上 下
50 / 63
第二章 銀色の拘束

第五十話 赤い糸の先は

しおりを挟む
「まさか恋人……」
『じゃかましいわ! 人の古傷をつつくな!』

 ミネア様がすかさず叫ぶ。
 古傷なんだ。ってことはやっぱり、地獄の王とミネア様は恋人同士だったってことか? えー……地獄の王とミネア様のランデブー……あんま想像したくない。世界が終わりそうだ。別れて正解だな、うん。人間が駆逐される未来しか見えないってどうよ。

「地獄の王は人類に滅亡して欲しいのか?」

 私がぽつりとそう言うと、

『そりゃ、解放されるからな』
「解放?」
『そ、神魔の最終戦争は人類が滅亡すると始まるって、反乱鎮圧時に宣言されている。だから、人類が滅亡すると、あいつは自分を地獄につなぎ止めている鎖から解放されて、覇権を巡って神魔の争いになるんだ。ただし、あいつ自身の力で人々を滅亡までもっていった場合、永久に解放されない。そういう約束なんだよ』

 うっわ。そんな約束事があるのか。

『だから、魔人シヤイタンに人類が滅ぼされるなんて未来を知ったら、見逃すわけがない。絶対妨害に回る。あいつにとっちゃ、魔人シヤイタンの来襲は渡りに船ってわけ。分かったか?』
「だからサイラスも命を狙われている?」

 地獄の王の手先はサイラスの命を狙っていた。

『ああ、あれは違う』

 ミネア様がパタパタ手を振った。

『そもそも人間達が魔人シヤイタンに滅ぼされる未来は、あいつはまだ知らないはず……。未来を見通せるのは神界だけだからな。マルティスの魂が目的だよ。殺せばマルティスは地獄落ちするから、どうしても殺したいんだ。神族の魂が手に入るなんて好機は、滅多にないからな。しかもマルティスはユーピニーに次ぐ実力者だ。神魔の戦いで相当な戦力になる。ディーにとっちゃ、喉から手が出るほど欲しい逸材ってわけだ』 

 私は目をむいた。

「サイラスが地獄落ち? 神族だろ? 地獄の王と契約もしていないのに!」

 私が叫べば、ミネア様が憤然と怒鳴り返す。

『だから! 魔人シヤイタンどもの血の狂気を浄化するために、あいつらの不浄の血を飲み込んだって言ったろうが! その血が重りになって、死ぬと地獄へ引っ張られるんだよ! 人類救済って簡単に言ってくれるが、こっちにとっては地獄落ちしかねない、もの凄く危険な行為なんだ! 神族のあいつが地獄落ち? やってられるか! あたしとしては人類を見捨てて、そのまま最終戦争に突入した方がいいって思ったくらいだよ!』
「回避する方法は!」
『だ、か、ら! さっきっから、血の浄化だって言ってるだろぉがぁ! なんべん言わせるんだよ! 合成種ダークハーフの血の不浄を浄化して狂気を消滅させる! 血の浄化が終われば、あいつは闇から解放される! 本来の自分に戻れるんだ! たとえ死んでも地獄落ちしない! 分かったかぁ!』
「浄化……」

 ぼんやりとそう呟けば、ミネア様がきっとヨアヒムを睨み付け、

『そうだよ! なのにこのろくでなしは精霊の笛を吹かない。あいつに無用な殺人をさせて血の狂気を加速させる! 足を引っ張りまくって、全然血の浄化が進んでない! 何なんだよ、これは! あたしが出てくる時には、マルティスの封を解くはずだったのにぃ! 本当に死ね! 今すぐ死ね! 地獄へ落ちろ! っていうか、今すぐあたしが地獄へ送ってやる! ディーの責め苦を延々味わえぇええええ!』
「落ちついてぇえええええ!」

 ストップストップぅ! ヨアヒムの首を絞めないで!
 ああ、ヨアヒムが青ざめて、ぷるっぷる震えている。これ以上虐めると、本当にお亡くなりになりそうだ。心臓発作とかで……。それは勘弁。

「私に何か出来ることは?」
『あいつに無用な殺人をさせないこと』

 ミネア様が憮然とそう答えた。

「殺人をさせない……」
『これ以上あいつが、血の狂気に飲み込まれないよう配慮するんだ。血の狂気の活性化が一番やばい。あいつの周囲を清浄な空気で保つ。分かったか?』

