恋した相手は貴方だけ

白乃いちじく

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本編

第二十四話 赤い宝石は貴方の瞳

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 ――これは?

 勧められたソファに腰掛けたまま、クリフは黒い腕輪を手に取った。そこはかとなく嫌な感じがする。ランドールが上機嫌で説明した。

 ――君の意志に反応して、強くなれる魔道具とでも思ってもらえれば。
 ――俺の意志に反応して?
 ――君が強くなりたいと真に願えば、その魔道具は君に力を与えてくれるとも。ただし、心から願わないと駄目なんだ。どの程度君が本気か見せて欲しい。さ、つけてみたまえ。

 クリフはどうしようか迷った末、身に着けた。強くなりたいのは事実だったから。あのブラッドより強く、そう願ったけれど、特に変化はない。じっと腕輪に視線を注いでいると、ランドール王子が笑った。

 ――言っただろう? 真に強くなりたいと願わないと駄目だと。ああ、それから……この聖布をその腕輪の上から巻いて、その腕輪を人に見せたりしないように。いいね?
 ――どうしてですか?
 ――それはとても貴重な魔道具だからだよ。それはね、王家の宝なんだ。それを君に貸すのは君が勇者かもしれないと期待しているからだよ。わかるか?
 ――勇者かもしれないと期待……

 クリフがそう繰り返すと、第二王子ランドールが艶やかに笑う。ランドールには王子特有の華があった。貫禄もあって、どっしりとしているせいか、こうして両者を見比べると、クリフの方が一つ年上だったが、ランドールの方が年上に見える。

 ――そう、私は君に期待しているんだよ。是非その腕輪の力を引き出して強くなってくれたまえ。分かるね? 勇者としての今後の君の活躍に期待しているよ。
 ――勇者としての俺……

 クリフがぼんやりと繰り返す。

 ――そう、ほら、鏡を見てみたまえ。君はこれだけかつての勇者と似ているんだ、君は本当に勇者の生まれ変わりかもしれない。神官達が探している十八才という年齢だしな。
 ――神官達が探している?

 クリフの問いにランドールが頷く。

 ――そう、勇者は十八年前に復活しているらしい。勇者の剣が輝き、勇者の復活を知らせたそうだ。それで、大々的にふれを出して探し回ったが、いまだに見付かっていない。だとするなら、君がその探している勇者かもしれないだろう? 聖印は勇者としての力に目覚めた時、浮かび上がるのかもしれない。

 そう言われて、クリフの気分は高揚する。
 は、はは、俺が勇者! そうだよ、きっとそうだ! ブラッドが四大英雄の一人だとしても、それがなんだって言うんだ! 関係ない! 四大英雄の中じゃ、勇者が一番なんだから!

 ――強くなりたいと願うんだ、強くなりたいと、いいね? でないと腕輪の力は解放されない。
 ――わ、わかりました!

 クリフが興奮気味に答えれば、ランドールは満足げに笑った。



 馬車に揺られながら、クリフは聖布を巻いた下にある腕輪に意識をはせた。
 まだ変化はない。強くなりたいともっと強く願えば、レイチェルを取り戻せるか? もう一度、俺と結婚したいって言ってくれるか?
 ぶんっと腕輪が熱を帯びたような気がして、クリフの口角が上がる。
 そうだ、もっと、もっと強く願えば、取り戻せるかも……

 クリフはセイラをエスコートし、夜会会場へと入場する。ファーストダンスを終え、飲み物で喉を潤していると会場がざわりと揺れた。入場したカップルにクリフの目が釘付けになる。まさかブラッドがレイチェルをエスコートするとは思っていなかった。

 クリフはこくりと生唾を飲み込んだ。
 目の前の光景から目が離せない。
 あいつはあくまで護衛士だ。なのになんで……

 白金の髪をアップにし、金糸で装飾された白いドレスを身に着けたレイチェルは、清楚で美しかった。身につけている宝石は赤だ。あいつの目の色みたいに深い赤……。ダイヤと共に随所にちりばめられたそれが、繊細な美しさを演出している。

 ブラッドもまた、金糸で装飾された白い豪奢な夜会服を着込んでいる。レイチェルとどう見ても対で作られたものだ。クリフの眼差しが険しくなった。たかが護衛士のくせに、いや、人間ですらない化け物のくせに……レイチェルの傍に立つ資格なんてあるものか!

