恋した相手は貴方だけ

白乃いちじく

文字の大きさ
上 下
33 / 43
本編

第三十二話 変態戦士参上!

しおりを挟む
 ただただショックだった。


 現れてくれるなと思っていたリアスが来た。
 それだけでなく、彼が謎の女性と密会しているという事実を、この目で見る日が来てしまったことが。


 ここからは彼らの横顔しか見えないが、一瞬だけ見えた女性は異国情緒じょうちょあふれる妖艶ようえんな雰囲気をまとった人物のようだった。


 きっと、あの見た目だけで男性を陥落かんらくさせるなど、彼女にとっては容易たやすいことだろうと想像させるほどの余裕も感じる。


 見間違いであることを祈って、もう一度彼らを一瞥する。だが、視界に映るのは間違いなく、愛する夫と少しあどけなさ残るエキゾチックな面立ちの美女の姿だった。


――まさか彼女と会うために、ここに来ていたの?


 何を話しているかははっきりと聞こえないが、後方から時折女性の楽しそうな笑い声が聞こえる。


 そのたびに、この女性はきっとリアスに好意を持っているのだと思い知らされた。


 眉目秀麗、高身長、細身ながら鍛え抜かれた精悍な身体を持つリアスは、声も良いうえ賢さまで兼ね備えている。


 しかも、彼のまさに黄金比と言えるほど、左右対称の完璧な顔の左目の下には、人間味を感じる小さな可愛いほくろがあるんだから、ほっとけない気持ちも分かる。


 それでいて、優しくて健気なうえに真面目だから好きになっちゃうわよね……分かるわ。


――どうしたらいいの……?


 あまりのショックに自分が何を考えているのかもよく分からなくなり、ユアンさんの顔を見る。
 刹那、ある言葉が脳内でリフレインした。


『ああ、あのときはエリーゼ様への片想いで、恋煩っていたんです。まさに、今のような感じでしたよ』


――まさか、リアスの不調は恋煩い……?


 新しく好きな人が出来たから、最近おかしかったのだろうか。そう考えると何だか辻褄があってしまうことに、とても嫌な気持ちが込上げる。


 でも、でも……もしかしたら仕事の話をしているだけかもしれない。だって、彼は決して不倫なんてするような人ではないもの。


 仮にほかに好きな人ができたとしても、絶対に私との関係を精算してから関係を持つ。


 私の知るラディリアス・ヴィルナーとは、そういう男なのだ。


 そう思った矢先、彼らの会話の一部が明瞭に耳に入ってきた。


「そんなに好きになって大丈夫? ふふっ」
「本能だから仕方ない……。好きなんて言葉じゃ足りないくらい愛してるよ」


 ポタリっ……。
 固く握り締めた手の甲に水滴が落ちる感覚がした。


 ゆるゆると震える拳を広げ、そっと頬に触れる。すると、氷のように冷たくなった指先が涙で濡れた。


「エリーゼ様」


 決して周囲には聞こえない、細心の注意を払ったユアンさんの声が耳に届く。
 ハッとユアンさんに集中すると、青筋を立て、見たこともないほど怖い顔をした彼が口を開いた。


「あなた次第です。乗り込みますか? もしそうでしたら、私は全力であなたの味方になりましょう」


 さあ、どうする――そんな視線でユアンさんが見つめる中、私は力なく首を横に振った。


「突入しません。もしするにしても、もう少し状況証拠を集める必要があるわ。それに……場所が悪すぎよ」


 どれだけショックであろうと、感情任せに今すぐ勢いで突入しても、ろくな事にならないということだけは理解できる。
 悪いことはあれど、良いことなど何も無いのだ。


 すると、そんな私の意図が伝わったのだろう。
 依然としていつもの色気など台無しなほど厳しい顔つきのままではあるが、ユアンさんは少し冷静さを取り戻した。


「確かにその通りです。すみません、少々頭に血が上っておりました」
「……」


 大丈夫だとでも言ってあげた方が良いのは分かっている。だが、そんな声掛けをするほどの余裕は、今の私にはなかった。


「っ……! 二人が席を立ちました」


 神妙な面持ちのユアンさんが、囁き声で報告してきた。


「一緒にですか?」
「はい。ただ……」


 ユアンさんの返事と重なるように、カランカランと店の扉のベルが鳴る。きっと二人が出て行った音だろう。


 私はユアンさんの返事を聞く前に、思い切って二人の動向を追うべく背後に振り返った。


 すると、一部ガラス張りになった店内に置いてある観葉植物の隙間から、別れる二人の姿が見えた。


「どうやらここで解散みたいですね」


 恐ろしいほどに冷静なユアンさんの声が耳に届く。その声を聞き、私は彼の方へと振り返った。

 
「っ……」

 
 振り返った私の顔が、きっと酷く情けないものだったのだろう。ユアンさんは私の顔を見るなり、痛ましげに表情を歪めた。


「エリーゼ様、今日は戻りましょう。私はあの女をつけますので、母と一緒に先にお帰りください」
「ええ……お願いします」


 何とか彼の言葉に返事をした私は、ユアンさんとともに店を出ることになった。


 幸い女性は、喫茶の目の前の建物に入っていった。
 そのため、ユアンさんは女性を見失うこと無く、私をメリダさんが待つ馬車まで送ってくれた。


「奥様、まさかっ……」


 馬車で待機していたメリダさんは、きっと店から出てきたリアスと女性を見たことだろう。


 そして今、私とユアンさんの表情とその情報を照らし合わせ何かを察したのか、いつも温和なその表情を悲痛に染めた。


 彼女は私が馬車に乗り込むと、嘆きながら私の手を包み撫でてくれた。


 ただ、女性といるリアスを目の前にしても私にはまだ彼を信じたい気持ちがあった。


 だからだろう。
 そのメリダさんの優しく慰めるような手の温かみを感じるたび、私の心はひどく痛んだ。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します

けんゆう
恋愛
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」  五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。  他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。 だが、彼らは知らなかった――。 ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。 そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。 「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」 逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。 「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」 ブチギレるお兄様。 貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!? 「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!? 果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか? 「私の未来は、私が決めます!」 皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

悪役令嬢ですが私のことは放っておいて下さい、私が欲しいのはマヨネーズどっぷりの料理なんですから

ミドリ
恋愛
 公爵令嬢ナタ・スチュワートは、とある小説に前世の記憶を持って転生した異世界転生者。前世でハマりにハマったマヨネーズがこの世界にはないことから、王太子アルフレッドからの婚約破棄をキッカケにマヨネーズ求道へと突き進む。  イケメンな従兄弟や街で偶然助けてくれたイケメンの卵の攪拌能力を利用し、マヨネーズをこの世界に広めるべく奮闘するナタに忍び寄る不穏な影とは。 なろうにも掲載中です

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ すべてフィクションです。読んでくだり感謝いたします。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

婚約解消は君の方から

みなせ
恋愛
私、リオンは“真実の愛”を見つけてしまった。 しかし、私には産まれた時からの婚約者・ミアがいる。 私が愛するカレンに嫌がらせをするミアに、 嫌がらせをやめるよう呼び出したのに…… どうしてこうなったんだろう? 2020.2.17より、カレンの話を始めました。 小説家になろうさんにも掲載しています。

もういいです、離婚しましょう。

うみか
恋愛
そうですか、あなたはその人を愛しているのですね。 もういいです、離婚しましょう。

処理中です...