元妻は最強聖女 ~愛する夫に会いたい一心で生まれ変わったら、まさかの塩対応でした~

白乃いちじく

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第二章 銀色の拘束

第四十九話 予言の意味

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 その後、ルーファスが用意してくれた茶を、ミネア様がふてくされ気味に口にする。今は全員、一つのテーブルを囲んで茶を口にしていた。
 先程の凄惨な光景が嘘みたいにのどかな風景だ。視界の端に、床に広がった血潮が見えるので、夢で無い事は確かだけれど……。

「も、痛くない?」

 私がそう声をかけると、腕をなくしたヨアヒムが恐る恐る頷いた。もの凄く顔色が悪い。震えているし、怯えまくっているのが傍目にも分かる。

 ルーファスの話では腕を再生できるらしいけど、時間がかかるとのこと。その間は魔術で形作った義手で対処するだと聞かされた。無くしたのが利き腕じゃないからまだましだけど、しばらくは不便な生活が続きそうだ。
 青ざめた様子のヨアヒムに、ミネア様がちらりと視線を走らせ、

『ほんっとだらしない』

 そう吐き捨て、ヨアヒムがびくんっと体を震わせる。

『なんだよ、そんくらい。腕の一本や二本どうだっていうんだよ? マルティスの味わった苦しみに比べればへでもないだろ? これだから精霊は嫌いなんだ。ちょっと小突いただけで、ぷるぷるぴーぴー、弱っちくて嫌になる』

 ミネア様が憤然と言い切った。がちゃんと乱暴にカップを置き、その音でまたヨアヒムがびくんと跳ね上がる。ミネア様がじろりと睨み付けた。

『お前をこっちに送り出す時も大変だった。合成種ダークハーフの狂気に怯えてめそめそ泣くし! 精霊王の加護があるから大丈夫だっていうのに、まったく……』
「精霊王の加護?」

 そう問うたのは私だ。

『そ、精霊王の加護付きだから、こいつは狂気に飲み込まれないんだよ。精霊ってのは純粋無垢な分、汚れに対する耐性がまったくないからな。そのまんま合成種ダークハーフの体なんかに入れたら、三年が限度で自害だ。意味ないっての』

 私は驚いた。

「精霊王の加護があるから、ヨアヒムには狂気がないのか!」
『狂気がないんじゃなくて、影響を受けないだけ。こいつが子供をつくったら、やっぱり狂気持ちで生まれてくるから注意しな』

 あ、そうなんだ……。

「で、なんでサイラス様がお前の母親に乱暴したなんて思ったんだ?」

 口を挟んだのはゼノスだ。あ、こいつも怒ってる? そんな感じだ。

「だって……」

 ヨアヒムがちらりと私、じゃないな、ミネア様の顔色をうかがう。

『この際だから全部言っちまいな。一応最後まで聞いてやるから』

 ミネア様がそう言った。一応……やっぱり空気が不穏だ。

「あいつが……」
『サイラス様かマルティス様!』

 ミネア様にばんっとテーブルを叩かれ、ヨアヒムが飛び上がる。ついでに食器も……。よっぽど怖いんだな。ヨアヒムは戦々恐々としている。震える小動物っぽい。何とかしてやりたいけど、こっちは体動かせないんだよなぁ。
 ミネア様がずいっと押し迫った。

『きちんと敬称を付けろ。マルティスに敬意を払え。おまえ、ほんっとむかつくぞ。あいつは神族! しかも高位のな! お前とは格がぜんっぜん違うんだ! 本来なら顔を見ることすらおこがましい。なのに、何ため口きいてんだよ! 這いつくばれ、この虫けらが!』

 ミネア様の罵倒に、ひっと喉を詰まらせ、ヨアヒムが言い直す。

「サ、サイラス様が僕の、奇跡の合成種ダークハーフの子供を欲しがって、それで、その、僕に子供を作らせようとしたから……」
「それで?」

 ゼノスが先を促す。私も意味不明だ。それが何で母親のレイプに繋がる?

「あいつ……じゃなくて、サイラス様は僕の子供を欲しがったけど、その、僕は嫌がって子供を作らなかった……」

 ゼノスが淡々と言った。

「そうだな。知ってる。娼婦全員蹴ったんだよな、お前。あれも嫌、これも嫌って……どんだけ好みに煩いんだよ、お前は。失礼にもほどがある」
「だって! 好きじゃない相手となんか嫌だよ!」
「ああ、分かった、分かった。それで?」
「だ、だから、僕が駄目なら母さんに無理を強いるんじゃないかって……」
「それでレイプ? お前の思考腐ってる」

 ゼノスが眉間に皺を寄せ、呻いた。
 ああ、うん、まぁ……私もちょっと思ったぞ。短絡的というか、サイラスの人柄全否定か? 何でそこまで……あ、合成種ダークハーフだからか? ヨアヒムの場合、合成種ダークハーフは全員、人非人だって思っている節があるからな。
 ヨアヒムは涙目だ。

