上 下
12 / 43
本編

第十一話 乗合馬車で意気投合

しおりを挟む
「まさかの大金持ち?」

 エイミーがひっそりブラッドに耳打ちすると、ブラッドがにやりと笑った。

「そうだな。金塊なら好きなだけ用意できるぞ?」

 セイラがふんっと鼻を鳴らす。

「好きなだけって……馬鹿みたい。はったりは止めたらどう?」
「へえ? なら財力勝負でもすっか? アウグストの誓約付きで。負けたらお前の全財産を貰う」

 魔法の誓約は絶対だ。しかもそれが大魔法士アウグストの誓約となれば、誰であっても覆せそうにない。セイラは口をつぐむが、クリフがなお食い下がった。

「……レイチェル、いいのかよ?」
「何が?」
「何がって……ヴァンパイアを聖騎士の役割につかせるなんて、どう考えても正気の沙汰じゃない」
「ブラッドさんがどうしてもって、言うから……」

 レイチェルが不安そうに言い、クリフがここぞとばかりにたたみかけた。

「嫌ならはっきり断れって!」
「やめてってば! 私は嫌じゃないわ! ブラッドさんが嫌な思いをするかもって危惧しただけよ!」
「え……」

 どういう、そんな台詞がクリフから漏れた。
 レイチェルが説明した。

「私が聖女に認定されたら、二年間神殿で働くんだもの。ブラッドさんが魔物ってだけで差別されそうで、落ち着かないの。わ、私はいいわよ? 気にしないわ。でも、彼が迫害されるなんてことになったらいたたまれないから、本当は止めたかったんだけれど……」
「平気だ。人間の迫害なんかへでもない」

 ブラッドがそう答え、クリフは彼を睨み付けた。

「お前、いい加減、レイチェルに付き纏うのやめろ」
「その台詞、そっくりそのまま返すぞ」
「俺はレイチェルの友達だ!」

 割って入ったのはエイミーだ。そばかすの浮いた勝ち気そうな顔が、今は嫌悪に歪んでいる。

「やめなさいよ、クリフ! あたしもレイチェルもあんたを友達だなんて思ってないし!」
「え」
「その意外そうな顔やめてくれない? ほんっと、あんたの都合のいい考え方、信じらんない。あんたはレイチェルとの結婚の約束を一方的に破棄したの! それでいて、そこの女とずっといちゃいちゃいちゃいちゃ! 自分の行動振り返りなさいよ! そんな奴と誰が友達でいたいもんですか! レイチェルに馴れ馴れしくするのもやめて。ほんっと不愉快よ!」
「いや、でも、俺は心配……」
「心配しなくて結構よ! ああ、もう! あんたに友達扱いされるくらいならね! フォークスがレイチェルの彼氏になった方が数百倍マシだから!」
「……マシ、ね……」

 ブラッドの顔に苦笑が浮かぶ。クリフはエイミーの言葉に唖然となった。
 こいつが彼氏になった方がマシって……
 クリフは信じられない思いで、ブラッドの姿を凝視する。まさか、ここまで言われるとは正直思っていなかった。だって、幼なじみだから友達だから、きっと許してくれるだろう、そんな気持ちだった。それが木っ端微塵に砕かれた気がして、返す言葉もない。

「一応褒めたつもり」
「そりゃどうも」

 ブラッドが笑う。猫獣人のニーナが無邪気に言った。

「ブラッドはいい男にゃ? あちしだったら彼氏にするにゃ? レイチェルとお似合いにゃ?」

 カタカタ揺れる馬車内に微妙な空気が流れ、エイミーがぽつりと言う。

「……本気で言っているのが分かるだけに、何て言って良いのか分からないわ」
「あちしは本気にゃー?」
「分かった、分かった。はいはい、フォークスはいい男よね?」

 エイミーがそう口にし、話を終えた。


◇◇◇


 乗合馬車が所定の場所で止まり、夕食となったが、レイチェルはそわそわと落ち着かない。どうしてもブラッドの食事が気になってしまうからだ。

 ――ブラッド・フォークスにヴァンパイア・キスをねだりなさいな。あなたの血を口にすれば祝福の力は消えて、彼は解放されるから。

 女神エイルは確かにそう言った。
 自分の血を上げればいい、そうと分かっても、言い出すタイミングが問題である。血を採られすぎて倒れてしまうのは困る。なので医療院が隣接している王都の神殿についてから、レイチェルはそう思っていたのだけれど……どうみても、ブラッドの顔色が悪い。ずっと血を口に出来ず、飢餓状態なのだから当然なのだけれど……
 王都に着くまで約三日。それまでこのままっていうのは、やっぱり酷かしら?

