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17.内縁関係偽装事件―最強のライバル出現!
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夕食を終えて、ソファーでテレビを見ていると後片付けを終えた久恵ちゃんがそばに座った。
「コーヒーを入れてあげよう」
「ありがとうございます。ちょっとご相談があります」
「何? 深刻な顔をして。コーヒーを飲みながら聞こうか」
用意した2人のカップにコーヒーを注ぐ。今日買ってきたモカブレンドだ。モカの特徴が出ていてなかなか出来の良いブレンドだ。
久恵ちゃんは飲みながら話をしてくれた。
専門学校の同じ班のクラスメイトから結婚を前提にしたお付き合いを申し込まれているという。同じ班なので気軽にお話していたらこんなところまで話が進んだということらしい。
どんな人かと聞いたら、有名オーナーシェフの息子さんで大学を卒業してから父親の跡をつごうと一から勉強を始めたらしい。
この前の怪我の時も何回か見舞いに来てくれたようだ。知らなかった!
「いい人みたいじゃないか? 付き合ってみたらどうなの?」
「今はそんな気になれませんとお断りしました。それでも先方は納得がいかないようで、パパに直接お願いしてもいいかと言ってきた」
「僕に直接? なぜ?」
「その人の父親もはじめは母親から相手にされなかったので、父親が直接母親の親の家へ行って、交際をさせてほしいと頼み込んだそうなの。その父親の熱意さに打たれて母親が徐々にその気になって結ばれたということらしいんです」
「その成功体験を父親から吹き込まれている?」
「そうみたいです。有名なシェフで本人も父親を尊敬していて、父親のようになるのを目指しているみたいですから」
「いやなの?」
「ちょっとファザコンみたいで」
「男のファザコンはないと思うけど。父親を尊敬していて父親のようになりたいというのはいい話じゃないか」
「いやなものはいやなんです」
「それで」
「日曜日に訪ねてきて、パパに会いたいと言っているの」
「ずいぶん積極的だね。よっぽど久恵ちゃんが気に入っているんだ」
「どこが気にいられているの? 聞いてみた?」
「母親と性格がそっくりなんだとか」
「そういうところはマザコンかもしれないね」
「そんなの先方の勝手な思い込みです」
「今のところは先方の片思いというところだろうけど」
「けど?」
「前にも話したと思うけど、一方的な片思いはいずれ終わると思う。なぜなら、高まっていかないからいずれは醒めていく。でも、一方が好きになって好きだと伝えると、それに応えるように相手も好きになってくれるようになる。好意を持ってくれる人に好意を持つというのは、自然のことで、恋愛もここから始まると思うけどね」
「好意は分かりますけど、私はどうかというとそんなことにはならないような気がしています」
「まず、相手を好きになったら好きと言わなければ、相手も好きになってくれない。正攻法で来ているのは好感がもてる」
「説得力のある話だけど、それじゃ困るの」
「じゃあ、どうしたいの」
「ここに来てもらって、パパの口からきっぱり断ってもらいたいの!」
「断っても引き下がりそうには思えないけど」
「だから困っているの。でも、いい断り方を考えたから、これなら一発で引くと思う」
「何?」
「私と内縁関係にあるときっぱりと言ってください」
「内縁関係?」
「だって、管理人さんにも妻と言ってあるでしょう。調べれば納得すると思う」
「彼はどこまで僕たちのことを知っているんだ」
「きっと父親に頼んで学校に手をまわして調べたのだと思いますが、ここの住所と叔父と同居していることを知っていました」
「確かに入学手続きの書類に保証人は僕で関係は叔父としていたし、住所と氏名も書いた。久恵ちゃんの住所も同じだからね。先方も本気だね」
「付き合ってみてもいいじゃないの?」
「いやなんです。さっき言ったように本当に好きになったらどうするんですか?」
「それならそれでいいと思うけど」
口ではこう言っているが、内心は複雑な思いだ。本当に好きになることだって十分あり得る。
「いやなものはいやなんです」
それを聞いてホッとした。
「じゃあ、日曜日に会うことにしようじゃないか」
久恵ちゃんをどこの馬の骨とも分からん奴に取られてなるものか!