「だってだってだって! あいつ、いや、サイラス様が言ったんだ! 母さんが子供を産んでくれればって……だから、だから、母さんを僕の身代わりにするつもりなんだって思ったんだよ! 子供を作ろうとしない僕に対する脅しだって、そう思ったから!」
『それ、そのまんまの意味だからな! 希望だ希望! お前の母親は子供を生めなかった! 頼もうにも頼めなかったんだよ、このどすかたん!』

 ミネア様の台詞にヨアヒムが目を見開く。

「子供を産めない?」
『お前の母親は体にそういう欠陥があったんだ! お前を生んだのが最初で最後! たとえ性行為をしても子供を産めない! 聞いてみな! マルティスが同じ答えを口にするはずだ!』

 ヨアヒムが目を見開いた。

「じゃ、じゃあ……僕の勘違い?」
『最初っからそうだって言ってるだろーが! お前は脳みそまで腐ってんのかぁ!』

 ぎりぎりぎりとミネア様に片手で頭を締め付けられて、ヨアヒムが悲鳴を上げた。ミネア様落ち着いてぇ! そのままだとヨアヒムの頭蓋骨割れるからぁ! マジ死ぬぞ!

「ごめんなさあい!」
『それ、マルティスに言え!』
「言います、ちゃんと謝ります! お願い、許してぇええええ!」

 ヨアヒムの懇願を聞いて、ミネア様はようやく手を放してくれた。

「で、そのう、ミネア様、聞きたいことがあるんですけど……」

 私は恐る恐るそう聞いた。サイラスと敵対したくない! 予言の書の意味を教えてくれ! 藁にも縋る思いで、凶星がサイラスだと星読みに断定された話をすると、

『ああ、それが?』

 ミネア様にさらっと言われてしまう。

「それがって……」
魔人シヤイタンの血の狂気を浄化する為に、あいつは不浄の血を飲み込んでるんだから、一旦は闇落ちするのは当たり前。凶星になるに決まってるじゃん。だから記憶もないし、神族の本領を発揮できない状態になってんだろ? 何言ってんだよ、今更』
「世界を滅ぼす災厄の星ってのは?」
『あいつが血の不浄の浄化に失敗すりゃ、そーなるって警告だよ。マルティスが魔人シヤイタンの王になっちまったら最悪だ。人類滅亡まっしぐらだからな』

 魔人シヤイタンの王? ああ、魔人シヤイタンの王をサイラスが倒せば、サイラスが魔人シヤイタンの王になるってあれか? でもなぁ……。

「サイラスが魔人シヤイタンの王になったら、戦争を止められるんじゃないか?」

 絶対服従なら、命令一つで戦争を止めさせられるだろうに。そう思ったけれど、

『ばーか。マルティスが魔人シヤイタンの王になんかなったらな、あいつは全力で人類を抹殺しようとするよ。人類滅亡がさらに加速する』

 ミネア様に鼻で笑われた。

「え? でも……」
魔人シヤイタンの王になるってのは、そういう事だ。魔人シヤイタンの意識になっちまうんだよ。人としての意識が失われる。あいつがあいつじゃ無くなっちまうんだ。魔人シヤイタンの精神構造と人間のそれは違うって事にそろそろ気づけよ。だから合成種ダークハーフはあんなに苦しんでるんだろ? 精神構造の齟齬が原因だ。ちなみに魔人シヤイタンどもは殺戮を心底楽しんでいるからな? 合成種ダークハーフみたいに苦しんだりしない』

 多分、青ざめたと思う。魔人シヤイタンの意識……人としての愛念が失われるってことか? そんな事って……。

「じゃ、じゃあ、救世主メシアが凶星を打ち砕くってくだりは!」

 これが一番問題だ。サイラスとやり合うって事だよな? そう思って問うも、

『浄化が終わったら、あたしがマルティスの封を壊して、あいつの力を解放するって意味だよ。本来のあいつに戻すんだ』

 ミネア様がそんな風に答えた。

「封?」
『マルティスは高位神族だぞ? 狂気に走って暴れ回ったら危ないんで、ユーピニーがマルティスが使える力を制限してる。そのまま暴走させたら、国一つ軽く吹き飛ぶからな』

 私は思わず目をむいた。

「もっと予言を分かりやすくしてくれ!」

 そうだよ、何でこんな回りくどい言い回しになってるんだよ! ややこしいだろうが! そう思ったものの、ミネア様の目がきりりとつり上がって、

『分かりやすくしたら! ディーに妨害されるだろうがぁ! あっちに神界の意図が筒抜けになる! お前だって! 聖女はこいつだって最初っから名指ししてみろぉ! あたしと一体になる前に殺されてるわ、ぼけぇ!』

 左様で……そう言えば、命狙われたな、うん。

「ディーって?」
『地獄の王の名前。ディアブロの愛称だよ』
「愛称呼びするほど親しい!?」

 私が叫ぶと、あ、ミネア様が言葉に詰まった。

『昔はな……』

 ミネア様がぷいっとそっぽを向く。
 別の意味で不機嫌になった? 拗ねてるって感じだ。

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