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本編

第二十六話 髪飾りの贈り主

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 王太子殿下?
 クリフは皆が注目している先へ視線を向けた。寄り集まっていた集団の向こうが、道を空けるようにすうっと左右に割れるので、誰かがこちらへ向かって歩いて来ているということは分かるが、その姿が見えない。
 進んでいる人物を目にすることかなわず、間近までやって来て初めて、どうして姿が見えなかったのか、クリフはその理由を理解した。背が低かったのだ。クリフの胸程までしか背丈がない。

 クリフは目を丸くする。
 は? え? これが王太子? 王太子って確か、自分と同じ十八才のはず……

 髭もじゃの中年男、それが王太子を見たクリフの第一印象だった。
 そう、確かに髭もじゃの中年男に見えるが、近衛兵を連れた王太子にはどっしりとした貫禄があり、立ち振る舞いは洗練されている。そして周囲の者達の反応だ。誰もが王太子である彼に敬意を払っていると、ほんの少し注視すれば分かっただろう。

 けれど、クリフはそんな王太子の姿をまじまじと眺め、ふっと口角を上げた。嘲る時のそれである。そう、昔のブラッドを見ていた時の眼差しと同じであった。
 ははは、王族は美形揃いだなんて誰が言ったんだか。こいつはもの凄い不細工だ。
 クリフは無遠慮に目の前の男をじろじろと眺めた。

 肩幅のあるがっちりとした体型で、ふさふさとした焦げ茶色の髭がひときわ目立つ。盛り上がる筋肉が服を押し上げていて、顔立ちは柔和だが目つきが鋭いので、温厚なのか、血気盛んなのか判断に迷うところだ。
 その王太子ジュリアンが、おもむろに口を開いた。

「おぬしが四大英雄の一人、ブラッド・フォークスだな? 話は聞いておるぞ」

 野太い声がそう告げ、クリフは度肝を吹かれた。王太子ジュリアンの目は、真っ直ぐブラッドに向いていて、彼を四大英雄の一人だと確かにそう言ったのである。
 クリフははくはくと口を動かす。
 嘘だと言いたかったが王太子の宣言だ。覆しようがない。クリフは死刑宣告を受けたようにショックを受けた。心のどこかで違うと、ずっとそう思っていたから。いや、そう思いたかったと言うほうが正しいか……

 クリフはそっとブラッドの顔を盗み見た。
 目にするのは、魔性の魅力を湛えた美貌のヴァンパイアだ。自分が知っている彼の面影はまったくない。それほどの激変だった。
 嘘だろ……
 そんな言葉が胸の内から湧き上がる。

 クリフには十一年間、無害なヴァンパイアとして過ごした彼の姿が忘れられない。死人のように不気味な容姿で、村の女からは相手にされなかった。せいぜい、彼の奉仕活動に気を良くした中年女性から愛想良くされていただけ……
 だからか、心のどこかでずっと馬鹿にしていた。フォークスはレイチェルに気があるんじゃないかと、そんな疑惑を持っていたから、なおさら……

 十才の頃からだったか、店を手伝い始めたレイチェルと親しくなったブラッドは、毎年のようにレイチェルの誕生日には、プレゼントを贈っていた。花とか菓子とか、本当にちょっとしたものだったけれど、どれもレイチェルが好きな物ばかりだ。
 一体どうやって知ったんだか……

 自分の疑惑が確信に変わったのが、レイチェルの十三才の誕生日だ。
 レイチェルの家に遊びに行った時、彼女に代わって郵便受けから郵便物を取り出したけれど、一緒に入っていたプレゼントの箱が気になって、添えられていたカードをそっと抜き取った。だから、差出人不明のプレゼントになった。中から出て来たのは、真珠をあしらった白銀の髪飾りだ。繊細な作りでレイチェルによく似合った。

 ――すっごーい、これ、プラチナよ?

 エイミーが目を丸くし、誰からだろうと首を捻った。クリフにはブラッドからだと分かっていた。差出人のカードを目にしていたから。けれど、綺麗、素敵とはしゃぐ二人の姿が面白くなくて、贈り主は自分だとそう言ってやった。
 ロリコンかよ、あいつは……そう心の中で罵って。

 ――えー? クリフがこれを?

 素直にありがとうと言ったレイチェルと違って、エイミーは「ほんとーにあんたなの?」と、疑いの眼だ。そりゃそうだろうな。どう見ても高価そうな髪飾りだ。

 ――魔物を討伐した報酬で買ったんだ。

 そう言えば、一応納得してくれた。あの時は騎士学校に入学するために冒険者ギルドの訓練場に通っていたから不自然ではない。
 とはいえ、あいつの口からバレるんじゃないかとヒヤヒヤしたけれど、あいつは何も言わなかった。レイチェルから礼を言われなくても、あいつは気にとめもしない。例の髪飾りを身に着けたレイチェルを見ただけで満足したみたいだった。

 ――その髪飾り似合っている。
 ――あ、ありがとうございます!

 パン屋にやって来たフォークスが、レイチェルと交わした会話はこれだけ。
 正直拍子抜けだった。フォークスがまったく自慢しないなんて思わなかった。俺だったら、どこで買ったとか、手に入れるのが大変だったとか、絶対言ってる。本当、あいつはなんでああなのか……自分としては好都合だったけれど。

 それ以降は、あいつを警戒するようになった。
 よーく見てると分かるけど、レイチェルにはやたらと親切なんだよな。本当に面白くない。あんな奴、レイチェルが好きになるはずはないと分かっていても、言い寄られるのは嫌だったから、夏祭りで買った指輪で早々に結婚の申し込みをし、レイチェルを自分のものにした。

 ――ごめん、今は安物だけど、後でもっといい指輪を贈るから……
 ――ううん、気持ちが嬉しいわ。ありがとう。

 そう言って、レイチェルは微笑んでくれた。
 それでも安心出来ず、あいつの前では、ことさら仲良く振る舞った。フォークスに見せつけるように……。落胆するあいつの表情を見て、ざまぁ見ろって心の中で嘲った。レイチェルが好きなのはお前じゃない、俺なんだって、何度優越感に浸っただろう。

 ――レイチェルの為に聖騎士になるんだ、応援してくれ!

 そして、騎士学校に入学するときに言った言葉がこれだ。そうだ……元々騎士になりたいって思ったのも、聖女になったレイチェルの護衛士になりたかったからじゃないか。好きだった気持ちは嘘じゃない。なのに、それをどうして忘れてしまっていたのか……

 王都でたくさんの華やかな女の子達に言い寄られて、レイチェルの存在がすっかり霞んでしまった。勇者の生まれ変わりだってもてはやされて、貴族の女の子達に言い寄られて、いい気になっていた。自分は特別な存在なんだって、そう思った。だから、幼なじみで田舎育ちのレイチェルを捨てた。俺にはふさわしくないって、そう考えて……



 そして今や、立場が逆転している。レイチェルに寄り添うのはブラッド・フォークスで、美貌のヴァンパイアで、四大英雄の一人だ。握った拳が震える。悔しさで……
 いや、俺は勇者だ。勇者なんだ。こいつに負けたわけじゃない。それを、それを証明できれば、まだ巻き返せる。

「ははは、良い面構えだな。私はこの国の第一王子ジュリアンである。四大英雄の一人であるおぬしに会えて嬉しいぞう」

 王太子のジュリアンがそう言って破顔した。
 その賞賛は、勇者である自分ではなく、四大英雄のブラッドに対してだ。それもまたクリフの悔しさに拍車を掛ける。王太子である彼は、クリフを気にとめもしない。

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