「素敵だわ」
「どこのご子息?」
「初めて見る顔よ」

 着飾った貴婦人達がひそひそと言葉を交わす。
 そりゃそうだろう、ブラッドが貴族の集まりになんか出席するわけがない。クリフはそう心の中で吐き捨てる。目にしたどの貴婦人にも陶酔の色が浮かんでいて、心底面白くなかった。


◇◇◇


 金のレースリボンと金糸で装飾された白い豪奢なドレスを身に纏ったレイチェルに、セイラの目は釘付けだ。美しく繊細、かつゴージャスである。
 う、そ……
 ほうっと会場中が湧き立ったのが分かった。
 おそらくそれは、同時入場したブラッドのせいもあるのだろうけれど……
 レイチェルが動くたびに、サラサラという美しい衣擦れの音がする。

 ドレスのデザインは流行の最先端だ。かつ、ドレスに使われている生地もまた一級品である。セイラは人一倍、着飾ることには熱心であったが故に、ドレスの価値が分かる。分かってしまう。レイチェルが身に着けているドレスの素晴らしさにぐうの音も出ない。
 まさかこんな……あんな田舎育ちの娘がどうやって……

「ね、彼女の指を見て」

 貴婦人の一人が囁く。

「まぁ、素敵……パパラチアサファイアよ」
「凄いわ。どこのご令嬢?」
「分からないわ。どちらも見たことないもの。エスコートしている男性は婚約者かしら? 社交デビューはまだなのかしらね?」

 貴婦人達の囁きにセイラは憤慨する。レイチェルが社交デビューなんてするもんですか! 単なる田舎者の平民よ! 一体あんなものどうやって……。使われている生地は、エスコートしているブラッドと同じ……
 セイラははたと気が付く。
 まさか、彼が用意した? そうよ、魔王討伐を果たして、世界平和をもたらした四大英雄の一人だもの。あり得るわ。地位も財産も手に入れているはずよ。

 セイラはレイチェルを睨み付けた。
 悔しい……。田舎娘のくせに! 私のブラッドに手を出すなんて、この身の程知らず!
 ブラッドにエスコートされ、幸せそうに笑うレイチェルが憎たらしくて仕方がない。

 ――いい加減彼につきまとうのはやめなさいよ!

 思い出すのは、前世でセイラが恋敵に浴びせられた罵声だ。
 奇しくもそれは、今のセイラの心の叫びそのままである。
 前世のセイラは、恋敵に突き飛ばされてバランスを崩し、階段から落ちて死んだ。皮肉なことに今はあの女の気持ちが分かる。身の程知らずと、そう言いたかったのだろう。その程度の容姿で彼に近付くな、と……。今はセイラがレイチェルを突き飛ばしてやりたかった。
 そうよ、前世とは違うわ! 今の私は目の覚めるような美少女だもの。今世は私の方がずっといい女よ!

「クリフ、二人に挨拶をしましょうか? レイチェルとは同郷でしょう?」

 嫉妬の炎を隠し、セイラはクリフににっこり笑ってみせる。
 絶対奪ってやる、そう決意を固めて。


◇◇◇


 セイラをエスコートしたクリフがレイチェルに近付けば、ブラッドの血の色をした瞳にじろりと睨まれ、威嚇される。思わずクリフの足が止まった。
 ぞくりと背筋に悪寒が走る。
 本当にこいつ、こうして見ると、異様なほど顔が整っていやがる。そうだよ、こいつは人間じゃない。これはどう見たって魔性のものだ。早くレイチェルから引き離さないと……。こんなやつの毒牙にレイチェルをかけてたまるか!

 そう思っても、クリフが声を掛けようとすれば、ブラッドにすいっとかわされる。レイチェルの腰を掴んで、別の場所に移動だ。
 ちょ、待て!
 追いかけようとしたが、別の連中につかまった。

「おい、クリフ。その子、婚約者か? 紹介してくれよ」

 騎士仲間の一人がセイラを見てそう言った。そんな場合じゃないのに!


