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【2】ループ令嬢 エクレール
今度こそ、
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五度目の生。
四度目と同じ轍を踏まないように下調べを入念に行ったエクレールは、こっそり忍び込んだ王宮で偶然知ってしまった事実がある。
そしてそれを確かめるため、第二王子ノエルをお供に初めて足を踏み入れた寂れた離宮で――エクレールは妖精のような妃を見た。
『……あれが……シャルロット妃……』
その時ノエルがぽつりと呟いた言葉を、エクレールは即座に記憶に刻む。
桃色の髪に、陶器のような滑らかな肌。手入れが十分とは言えない雑然とした庭園で、ただ一箇所設けられた花壇のそばで、柔らかく微笑む姿。
これまでもそれからも、彼女のことを公の場で目にする事は無かったが、彼女の存在を知った事はループし続けるエクレールにとって初めての変化だった。
そしてその姿は、あの伯爵令嬢パルミエともどこか重なる。
(もしかして――これは……)
第一王子ロアンの母である第一妃は侯爵家から嫁いできている。そして第二王子ノエルの母である第二妃の生家は身分が低い男爵家だ。
ふたりの妃の折り合いが悪く、度々衝突していることは、貴族であれば皆知っていた。
身分や立場からすると第一妃の方が完全に上回っているように思えるが、国王陛下の寵愛はどちらかと言えば第二妃に向いていた。かつてふたりは恋人だったらしい。
そしてエクレール自身も、ノエルのことを一度目ではかなり蔑んだ扱いをしていたことも事実だった。
そこに加えて、公には秘匿されている第三妃がいたなんて、これまで知らなかったのだ。
『ノエル殿下。あの方を知っていますの?』
『……ああ。母上から、聞いてはいました。新しい妃が来たということだけ。父上……陛下は全くここには立ち寄らないらしいから、最近はもう話にも出て来ないですが……。あれは……』
何か思う事があるのか、ノエルはシャルロットの様子に釘付けになっていた。
すると年嵩の侍女がシャルロットの元へとやってきて、何やら会話をするとふたりで離宮の中へと戻る。
そのシャルロットが儚くなったとノエルからこっそり知らされたのは、それから一年後。
エクレールがデビュタントを一週間後に控えた十五歳の秋だった。
そしてまたその五度目のデビュタントで、ロアンはシャルロット妃を模したかのような造形のパルミエ伯爵令嬢と出会い、惹かれてゆく。
――これは、果たして本当に偶然なのだろうか。
『エクレール……また、守れなくて、ごめん……』
雨が降っている音がする。
確か今日は、レリアと共に町にお忍びで出かけたのだったか。
なかなか目的地に辿り着かず、焦れて窓の外を見ると、そこは町ではなく何もない草原だった。
……もうエクレールの視界には何も映らないが、薄れゆく意識の中で再びあの声を聞く。
――大丈夫、貴方とはまた会えるわ。
咄嗟にそんなことを考えながら、エクレールはまた意識を手放した。
◇
「お嬢さま、お早うございます」
「……ええ、おはよう」
悪夢のような五度の生を終え、エクレールは六度目の十歳の朝を迎えていた。
もはや慣れたもので、何事もなかったかのように十歳の自分へと同期する。
(前回は……これまでにない収穫があったわ)
過去五回と合わせて、今後の最適な行動プランを早速練る。
もちろん今日は、第一王子ロアンとの婚約の日だ。
彼と婚約しようがしまいが展開は変わらない。そうであれば、甘んじて受け入れることにする。
――そうすれば、王宮への出入りもずっと自然に出来る。
「ドレスは何色にいたしましょうか」
「そうね……レリアに任せるわ。貴女のセンスは信頼しているの」
「左様でございますか。ありがとうございます」
「あ、ねえ。お願いがあるのだけど」
「なんでございましょうか?」
首を傾げる侍女のレリアに、エクレールの唇はにんまりと弧を描く。
「わたくしのこと、貴女に鍛えてもらいたいの。やはりわたくしも、自分の身は自分で守れるようになりたいわ。貴女に迷惑をかけないように」
「……え、お嬢さま……?」
「あなた、本当は侍女じゃなくて護衛なのでしょう。それも凄腕の」
なのに、何度もエクレールのせいで死なせてしまった。前回は身動きの取れないエクレールを庇ったために、その命を散らしてしまった。
「お願い、レリア。わたくしに付き合ってくれないかしら。どうしても果たさなければならない、目的があるの!」
「……分かりました。事情は説明していただけますか」
「ええ、勿論よ」
六度目の今回こそ、未来を変えてみせる。
情報収集をしっかりとしながら、自らも鍛えて、襲撃に耐え得る身体を作らなければ。筋肉は大事だと、いつか何度目かの生で誰かが言っていた。
エクレールは侍女のレリアと固い握手を交わす。
そして身に秘めていた隠し事を、この侍女には全て打ち明けることにした。
そしてここからエクレールは、両親に心配されるほどの鍛錬を積んだ。
しなやかな身体に人知れず筋肉を宿した公爵令嬢が誕生し、難なくあの閉ざされた離宮へと単身侵入出来るようになったのだった。
四度目と同じ轍を踏まないように下調べを入念に行ったエクレールは、こっそり忍び込んだ王宮で偶然知ってしまった事実がある。
そしてそれを確かめるため、第二王子ノエルをお供に初めて足を踏み入れた寂れた離宮で――エクレールは妖精のような妃を見た。
『……あれが……シャルロット妃……』
その時ノエルがぽつりと呟いた言葉を、エクレールは即座に記憶に刻む。
桃色の髪に、陶器のような滑らかな肌。手入れが十分とは言えない雑然とした庭園で、ただ一箇所設けられた花壇のそばで、柔らかく微笑む姿。
これまでもそれからも、彼女のことを公の場で目にする事は無かったが、彼女の存在を知った事はループし続けるエクレールにとって初めての変化だった。
そしてその姿は、あの伯爵令嬢パルミエともどこか重なる。
(もしかして――これは……)
第一王子ロアンの母である第一妃は侯爵家から嫁いできている。そして第二王子ノエルの母である第二妃の生家は身分が低い男爵家だ。
ふたりの妃の折り合いが悪く、度々衝突していることは、貴族であれば皆知っていた。
身分や立場からすると第一妃の方が完全に上回っているように思えるが、国王陛下の寵愛はどちらかと言えば第二妃に向いていた。かつてふたりは恋人だったらしい。
そしてエクレール自身も、ノエルのことを一度目ではかなり蔑んだ扱いをしていたことも事実だった。
そこに加えて、公には秘匿されている第三妃がいたなんて、これまで知らなかったのだ。
『ノエル殿下。あの方を知っていますの?』
『……ああ。母上から、聞いてはいました。新しい妃が来たということだけ。父上……陛下は全くここには立ち寄らないらしいから、最近はもう話にも出て来ないですが……。あれは……』
何か思う事があるのか、ノエルはシャルロットの様子に釘付けになっていた。
すると年嵩の侍女がシャルロットの元へとやってきて、何やら会話をするとふたりで離宮の中へと戻る。
そのシャルロットが儚くなったとノエルからこっそり知らされたのは、それから一年後。
エクレールがデビュタントを一週間後に控えた十五歳の秋だった。
そしてまたその五度目のデビュタントで、ロアンはシャルロット妃を模したかのような造形のパルミエ伯爵令嬢と出会い、惹かれてゆく。
――これは、果たして本当に偶然なのだろうか。
『エクレール……また、守れなくて、ごめん……』
雨が降っている音がする。
確か今日は、レリアと共に町にお忍びで出かけたのだったか。
なかなか目的地に辿り着かず、焦れて窓の外を見ると、そこは町ではなく何もない草原だった。
……もうエクレールの視界には何も映らないが、薄れゆく意識の中で再びあの声を聞く。
――大丈夫、貴方とはまた会えるわ。
咄嗟にそんなことを考えながら、エクレールはまた意識を手放した。
◇
「お嬢さま、お早うございます」
「……ええ、おはよう」
悪夢のような五度の生を終え、エクレールは六度目の十歳の朝を迎えていた。
もはや慣れたもので、何事もなかったかのように十歳の自分へと同期する。
(前回は……これまでにない収穫があったわ)
過去五回と合わせて、今後の最適な行動プランを早速練る。
もちろん今日は、第一王子ロアンとの婚約の日だ。
彼と婚約しようがしまいが展開は変わらない。そうであれば、甘んじて受け入れることにする。
――そうすれば、王宮への出入りもずっと自然に出来る。
「ドレスは何色にいたしましょうか」
「そうね……レリアに任せるわ。貴女のセンスは信頼しているの」
「左様でございますか。ありがとうございます」
「あ、ねえ。お願いがあるのだけど」
「なんでございましょうか?」
首を傾げる侍女のレリアに、エクレールの唇はにんまりと弧を描く。
「わたくしのこと、貴女に鍛えてもらいたいの。やはりわたくしも、自分の身は自分で守れるようになりたいわ。貴女に迷惑をかけないように」
「……え、お嬢さま……?」
「あなた、本当は侍女じゃなくて護衛なのでしょう。それも凄腕の」
なのに、何度もエクレールのせいで死なせてしまった。前回は身動きの取れないエクレールを庇ったために、その命を散らしてしまった。
「お願い、レリア。わたくしに付き合ってくれないかしら。どうしても果たさなければならない、目的があるの!」
「……分かりました。事情は説明していただけますか」
「ええ、勿論よ」
六度目の今回こそ、未来を変えてみせる。
情報収集をしっかりとしながら、自らも鍛えて、襲撃に耐え得る身体を作らなければ。筋肉は大事だと、いつか何度目かの生で誰かが言っていた。
エクレールは侍女のレリアと固い握手を交わす。
そして身に秘めていた隠し事を、この侍女には全て打ち明けることにした。
そしてここからエクレールは、両親に心配されるほどの鍛錬を積んだ。
しなやかな身体に人知れず筋肉を宿した公爵令嬢が誕生し、難なくあの閉ざされた離宮へと単身侵入出来るようになったのだった。
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