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本編
第十一話 乗合馬車で意気投合
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「まさかの大金持ち?」
エイミーがひっそりブラッドに耳打ちすると、ブラッドがにやりと笑った。
「そうだな。金塊なら好きなだけ用意できるぞ?」
セイラがふんっと鼻を鳴らす。
「好きなだけって……馬鹿みたい。はったりは止めたらどう?」
「へえ? なら財力勝負でもすっか? アウグストの誓約付きで。負けたらお前の全財産を貰う」
魔法の誓約は絶対だ。しかもそれが大魔法士アウグストの誓約となれば、誰であっても覆せそうにない。セイラは口をつぐむが、クリフがなお食い下がった。
「……レイチェル、いいのかよ?」
「何が?」
「何がって……ヴァンパイアを聖騎士の役割につかせるなんて、どう考えても正気の沙汰じゃない」
「ブラッドさんがどうしてもって、言うから……」
レイチェルが不安そうに言い、クリフがここぞとばかりにたたみかけた。
「嫌ならはっきり断れって!」
「やめてってば! 私は嫌じゃないわ! ブラッドさんが嫌な思いをするかもって危惧しただけよ!」
「え……」
どういう、そんな台詞がクリフから漏れた。
レイチェルが説明した。
「私が聖女に認定されたら、二年間神殿で働くんだもの。ブラッドさんが魔物ってだけで差別されそうで、落ち着かないの。わ、私はいいわよ? 気にしないわ。でも、彼が迫害されるなんてことになったらいたたまれないから、本当は止めたかったんだけれど……」
「平気だ。人間の迫害なんかへでもない」
ブラッドがそう答え、クリフは彼を睨み付けた。
「お前、いい加減、レイチェルに付き纏うのやめろ」
「その台詞、そっくりそのまま返すぞ」
「俺はレイチェルの友達だ!」
割って入ったのはエイミーだ。そばかすの浮いた勝ち気そうな顔が、今は嫌悪に歪んでいる。
「やめなさいよ、クリフ! あたしもレイチェルもあんたを友達だなんて思ってないし!」
「え」
「その意外そうな顔やめてくれない? ほんっと、あんたの都合のいい考え方、信じらんない。あんたはレイチェルとの結婚の約束を一方的に破棄したの! それでいて、そこの女とずっといちゃいちゃいちゃいちゃ! 自分の行動振り返りなさいよ! そんな奴と誰が友達でいたいもんですか! レイチェルに馴れ馴れしくするのもやめて。ほんっと不愉快よ!」
「いや、でも、俺は心配……」
「心配しなくて結構よ! ああ、もう! あんたに友達扱いされるくらいならね! フォークスがレイチェルの彼氏になった方が数百倍マシだから!」
「……マシ、ね……」
ブラッドの顔に苦笑が浮かぶ。クリフはエイミーの言葉に唖然となった。
こいつが彼氏になった方がマシって……
クリフは信じられない思いで、ブラッドの姿を凝視する。まさか、ここまで言われるとは正直思っていなかった。だって、幼なじみだから友達だから、きっと許してくれるだろう、そんな気持ちだった。それが木っ端微塵に砕かれた気がして、返す言葉もない。
「一応褒めたつもり」
「そりゃどうも」
ブラッドが笑う。猫獣人のニーナが無邪気に言った。
「ブラッドはいい男にゃ? あちしだったら彼氏にするにゃ? レイチェルとお似合いにゃ?」
カタカタ揺れる馬車内に微妙な空気が流れ、エイミーがぽつりと言う。
「……本気で言っているのが分かるだけに、何て言って良いのか分からないわ」
「あちしは本気にゃー?」
「分かった、分かった。はいはい、フォークスはいい男よね?」
エイミーがそう口にし、話を終えた。
◇◇◇
乗合馬車が所定の場所で止まり、夕食となったが、レイチェルはそわそわと落ち着かない。どうしてもブラッドの食事が気になってしまうからだ。
――ブラッド・フォークスにヴァンパイア・キスをねだりなさいな。あなたの血を口にすれば祝福の力は消えて、彼は解放されるから。
女神エイルは確かにそう言った。
自分の血を上げればいい、そうと分かっても、言い出すタイミングが問題である。血を採られすぎて倒れてしまうのは困る。なので医療院が隣接している王都の神殿についてから、レイチェルはそう思っていたのだけれど……どうみても、ブラッドの顔色が悪い。ずっと血を口に出来ず、飢餓状態なのだから当然なのだけれど……
王都に着くまで約三日。それまでこのままっていうのは、やっぱり酷かしら?