◆ ◆ ◆
彼が訪ねて来るという日曜日、僕は朝から落ち着かない。「娘をお嫁さんに下さい」と言いに来る彼氏を待っている父親の心境がよく分かる。普通に「娘をよろしくお願いします」と答えるのならまだ気が楽だ。
でも今日は断らなくてはいけない。久恵ちゃんにはとってもいい話だと思うのだが、本人は全くその気がない。僕も大切なものが奪われる気がして気乗りはしない。
よく聞く話だが「どこの馬の骨とも分からん奴に娘がやれるか!」と追い返すのは当を得ていない、れっきとした有名シェフ、有名レストランの御曹司だ。大学もきちっと卒業していると言う。
やぱり、久恵ちゃんの言うとおり「内縁関係にありますので!」が説得力がありそうな気がする。嘘も方便、そう言うしかないか!
マンション入り口のチャイムが訪問者を知らせて鳴る。こんな時は気持ちをイラつかせる嫌な音だ。画面をのぞくとスーツ姿の男が立っていた。
「どなた様ですか?」
「飯塚《いいづか》昇《のぼる》といいます」
「3階の306号室へどうぞ」
マンションの入口のロックを解除する。久恵ちゃんは玄関へは出て来ずにソファーに座っていた。
玄関で待っていると、ドアを開けて入ってきた。挨拶をして僕に「父の店のものですが」と言って手土産を手渡した。常識人だ。
身長は僕より高く、整った顔立ちをしている。イケメンだ。これじゃあ勝負にならないと思えるような若者であった。いや、負けるわけにはいかない。そう気持ちを振るい立たせた。
リビングに案内して座卓の前に座ってもらった。久恵ちゃんは席を立ってコーヒーを入れてくれた。コーヒーを配り終わるまで、沈黙が続いた。久恵ちゃんが席に戻ると飯塚君が話始めた。
「不躾だとは思ったのですが、川田さんと交際させていただきたいので、直接叔父様にお願いに上がりました。本人が固辞されていますが、諦めきれなくてここまで押しかけてきました。どうか交際させて下さい。お願いします」
「本人は理由を申し上げていないのですか?」
「直接、叔父様に聞いてほしいと言っています」
「そうですか、申し訳ありませんでした。歳も離れているので、本人の口から申し上げにくかったのでしょう」
そう言って、久恵ちゃんの方を見た。久恵ちゃんは黙って頷いている。演技がうまい!
「僕と交際できない理由ってなんですか?」
「歳が離れているので、お恥ずかしい話ですが、私と久恵は内縁関係にあるのです」
「叔父さんと姪御さんが内縁関係ですか? 確か叔父と姪は3親等内なので結婚できないはずですが、それで内縁関係なのですか?」
「いいえ、久恵とは血縁関係はありません。久恵は兄の結婚相手の連れ子なのです。兄夫婦が昨年の暮れに交通事故で他界いたしまして、それで久恵を引き取って面倒を見ていました」
「それで内縁関係になってしまったということですか」
「歳が離れていますが、お互いに気心が通じ合ったと言いますか、お恥ずかしい限りです。久恵もこのことを口外したくなかったのでしょう。いずれ学校を卒業したら籍を入れようと思っています」
「そういうことならしかたありません。分かりました。諦めがつきます」
「このことは学校では口外なさらないでいただけますか? そして、久恵とは友人のままでいてやっていただけないでしょうか。お願いします」
「分かりました。そうさせていだだきます」
そういうと、飯塚君は一礼すると帰っていた。二人で玄関まで彼を見送った。好感の持てる若者だった。エレベーターの下っていく音が聞こえるとほっとした。
ソファーに戻って一息つく。久恵ちゃんはと様子を見るとニコニコしてとても嬉しそう。
「パパ、迫真の演技だった。あれなら騙される」
「そうか? ここのところずっとどう言おうか考えていたから」
「でも、歳が離れてお恥ずかしいはないと思う。歳が離れていてもいいと思うし、恥ずかしがらなくもいいんじゃない。もっと自信を持って」
ええ、本当にそう思っているの?
「そうは言っても、そういうから説得力があるんだ」
「そうかな」
「それに、つい我慢できなくて手を出してしまったとも言えないだろう」
「それはDVです。私の立場もあるから当たり前です。でもとても上品な言い方でした。ありがとうございました」
そういうと、久恵ちゃんは自分の部屋に機嫌よく引き上げて行った。僕はそうことになっているといいなあと思って本音で語っていた。だから説得力があったのだと思う。
久恵ちゃんはどう思って聞いていたのだろう。「歳が離れてお恥ずかしいはないと思う」は本心なの? そうであれば嬉しい。
いずれにせよ、これまでにはなかった最大の危機は去った!
「コーヒーを入れてあげよう」
「ありがとうございます。ちょっとご相談があります」
「何? 深刻な顔をして。コーヒーを飲みながら聞こうか」
用意した2人のカップにコーヒーを注ぐ。今日買ってきたモカブレンドだ。モカの特徴が出ていてなかなか出来の良いブレンドだ。
久恵ちゃんは飲みながら話をしてくれた。
専門学校の同じ班のクラスメイトから結婚を前提にしたお付き合いを申し込まれているという。同じ班なので気軽にお話していたらこんなところまで話が進んだということらしい。
どんな人かと聞いたら、有名オーナーシェフの息子さんで大学を卒業してから父親の跡をつごうと一から勉強を始めたらしい。
この前の怪我の時も何回か見舞いに来てくれたようだ。知らなかった!
「いい人みたいじゃないか? 付き合ってみたらどうなの?」
「今はそんな気になれませんとお断りしました。それでも先方は納得がいかないようで、パパに直接お願いしてもいいかと言ってきた」
「僕に直接? なぜ?」
「その人の父親もはじめは母親から相手にされなかったので、父親が直接母親の親の家へ行って、交際をさせてほしいと頼み込んだそうなの。その父親の熱意さに打たれて母親が徐々にその気になって結ばれたということらしいんです」
「その成功体験を父親から吹き込まれている?」
「そうみたいです。有名なシェフで本人も父親を尊敬していて、父親のようになるのを目指しているみたいですから」
「いやなの?」
「ちょっとファザコンみたいで」
「男のファザコンはないと思うけど。父親を尊敬していて父親のようになりたいというのはいい話じゃないか」
「いやなものはいやなんです」
「それで」
「日曜日に訪ねてきて、パパに会いたいと言っているの」
「ずいぶん積極的だね。よっぽど久恵ちゃんが気に入っているんだ」
「どこが気にいられているの? 聞いてみた?」
「母親と性格がそっくりなんだとか」
「そういうところはマザコンかもしれないね」
「そんなの先方の勝手な思い込みです」
「今のところは先方の片思いというところだろうけど」
「けど?」
「前にも話したと思うけど、一方的な片思いはいずれ終わると思う。なぜなら、高まっていかないからいずれは醒めていく。でも、一方が好きになって好きだと伝えると、それに応えるように相手も好きになってくれるようになる。好意を持ってくれる人に好意を持つというのは、自然のことで、恋愛もここから始まると思うけどね」
「好意は分かりますけど、私はどうかというとそんなことにはならないような気がしています」
「まず、相手を好きになったら好きと言わなければ、相手も好きになってくれない。正攻法で来ているのは好感がもてる」
「説得力のある話だけど、それじゃ困るの」
「じゃあ、どうしたいの」
「ここに来てもらって、パパの口からきっぱり断ってもらいたいの!」
「断っても引き下がりそうには思えないけど」
「だから困っているの。でも、いい断り方を考えたから、これなら一発で引くと思う」
「何?」
「私と内縁関係にあるときっぱりと言ってください」
「内縁関係?」
「だって、管理人さんにも妻と言ってあるでしょう。調べれば納得すると思う」
「彼はどこまで僕たちのことを知っているんだ」
「きっと父親に頼んで学校に手をまわして調べたのだと思いますが、ここの住所と叔父と同居していることを知っていました」
「確かに入学手続きの書類に保証人は僕で関係は叔父としていたし、住所と氏名も書いた。久恵ちゃんの住所も同じだからね。先方も本気だね」
「付き合ってみてもいいじゃないの?」
「いやなんです。さっき言ったように本当に好きになったらどうするんですか?」
「それならそれでいいと思うけど」
口ではこう言っているが、内心は複雑な思いだ。本当に好きになることだって十分あり得る。
「いやなものはいやなんです」
それを聞いてホッとした。
「じゃあ、日曜日に会うことにしようじゃないか」
久恵ちゃんをどこの馬の骨とも分からん奴に取られてなるものか!
◆ ◆ ◆
彼が訪ねて来るという日曜日、僕は朝から落ち着かない。「娘をお嫁さんに下さい」と言いに来る彼氏を待っている父親の心境がよく分かる。普通に「娘をよろしくお願いします」と答えるのならまだ気が楽だ。
でも今日は断らなくてはいけない。久恵ちゃんにはとってもいい話だと思うのだが、本人は全くその気がない。僕も大切なものが奪われる気がして気乗りはしない。
よく聞く話だが「どこの馬の骨とも分からん奴に娘がやれるか!」と追い返すのは当を得ていない、れっきとした有名シェフ、有名レストランの御曹司だ。大学もきちっと卒業していると言う。
やぱり、久恵ちゃんの言うとおり「内縁関係にありますので!」が説得力がありそうな気がする。嘘も方便、そう言うしかないか!
マンション入り口のチャイムが訪問者を知らせて鳴る。こんな時は気持ちをイラつかせる嫌な音だ。画面をのぞくとスーツ姿の男が立っていた。
「どなた様ですか?」
「飯塚《いいづか》昇《のぼる》といいます」
「3階の306号室へどうぞ」
マンションの入口のロックを解除する。久恵ちゃんは玄関へは出て来ずにソファーに座っていた。
玄関で待っていると、ドアを開けて入ってきた。挨拶をして僕に「父の店のものですが」と言って手土産を手渡した。常識人だ。
身長は僕より高く、整った顔立ちをしている。イケメンだ。これじゃあ勝負にならないと思えるような若者であった。いや、負けるわけにはいかない。そう気持ちを振るい立たせた。
リビングに案内して座卓の前に座ってもらった。久恵ちゃんは席を立ってコーヒーを入れてくれた。コーヒーを配り終わるまで、沈黙が続いた。久恵ちゃんが席に戻ると飯塚君が話始めた。
「不躾だとは思ったのですが、川田さんと交際させていただきたいので、直接叔父様にお願いに上がりました。本人が固辞されていますが、諦めきれなくてここまで押しかけてきました。どうか交際させて下さい。お願いします」
「本人は理由を申し上げていないのですか?」
「直接、叔父様に聞いてほしいと言っています」
「そうですか、申し訳ありませんでした。歳も離れているので、本人の口から申し上げにくかったのでしょう」
そう言って、久恵ちゃんの方を見た。久恵ちゃんは黙って頷いている。演技がうまい!
「僕と交際できない理由ってなんですか?」
「歳が離れているので、お恥ずかしい話ですが、私と久恵は内縁関係にあるのです」
「叔父さんと姪御さんが内縁関係ですか? 確か叔父と姪は3親等内なので結婚できないはずですが、それで内縁関係なのですか?」
「いいえ、久恵とは血縁関係はありません。久恵は兄の結婚相手の連れ子なのです。兄夫婦が昨年の暮れに交通事故で他界いたしまして、それで久恵を引き取って面倒を見ていました」
「それで内縁関係になってしまったということですか」
「歳が離れていますが、お互いに気心が通じ合ったと言いますか、お恥ずかしい限りです。久恵もこのことを口外したくなかったのでしょう。いずれ学校を卒業したら籍を入れようと思っています」
「そういうことならしかたありません。分かりました。諦めがつきます」
「このことは学校では口外なさらないでいただけますか? そして、久恵とは友人のままでいてやっていただけないでしょうか。お願いします」
「分かりました。そうさせていだだきます」
そういうと、飯塚君は一礼すると帰っていた。二人で玄関まで彼を見送った。好感の持てる若者だった。エレベーターの下っていく音が聞こえるとほっとした。
ソファーに戻って一息つく。久恵ちゃんはと様子を見るとニコニコしてとても嬉しそう。
「パパ、迫真の演技だった。あれなら騙される」
「そうか? ここのところずっとどう言おうか考えていたから」
「でも、歳が離れてお恥ずかしいはないと思う。歳が離れていてもいいと思うし、恥ずかしがらなくもいいんじゃない。もっと自信を持って」
ええ、本当にそう思っているの?
「そうは言っても、そういうから説得力があるんだ」
「そうかな」
「それに、つい我慢できなくて手を出してしまったとも言えないだろう」
「それはDVです。私の立場もあるから当たり前です。でもとても上品な言い方でした。ありがとうございました」
そういうと、久恵ちゃんは自分の部屋に機嫌よく引き上げて行った。僕はそうことになっているといいなあと思って本音で語っていた。だから説得力があったのだと思う。
久恵ちゃんはどう思って聞いていたのだろう。「歳が離れてお恥ずかしいはないと思う」は本心なの? そうであれば嬉しい。
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