸くする。
先ほど、この少年の護衛の騎士が"殿下"と呼んでいたのをシャルロットはちゃんと聞いていた。
今日は、賓客が来ると城内は準備に追われていた。だからこそ、その隙を縫ってシャルロットは庭園に飛び出したのだ。
誰が来るのか、シャルロットは知らされていなかった。「お前は部屋にいなさい」と父や母にきつく命じられていたからだ。
来客がある度、兄王子たちと違って、シャルロットは絶対に外に出ないように言いつけられる。
その理由は分からないままだ。
『ありがとう、ございます』
ようやく立ち上がったシャルロットは、ぺこりと礼をする。隣に立つシュゼットの顔色がすこぶる悪い気がするが、理由が分からない。
『――名を、教えていただけますか』
『私ですか? 私は、シャルロット=リヴィエーヌと申します。この国の第一王女です』
『シャルロット……姫……』
『貴方は?』
シャルロットの名を反芻した後、少年はハッとしたように顔を上げる。
『私は――――――』
名前を告げる少年の金の髪が風に揺れて、とても綺麗だった。
6
お気に入りに追加
1,251
あなたにおすすめの小説
殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。
真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。
そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが…
7万文字くらいのお話です。
よろしくお願いいたしますm(__)m
頑張らない政略結婚
ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」
結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。
好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。
ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ!
五話完結、毎日更新
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
公爵令嬢の立場を捨てたお姫様
羽衣 狐火
恋愛
公爵令嬢は暇なんてないわ
舞踏会
お茶会
正妃になるための勉強
…何もかもうんざりですわ!もう公爵令嬢の立場なんか捨ててやる!
王子なんか知りませんわ!
田舎でのんびり暮らします!
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
婚約者の浮気から、どうしてこうなった?
下菊みこと
恋愛
なにがどうしてかそうなったお話。
婚約者と浮気相手は微妙にざまぁ展開。多分主人公の一人勝ち。婚約者に裏切られてから立場も仕事もある意味恵まれたり、思わぬ方からのアプローチがあったり。
小説家になろう様でも投稿しています。
王太子エンドを迎えたはずのヒロインが今更私の婚約者を攻略しようとしているけどさせません
黒木メイ
恋愛
日本人だった頃の記憶があるクロエ。
でも、この世界が乙女ゲームに似た世界だとは知らなかった。
知ったのはヒロインらしき人物が落とした『攻略ノート』のおかげ。
学園も卒業して、ヒロインは王太子エンドを無事に迎えたはずなんだけど……何故か今になってヒロインが私の婚約者に近づいてきた。
いったい、何を考えているの?!
仕方ない。現実を見せてあげましょう。
と、いうわけでクロエは婚約者であるダニエルに告げた。
「しばらくの間、実家に帰らせていただきます」
突然告げられたクロエ至上主義なダニエルは顔面蒼白。
普段使わない頭を使ってクロエに戻ってきてもらう為に奮闘する。
※わりと見切り発車です。すみません。
※小説家になろう様にも掲載。(7/21異世界転生恋愛日間1位)
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる