11 / 17
【3】お飾り王妃 シャルロット
三年間
しおりを挟む
「……なるほどシャルロット妃……いえ、シャル様は亡命のような形でこの国に来たのですね。次回までに、わたくしの方でも情報を集めておきます」
「うふふ。内緒よ? 私、死んだことになっているらしいから」
「はい。わかりました」
シャルロットの部屋に素早く設けられたお茶会のようなセットで優雅なティータイムを楽しみながら、ふたりは情報を交換した。
まずは、シャルロットがここに来た経緯を。
レリアが抱えていたバスケットの中には茶葉や見知らぬ菓子が入っていて、あっという間にセッティングが整った。
そしてふたりは、銀製のティーセットで香り高い紅茶を楽しむ。
ここ三年で、一番美味しいお茶だとシャルロットは思った。
「この銀製の食器類はシャル様に差し上げます。毒物の類が混入した場合、黒く変色しますのでその場合は何も口にしないでください」
「まあ……ありがとう、レイ。何から何まで」
「毒見役もいないだなんて……この離宮の警備体制にも少し手を回させていただきます」
はきはきと話すエクレールの様子を、シャルロットはまじまじと見つめる。
銀髪の美しい少女。確か、今年で十四歳だと言っていた。自分よりも四つも歳下なのに、彼女の瞳や表情は、年齢よりもずっと大人びて冷静に見える。
それこそ、六度も生を繰り返したというのであれば、彼女はその身の中に何十年も過ごした記憶があるのだ。
「私に、何か協力できることがあるかしら。ご覧のとおり、私には何もないの。この離宮でなんとなく生きているだけなのに、貴女の力になれることなんて、あるのかしら」
「姫さま……」
シャルロットは、言いながら力なく微笑んだ。
同席していた侍女のシュゼットは、思わず口から言葉が溢れた。仕えている姫――いまは妃だが、その彼女の表情が暗くなったのを見逃さなかった。
戦火に巻き込まれなければ、輝く美貌の妖精姫として、どこか大国に正妃として嫁ぎ、華やかな暮らしも出来ただろう。それくらい、彼女は周囲に愛されていた。光の差す場所にいた。
それなのに、現状はこの寂れた離宮に侍女がひとりだけの状態で三年も閉じ込められている。門番のような者もいるにはいるが、警備は手薄だ。
食事だって、王族として暮らしていた頃とは比較にならないほど質素で、王宮から与えられる食材を元になんとかシュゼットがやりくりしている始末だ。
それでもこの健気な姫は、この扱いに文句を言わずに、毎日にこにこと笑顔で過ごしているのだ。「この国に危ない所を助けてもらったのだから」と。
「っ、エクレール様……どうか、どうか姫さまをお救いください……!」
「シュゼット⁉︎ どうしたの」
急に床に這いつくばるような姿でエクレールに頭を下げる侍女の姿に、シャルロットは慌てて席を立つ。
急いでその手を引くと、侍女はぼろぼろと涙を流していた。
「私は……悔しいです。姫さまが、誰よりも幸せになれるはずだった姫さまが……! それに、結局謀略で命を落とすだなんて……!」
「シュゼット……ありがとう。私のことを、心配してくれているのね」
堰を切ったようにすすり泣く侍女の背中を、シャルロットは優しく撫でる。
いつもは厳しい顔をしてシャルロットを嗜めているシュゼットが、このように感情を爆発させる姿を見ることは初めてだ。
「――シャル様。シュゼットさん」
凛としたエクレールの声に、地べたに座りこんでいたふたりは顔をあげる。
背後から射す朝日が後光のようにエクレールを照らして、まるで女神のようだ。
「わたくしにとっても、シャル様の存在がようやく見つけた救いの道だと確信しています。なのでまた、お話を聞かせてください。お二人のお話が、糸口になる筈です」
「ええ、勿論。私で力になれることならば」
立ち上がったエクレールは、二人に頭を下げると、控えていた侍女のレリアに向かって目配せをする。それを合図に、彼女は帰り支度を整え始めた。
――もう帰る時間のようだ。
「また来ます。必ず。そして次に来るときまでに、シャル様にはこの人のことを思い出していただきたいと思っています」
ふたりが窓から飛び去る前に、レリアから渡されたのは、誰かの人物画だった。
そこに描かれていたのは、金髪碧眼の――どこか見覚えのある人物の姿だった。
「……ロアン=パラディール、第一王子……」
その夜。絵姿に添えられていた名前を読み上げながら、シャルロットはゆっくりと瞳を閉じた。
「うふふ。内緒よ? 私、死んだことになっているらしいから」
「はい。わかりました」
シャルロットの部屋に素早く設けられたお茶会のようなセットで優雅なティータイムを楽しみながら、ふたりは情報を交換した。
まずは、シャルロットがここに来た経緯を。
レリアが抱えていたバスケットの中には茶葉や見知らぬ菓子が入っていて、あっという間にセッティングが整った。
そしてふたりは、銀製のティーセットで香り高い紅茶を楽しむ。
ここ三年で、一番美味しいお茶だとシャルロットは思った。
「この銀製の食器類はシャル様に差し上げます。毒物の類が混入した場合、黒く変色しますのでその場合は何も口にしないでください」
「まあ……ありがとう、レイ。何から何まで」
「毒見役もいないだなんて……この離宮の警備体制にも少し手を回させていただきます」
はきはきと話すエクレールの様子を、シャルロットはまじまじと見つめる。
銀髪の美しい少女。確か、今年で十四歳だと言っていた。自分よりも四つも歳下なのに、彼女の瞳や表情は、年齢よりもずっと大人びて冷静に見える。
それこそ、六度も生を繰り返したというのであれば、彼女はその身の中に何十年も過ごした記憶があるのだ。
「私に、何か協力できることがあるかしら。ご覧のとおり、私には何もないの。この離宮でなんとなく生きているだけなのに、貴女の力になれることなんて、あるのかしら」
「姫さま……」
シャルロットは、言いながら力なく微笑んだ。
同席していた侍女のシュゼットは、思わず口から言葉が溢れた。仕えている姫――いまは妃だが、その彼女の表情が暗くなったのを見逃さなかった。
戦火に巻き込まれなければ、輝く美貌の妖精姫として、どこか大国に正妃として嫁ぎ、華やかな暮らしも出来ただろう。それくらい、彼女は周囲に愛されていた。光の差す場所にいた。
それなのに、現状はこの寂れた離宮に侍女がひとりだけの状態で三年も閉じ込められている。門番のような者もいるにはいるが、警備は手薄だ。
食事だって、王族として暮らしていた頃とは比較にならないほど質素で、王宮から与えられる食材を元になんとかシュゼットがやりくりしている始末だ。
それでもこの健気な姫は、この扱いに文句を言わずに、毎日にこにこと笑顔で過ごしているのだ。「この国に危ない所を助けてもらったのだから」と。
「っ、エクレール様……どうか、どうか姫さまをお救いください……!」
「シュゼット⁉︎ どうしたの」
急に床に這いつくばるような姿でエクレールに頭を下げる侍女の姿に、シャルロットは慌てて席を立つ。
急いでその手を引くと、侍女はぼろぼろと涙を流していた。
「私は……悔しいです。姫さまが、誰よりも幸せになれるはずだった姫さまが……! それに、結局謀略で命を落とすだなんて……!」
「シュゼット……ありがとう。私のことを、心配してくれているのね」
堰を切ったようにすすり泣く侍女の背中を、シャルロットは優しく撫でる。
いつもは厳しい顔をしてシャルロットを嗜めているシュゼットが、このように感情を爆発させる姿を見ることは初めてだ。
「――シャル様。シュゼットさん」
凛としたエクレールの声に、地べたに座りこんでいたふたりは顔をあげる。
背後から射す朝日が後光のようにエクレールを照らして、まるで女神のようだ。
「わたくしにとっても、シャル様の存在がようやく見つけた救いの道だと確信しています。なのでまた、お話を聞かせてください。お二人のお話が、糸口になる筈です」
「ええ、勿論。私で力になれることならば」
立ち上がったエクレールは、二人に頭を下げると、控えていた侍女のレリアに向かって目配せをする。それを合図に、彼女は帰り支度を整え始めた。
――もう帰る時間のようだ。
「また来ます。必ず。そして次に来るときまでに、シャル様にはこの人のことを思い出していただきたいと思っています」
ふたりが窓から飛び去る前に、レリアから渡されたのは、誰かの人物画だった。
そこに描かれていたのは、金髪碧眼の――どこか見覚えのある人物の姿だった。
「……ロアン=パラディール、第一王子……」
その夜。絵姿に添えられていた名前を読み上げながら、シャルロットはゆっくりと瞳を閉じた。
5
お気に入りに追加
1,251
あなたにおすすめの小説
頑張らない政略結婚
ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」
結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。
好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。
ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ!