「ブラッドさん、どうですか? お口に合いますか?」
レイチェルがおずおずと彼の皿を覗き込めば、案の定、殆ど手つかずだ。
「んー……」
ブラッドの眉間に皺が寄る。どう答えようか、考えている風である。
レイチェルが慌てて言った。
「やっぱり、血が一番ですよね? ごめんなさい、王都に着いてから言おうと思っていたのですけれど、女神エイル様からの神託を、今お伝えします」
ブラッドの赤い瞳と目が合って、レイチェルはぱっと下を向く。
「毎日、祈りを捧げていたら、女神エイル様が現れて、ブラッドさんが、私にヴァンパイア・キスをすると祝福から解放されると、エイル様はそうおっしゃいました。私の血で、祝福の力が効力を失うそうです」
訪れたのは静寂だ。
反応がない?
レイチェルがそろりと見上げれば、彼は目をかっぴらいている。
◇◇◇
レイチェルの台詞で、ブラッドの一瞬思考が停止する。
え……ヴァンパイア・キス? 性愛とほぼ変わらないあれを君に? レイチェルの白い首筋に目が行き、待ち望んだ血の味と香りが鮮明に蘇って……
「ブラッドさん!」
気が付いたら、ブラッドはばたんと倒れていた。どうやら食器を手にしたまま、背後にばったり倒れたらしいが、も、死んでもいいなんて思ってしまった。尊死だ尊死……
いや、待て待て待て、まだなんにもしていない!
がばっと勢いよくブラッドが起き上がると、レイチェルが泣きながらすがりついてきた。
「だ、大丈夫ですか! 本当に、本当にお腹がすいていたんですね! すみません、すみません、もっと早くに言っていたら!」
なにやら勘違いしたレイチェルに手を、ぎゅうぎゅう握られた。
なんとも言いようのない笑いが、ブラッドから漏れる。
嬉しいが……煽らないで欲しい。可愛すぎて困る。半泣きで見上げられると、君の唇に目が行くし……ヴァンパイアの吸血行為って、性欲にも直結しているから、食欲と性欲どっちも刺激されるんだよな。
レイチェルの白金の髪をそっと撫で、勘違いするなとブラッドは己を戒める。
そうだ、今回のこれは、レイチェル自身がヴァンパイア・キスを望んだわけではなく、女神エイルの指示があったからだ。勘違いして暴走して、レイチェルにあれやこれやなどもってのほか……あれやこれや……駄目だ、鼻血出そう。詳しく想像するんじゃない。
ブラッドが鼻を押さえうずくまると、ピンク髪の猫獣人ニーナが、ぴょんっと進み出た。
「ブラッド、献血必要にゃ? レイチェルだけで大変ならあちしも手伝うにゃ?」
「いや、いらねーよ」
こいつは本当に脳天気だな。
ブラッドはため息をつきそうになる。まったくといって良いほど危機感がない。普通、ヴァンパイアにんな真似をすれば、殺されるっつーの。ちったぁ考えろ。ヴァンパイア・キスが与える快楽は、獲物を捕らえるための罠なんだよ。逃げる気をなくすためのな。
唯一の例外が、愛情がある場合だ。
そう、ヴァンパイア・キスは獲物を逃がさないための毒だが、相手に好意を持っている場合は求愛となる。殺せば獲物で、生かせば求愛。至ってシンプルで分かりやすい。そして俺の場合、レイチェルがいる手前、人間は殺せない。相手を生かす以上、どうしたって求愛行動になっちまう。だから、いらないと言ったのだが……
そこでブラッドははたと気が付き、すっと青ざめた。
――レイチェルだけで大変ならあちしも手伝うにゃ?
そうだ、レイチェル一人で足りるわけがない。二百年断食だ。体がからっからに乾いている。吸血が可能になれば歯止めがきかず、レイチェルの血を飲み干してしまう可能性が大きい。それでも足らずに周囲に襲いかかる可能性も……
まずいまずいまずい……
脂汗が浮かぶ中、ずいっと大柄な女剣士ジョージアナが進み出た。
「お前さ、どれくらい吸血していない? レイチェルに食いついて、本当に大丈夫か? ぱっと見、相当飢えているように見えるけれど……。そういった状態のヴァンパイアって、手当たり次第に人間を襲う場合もあるぞ?」
ジョージアナの指摘に、ブラッドは頭を抱えた。
ああ、その通りだよ! どうしろっつうんだよ!
エイミーがひっそりブラッドに耳打ちすると、ブラッドがにやりと笑った。
「そうだな。金塊なら好きなだけ用意できるぞ?」
セイラがふんっと鼻を鳴らす。
「好きなだけって……馬鹿みたい。はったりは止めたらどう?」
「へえ? なら財力勝負でもすっか? アウグストの誓約付きで。負けたらお前の全財産を貰う」
魔法の誓約は絶対だ。しかもそれが大魔法士アウグストの誓約となれば、誰であっても覆せそうにない。セイラは口をつぐむが、クリフがなお食い下がった。
「……レイチェル、いいのかよ?」
「何が?」
「何がって……ヴァンパイアを聖騎士の役割につかせるなんて、どう考えても正気の沙汰じゃない」
「ブラッドさんがどうしてもって、言うから……」
レイチェルが不安そうに言い、クリフがここぞとばかりにたたみかけた。
「嫌ならはっきり断れって!」
「やめてってば! 私は嫌じゃないわ! ブラッドさんが嫌な思いをするかもって危惧しただけよ!」
「え……」
どういう、そんな台詞がクリフから漏れた。
レイチェルが説明した。
「私が聖女に認定されたら、二年間神殿で働くんだもの。ブラッドさんが魔物ってだけで差別されそうで、落ち着かないの。わ、私はいいわよ? 気にしないわ。でも、彼が迫害されるなんてことになったらいたたまれないから、本当は止めたかったんだけれど……」
「平気だ。人間の迫害なんかへでもない」
ブラッドがそう答え、クリフは彼を睨み付けた。
「お前、いい加減、レイチェルに付き纏うのやめろ」
「その台詞、そっくりそのまま返すぞ」
「俺はレイチェルの友達だ!」
割って入ったのはエイミーだ。そばかすの浮いた勝ち気そうな顔が、今は嫌悪に歪んでいる。
「やめなさいよ、クリフ! あたしもレイチェルもあんたを友達だなんて思ってないし!」
「え」
「その意外そうな顔やめてくれない? ほんっと、あんたの都合のいい考え方、信じらんない。あんたはレイチェルとの結婚の約束を一方的に破棄したの! それでいて、そこの女とずっといちゃいちゃいちゃいちゃ! 自分の行動振り返りなさいよ! そんな奴と誰が友達でいたいもんですか! レイチェルに馴れ馴れしくするのもやめて。ほんっと不愉快よ!」
「いや、でも、俺は心配……」
「心配しなくて結構よ! ああ、もう! あんたに友達扱いされるくらいならね! フォークスがレイチェルの彼氏になった方が数百倍マシだから!」
「……マシ、ね……」
ブラッドの顔に苦笑が浮かぶ。クリフはエイミーの言葉に唖然となった。
こいつが彼氏になった方がマシって……
クリフは信じられない思いで、ブラッドの姿を凝視する。まさか、ここまで言われるとは正直思っていなかった。だって、幼なじみだから友達だから、きっと許してくれるだろう、そんな気持ちだった。それが木っ端微塵に砕かれた気がして、返す言葉もない。
「一応褒めたつもり」
「そりゃどうも」
ブラッドが笑う。猫獣人のニーナが無邪気に言った。
「ブラッドはいい男にゃ? あちしだったら彼氏にするにゃ? レイチェルとお似合いにゃ?」
カタカタ揺れる馬車内に微妙な空気が流れ、エイミーがぽつりと言う。
「……本気で言っているのが分かるだけに、何て言って良いのか分からないわ」
「あちしは本気にゃー?」
「分かった、分かった。はいはい、フォークスはいい男よね?」
エイミーがそう口にし、話を終えた。
◇◇◇
乗合馬車が所定の場所で止まり、夕食となったが、レイチェルはそわそわと落ち着かない。どうしてもブラッドの食事が気になってしまうからだ。
――ブラッド・フォークスにヴァンパイア・キスをねだりなさいな。あなたの血を口にすれば祝福の力は消えて、彼は解放されるから。
女神エイルは確かにそう言った。
自分の血を上げればいい、そうと分かっても、言い出すタイミングが問題である。血を採られすぎて倒れてしまうのは困る。なので医療院が隣接している王都の神殿についてから、レイチェルはそう思っていたのだけれど……どうみても、ブラッドの顔色が悪い。ずっと血を口に出来ず、飢餓状態なのだから当然なのだけれど……
王都に着くまで約三日。それまでこのままっていうのは、やっぱり酷かしら?