◇◇◇


「ブラッドさん、どうしたの?」
「いや、なんでもない」

 レイチェルの問いを、ブラッドは笑って誤魔化した。
 クリフの野郎、まだレイチェルに嫌みを言う気なのか? ほんっとどうしよーもねーな……
 改めてレイチェルの着飾った姿を見て、ブラッドは相好を崩す。

 控えめに散らした赤い宝石は上品だった。そう自分の瞳の色だ。指には婚約指輪であるパパラチアサファイアが輝いている。夕焼けを連想する色合いだ。
 良かった、よく似合っている。俺の目の色とレイチェルの目の色を合わせれば、こんな色になるかもと、そう思ったんだよな。

「何か飲むか?」
「ええ、いただくわ?」

 酒……は、やめておくか。レイチェルにはジュースでいい……

「お酒ならこれがお勧めにゃ? 真っ赤なカンパリソーダ、おいしいにゃ?」
「いや、酒は別にいらね……」

 ん? なんか聞き覚えのある声だ……
 ブラッドが目を向けると、ピンク髪の猫獣人ニーナがいた。ピンクの髪は赤いリボンで飾り、ピンクのふわふわとしたドレスを身に着けている。冒険者として名が通っているからか、どうやら今回の聖女の認定式を兼ねた夜会に招待されたらしい。
 ニーナの琥珀色の猫目がブラッドを見てまん丸くなった。

「にゃー! ブラッド、格好いいにゃー! レイチェルも綺麗にゃ、すっごく似合ってるにゃ! お揃いにゃ?」

 そう、見れば分かるが、レイチェルのドレスと俺の夜会服はデザインが対になっている。どちらも白地に金糸の刺繍飾りだ。レイチェルが顔をほころばせた。

「ニーナさんも可愛いです。あ、ジョージアナさんも来ているのね?」

 遠くで立ち話をしているジョージアナにレイチェルが目を止め、そう言った。レッドブラウンの髪をアップにし、赤いドレスを身に着けている。
 猫獣人のニーナが、じっとレイチェルを見つめた。

「んー……レイチェルは教会できっちり躾けられているせいか、いつまでも喋り方が堅いにゃ。ニーナでいいにゃ? 敬称はいらにゃい」
「そ、そう?」

 あ、俺もそう思った、けど……ブラッドって、言ってもらえるのはいつなんだろう?

「そういう時はお酒にゃ! 気持ちがほぐれるにゃ! これ、お勧めにゃ!」

 ニーナが差し出した真っ赤なカクテルを、ブラッドがさっと奪い、飲み干した。

「レイチェルに勧めたんだけど……」

 猫娘は何やら不満げだ。

「これから認定式がある。レイチェルが酔っ払ったらまずいだろうが」
「んー、それもそうか。なら、甘いスイーツを一緒にどうにゃ?」
「あ、いただきます!」

 レイチェルが相好を崩す。
 甘い物、本当に好きだよなぁ。

「ブラッドはどれがいいにゃ?」

 猫娘のニーナがスイーツの皿を押しつけてくる。
 いや、だから俺は……駄目だ、レイチェルの笑顔見ると断れねー。これの繰り返しだ。血を使ったデザート、なんてねーだろーし。血を使ったソースならあったか……。結局選んだの、真っ赤なベリープティング。赤いってだけで血の味なんかしやしねぇ。つい、眉間に皺が寄る。ほんっとなんで俺、こんなもん食ってんだ?

「美味しい?」

 レイチェルにそう問われて、ブラッドはスプーンですくったベリープティングを、レイチェルの口元に持っていった。

「え」
「あーん?」

 いや、説明が面倒臭かっただけ。他意はなかったんだが、目にしたレイチェルの表情がもの凄く可愛くて驚いた。なんだこれ……。化粧したレイチェルの頬が紅色で上目遣い。差し出した甘味を、そろりと口にするその仕草がまた……。もちろん、もう一回、もう一回と繰り返す。レイチェルの頬を染めた可愛い姿を見たい一心で。気が付けば手元のスイーツは空になっていた。
 猫娘のニーナがひょいっと口を挟む。

「ブラッド、いちゃいちゃしすぎると注目浴びるにゃ? いや、もとから美男美女のカップルで注目されてたけど……」

 周囲を見れば、確かに注目されている。レイチェルの可愛い顔を見られたくなくて、ぎゅっと彼女の顔を隠すように抱きしめたら、さらにふにゃりと可愛くなった。これ、いけるな。

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