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本編

第三話 ダンス・ダンス・ダンス

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「うわあ……」
「美人じゃん」
「クリフ、うまくやったなぁ」

 夏祭りの会場で、そんな声が漏れ聞こえてきて、レイチェルはぴくりと反応してしまう。目を向けると案の定、例の黒髪美少女のセイラを連れたクリフがいた。今回彼は、夏祭りには出てこないかと思ったけれど、しっかり参加するようである。新しい恋人と一緒に……
 やっぱり夏祭りの参加は止めた方が良かったかしら。
 そんな後ろ向きな思考がレイチェルの脳裏をよぎる。

「でも、レイチェルは? 恋人だったろ?」

 そんな指摘にやはりレイチェルは動揺してしまう。けれど、クリフはまったく気にしていないようで、陽気にパタパタ手を振った。

「いや、違う違う、あいつとは単なる友達だよ、と、も、だ、ち」
「ええ? そうなのか?」

 ズキリと胸が痛んだ。
 単なる友達……
 好きだよレイチェル、結婚しよう、そう言ってくれたクリフの笑顔がまだ鮮明に記憶に残っている。なのに……ぐっと誰かに肩を引き寄せられて、レイチェルははっと我に返った。

「踊ろう、レイチェル」

 目にしたのはブラッドだ。ぐいぐい連れて行かれてしまう。

「あ、その……」

 強引にダンスホールまで連れ出されて、戸惑っていると、ブラッドが耳元に口を寄せた。

「あんな奴の言葉は聞かなくていい」

 そう囁かれて、レイチェルははたと気が付く。あの場から連れ出してくれたのだと。ダンスホールで差し出されたブラッドの手にそっと自分の手を乗せれば、ぐっと握られる。どきりとした。こんな風に彼を異性として意識したことがなかったからなおさら……

「……フォークスさん、ダンス上手いですね?」

 レイチェルは踊りながらそう口にする。意外だった。もの凄く踊りやすい。

「……ブラッドだ」

 そんな台詞が返ってきて、レイチェルが彼の顔を見上げると、彼はふいっと視線を逸らした。

「その、出来れば、名前で呼んで欲しいかなって……」

 ちょっと照れくさそうで、レイチェルは笑ってしまった。

「ブラッドさんは、その、ダンスが上手いですね、とっても踊りやすいです」
「まぁ、長生きしているからな」

 長生き……そうよね、不老不死のヴァンパイアだものね?

「ジャズダンスもタップダンスも踊れるぞ?」

 そう言って、ブラッドがにっと笑う。
 レイチェルは首を捻った。聞いた事のないダンス名である。

「タップダンス?」
「こう、リズミカルに床を踏みならしながら踊るやつ。ノリが良いし、勢いがあって俺は好きなんだけど、こっちの世界にはねーな」

 こっちの世界……ブラッドさんは時々不思議な事を口にする。まるでこことは別の世界を行き来しているかのよう。ヴァンパイアだからかしら?

「レイチェルの目は、お日様色だよな?」

 ふと、ブラッドがそんなことを言い出し、見上げると血の色の彼の瞳と目が合った。お日様色? 自分の目は珍しい金色だ。けど、お日様色なんて言われたのは初めてである。眩しいものを見るように目を細め、ブラッドが笑った。

「そそ、太陽みたいで俺は好きだ」

 レイチェルは笑ってしまった。

「ヴァンパイアなのに、お日様が好きなんですか?」
「ああ、レイチェルに似合う色だから」

 楽しそうに言われて、やっぱり照れくさい。

「ブラッドさんって、本当、好意を隠さないですよね」
「隠していいこと一つもないからな」

 ブラッドの眉間に皺が寄る。横から君をかっさらわれたと、なにやら恨みがましい。

「あの……ブラッドさんは、お腹は空かないんですか?」

 レイチェルは話題を変えた。

「もちろん減る。今んとこ飢餓状態だ」
「え? あの、だ、大丈夫なんですか?」
 
 レイチェルは目を見張った。血が飲めないからよね?

「死にはしないが、力は出ない」
「血の代わりになるものって、何かあります?」
「レイチェルの手作りパンなら」

 即答されて、やはり恥ずかしい。どうして彼はこうも直球なのだろう。

「なら、その……ブラッドさんの好きなパンを作りましょうか?」

 そろりとレイチェルがそう言うと、彼が嬉しそうに笑った。

「だったら神聖力じゃなくて瘴気を練り込んで欲しい」

 自分が作って店に並べるパンには神聖力が練り込んであって、普通の人なら元気になる仕様だ。

「難しい注文ですね……」

 レイチェルはむぅっと考え込む。瘴気なんて扱ったことがない。瘴気を閉じ込められる魔法瓶があったけれど、あれはあくまで瘴気を閉じ込めるだけである。それをパンに練り込む……出来るものかしら? やってみないとなんとも言えない。

「神聖力の入っていない普通のパンでもいい」

 ブラッドにそう妥協されたけれど、レイチェルは首を横に振る。
 いえ、それでは意味がありません!

「大丈夫です、瘴気入りのパン! 作ってみます!」

 レイチェルは張り切った。これで少しでも彼の空腹が収まるのなら万々歳である。そこに聞き覚えのある声が割り込んで、レイチェルの心臓がどきんと跳ねた。

「男の趣味わりーな、レイチェル。もてないからってそれはねー……」

 見なくても分かる。クリフだ。
 きっと例の黒髪の女の子と踊っているのだろう。そんな姿をみたくなくてレイチェルが俯けば、ぐっとブラッドに引き寄せられる。彼に抱きしめられたように感じ、どきりとなった。耳に勝手に滑る込むのは、クリフの不愉快そうな声だ。

「お前さ、ほんっと、もうちょっと相手を選べよ。なぁ? 俺に振られて寂しいのは分かるが、フォークスはやめとけって。ぱっと見、死人みたいで目も当てられねぇよ。ほんっと不細工だ。一緒に歩けば、お前の評判も落ちるぞ? いい笑いものだ」

 なんだろう、かぁっと頭に血が上った。家族を侮辱されたような気分だった。弟のチャドは彼を兄のように慕っていたけれど、自分だって同じである。

「やめて!」

 ダンスの足を止め、レイチェルは真っ向からクリフを睨み付けた。
 驚いたようなクリフの顔とかち合えば、思った通り、例の黒髪の彼女と楽しそうにダンスを踊っていたけれど、かまわなかった。それくらい腹が立っていた。

「ブラッドさんは不細工なんかじゃないわ! その上、ダンスは上手いし、働き者だし、とっても優しいわよ! それにね! 彼はずっとずっと村を守護してくれてたじゃないの! もうちょっと感謝ってものをしたらどうなのよ? 平温無事でいられるのは、一体誰のお陰なの?」

 クリフはだじだじだ。こんな風に声を荒げた自分を見た事がないからかもしれない。いつだってエイミーとクリフの喧嘩を止めるのは自分の役目だった。でも、止まらない。
 悔しくて、悲しくて……

「な、なんだよ、いきなり。そんなに怒るようなことか? 俺はもうちょっと別の奴にしろって言っただけ……」
「余計なお世話よ!」
「ああ、そうだな。余計な世話だ」

 そう言って立ちはだかったのはブラッドだ。レイチェルの目に映るのは彼の大きな背中だけ。改めて見ると彼の背は高い。騎士志望のクリフよりも……

「俺とダンス勝負でもすっか?」

 そんなブラッドの声が聞こえた。

「ダンス勝負?」
「そそ、先に踊れなくなった方が負け」
「はぁ? なんだそりゃ? 体力勝負ってことか?」
「ひひひ、体力がなくなるまで、俺について来れりゃ褒めてやるよ」

 にいっと笑う顔はやはり魔性のものである。
 ブラッドが演奏をしていた人達に声をかけると、突然、テンポの良い曲に切り替わった。みんなでどんちゃん騒ぎをする時のような曲だ。クリフが顔をしかめた。

「おいおい、なんだよ、この曲。こんなんでどうやって踊れって……」

 言いかけた文句は、威勢の良いブラッドの声にかき消された。パチンと彼が指を鳴らす。

「ヘイ! レッツダンス!」

 ブラッドの赤い瞳が輝き、クリフの体がぐらりと揺れた。クリフの目が一瞬うつろになり、レイチェルはあっと思う。
 もしかして精神操作?
 レイチェルはそんなことに気が付いた。
 記憶を消したり、思い通りに人を動かすヴァンパイアの精神操作は有名だ。強い意志力があれば跳ね返せるらしいが、普通は無理である。なので、ヴァンパイアに対抗する場合は、目は見るなと教わる。視線を合わせなければ、術にかかる事もないからだ。

 わぁっと歓声が上がる。
 ブラッドが披露したダンスが素晴らしかった。アップテンポの曲に合わせたリズミカルな踊りで、とにかく格好いい。チークダンスとは違い、まるでアートを見ているかのよう。あんまりにもノリがいいので、真似をする人達も出始めた。

「おい、あれ……妙なダンスだけど面白い?」
「ああ、なんか格好いいよな」
「いいぞ、もっとやれー」

 村の若い連中から声援が飛ぶ。
 ただし、クリフはなんだか笑えない状態になっていたけれど……

「なななな、なんだこれはなんだこれはなんだこれは!」

 そう言って、ブラッドの動きを真似ている。
 精神操作で無理矢理体を動かされているからなのか、ブラッドの動きと似ているようで似ていない。もどき……、そうもどきだ。高く足を振り上げても、背中で地面を回転しても、大きく跳躍しても、ブラッドのそれとは似て非なるもの……

「うわっ、かっちょ悪い」

 遠慮なくエイミーがそう口にする。
 えっと……どうしてこうなるのかしら?
 足の上げ方は中途半端で、跳躍力も足りない、クリフのダンスはおしなべてそんな風である。

「ブラッド一人で良くない? まぁ、クリフのへこへこダンス、笑えるけどさ」

 とエイミーがこれまた容赦がない。完全に高みの見物だ。

「これは一体何なんだよぉおおおおお!」
「ヒップホップダンス?」

 クリフの問いにブラッドがそう答えた。多分、ダンスの名称なのだろうけれど、やっぱりレイチェルには分からない。耳にしたことのないダンス名だ。

「かかか体が勝手に動く! ってか止まらな痛ぇええええええ!」

 両足を大きく広げる動作は、クリフにはきつかったらしい。ブラッドが笑った。

「ははは、いてーか、そーか、そりゃ良かった。股裂きだもんな? ほんっと、体かてーよ、お前。騎士学校でもう一遍鍛え直してもらえ」

 ブラッドがくるりと空中で一回転し、同じ動作を真似たクリフは失敗し、顔面から地面に激突だ。
 ちょ、あの、痛そう!

「きゃあ! クリフ!」

 だらだら鼻血を垂れ流すクリフを見て、セイラが悲鳴を上げた。

「あ、あの、ブラッドさん? やり過ぎは、その……」

 レイチェルが止めようとするも、その前に怒り心頭のセイラが割り込んだ。

「ちょっと、あなた!」

 セイラがずかずかとブラッドに詰め寄った。

「なんでヒップホップダンスなんて踊れるのよ? こっちの世界にはそんなものなかったはずよ! あんたも転生者なの? そうなのね? そうなんでしょ!」

 転生者? セイラが言った意味が分からず、レイチェルは首を捻るが、それはブラッドも同じだったようで、困惑したようだ。

「転生者?」

 ブラッドが首を傾げると、セイラがまなじりを吊り上げた。

「しらばっくれないで! ヒップホップダンスなんて、あんた、どこで習ったのよ!」
「どこって……アメリカっつー国?」

 けろっとブラッドが言うと、一瞬、セイラの動きが止まる。

「え? あんたアメリカ人?」

 ブラッドの眉間に皺が寄った。

「んなわけねーだろ? 俺はヴァンパイアだっつーの。魔界が故郷だよ、阿呆」
「え? だ、だって今、アメリカって言った! そこに住んでたんでしょ?」
「観光しただけ」

 ブラッドの口調は、文句あるかと言いたげだ。

「か、観光? じゃ、住んでた場所は?」
「魔界が故郷だっつったろーが、何遍言わせんだ、頭いかれてんのか?」
「だ、か、らぁ、なんであんたが、アメリカを知ってるのよ?」

 ブラッドがじろりと睨めば、セイラが気圧されたように身を引いた。

「……お前こそなんで知ってる?」

 脅すような口調だったが、セイラは虚勢を張った。

「わ、私は元日本人だからよ! 転生前の記憶があるの! さぁ、あなたの番よ! 答えて!」
「元日本人? ああ、成る程、異世界からこっちへ転生したってわけか……ま、答える義務なんかねーけど、俺はこの世界のヴァンパイアで、向こう側に渡ったことがあるだけ。つまり、日本もアメリカも観光したことがあるんだよ。理解出来たか?」

 セイラが目を丸くする。

「え? あんた、そんな真似、出来る、の?」

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