 分かった。

『それと、言っとくけどな。浄化に失敗して、マルティスが地獄落ちにでもなろうものなら、あたしはあんた達の敵に回るからな? あたしの助力なんか期待すんなよ? 人間の信仰心なんかくそくらえだ。ユーピニーの怒りなんか知ったことか。そもそもマルティスがいるから、あたしは神界に残ったようなもんなんだから』

 もしかして……。

「地獄の王って、元々は神族だったんですよね? 神界で反乱を起こして地獄落ちになったって聞いてますけど、もしかしてミネア様も一緒に付いて行きたかった、とか?」
『行かない!』

 ミネア様がぷいっとそっぽを向く。

『大っ嫌いだ! あんな奴! 愛してないって言いやがった! 死ね、くそったれ!』

 どう見ても、拗ねてるって感じだよなぁ……。ははは、やっぱり地獄の王とランデブー……見ない見ない。見ざる言わざる聞かざるで行こう、うん、そうしよう。

「とにかく、この先、サイラスの狂気が暴走しないよう注意すればいいんですね? で、ヨアヒムが精霊の笛で浄化の手伝いをすると」
『そーいうこと』

 あ、ミネア様が笑った。

『お前が添い寝をするのも効果大だ』
「へー、私が添い寝……」

 え? 添い寝?

「何で!」

 ぎょっとなって問い質せば、

『何でって、お前は神界の光を取り込んでるだろ? お前が傍にいれば、あいつの魂が活性化する。特に睡眠時に神界の光が加わると効果大なんだ。血の浄化がぐんぐん進む。本当ならあたしがやってやりたいけど、憑依にも限界があるから、お前がやれ。特別に許可してやる。ありがたく思え』
「いや、でも、サイラスに拒絶されまくってるんですけどぉ!」

 事情を話すと、ミネア様が顔をしかめた。

『あん? 自分が殺すかもしれないから手元に置きたくない? 逆だ馬鹿。聖女が傍にいると狂気の揺れが収まるから、無用な殺人を避けれる。いいから何が何でもへばりつけ。じゃないと折檻だ!』

 いや、あの、嬉しいんですけどぉ! 説得できるかな?
 その後、揃ってサイラスの所まで行くことになったけど、大丈夫かな? エドガーを途中で拾うと、何故かロイまで加わり大所帯に。今回はゼノスとロイとエドガーだけじゃなく、ルーファスとヨアヒムまでいるからな。

 んで、見張りをしていたユリウスに驚かれた。
 大所帯だから、じゃなくて、ミネア様の姿に驚いたようだ。確かに、ミネア様の見た目は神々しくて、度肝を抜かれるよな。六枚の銀の翼を持った絶世の美女だ。中身は地獄の王とランデブーする精神だから、超怖いけど。
 で、どうなることかと思ったけど、

『ユリウス・クラウザーだな? お役目ご苦労さん。加護をやるから剣よこせ』

 うわっ! ミネア様が超ご機嫌だ。
 もしかして、ユリウスはサイラスの護衛をしているからか? いや、あれだ。ユリウスはサイラスに対して忠誠心に厚いって言ってたから、そのせいかも。
 ユリウスが恭しく跪き、

「戦女神様のお言葉、ありがたくお受けします」

 そう答えた。南国の騎士としての礼節だ。
 あー、そういや、あっちは血の気の多い連中が多いからか、最高神のユーピニーよりも、確か戦女神と軍神の二神の方が人気が高かったっけ。強さこそ正義、みたいなところがあるんだよなぁ。拳で語り合う奴が喜ばれると。分かりやすい民族だ。
 ミネア様がユリウスの剣に触れると、一瞬雷撃がほとばしり、消える。

『雷剣だ。この剣の主人はお前。お前以外にこの剣は従わないから注意しろ?』
「ありがたき幸せ」

 そう答えてユリウスは剣を高々と掲げた。雷剣かぁ……威力、凄そうだな。
 んで、中に入った途端、

『マルティスうううううぅう!』

 感極まったように、ミネア様が両手を広げて、サイラスに抱きつきかけるも、さっと避けられる。先までの威厳、どこ行った? ミネア様、成長しない……。

しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました

柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」  結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。 「……ああ、お前の好きにしろ」  婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。  ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。  いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。  そのはず、だったのだが……?  離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。 ※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...