五話完結、毎日更新
殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。
真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。
そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが…
7万文字くらいのお話です。
よろしくお願いいたしますm(__)m
王太子エンドを迎えたはずのヒロインが今更私の婚約者を攻略しようとしているけどさせません
黒木メイ
恋愛
日本人だった頃の記憶があるクロエ。
でも、この世界が乙女ゲームに似た世界だとは知らなかった。
知ったのはヒロインらしき人物が落とした『攻略ノート』のおかげ。
学園も卒業して、ヒロインは王太子エンドを無事に迎えたはずなんだけど……何故か今になってヒロインが私の婚約者に近づいてきた。
いったい、何を考えているの?!
仕方ない。現実を見せてあげましょう。
と、いうわけでクロエは婚約者であるダニエルに告げた。
「しばらくの間、実家に帰らせていただきます」
突然告げられたクロエ至上主義なダニエルは顔面蒼白。
普段使わない頭を使ってクロエに戻ってきてもらう為に奮闘する。
※わりと見切り発車です。すみません。
※小説家になろう様にも掲載。(7/21異世界転生恋愛日間1位)
【完結】昨日までの愛は虚像でした
鬼ヶ咲あちたん
恋愛
公爵令息レアンドロに体を暴かれてしまった侯爵令嬢ファティマは、純潔でなくなったことを理由に、レアンドロの双子の兄イグナシオとの婚約を解消されてしまう。その結果、元凶のレアンドロと結婚する羽目になったが、そこで知らされた元婚約者イグナシオの真の姿に慄然とする。
婚約者が実は私を嫌っていたので、全て忘れる事にしました
Kouei
恋愛
私セイシェル・メルハーフェンは、
あこがれていたルパート・プレトリア伯爵令息と婚約できて幸せだった。
ルパート様も私に歩み寄ろうとして下さっている。
けれど私は聞いてしまった。ルパート様の本音を。
『我慢するしかない』
『彼女といると疲れる』
私はルパート様に嫌われていたの?
本当は厭わしく思っていたの?
だから私は決めました。
あなたを忘れようと…
※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。
猛禽令嬢は王太子の溺愛を知らない
高遠すばる
恋愛
幼い頃、婚約者を庇って負った怪我のせいで目つきの悪い猛禽令嬢こと侯爵令嬢アリアナ・カレンデュラは、ある日、この世界は前世の自分がプレイしていた乙女ゲーム「マジカル・愛ラブユー」の世界で、自分はそのゲームの悪役令嬢だと気が付いた。
王太子であり婚約者でもあるフリードリヒ・ヴァン・アレンドロを心から愛しているアリアナは、それが破滅を呼ぶと分かっていてもヒロインをいじめることをやめられなかった。
最近ではフリードリヒとの仲もギクシャクして、目すら合わせてもらえない。
あとは断罪を待つばかりのアリアナに、フリードリヒが告げた言葉とはーー……!
積み重なった誤解が織りなす、溺愛・激重感情ラブコメディ!
※王太子の愛が重いです。
悪役令嬢が残した破滅の種
八代奏多
恋愛
妹を虐げていると噂されていた公爵令嬢のクラウディア。
そんな彼女が婚約破棄され国外追放になった。
その事実に彼女を疎ましく思っていた周囲の人々は喜んだ。
しかし、その日を境に色々なことが上手く回らなくなる。
断罪した者は次々にこう口にした。
「どうか戻ってきてください」
しかし、クラウディアは既に隣国に心地よい居場所を得ていて、戻る気は全く無かった。
何も知らずに私欲のまま断罪した者達が、破滅へと向かうお話し。
※小説家になろう様でも連載中です。
9/27 HOTランキング1位、日間小説ランキング3位に掲載されました。ありがとうございます。
【完結】美しい人。
❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」
「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」
「ねえ、返事は。」
「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」
彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる