恋した相手は貴方だけ

白乃いちじく

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本編

第四話 猫娘はお友達になりたい

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「まあな。出来るけど二度とやりたかない」

 ブラッドがそう答える。

「向こうの魔術はショボすぎてお話になんねぇよ。召喚に応じた魔物に全負荷がかかってくるんで、下手すりゃ消滅する。俺もあそこまで大変だって知ってたら、やらなかった。途中で引き返すことも出来ねーから、仕方なく通路をがしがし広げて進んだけど……」

 ふっとブラッドが口をつぐみ、ずいっと身を乗り出した。

「あん? どうも見覚えがあると思ったら……お前、レイチェルの同級生か……」
「レイチェルの同級生?」

 セイラが眉をひそめる。

「そうだよ。何が気に入らなかったんだか知らねーが、やたらとレイチェルにからんできやがって。ああ、もう、向こうへ行けよ。まーたゴミ箱へ放り込むぞ?」

 しっしと追い払うようにブラッドが手を振る。

「ゴミ箱って、まさか前世の……ちょ、ちょっと、何であんたがあれを知って……」

 セイラが顔を真っ赤にして声を荒げるも、レイチェルが割って入った。全く話しに付いていけず、レイチェルはブラッドの服をくいくい引っ張る。

「あ、あの、ブラッドさん? クリフが限界っぽいんですけど……」
「ん? ああ……」

 目を向ければ、確かに踊りながら泣き叫んでいるクリフがいる。

「そうだな、そろそろ解放してやるか。さぁ、こっから出て行け! ああ、ダンスは続行だ、もっと足を高く上げろ! そらそら!」

 そんなブラッドの命令が飛び、半泣きのクリフがさらに悲鳴を上げた。

「ひいぃいいいいぃぃいいいいい!」

 ダンスもどきを披露しながら、クリフがその場を離れていき、セイラがその後を追いかけた。

「ちょ、ちょっと、クリフ、ねぇ、待ってよ!」
「いてててててて! 助けてくれぇ!」

 そんな言葉と共に、二人が遠ざかっていく。ダンスが終わると、周囲からは拍手喝采だ。村の若い男達が興奮気味に走り寄ってきた。

「ななな、フォークス、今のもう一遍やってくれないか?」
「ああ、面白い。ダンス上手いんだな、お前。あんなダンス、初めて見た」
「俺もやってみたい、教えてくれよ!」

 随分な人気である。村の若者達にブラッドが取り囲まれている構図なんて、まずもってない。ブラッドはちらりとレイチェルを見、何やら咳払いをした。

「……もっと見たいか?」

 どうやらレイチェルの反応を窺っているようである。レイチェルは笑ってしまった。

「ええ、出来れば是非」

 すると、彼は気を良くしたようで、にっと笑った。

「ようし、お前らこっちへ来い。どうだ? 俺と同じ踊りをやってみたいか?」

 ブラッドがそんな提案をすると、若者達は喜んだ。

「え? 教えてくれるのか?」

 ブラッドがにっと笑う。

「ははは、んな面倒な事やんねーよ。精神操作でいける」
「へ?」

 誰もが顔を見合わせる。
 精神操作……クリフにやったのと同じものを全員にってこと?

「さあ、全員俺の目を見ろ。視線を外すなよ?」

 やっぱり……
 レイチェルは驚いた。こんな大人数、同時に操れるという話は聞いた事がない。普通は一人か、せいぜい二人が限度だろう。ブラッドは遮光マントを必要としないヴァンパイアだから、力が強いだろうと予測はしていたけれど、改めて感じ入ってしまう。すごい、と。

「さぁ、いくぞぉー! レッツ、ダンス!」

 ブラッドが片手を上げれば、全員同じ動作で高々と挙手だ。全員が一糸乱れぬ動きをすると圧巻で、参加者達から拍手喝采があがる。

「凄い、凄い、面白ーい! あちしも混ぜて!」

 あら? 確かクリフと一緒にいた子、よね?
 飛び入り参加したのはピンク髪の猫獣人だ。レイチェルは不思議に思う。クリフはいなくなったのに、どうしてここに残ったのだろうと。
 セイラさんと同じようにクリフを追いかけなくていいのかしら?
 つい、そんな風に思った。

「にゃにゃにゃにゃにゃー!」

 レイチェルの困惑などそっちのけで、猫獣人はノリノリだ。猫獣人なので流石の身軽さで、器用にブラッドのヒップホップダンスにまざり、大受けである。いいぞー、の拍手喝采だ。