「ブラッドさん、どうですか? お口に合いますか?」

 レイチェルがおずおずと彼の皿を覗き込めば、案の定、殆ど手つかずだ。

「んー……」

 ブラッドの眉間に皺が寄る。どう答えようか、考えている風である。
 レイチェルが慌てて言った。

「やっぱり、血が一番ですよね? ごめんなさい、王都に着いてから言おうと思っていたのですけれど、女神エイル様からの神託を、今お伝えします」

 ブラッドの赤い瞳と目が合って、レイチェルはぱっと下を向く。

「毎日、祈りを捧げていたら、女神エイル様が現れて、ブラッドさんが、私にヴァンパイア・キスをすると祝福から解放されると、エイル様はそうおっしゃいました。私の血で、祝福の力が効力を失うそうです」

 訪れたのは静寂だ。
 反応がない?
 レイチェルがそろりと見上げれば、彼は目をかっぴらいている。


◇◇◇


 レイチェルの台詞で、ブラッドの一瞬思考が停止する。
 え……ヴァンパイア・キス? 性愛とほぼ変わらないあれを君に? レイチェルの白い首筋に目が行き、待ち望んだ血の味と香りが鮮明に蘇って……

「ブラッドさん!」

 気が付いたら、ブラッドはばたんと倒れていた。どうやら食器を手にしたまま、背後にばったり倒れたらしいが、も、死んでもいいなんて思ってしまった。尊死だ尊死……
 いや、待て待て待て、まだなんにもしていない!
 がばっと勢いよくブラッドが起き上がると、レイチェルが泣きながらすがりついてきた。

「だ、大丈夫ですか! 本当に、本当にお腹がすいていたんですね! すみません、すみません、もっと早くに言っていたら!」

 なにやら勘違いしたレイチェルに手を、ぎゅうぎゅう握られた。
 なんとも言いようのない笑いが、ブラッドから漏れる。
 嬉しいが……煽らないで欲しい。可愛すぎて困る。半泣きで見上げられると、君の唇に目が行くし……ヴァンパイアの吸血行為って、性欲にも直結しているから、食欲と性欲どっちも刺激されるんだよな。
 レイチェルの白金の髪をそっと撫で、勘違いするなとブラッドは己を戒める。

 そうだ、今回のこれは、レイチェル自身がヴァンパイア・キスを望んだわけではなく、女神エイルの指示があったからだ。勘違いして暴走して、レイチェルにあれやこれやなどもってのほか……あれやこれや……駄目だ、鼻血出そう。詳しく想像するんじゃない。
 ブラッドが鼻を押さえうずくまると、ピンク髪の猫獣人ニーナが、ぴょんっと進み出た。

「ブラッド、献血必要にゃ? レイチェルだけで大変ならあちしも手伝うにゃ?」
「いや、いらねーよ」

 こいつは本当に脳天気だな。
 ブラッドはため息をつきそうになる。まったくといって良いほど危機感がない。普通、ヴァンパイアにんな真似をすれば、殺されるっつーの。ちったぁ考えろ。ヴァンパイア・キスが与える快楽は、獲物を捕らえるための罠なんだよ。逃げる気をなくすためのな。

 唯一の例外が、愛情がある場合だ。
 そう、ヴァンパイア・キスは獲物を逃がさないための毒だが、相手に好意を持っている場合は求愛となる。殺せば獲物で、生かせば求愛。至ってシンプルで分かりやすい。そして俺の場合、レイチェルがいる手前、人間は殺せない。相手を生かす以上、どうしたって求愛行動になっちまう。だから、いらないと言ったのだが……
 そこでブラッドははたと気が付き、すっと青ざめた。

 ――レイチェルだけで大変ならあちしも手伝うにゃ?

 そうだ、レイチェル一人で足りるわけがない。二百年断食だ。体がからっからに乾いている。吸血が可能になれば歯止めがきかず、レイチェルの血を飲み干してしまう可能性が大きい。それでも足らずに周囲に襲いかかる可能性も……
 まずいまずいまずい……
 脂汗が浮かぶ中、ずいっと大柄な女剣士ジョージアナが進み出た。

「お前さ、どれくらい吸血していない? レイチェルに食いついて、本当に大丈夫か? ぱっと見、相当飢えているように見えるけれど……。そういった状態のヴァンパイアって、手当たり次第に人間を襲う場合もあるぞ?」

 ジョージアナの指摘に、ブラッドは頭を抱えた。
 ああ、その通りだよ! どうしろっつうんだよ!

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

やさしい竜と金の姫

白乃いちじく
恋愛
 人間の子供を拾った。  拾うつもりなんかさらさらなかったんだが……すがるような目でみられて何となく連れてきちまった。森の中をいつものように散歩していた時の事だ。ビービー泣いてる小汚い袋が転がってて、興味本位でつついてみたのが運の尽き。  小汚い袋は人間の子供だった。  年は四、五才といったところだろうか、服も髪も薄汚れてて、それが体を丸めていたのでずた袋のように見えたのである。顔も薄汚れていて男か女かもよく分からなかったが、大きな青い瞳だけは綺麗で気に入った。  そう、これが俺の唯一無二の伴侶との出会いだったのである。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。

みゅー
恋愛
 王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。  いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。  聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。  王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。  ちょっと切ないお話です。

処理中です...