「ブラッドさん、どうですか? お口に合いますか?」
レイチェルがおずおずと彼の皿を覗き込めば、案の定、殆ど手つかずだ。
「んー……」
ブラッドの眉間に皺が寄る。どう答えようか、考えている風である。
レイチェルが慌てて言った。
「やっぱり、血が一番ですよね? ごめんなさい、王都に着いてから言おうと思っていたのですけれど、女神エイル様からの神託を、今お伝えします」
ブラッドの赤い瞳と目が合って、レイチェルはぱっと下を向く。
「毎日、祈りを捧げていたら、女神エイル様が現れて、ブラッドさんが、私にヴァンパイア・キスをすると祝福から解放されると、エイル様はそうおっしゃいました。私の血で、祝福の力が効力を失うそうです」
訪れたのは静寂だ。
反応がない?
レイチェルがそろりと見上げれば、彼は目をかっぴらいている。
◇◇◇
レイチェルの台詞で、ブラッドの一瞬思考が停止する。
え……ヴァンパイア・キス? 性愛とほぼ変わらないあれを君に? レイチェルの白い首筋に目が行き、待ち望んだ血の味と香りが鮮明に蘇って……
「ブラッドさん!」
気が付いたら、ブラッドはばたんと倒れていた。どうやら食器を手にしたまま、背後にばったり倒れたらしいが、も、死んでもいいなんて思ってしまった。尊死だ尊死……
いや、待て待て待て、まだなんにもしていない!
がばっと勢いよくブラッドが起き上がると、レイチェルが泣きながらすがりついてきた。
「だ、大丈夫ですか! 本当に、本当にお腹がすいていたんですね! すみません、すみません、もっと早くに言っていたら!」
なにやら勘違いしたレイチェルに手を、ぎゅうぎゅう握られた。
なんとも言いようのない笑いが、ブラッドから漏れる。
嬉しいが……煽らないで欲しい。可愛すぎて困る。半泣きで見上げられると、君の唇に目が行くし……ヴァンパイアの吸血行為って、性欲にも直結しているから、食欲と性欲どっちも刺激されるんだよな。
レイチェルの白金の髪をそっと撫で、勘違いするなとブラッドは己を戒める。
そうだ、今回のこれは、レイチェル自身がヴァンパイア・キスを望んだわけではなく、女神エイルの指示があったからだ。勘違いして暴走して、レイチェルにあれやこれやなどもってのほか……あれやこれや……駄目だ、鼻血出そう。詳しく想像するんじゃない。
ブラッドが鼻を押さえうずくまると、ピンク髪の猫獣人ニーナが、ぴょんっと進み出た。
「ブラッド、献血必要にゃ? レイチェルだけで大変ならあちしも手伝うにゃ?」
「いや、いらねーよ」
こいつは本当に脳天気だな。
ブラッドはため息をつきそうになる。まったくといって良いほど危機感がない。普通、ヴァンパイアにんな真似をすれば、殺されるっつーの。ちったぁ考えろ。ヴァンパイア・キスが与える快楽は、獲物を捕らえるための罠なんだよ。逃げる気をなくすためのな。
唯一の例外が、愛情がある場合だ。
そう、ヴァンパイア・キスは獲物を逃がさないための毒だが、相手に好意を持っている場合は求愛となる。殺せば獲物で、生かせば求愛。至ってシンプルで分かりやすい。そして俺の場合、レイチェルがいる手前、人間は殺せない。相手を生かす以上、どうしたって求愛行動になっちまう。だから、いらないと言ったのだが……
そこでブラッドははたと気が付き、すっと青ざめた。
――レイチェルだけで大変ならあちしも手伝うにゃ?
そうだ、レイチェル一人で足りるわけがない。二百年断食だ。体がからっからに乾いている。吸血が可能になれば歯止めがきかず、レイチェルの血を飲み干してしまう可能性が大きい。それでも足らずに周囲に襲いかかる可能性も……
まずいまずいまずい……
脂汗が浮かぶ中、ずいっと大柄な女剣士ジョージアナが進み出た。
「お前さ、どれくらい吸血していない? レイチェルに食いついて、本当に大丈夫か? ぱっと見、相当飢えているように見えるけれど……。そういった状態のヴァンパイアって、手当たり次第に人間を襲う場合もあるぞ?」
ジョージアナの指摘に、ブラッドは頭を抱えた。
ああ、その通りだよ! どうしろっつうんだよ!
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