「あちし、こいつ気に入った! 一緒に飲みたいー!」

 ダンスが終わるやいなや、ピンク髪の猫獣人がブラッドに抱きつこうとして、さっと避けられる。

「ニーナ、お前ねぇ……」

 ため息をついたのは、やはりクリフと一緒にいた大柄な女剣士だ。夏祭りだというのに、大剣を背負ったままである。どうやら踊る気はないらしい。

「そいつ、ヴァンパイアだぞ? 気軽にハグは止めた方がいい」

 女剣士がそう忠告すると、ニーナと呼ばれた猫獣人が反発した。

「でも、そいつ、無害だって皆言ってるにゃ?」

 ええ、村の守護者だもの。
 レイチェルは心の中で頷くも、大柄な女剣士の意見は違うようだ。

「ニーナ、もう一度こいつの目を見てみろ。よーくな。本当に無害か?」

 猫獣人の琥珀色の瞳が、ブラッドの赤い瞳と交差する。彼女のピンク色の耳と尾っぽの毛がぞぞぞと逆立ち、ぶるりと体を震わせた。

「め、目が怖いにゃ!」
「そうそう、分かったか? こいつは無害なふりをしてるだけだ」
「あのう……」

 レイチェルはそろりと割って入った。
 ブラッドさんの事なら心配いらないわ? とっても優しいヴァンパイアだから、そう言おうとしたレイチェルだったが、はっしとピンク髪の猫獣人に抱きつかれて驚いた。

「あ、そうだ! なら、彼女と一緒に酒盛りはどうにゃ? それも駄目?」

 レイチェルが目を白黒させる。

「え? あのう?」

 猫娘のニーナが、それこそ甘えるような猫なで声を出した。

「あちし、冒険者としては結構有名にゃ? 疾風のニーナ、聞いた事にゃい?」
「疾風のニーナ……」

 レイチェルはぼんやり繰り返し、あっと気が付く。
 そうだわ、二人組の有名な冒険者の片割れが、疾風のニーナだったはず。疾風のニーナは風使いで、鍵開けの名人。豪腕のジョージアナは、文字通り怪力で、鬼人の脳天でもかち割る。

「知ってます! あ、じゃあ、もしかして、あなたは豪腕のジョージアナさん、ですか?」

 レイチェルが大剣を背負った女戦士にそう問う。日に焼けて引き締まった顔は精悍だ。大柄な女剣士ジョージアナが頷き、猫獣人ニーナの顔がぱっと輝いた。

「そうそうそう、それにゃー! どうにゃ? あちしと酒盛りしたくない?」
「ちょ、レイチェルにすり寄るんじゃねぇ!」

 ブラッドがニーナを引っぺがそうとするも、レイチェルがそれを止めた。

「あ、あの、待って、待って下さい。私も一度お酒を飲んでみたいです。せっかくの夏祭りですし、みんなで少し騒ぎませんか?」

 そう、自分は丁度十六歳になったばかりである。レイチェルがそう言って取りなすと、ニーナの琥珀色の猫目にじわりと涙が溜まった。感激したらしい。

「にゃー! 優しいにゃー! レイチェルは良い人にゃー! 可愛いし優しいし良い匂いするし、最高にゃー! クリフがどうして彼女を振ったのか分からにゃい!」
「ニーナ、蒸し返さない方がいい」

 ジョージアナが止め、ニーナの耳がしおれた。

「あ、あ、ごめんにゃ?」
「いえ、大丈夫よ。行きましょうか?」

 レイチェルが無理矢理笑う。
 そうよ、少しは騒いだ方がいいんだわ。酔って騒いで、嫌なことは忘れよう。明日からは新しい一日を始められますように……

「あいー!」

 ニーナが喜んでレイチェルの腕に抱きつき、すりすりと身をすり寄せると、何故かブラッドが、後方から彼女の頭をぱんっとはたいた。

「な、なにするにゃー」

 猫娘のニーナが抗議するが、ブラッドはふいっとそっぽを向き、「羨ましいことしやがって……」などという台詞を口にした。どうやら、自分も彼女のようにしたかったらしい。


◇◇◇


 レイチェル達が集まったのは、夏祭りで設置された酒場だ。昼間なので酒を飲みに来ている客はまだ少ない。馬鹿騒ぎはまだまだこれからといったところか。

「レイチェルは聖女候補? 平民じゃ珍しいにゃ?」

 話しつつ、猫獣人であるニーナのピンクの猫耳と猫尻尾がぴょこぴょこ揺れる。

「ええ、そうですね」

 レイチェルが笑って答える。
 そう、魔力を持った平民は珍しい。そして、神聖力をもった平民はもっと珍しかった。貴族の庶子ではないかと疑われてしまうほど。けれど、自分は両親の実の子である。

「王都の大神殿で修行中かにゃ?」
「いえ、私は、その……両親と別れたくなかったから、大神官様に頼んで村で暮らせるようにしていただきました。なので、必須の修行は村の教会で行っています」

 聖女になるには、十六才で聖女認定試験に受かる必要がある。そして認定試験を受けるにはは四年間の修行が必要だ。なので、洗礼の儀で素質ありと見なされた乙女達は、十二才から神殿で修行するのだが、レイチェルの場合はそれを村の教会で特別に行って貰ったのである。

「ふーん? でも、神聖魔法は? 王都の神殿に通って教えて貰ってるにゃ?」
「村の神官様に教えていただいています」
「村の神官……」

 レイチェルの言葉をぼんやり繰り返し、ニーナの猫耳と猫尻尾がぴんっと立つ。

「え? えぇええええええ? この村に配属された神官って、神聖魔法が使えるにゃ? なら、ただの神官じゃなくて、聖神官ということになるにゃ!」
「え、ええ……」

 レイチェルは曖昧に笑うしかない。

「この村、何かあるにゃ? もの凄い功績をあげたとか? 王様から感謝されたにゃ?」

 ニーナの驚きを理解し、レイチェルは身を縮めた。神聖魔法を使える聖女や聖神官は希少である。なので普通は、こんな田舎に派遣されるなどまずありえない。

「いえ、なにも、ないと思います」

 レイチェルはそう答えるしかなかった。
 そう、女神エイルの印を持つ、聖印の乙女である自分がいる意外には……。けれど、大神官との誓約で、自分が聖印の乙女であることを明かすことは出来ない。正式な聖女となるまでは秘密を守ること。これが神殿と交わした約束なのだ。

 だから、あの老齢な神官は、へまをして左遷されてしまってね、などという不名誉な理由を自らでっちあげて、ここへ配属された理由を誤魔化した。本当の理由は、聖印の乙女である自分に対しての優遇措置である。大神官様の計らいだ。
 エイミーが口を挟む。

「確か、左遷されたって聞いたわよ?」
「にゃにゃっ! そ、それは気の毒にゃ……」

 聖神官がでっち上げた理由を聞いたニーナの猫耳がくんにゃりとしおれた。

「ね、ヴァンパイアも酔っ払うの?」

 顔を赤くしたエイミーが興味津々、ブラッドの方へ身を乗り出した。レイチェルも同じようにブラッドに目を向ける。彼も酒を口にしていたが、顔色は青白いままでちっとも変わっていない。まったくの素面に見える。

「……一応。でも血臭の方がふわふわと良い気分になるな」
「ふーん、さすがヴァンパイアね」
「まーな……」

 そう答えて、ブラッドは手にした酒をあおった。

「お前、食事はどうしてる?」

 ブラッドにそう声をかけたのは、猫獣人ニーナの相棒、女剣士のジョージアナだ。ブラッドを見る目つきは鋭く、警戒しているように見える。酒に強いのか彼女も素面と変わらない。

「……血なら飲めない」

 ブラッドはつっけんどんにそう答え、女剣士のジョージアナは驚いた。

「飲めない? え、なんで……」
「理由なんかどーだっていいだろ? 村に被害出てるか? あ?」
「いや、出てない、けど……」

 レイチェルは痩せて骨張ったブラッドの手をじっと眺めた。
 こんなに痩せちゃったのは、血が飲めないからよね、きっと……。女神エイル様も何故こんな真似をしたのかしら? 祝福だと言っていたから、彼の願いを叶えようとなさったのだとは思うけれど、意味が分からないわ。どう見ても彼が気の毒よ。

 レイチェルは痩せ細ったブラッドに今一度目を向ける。
 女神様に毎日祈りを捧げるから、待ってて? ちゃんとお食事出来ますように……そんな事を願いながら、酔いの回ったレイチェルはいつしか、すやすやと寝入ってしまっていた。

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